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44.命を砕く爆発

44話目です。

よろしくお願いします。

 アーデルの案内で村に戻ったヴェルナーは、そこで初めて作戦の説明を行った。

「廃村ですか?」

「そうだ。この近くを通った時に見かけたが、木の塀に囲まれた村の跡があった。何かの理由で放棄したんだろう」

 そこに敵をおびき寄せて、まとめて叩くつもりだと言う。


「色々と仕掛けをしたいが、時間もかかるからな。アーデルには村長に掛け合って人手を出してもらってくれないか。金も払う」

 ヴェルナーの提案を伝えたアーデルに、村長は収穫祭を前にした臨時収入になる、と快く引き受けた。

 村人が増え、畑が増えたせいか水路の水量が減ってしまったため、村の場所を移したらしい。


「念の為、作業が終わったら村の連中は一時的に避難させよう。あと、大きな音が聞こえても驚かないように伝えてくれ」

 村の隅で延々とプラスティック爆薬を生み出しては、地面に置いた背負子にどんどん積み上げていく。

「敵をどうやって廃村へ誘導するのですか?」


「連中は補給名目の略奪を考えているし、俺がそういう部隊を率いるなら、適度に村を襲って兵士に良い目を見させてガス抜きする。そういう連中なら、村人を見つけたら村が近いと思って追いかけるんじゃないか?」

 アーデルは眉を顰めた。

「村の者にやらせるのですか?」


「まさか。俺がやるよ」

 こう見えて足には自信がある、とヴェルナーは自分の膝を叩いた。

「連中の隊列を見る限り、騎兵は少ない上に隊列中程に集まっている。何を考えてそうしたのかはわからんが、廃村までの距離さえ間違えなければ、充分逃げ切れる」

 アーデルもデニスも危険だと反対したが、ヴェルナーは譲らなかった。


「こっちは任せてくれ。それよりも、アーデル殿にはひとっ走り別の事を頼みたい」

「何でしょう?」

「ここの領主……ボルネマン伯爵と言ったな。彼に会って、それなりの人数を捕縛して護送できるだけの人手を借りて来て欲しい。そうだな、ラングミュア王国との摩擦が発生する危機とでも脅せば良いんじゃないか? スローフォルトの町にいるオーラフのせいでな」


 アーデルはボルネマン伯爵と顔を合わせた事もあるが、誠実では無いが上からの命令に逆らうようなタイプでも無い。恐らくはヴェルナーが言う通りの事を話せば、一も二も無く協力するだろう。

