王族に転生したから暴力を使ってでも専制政治を守り抜く！

若すぎる王

42.死兵隊

42話目です。

よろしくお願いします。

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　グリマルディ王国は追い詰められていた。

　エトムントからの連絡が途絶え、未帰還扱いとなった事でラングミュアに対する工作が失敗したらしいとはわかるが、正確な情報が入ってこない。

　帝国との戦いはジリ貧であり、寝返る予定だった国境の貴族たちも帝国の兵から圧力を受けて降伏してしまった。

「この作戦は何としても成功させなくてはならん……！」

　二千名には若干不足していたが、作戦を任されたグリマルディ王国准将ライナー・トマミュラーは進軍を開始する決定を下した。

　軍勢は装備も配置もバラつきがあるが、時間との勝負だと感じていたライナーは途上で編成をまとめることにして、とにかくも帝国への侵入を優先した。

　国境までは三日を予定していたが、想定以上に遅いペースに倍の日数はかかる可能性が高いと見て、ライナーは馬上で憮然としている。

「おおよその数になりますが、歩兵が一千四百、槍兵が三百。そして弓兵が百ほどです。残りは荷運びです」

「何というバランスの悪さだ。寄せ集めとはいえ、酷いな……」

　副官の報告に頭を抱える。

　ライナー・トマミュラーの肩書である准将は、一定以上の軍隊を率いる立場ではあるが大将よりは下の扱いとなる立場だ。特殊な魔法の能力もあって昇進したものの、指揮官の才能に乏しく、大した成果もない現状、この作戦で戦功を得られなければ将来は無い。

　そして、他にも彼の焦燥感を煽る理由もあった。

　トマミュラー伯爵家は、ライナーの曽祖父が当主であった頃に帝国から寝返ったという来歴を持っている。その後、代々グリマルディの国防に力を尽くしてはいたが、王国からの応援を得てのことであり、一族としての成果はパッとしなかった。

「ふぅ……あまり気を張っていても仕方がないな。作戦自体が粗雑なのだからな」

　とにかく急ぐことが肝要だ、とライナーはもう少し部隊を急がせるように指示を出した。

　ライナーが聞かされている内容は、主戦場の戦力を増やして帝国軍を釘づけにしている間に帝国内の極力深い場所まで侵攻せよ、というものだ。

「死兵扱いだな」

　集められた兵たちは、その全てが地方から急遽かき集められた連中だ。その大部分が、作戦の途中で見捨てられる。

「大半が敵国内で袋叩きにあって死ぬだろう。それも仕方無いと割り切るしかないが……頭がおかしいとしか言えない手だな」

　そうでもしなければ、グリマルディ王国は帝国の攻勢を弾き返すことはできないと王国は考えているのだろう。

　ライナーは自分と周りの者たち程度は守って帰国する程度の能力はあると自負していた。

　だが、大半の連中は見捨てて逃げることになる。

　彼に求められているのは、帝国に可能な限りの打撃を与えることと、状況を見極めて引き返すことだ。

　その際に、何人を連れて帰れたかは問われない。戦争が続いてもっと多くの将兵を失い、領土領民を失うよりは良いと判断したのだろう。

「帝国時代を知っている爺さんはまるで暗黒の時代かのように言っていたが……どこも変わらない。立場が弱い者から切り捨てられる」

　せいぜい派手に暴れて、褒賞でも貰えたならさっさと引退しよう、とライナーは考えていた。

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「こりゃ、無理だな」

　ヴェルナーは少し離れた場所から帝国へ向かう軍勢を見て、草原にごろりと転がった。

「人数が多すぎる。いきなり襲いかかってもこっちが負けるぞ。これは」

「陛下の魔法でも難しいですか？」

　デニスが尋ねると、ヴェルナーは笑った。ずいぶんと高く評価されているらしい。

「できなくもないが、準備が必要だ。幸い連中の進行速度は遅い。少人数で回り込んで準備をする必要がある。帝国の協力が必要だな」

　言いながら、ヴェルナーは少しわざとらしかったか、と思った。帝国に恩を売る狙いが見え見えだ。

　ちらりとアーデルへ目を向けると、しっかりと軍勢を見据えている。

「陛下。帝国に何をお求めですか？」

「ずいぶんとはっきり聞くな」

「陛下に対して駆け引きをやれるほど、自分が賢いとは思っておりませんわ」

「子供相手に、随分と高く評価してくれたものだな」

　肩をすくめるヴェルナーに、アーデルは微笑む。

「陛下を普通の子供だと思っている者は、きっと陛下の周りには一人もいないでしょう。失礼とは存じますが、陛下は御身の内側に苛烈なる破壊の神を宿しておいでのように見えます」

