表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/178

41.不穏な動き

41話目です。

よろしくお願いします。

 大剣を腕に抱えたまま、オスカーが海沿いを走らされている。それも、早朝のしみるような潮風を浴びながら、ラングミュアの地方民謡を歌いながらだ。

 剣を使ってのいわゆる“ハイポート走”なのだが、ヴェルナーの命令でやらされており、離れた場所からボー・バンニンクが不安げな目で見つめている。

「あの岩まで往復十回な」


 ヴェルナーの指示に悲鳴のような返事を返すオスカーは、汗だくになりながら走り続けている。

「何があったのですか?」

 起きてきたアーデルが尋ねると、ヴェルナーは苦笑いで答えた。

「自分の天幕にバンニンクを招き入れた」


「それだけですか?」

 それにしては厳しい、と言いかけたアーデルだったが、ヴェルナーの言葉に納得する。

「夜から朝まで、な」

「ああ、なるほど……」

「まったく面倒事を起こしてくれる。唯でさえ面倒な立場の相手だっていうのに、俺がお膳立てするまで待てなかったとは」


 貴族だの紳士だの言ってはいるが、こういうところはやはり男として我慢ができない部分もあるのだろう。バンニンクも納得してのことであったから厳罰にはしなかった。

 とはいえ、走りにくい砂浜でのランニングに加え、部下たちの好奇の視線を浴びながらの罰はオスカーにとって心身共に堪えるだろう。

 アシュリンにはオスカーがやったことの内容が理解できないようでキョトンとしていたが、その隣ではイレーヌが冷ややかな視線を送っていた。


「さて、阿呆は放っておいて、今日は朝のうちに出発する。朝食を終えたらすぐに準備をするように」

 全員が返事をして、当番が食事の準備に取り掛かった。

 アーデルはバンニンクに声をかけて食事に誘った。あまり見られているのもオスカーにとっては辛いだろうという気遣いだ。


 ヴェルナーの近くにはイレーヌとアシュリンが来て、同じ簡易テーブルについた。彼女たちはマーガレットやエリザベートから頼まれて、他の女性が近づかないように極力ヴェルナーの傍にいるようにしている。

「信用が無いな……」

「陛下がどうというより、陛下のお立場の問題ですよ」


 イレーヌは、若い国王というだけで近づいてくる女は多いだろうと説明した。

「王様ってのは意外と不自由なもんだなぁ。早く大人になったらマシになるかな?」

「ご結婚なさって、周囲が落ち着けばまた変わるでしょう」

 アシュリンは黙っていた。政治的な話になるとまるでついていけないのは変わっていない。


 結婚といえば、とヴェルナーはアーデルが未婚であることに疑問を口にした。

「俺たちより十歳ほど上だったはずだが……。貴族ともなると許嫁とか居てもおかしくないけどな」

「これはあたしの勝手な想像になりますが……」

 イレーヌはアーデルの家柄と功績が高すぎる事が原因ではないかと考えていた。


「帝国の侯爵家の長女。おまけに軍人としても一定の評価を得ている人のようですから、釣り合う男性を探す方が大変でしょう」

「なるほどな。国外は……無理か。軍中枢の情報を知っている人物だ。外に嫁には出せんか」

「ヴェルナー様。まさか……」


 イレーヌが疑いの目を向けてくるのを、ヴェルナーは首を振って否定した。

「美人なのは認めるが、彼女はちょっと怖い。それに、マーガレットにこれ以上心配させるのは俺としても不本意だ」

 ヴェルナーの返答を聞いて、イレーヌもアシュリンもニコニコと笑顔を浮かべた。

「……なんだ?」

「なんでもありません、陛下」


●○●


 ヴェルナーたちは陸路を使い、帝国の領土を一部横切ってグリマルディ王国へ入る。出発した時点でほぼ全員、平民が着るような質素な服を着て商人とその家族という体で馬車を並べて進んでいる。

 騎士デニスや兵士たちはやとわれの護衛という事にして、皮の鎧に身を固めている。バンニンクだけは顔見知りと出会う可能性を考えてフードをかぶっている。


 アーデルが女商人に扮して、ヴェルナーら年少組は見習いという形だ。

「本当はデニスに商人役をやってもらいたかったんだが……」

 彼は致命的に演技が下手だった。ヴェルナーは何度か芝居をしてみたが、商人のような受け答えがまるでできなかった。

 そして、計算も下手だった。


「面目ない……」

「私に任せてください。部隊が大きくなると、そういう計算なんかもやる機会は多かったから大丈夫です」

 督戦官なので、本来なら作戦とは無関係でよいはずだが、ヴェルナーはこの際なのでお願いすることにした。


 歴史が長く、人材も豊富な帝国が羨ましく感じられるが、エリザベートから聞く限りではそれだけ城内での派閥争いも激しいらしい。

 幸いにも、ラングミュアは宰相エックハルトが文官と武官をうまくまとめてくれている事もあり、また古い利権にしがみついていた貴族のほとんどがマックス側について敗亡したため、城内での大きな対立は無い。


