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43.包囲

43話目です。

よろしくお願いします。

「オトマイアー大将が来ただと? 馬鹿も休み休み言え」

 部下からの報告を受けた部隊長オーラフは、詰所の奥にある待機室の小汚い椅子に座り、酒臭い息を吐いた。

「国境には近くても戦場からは遠い。こんなところに大将格が来るわけないだろうが。どうせ騙りだ。とっ捕まえて牢にでもぶち込んでおけよ」

「ですが、確かにオトマイアー侯爵家の家紋が入ったナイフをお持ちでしたが……」


 木製のカップをテーブルに叩き付け、零れて手についた酒をなめながらオーラフは部下を睨み付けた。

「将軍がたった二人の共連れしかつけず、しかも一人は大将より偉いと言っているそうだな」

「は、はい……」

「馬鹿が!」


 大喝されて肩を震わせた兵士は、顔を伏せてしまった。

「侯爵家の紋章など、知っている者などいくらでもいる! 簡単に騙されやがって!」

 さっさと捕縛して牢へ放り込め、と怒鳴りつけられ、兵士は逃げるように去って行った。

「ったく、使えねぇな。……とりあえず、ツラだけでも確認しておくか」

 酒のせいか、全身にみっしりと張り付いた脂肪を抱えながらヨロヨロと立ち上がったオーラフは、詰所内にある牢へと向かった。


 帝国内の法では、軍人である兵士たちが治安維持を行う事になっており、粗暴犯や窃盗犯などについては、法に基づいて地方の警備責任者が処罰する。

 横領がはびこる原因でもあるが、軍事的な実力者がそのまま政治的な強者となりやすい社会であり、社会制度としての人権などが考慮されない世界では、ごく当たり前のことでもあった。


 貴族の領地でも帝国法が基本であり、年に一度町や村を回って税の回収を行う徴税官を除けば、町や村で最も強い権力を持つのは兵士を率いる部隊長格である場合が多かった。

 スローフォルトという名のこの町でも同様で、名ばかりの町長はいても、三十名あまりの兵たちを従えるオーラフに意見を言える者はいない。

 彼の懐に集まる賄賂は、貴族から支払われる給金の倍額に及ぶほどだ。


「はん。顔は整っちゃいるが、着ているものはその辺の貧乏人と同じじゃねえか。何が侯爵令嬢だ。こんなのに騙される奴がいるわけねぇだろうが」

 木製ではあるものの太く頑丈な格子に腹を押し付けるようにして、オーラフは牢内に立っているアーデルを濁った目で見据えた。

「この町を治めているのは、たしかボルネマン伯爵だったわね」


 よく知っている、とオーラフは鼻で笑ったが、それ以上は話を聞かずに背を向けた。

「侯爵家を騙るなんざ、馬鹿な真似をしたな。法に照らし合わせれば死罪だが……俺に奉仕するってんなら、男とガキはともかく、おまえだけなら命は助けてやらんでもない」

 一晩考えておけ、とオーラフは去って行った。

 見張りの兵士が一人残っているが、背を向けてアーデルの方は見ないようにしている。


「陛下。おとなしく捕まることはなかったのではありませんか?」

 同じ牢内にいるデニスがひそひそと話しかけてきたのを、ヴェルナーは平然とした顔で聞いていた。

「そうかもな。だが、こういう腐敗は見ておいた方が良いと思うぞ。十中八九、ラングミュア王国内でも起きている可能性があるからな」


 王や近衛騎士の立場では絶対に見られないぞ、と状況を楽しんでいるような節さえあるヴェルナーに、デニスは諦めた顔をして座りなおした。

「では、アーデル殿。兵士を頼れないとなると、他の方法をとるしかないな」

「はい……まずは、かかる事態に陥りましたことをお詫び申し上げます」

 アーデルは兵士たちに囲まれた際、兵士を斬り捨てて逃げ出そうと考えたが、同じ帝国の兵を斬るのはためらわれた。


 ヴェルナーには何か考えがあるようで、大人しく捕まっているのでアーデルも彼に任せることにしたのだ。

 しかし、別の貴族が治める領地ながら、これほど腐敗した様を他国の王に見られたことでアーデルは恥ずかしくてすぐにでも部隊長以下の兵士たちを並べて斬刑にしたいくらいだった。