　アーデルの言葉に同意するようにデニスが頷く。

「お前もか……。できれば、もう少し穏やかな評価をいただきたいものだな」

　映画やテレビ、学校教育で爆発というものの存在を知っている現代の人間と違い、この世界の人々にとって爆発は未知の物だ。猛烈な破壊をもたらす魔法を使えるヴェルナーは、その人となりを知らぬ者からはただただ恐ろしい少年に見えるのだろう。

　あえてそう見えるようにしている相手もいるのだが、今後も考えると自身のイメージアップも多少は考えなければならないかも知れない、とヴェルナーは思った。

「アーデルトラウト・オトマイアー督戦官殿。俺が帝国に求めるのは、皇帝との会談だ」

　大量のプラスティック爆弾を作り出しながら、ヴェルナーはそう告げた。

「……私が皇帝陛下に請願を送ります。必ずやラングミュア陛下のご希望を実現いたしますので、どうか……」

「決まりだ。では帝国内への侵入も許可してもらおう」

　アーデルは一人帝国へ戻って人員を集めて対応することを考えたが、敵を迎え撃つまでの時間を考えれば、見過ごせない被害が出ることは明白だった。結論として、ヴェルナーを頼らざるを得ない。

「承知いたしました。この件は私の責任において許可いたします」

　帝国侯爵家の権力があれば、その程度は問題ない。当主では無いが、帝国の将でもあるアーデルの影響力は大きいのだ。

「イレーヌ、アシュリン。そしてデニス」

　ヴェルナーから呼ばれた三人は、戦いが始まるのかと緊張した面持ちでヴェルナーの前に並んだ。

「話は聞いたな？」

「はい。グリマルディ王国の軍と一戦交えるのですね？」

　ようやく戦いに参加できるのだと興奮しているのだろう。アシュリンが鼻息荒く答えると、ヴェルナーはそれを否定した。

「悪いが、それはもう少し先の話だ。お前たちにはここにいる部隊を率いて、バンニンクと共に予定のコースを進め。そしてバンニンクの家族と合流し、希望するならそれらも連れて予定の港へ行くんだ」

「では、陛下は……」

「オトマイアー殿と二人、敵の行動阻止にとりかかる」

「たったお二人で？　危険です！」

　デニスは反対した。だが、ヴェルナーは決めたことだと言って撥ね退けた。

「これも隠密作戦になる。人数が少ないに越したことはないんだ」

「いけません！　私は陛下をお守りするためにここにおります！　職務としても私の信念としても、陛下から離れたとあってはどのような顔をして国に戻れば良いか……！」

「信念と来たか。……わかった。デニスだけ同行を許す。お前の代わりに部隊を率いる責任者を選出せよ」

「はっ！」

　涙声になりつつあったデニスは一転して笑顔で敬礼を見せたかと思うと、足早に兵士たちがいる場所へと向かった。

「わかりやすい奴だな。もう少し落ち着きがないと、上の地位は難しいぞ」

「あたしたちも、いまいち納得できないんですが」

　イレーヌが言うと、アシュリンも同意していると言いたげにヴェルナーを見上げた。

「これを任せたいんだ」

　一抱えほどあるそれは、ヴェルナーが作り出したプラスティック爆薬だ。

「港に迎えがくるまでに投石器と大型船を破壊しないと、オスカーたちが危険だ。これを起爆できるのは俺以外にイレーヌしかいない。万一出港した船があっても、アシュリンならこれを投げてぶつけることもできる」