「……何を狙っておいでですか?」

「なに。簡単なことさ」


 たっぷりのプラスティック爆薬を乗せた背負子を背中に乗せて立ち上がったヴェルナーは、想定外の重さに少しふらついた事で恥ずかしそうに頬を掻いた。

「ボルネマンに多少なり恩を売る。そして皇帝への手土産をここで用意しようと思ってね」

 村の男衆を引き連れて行くデニスと合流し、廃村へ向かっていくヴェルナーを見送り、アーデルは馬を走らせてボルネマンの屋敷がある町へと向かった。


 そうして、廃村の水路や村の中のあちこちに穴を開け、プラスティック爆薬を仕込むことまる一日。

 ようやく作業が終わった翌々日に、グリマルディ王国からの軍がやって来たのだ。

 新しい方の村に目が向かず、廃村側へと追いかけさせるのは苦労したが、ヴェルナーはどうにかやってのけた。


「冷や冷やさせないでいただけますか……」

「はは、悪かった」

 村が放棄される前から崩れていたという建物のがれきに隠れ、夜を待ってからヴェルナーは敵が野営をしている中を通り抜けて逃げてきた。

 その際に、隊を率いていた者がどの建物に入ったかまでをも確認している。


かくれんぼ(ハイディング)は昔から得意なんだよ」

 爆風が静まり死体と破片に囲まれて、板塀も消えてむき出しの状態で震えている敵兵たちを見ながら、ヴェルナー達はゆっくりと彼らの目の前に姿を見せた。

「グリマルディ王国兵諸君! 動くなよ。お前たちの足元が爆ぜるぞ」

 余程爆発が恐ろしかったのだろう。兵士たちは怯えた表情でヴェルナーを見ていたが、それが子供だと知って途端に顔を怒りに染める者も少なくない。


「ガキだと!?」

「まさか、あんなガキが魔法を使って……?」

「ふざけるな!」

 味方をかき分けて、中年の兵士が一人、前に進み出た。

「あんな爆発を起こしたんだ! いくら強力な魔法使いでも、もう打ち止めのはずだ!」


 恐怖の反動に怒りを発する者はいる。千数百名もいれば、その中に少なくない人数がいるだろう。

 同調する言葉に励まされたのか、怒りの声を上げた兵士は言葉を続ける。

「それが本当なら、何故俺たちを殺さない! 殺せないんだろう。ああ?」

「馬鹿だね。本当に」


 ヴェルナーがこれ見よがしに右手を上げて指を弾くと、叫んでいる兵士の足元から激しい熱と光を発して爆発が起こり、周囲に立っていた同僚を巻き込んではじけ飛んだ。

「ぎゃああ! 足が、足が!」

「目が見えねぇ! どうなってんだ!? 顔が痛ぇよぉ……!」

 爆発に巻き込まれた兵士達はそれぞれに怪我を負い、即死は免れても四肢を失って死にかけている者もいる。


 再びヴェルナーが右手をあげると、兵士達は言葉も無く後ずさる。

「待て、待ってくれ。私がこの部隊の長だ。降伏する。これ以上の攻撃は止めてくれ」

 部下たちが左右に別れた中を、ライナー・トマミュラーが姿を見せた。しっかりと鎧を着こんで腰に剣を提げている。

「抵抗をしないなら、攻撃はしない。大人しく水路で囲まれた中で待機しているんだな」


「私たちをどうするつもりだ?」

「さあな。俺は帝国に“協力”してやっているだけだ。報酬目的で戦っているに過ぎん」

 傭兵の時に口にした気がする言葉を吐いて、ヴェルナーは笑う。

「名前を聞いておこう」

「ヴェルナーだ。お前は?」


 ヴェルナーは答えながら違和感を感じた。

 目の前に出てきた部隊長らしき男が、降伏するという割には剣を手放さず、しかも副官と思しき鎧を来た騎士も彼の隣で腰の剣を押えている。

「私はグリマルディ王国トマミュラー伯爵家長男、ライナーだ。数瞬の間だが、憶えておけ!」


 叫ぶと同時に、ライナーは文字通り飛んだ。

 百メートル以上離れた距離にいたヴェルナーに向かって高々と飛び上がったライナーは、しがみ付いていた副官をデニスへ向けて放った。

「ぐあっ!?」

 飛び込んできた副官に激突され、デニスは何メートルも転がっていく。


「デニス!?」

「よそ見をしている余裕などあるのか!」

 飛び降り様に剣を叩きつけてきたライナーに対し、ヴェルナーは横に転がる事で躱した。

「馬鹿な真似をする! 部下がどうなっても良いのか!」

「どうでも良い! 連中はどうせこの地で死ぬ運命だ!」


 二度目の攻撃は後ろに下がって避け、ヴェルナーは一瞬だけデニスの方を確認する。

 流石に頑丈が取り柄と言うだけあって、デニスは立ち上がって副官との戦闘を始めていた。

「冷たい奴だな。郷里に連れて帰るのが上官の仕事だろうが」