「良し悪しだな」

 ヴェルナーは今後、ラングミュアを大きくしていくつもりだった。人を増やし、管理できる体制ができれば領土を増やす。

 権力欲は強い。権力があってこそ自分が作りたい国、ひいては世界が作れるのだ。その間に手を汚すこともあれば誰かを罠に嵌めることも厭わないつもりだ。

 そのための強固な政治体制作りは、すでに始まっているのだ。


 細かな打ち合わせをしながら、帝国内はアーデルの案内で通過した。

 各国の位置関係としては帝国の北にラングミュアがあり、帝国の西にグリマルディ王国がある。

 西海岸南部にある簡易港を出発した一行は南へ向かい、いくつかの町や村を経由して南の国境を超える。


 街道を外れた場所から関所を通らずに国境を越えたが、皇帝の許可もあるので運悪く警備の巡回に見つかっても問題はない。

 そして帝国の町を一つ経由して帝国とグリマルディの国境最北部に近い場所から国境をまたぐのだ。

 ここからが本番となる。


 ヘルムホルツ帝国対グリマルディ王国の主戦場はもっと南の方にあるらしく、巡回もいるようだが数は少ない。

 見つかることも無く、グリマルディ王国への侵入を果たしたヴェルナーたちは、今度はバンニンクの案内で王都を目指した。

「このペースだと、およそ十日で王都に到着します」


 海運に強いグリマルディだが、王都は内陸部にある。造船技術が発展するまでは、立国当初の国境近くに王都を構え、王と直属の兵士たちで国境を守っていたらしい。

「今では領土が広がっておりますので、王都は国境から離れてしまいましたが」

 バンニンクの言葉に、アーデルが腕を組んで溜息をついた。

「グリマルディが帝国から独立してから、国境にいた貴族がいくつか鞍替えしたんです」


 信念や義侠心というような理由ではなく、単に国境警備に出す人的金銭的負担に喘いでいたところを、グリマルディ王に口説き落されたらしい。

「金か。嫌になるほど現実的な話だな」

 ヴェルナーは呟きながら、ラングミュアの情勢について思いを馳せる。

 今の時点では反逆した貴族から取り上げた領地と財産のおかげで金銭的な余裕はある。だが、何かしらの対策を打たねば今後は苦しくなるだろう。


 あれこれと情報交換をしながら、ほとんど観光のような気分で進んでいた一行は、一度盗賊に出会って撃退した程度で、これといった問題に直面する事無くグリマルディ王国内を進んでいく。