「俺たちが数日は先行している。敵の速度を考えればまだ帝国内には侵入されていないだろう。アーデル殿も少し落ち着いて、まずは座ると良い」

 ヴェルナーに諭され、アーデルは彼に向かい合うように石造りの床に腰を下ろした。

「どうせ皇帝に連絡が入るのは事後になるのだから、この際後回しでも良いだろう。あれこれと問題をまとめて解決しようとすると、重要な事を見逃す」


 やるべき順番を決める、とヴェルナーは言った。

「ここでの事をどうするかは、後で皇帝なりその伯爵なりにやらせれば良い。……まさか、他国の王を不当に捕縛しておいて、通り一遍の謝罪で済まそうとはアーデル殿も考えていないだろう?」

「もちろんです。あの部隊長の処分は当然ながら、然るべき処置を行います」


 言葉に焦りがある。アーデルはヴェルナーを敵に回す事だけは避けたい一心だった。

「では簡単だ。ここを出る。少し引き返す。罠を仕掛ける」

 それだけだ、とヴェルナーは語る。

「しかし、どうやってここを出るのですか? 鎧や武器は全て没収されてしまいましたが」

「夜まで待て。ちゃんと出られる」


 体力を温存するために少し休もう、と言ってヴェルナーは床にごろりと転がって、早々に眠ってしまった。

「このような場所で……陛下は、まるで熟練の兵士のような豪胆さをお持ちですのね」

「ええ。勉強させていただく事ばかりです。さあ、私が見張りに起きておりますので、オトマイアー様もお休みください」


 デニスの提案に甘えて、アーデルも牢の壁に背を当てて目を閉じた。


●○●


 夜になり、ふと目を覚ましたヴェルナーはむっくりと起き上った。

「石の上だと、さすがに身体が痛いな」

「お目覚めですか、陛下」

「お前も寝ておけば良かったのに。律儀な奴だな」

 ヴェルナーは隠し持っていた小さなナイフを取り出し、座り込んだ牢番が居眠りをしているのを見やってから格子の隙間から手を伸ばし、向こう側に突き立てた。


 合計四か所に穴を開け、そこにプラスティック爆薬を少量ずつねじ込んでいく。

「あ……すっかり寝入ってしまいました」

「おはよう、アーデル殿。体調は問題ないか?」

「あ、はい。ありがとうございます」

「では、早速だが、ここを出るとしよう」


 くぐもった音を立てて、格子の一部で小さな爆発が起きた。

「な、何事だ!?」

 目を覚ました兵士は、格子から煙が出ているのを見て火事だと思ったらしく、声を上げようとしたが、直後にデニスが格子を蹴破るのを見て慌てて剣を抜いた。

「させるか!」


 牢を飛び出したデニスは、兵士が剣を構える前に手首を殴りつけて剣を落とさせ、相手の首を抱え込むようにして絞め落とした。

「おおう、大した腕だ。伊達にあの爆発で生き延びたわけじゃないな」

「ありがとうございます。魔法を使えない非才の身である以上、腕っぷしくらいは鍛えておきませんと」


 ずいぶんと落ち着いた様子を見せる主従に続き、アーデルも壊れた格子の隙間から抜け出る。

「さて、さっさと馬を回収して町を出るとしよう」

「武器や鎧はどういたしますか?」

「あんな安物、どうでもいいだろう。さっさと行くぞ」


 デニスは見張りの兵が落とした剣を拾うと、走りだしたヴェルナーを追いかけた。

 詰所を出るとすぐに町の出口が見える。門は閉ざされており、見張りの兵士が立っているだけだ。

 ヴェルナーたちが出てくるのを見た兵士たちが駆け寄ってくると、それぞれにデニスとアーデルが立ちはだかる。


「殺すなよ。万一敵が罠を抜けたら、そいつらがこの町を守るんだからな」

「わかりました!」

 ヴェルナーの指示に従い、デニスは剣の側面で敵兵の腹を殴りつけ、兜を無理やり引きはがして顔を殴りつけた。

 敵が卒倒したのを見届けたデニスがアーデルの方を見ると、彼女の足元に兵が倒れ伏している。


「どのような技を使われたのかわかりませんが、お見事です」

「ありがとう」

 アーデルが返事をすると同時に、大門横にある通用口の蝶番部分を爆破する音が聞こえる。

「行きましょう」


 詰所の傍で繋がれていた馬を回収し、轡を引いて狭い門を通り抜ける間、他の兵士たちがやってくることは無かった。

「戦争中にしては、甘いですね」

「戦争中だから、だろう」

 優秀な兵士は戦争に駆り出される。貴族家から戦争に参加する兵士は、その功績がそのまま貴族の成果となるのだ。活躍できそうにない者が残される。


 馬に飛び乗り、三人は再び国境へと向けて走り出す。

「アーデル。敵が最初にたどり着くであろう村へ向かってくれ。多少道が悪くても近道がいい」