　理由はあるんだ、とヴェルナーはもう一つの包みをアシュリンに託した。

「マーガレットとエリザベートへの土産だ。悪いが先に届けてくれないか。こっちの方が重大な任務だぞ？」

　アシュリンが受け取ると、イレーヌは首を振った。

「わかりました。ただ、あたしたちにもちゃんとご褒美をお願いしますね？」

●○●

　念のためバンニンクにグリマルディ軍が通る可能性があるルートを確認したヴェルナーは、帝国への侵入ルートを想定して走り出した。

　入国してからの道順に関しては、アーデルの想定に任せる。

　先回りして帝国内の町に入り、皇帝への連絡をつけてから敵を迎える準備をするのだ。

「予想侵攻ルート上に、大きな橋や渓谷はあるか？」

「ありません。帝都までの道は大部分が平坦で、未開発部分以外の多くが農地になっています」

　谷でもあれば爆破して生き埋めにすることもできるが、それは使えないようだ。

「川もあり、橋もありますが……」

　できればそれを破壊するのは止めてほしい、とアーデルは視線で訴える。橋を架けるのは重労働で危険な作業であり、再建するまで孤立してしまう集落も出る。

「かといって、平坦な土地では逃げ散ってしまうな」

　数の劣勢は正面から戦う場合だけでなく、敵の攻撃を制限するにも不利だ。一人二人ならまだしも、武装した集団が帝国内に散らばったときに予測される被害は看過できない。

　三人それぞれに馬を走らせながら考える。

　すでにグリマルディの軍は追い越し、国境へ一日という距離だ。なるべく距離を稼いで準備する余裕が必要だった。

「連中が野営しているところを仕掛けるのはいかがでしょう？」

「見つからずに爆薬を撒いていくのは難しいな。周りだけを爆破しても、数が多い敵の中央部にいる連中までは殺せない」

　良い案だと思っていたらしいデニスは、あっさりと却下されて肩を落とした。

「だが、考え方は悪くないかも知れない。予め、連中が野営する場所がわかっていれば良いわけだ」

「それこそ難しい話ではありませんか？」

「ふむ……案外そうでもないかも知れない。オトマイアー殿、しばらくは農地が多いといったな？」

「はい。それと、私のことはアーデルとお呼びください、陛下。私の名前は長いので、エリザベート様など親しい人はそう呼びます」

「聞いたか、デニス。どうやら俺はアーデル殿に親しいと認められたようだぞ」

「はい。さすがは陛下。羨ましい事です」

　イレーヌの態度もそうだが、先ほど命令を撤回させたデニスの例も見て、アーデルはヴェルナーの周囲が恐ろしく王に近しくしている事に違和感を覚えた。

　尊大に過ぎるのも問題だが、臣下との距離が近すぎるのではないかと感じる。アーデルの呼び方についても、気難しい貴族なら怒る者もいるのだ。

　ある種の危険を感じつつも、それは他国の事だと考えを振り払い、アーデルは聞き返した。

「それがどうかなさいましたか？」

「野営する場所が特定できるかも知れない。町に着くまでに確認したいことがある。町への近道ではなく、予想される侵攻ルートを通るように先導してくれ」

「わかりました」

　いくつかの村を通過し、町へ入ってすぐにアーデルの案内で町の兵舎へとヴェルナーたちを案内した。

　突然訪ねてきた一行に対して駐在の兵士は怪訝な顔をしたが、アーデルが家紋入りのナイフを見せると、途端に歓迎し始める。

「ま、まさかオトマイアー将軍が、そのようなお召し物で、しかもたった二人しかお供を連れていらっしゃらないとは思いませんで、失礼いたしました！」

「お供？　……ああ、なるほど」

　三人とも、グリマルディ王国内で行動するための服装だったので、兵士は勘違いしているらしい。

「失礼いたしました。最初に伝えるべきでしたわ」

「いや、わかるはずもないからな。気にする必要はない。むしろ名前は伏せておくべきだろうな」

　振り向いて子供に向かって一礼するアーデルを見て、兵士は混乱している。

「え？」

「こちらは私より偉い賓客と心得なさい。それを他の兵にもそう伝えること。それと帝都へ伝令の用意を」

「あ、あの……？」

「今すぐに！」

　アーデルに一喝されて、兵士は走って同僚たちの詰所へと入っていった。

「何か必要なものはありますか？」

「書くものを用意してくれ。作戦を説明する」

　アーデルは背筋に恐れが走るのを感じた。ヴェルナーが見せている表情は、エトムントを捕えた際に見たそれと同じだったからだ。

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