 途中立ち寄った町々でも特産品などをチェックする振りをしながら、特に怪しまれたりする事もなかった。


 ヴェルナーは何故かイレーヌとアシュリンにアクセサリーの腕輪を買う事になったり、マーガレットやエリザベートへの土産物を探したりと、それなりに忙しかった。

 ただ、さすがに文官はついて来なかったので、その分は気楽である。

 問題は、王都まで五日というところで発生した。

「グリマルディ王国の兵を見つけた、と?」


 陽が落ちてすぐ、豪商が利用するようなグレードの高い宿の一室で休んでいたヴェルナーを、デニスと部下の兵士が訪ねてきた。

 彼らは情報収集を兼ねて町の飲み屋にいたのだが、そこでグリマルディ王国軍の兵士たちと鉢合わせ、近くの席に座って聞き耳を立てたようだ。

 地方任務についていたグリマルディの兵士たちは、移動命令を受けて国境近くの町へ向かわなければならず、作戦中は飲めなくなる酒を楽しもうと来たらしい。


「彼らが話していた町の名前に聞き覚えがありました。我々が経由してきた町に間違いありません」

「妙な話だな。主戦場とは方向が違う」

 報告の内容に引っかかるものを感じたヴェルナーは、すぐにアーデルとバンニンクを呼び、改めてデニスたちから状況を説明させた。


「現状、考えられる可能性は三つあります」

 アーデルは説明を受けてから細い指を三本立てた。

「主戦場の外で戦力を糾合し、側面ないし背面から帝国軍に仕掛ける。国境を侵す危険を避けるなら、糾合した戦力をそのまま国境沿いに移動させて味方と合流する」

 指折り数えて、最後の可能性にたどり着く。


「主戦場を無視して、帝国の奥深くに入り込み帝国内での破壊工作を行う」

 アーデルがその考えに思い至ったのは、自分が今まさにヴェルナーと共にそれを行おうとしているからでもある。

 とはいえ、今まで出てこなかった以上、彼らの中にヴェルナーのような破壊の魔法を使えるものが含まれている可能性は低い。


「やるとすれば、町を襲撃して補給線を断つ、か。あるいは帝都を狙う可能性もあるな」

 もちろん帝都の守りは堅牢でそうそう落とせるはずもないが、帝都が狙われただけでも前線の将兵にとって精神的な打撃は計り知れない。

 それがわかっているからこそ、ヴェルナーも報復を兼ねてグリマルディ王都を狙うのだ。

 自然と、ヴェルナーはアーデルへと視線を向けていた。


「焦る気持ちもわかるが、まずは状況を確かめてからにしよう」

「……わかりました」

 今すぐ、彼女にできることはほとんどない。

「情報収集が最優先だな。バンニンク、この町で兵士が集まる場所はわかるか?」

「おそらくは町へ入ってすぐのあたりに兵舎があるかと。ほとんどの町がそういう構造になっています」


 ヴェルナーはバンニンクの案内でデニスたちを兵舎の監視に向かわせ、一定時間ごとに交代するように命じた。

「動くとすれば明日だ。敵の人数次第では捕縛して情報を聞き出す。数が多いなら……」

 ヴェルナーは追跡を考えたが、それでは敵が集結して増えるのを見守ることになる。

「先回りして攻撃する。敵地でやらかすのは危険だが、できるだけ静かにやるとしよう」


 気づけば、アーデルがヴェルナーに頭を下げていた。

 グリマルディ兵の動きなど無視しても問題無い状況であり、むしろ国内の兵士が国境に偏ればヴェルナーたちも動きやすくなる。王都を攻撃するのに絶好の機会でもあるのだ。

「陛下のお心遣い、感謝いたします」

「そう肩肘を張っていると疲れる。それにほら、今は女商人とその係累なんだ。あまりペコペコするもんじゃない」


 ヴェルナーは笑ってアーデルに頭を上げさせた。

「運が良ければ、少し寄り道をするだけで済む。グリマルディが無茶な逆侵攻を企てているというのであれば、友好国として協力するのは当然だ」

 それに、とヴェルナーは腕を組む。

「敵の出足を払う。作戦を阻止する……そういうのは、嫌いじゃない」


●○●


 近隣で警備を行っていた兵たちも根こそぎ集められたらしく、昼前に町を出発したグリマルディ王国の兵たちは二百名を超えていた。

 やや崩れた隊列を組み、彼らは国境を目指して出発する。

 長い隊列は騎乗している数名の騎士から指示を受けながら一定のペースで進み続け、小休止をはさみながらおよそ五時間ほど歩き続けた。


 町までは遠い。このまま進んでも日暮れにはとても間に合わないと判断した騎士は、近くの川に移動して隊列を止めると、野営の準備に入るようにと命じた。

 侍従たちに自分の天幕を張るように命じたある騎士は、食事の用意をしたり見張りの順番決めをしている兵士たちを尻目に、用を足すために近くの茂みへと分け入る。

「鎧を脱いで来れば良かったな」


 ごそごそと腰の鎧を外しにかかった騎士は、背後からいきなり羽交い絞めにされて尻もちをついた。

「なんだ!?」

 振り向こうとしたが、その前にナイフの切っ先が目の前に伸びてきた。

「うっ……!?」


「いやはや、都合がよかった。まとめて爆破したら情報が聞き出せないからな」

 ナイフを揺らしながら、デニスに拘束された騎士の前でヴェルナーが苦笑する。最悪は陽が暮れてから襲撃して責任者を誘拐するつもりだったのだが、運良く一人だけ別行動を始めたのを見て慌ててデニスだけを連れて茂みへ入ったのだ。

「では、命が惜しければ素直にお喋りしてもらおうか」


 そうして、ヴェルナーたちは重大な情報を得た。

「……やれやれ。これはちょっと見逃せないな」

 グリマルディ王国軍は、現在の戦場に敵を引き付けている間に別働隊二千名を組織して帝国領内に侵攻し、複数の町で略奪を行い、反転して前線の帝国軍を背後から叩く作戦になっているらしい。


「おまけに、略奪した金品はそのまま兵士の懐に入れて良い、か」

 国が組織する盗賊団のようなものだ。悪質極まりない。

 もし作戦が始まれば多くの平民が犠牲になり、帝国の前線は孤立するだろう。併合予定のない町だからこそできる無茶苦茶なやりかただが、効果は大きい。

 情報を聞き出した騎士を始末したヴェルナーは、厳しい表情でデニスに告げた。


「作戦変更だ。グリマルディの軍を叩く」

 デニスはガツンと音がするほど皮鎧の胸を叩いて敬礼した。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