「死ねと命じられているような作戦だ。端から帰す予定などない」


 剣を振るいながら叫ぶライナーの声は、離れた場所から見ている兵士達にも聞こえているのだろう。ざわつく様子が見て取れる。

「俺を殺して生き残っても、部下に見限られたんじゃあ後が無いんじゃないか?」

「俺一人でもここを切り抜ければ、俺の魔法で多少なり成果は上がる。あいつらは被害を増やすための駒にすぎん」


 その答えを聞いて、ヴェルナーは笑みを浮かべる。

「なるほど……たしかに、お前があの連中の代表で問題無いようだ」

 胸の前で、ヴェルナーが指を弾く。

 ハッとした顔をしてライナーが廃村に目を向けると、そこでは地獄の光景が始まっていた。


 村の中心部から、大地が跳ね上がったかのように爆発が連鎖し、円錐状に広がりを見せるかに見えた直後には、何もかもを砕いて撒き散らす不規則な暴力が兵士達の身体を叩く。

 複数埋め込まれたプラスティック爆薬は、それぞれが誘爆しないように距離を考えて地中に埋設されていた。それをヴェルナーは一気に起爆したのだ。

「これほどの威力とは……!」


 爆薬の真上に居て、即死した者は幸せだったかもしれない。

 爆風で重傷を負ったまま、死の瞬間が訪れるまで未経験の痛みを味わい続ける者、吹き飛ばされた先で瓦礫の下敷きになって圧死したり、味方の武器に切り裂かれてしまう兵士が続出する。

 悲鳴は少ない。ただ痛みに呻き、絶望に泣く声が聞こえてくる。


 埋設の方法を工夫した事も有り、爆風は多くが上方を向いていた。それでも、強烈な突風が二人を叩く。

「おおっと……。これで大体は片付いた。残ったお前だけ連れていく。抵抗するなら痛い目をみるぞ?」

「貴様……!」

 ライナーは怒りに任せて跳躍すると、再び上空からヴェルナーを襲う。

「そうやって、多くの者を殺して楽しむか! 狂人め!」


「別に楽しいわけじゃない。躊躇わないだけだ」

 ヴェルナーは前に向かって走り出した。

 踏み切った足元にこぶし大の爆薬を置いて。

「むっ!?」

 見慣れない粘土状の物体に違和感を感じたライナーは、空中で軌道変えてヴェルナーを追う。その直後、ヴェルナーがいた場所が爆発した。


「おっと。なかなか勘が鋭いな!」

 背後から迫るライナーの一撃に対して、隠し持っていたナイフを当ててどうにか逸らしたヴェルナーだったが、勢いと体重、そして腕力の差は歴然だ。

 軽く転ばされてしまったヴェルナーに対して、ライナーは一度地面を踏んで再び飛び上がった。


「魔法の能力だけで生き抜ける程、戦場は甘くは無い!」

「その通りだ。必要なのは仲間だ。だから簡単に切り捨てたお前はここで死ぬ」

 頭を叩き割るような勢いで振り下ろされた剣をどうにか避け、ヴェルナーは相手の肘を左手で押えて追撃を止めながらナイフを突き出した。

「ふざけるな!」


「ちいっ! 流石に力が強いな!」

 押えた左手を無理やり振り払われ、ヴェルナーのナイフはライナーに届かない。

「あれだけの人数を殺して平然としているお前に、仲間などという言葉を使われたくは無い!」

「言ったはずだ。俺は躊躇しないだけだ。自分の味方や大切な物を守る事。自分の目的を果たすためなら、暴力も厭わない」


 それに、とナイフを右手に構え、前傾姿勢で構えながらヴェルナーは言う。

「戦争をしにきたんだろう? 目的の為に理不尽に無意味に無慈悲に人が殺される。それが戦争だ」

 ただ単に戦力に差がありすぎるだけで無惨に見えるだけで、立場が違えば死んだ者たちは殺す側に立つことになる。ヴェルナーは冷静に言葉を紡いだ。


「自分たちだけは殺されないと思っていたのか? ばーかめ。大間違いだ」

 ヴェルナーは思い出している。前世で傭兵として戦っていた頃、笑い話の最中に頭を撃ちぬかれた同僚や、爆風に煽られて建物の屋上から落ちて死んだ部下、その他多くの死に様を。

「少し計算違いだが、こういうイレギュラーも起きるのは仕方が無い。トラブルにしっかり対処するから、俺は評価されていたんだよ」


 ヴェルナーはウインクして見せると、じりじりとライナーへと近付いていく。

 武器がどこかへ行ったのか、遠くからはデニスが敵と殴り合う音が聞こえていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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