「わかりました。ですが、そこでどうされるのですか?」

「敵は村を見つけたら、そこで野営すると思わないか? たとえそれが、放棄された空っぽの村だとしても」


●○●


「村が見えました」

 先頭にいた兵士が持ってきた知らせに、グリマルディ王国軍を率いるライナー・トマミュラーは頷いた。

「前方にいる半数は村を迂回して向こう側から囲むように展開しろ。村の防備はどうなっている?」


「木製の塀で囲まれています。塀の外側に水路があるようですが、水はありません」

「わかった。では先ほどの指示通りに動いて出入り口の確認を……どうした!?」

 隊列の前方が騒がしくなり、馬上にいるライナーが目を向けると先頭集団が村へ向かって真っすぐ走り始めていた。

「なぜ勝手な真似をする!」


 別の兵士が報告に来たことで、先頭集団が村人らしい人物を見かけたことで、追いかけ始めたのに釣られて兵士たちが次々に走り始めたらしい。

 前方から「村に逃げたぞ!」という声も聞こえてくる。

「ちっ! わかった。それでは後方の連中を迂回して村の向こう側に行かせろ。略奪は許可しておくが、今夜はその村で野営する。あまり荒らすなとだけ伝えろ」


 後方の兵士たちが道を外れて麦畑をかき分けながら村の向こうへと回っていく。

「野営するには、まだ時間が早いのではありませんか?」

 副官が尋ねると、ライナーはそうでもないと答えた。

「そこそこ大きな規模の村だ。村の連中を殺すのにも略奪するにもそれなりに時間はかかる。それに村には井戸があるだろう。補給もせねばな」


 しかし、ライナーの狙いは叶わない。

「廃村だと?」

「はい。先頭に居た者たちに聞いたところ、子供の姿が見えて、確かに村に逃げ込んだという事でしたが……」

 並んでいる家は古く朽ちている者が多く、板塀も崩れている箇所が散見された。実際にライナーが村に入ると、確かに家々は放棄されて二十年は経っているようだった。


「その子供はみつかったのか?」

「今でも捜索中ですが、未だに見つかっておりません」

 再び舌打ちしたライナーは、兵士達に村の捜索を続けさせたが、二時間程経っても何も進展は無かった。目ぼしい回収物も無く、兵士達は目に見えて落胆した様子を見せている。

「仕方が無い……井戸は無事なようだから、今日はここで野営する。用意せよ」


 使える状態の家はいくつも無い。一つを数名いる怪我人の治療所にして、一つをライナーの宿泊場所とした。兵士たちの多くは、家々の隙間や中央にある広場にそれぞれ自分で運んできた薄い毛布を敷いている。

 板塀はそれなりに頑丈さを保っており、東西にある出入り口にのみ歩哨を立てた。

「周囲の畑は使われている。おそらくは近くに移転した農村があるはずだ」


 日が暮れ始めた頃、ライナーは副官に夜明けを待って斥候を放つように命じた。

「とはいえ、まともに斥候を経験した者は少数ですが……」

「そう難しい話じゃない。何組かを周囲に放って村を探させるだけだ。敵が出たところで、ここまで逃げて来れば問題無い。こんな辺境で大部隊がいるはずが無いからな」

 ライナーはそう言ってから、冷たい井戸水で身体を洗い、眠りについた。


 そして、彼らの不幸は深夜に始まる。

 古い板塀を根元から吹き飛ばすような猛烈な爆発が起きた。

 ぐるりと彼らの周囲を囲んだ塀と水路から同時に轟音を上げて土が巻き上がり、板塀の近くや村の出入り口に立っていた兵士達を巻き込み、熱い爆風が人も塀も何もかもを引きちぎる。


「何だ! 何が起きている!」

「わかりません! その……村の周囲が突然弾け飛びました!」

 副官もどう説明するべきかわからなかったのだろう。見たままの事を言うしかなかったのだ。

 兵たちは爆発から逃げるように村の中央に集まり、互いに恐怖に引きつった顔をして身を寄せ合っている。


「グリマルディ王国兵諸君!」

 爆発が収まり、ぐるりと抉り取られた村の中で耳鳴りにすら怯えている兵士達の耳に、遠くから声が届いた。

「動くなよ。お前たちの足元が爆ぜるぞ」

 それはヴェルナーの声だったが、彼らが知る由も無い。ただただ、その言葉の内容が彼らには恐ろしかった。


 グリマルディ王国軍千九百余名が、たった一人の魔法で動きを止められた瞬間だった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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