40.戦功
お待たせいたしました。
40話目です。
よろしくお願いいたします。
グリマルディ王国への攻撃に関して、帝国からは承認ではなく要請という形でヴェルナーへ皇帝自らがしたためた親書が送られた。
「ずいぶんと俺たちを高く評価してくれたようだな」
親書に目を通したヴェルナーは、自室でオットーが淹れたコーヒーを傾けながら呟いた。
ラングミュア王国が動く事を容認するのと違い、帝国の要望とする事で一定の戦果があがれば何かしらの礼をするという表明でもある。
「ヴェルナー様が使われる魔法の威力が、正確に伝わったのでしょう。まずは、帝国との関係が保てたのは朗報かと」
「そうだな。そして、これを持ってエリザベートが戻ってきた。アシュリンも無事だった」
アシュリンは今回のエリザベート護衛の任務を無事に果たした事を成果として、王が直々に騎士へと取り立てる形を取る。その為には貴族としての家名が必要になるので、養子に入る家を選定中だ。
「ウーレンベック家は断絶。アシュリンの事も考えて処刑はしなかったが……」
「恐らくは長くは持たないかと。幾ばくかの財産は持っていましたが、商才は無いようですから」
アシュリンの安全も考えて、旧ウーレンベック子爵の当主及び係累にはオットーが監視を付けていたのだが、短期間のうちに悉く事業に失敗しているらしい。
「アシュリンに頼る可能性はあるかな?」
「元子爵は虚栄心の強い人物です。平民となった娘に頼るのを嫌がる可能性が高いですが……念の為、引き続き監視をいたします」
「人手が足りていない状況で、面倒な事だな」
アシュリンの引き取りを希望する貴族家は多い。大逆犯の娘だが、それ以上にヴェルナーと近しいという点が大きいようだ。
「特にマックスとの決戦の際に日和見をしていた貴族たちに多いですね。彼らも必死なのでしょうが……」
ヴェルナーもオットーも、外部ではなく自分たちの功績や能力でアピールするなら受けいれるが、先祖の功績や遠い血縁でのつながりはまるで重要視しなかった。
逆に貴族社会では血統こそ重要視されるので、全体の歴史で言えば彼らが特殊ではあるのだが。
「ひとつ、良い手を考えております。打診をしている最中ですので、まだ具体的な報告が出来る状況ではございませんが」
「わかった。その辺はオットーに任せる。貴族社会は俺より詳しいからな」
ヴェルナーはアシュリンの立場に関しては丸投げしてしまう事にした。だが、マーガレットやエリザベートからも彼女を多少は気に掛けるように釘を刺されている。
「イレーヌと一緒にグリマルディに連れていくか……」
「その方がよろしいかと。アシュリンが未成年であるのを利用して、良からぬ事を考える者が居ないとも限りません」
二人とも、戦場へ連れて行く事の方が危険だと考えないあたりがアシュリンを正当に評価しているとも言える。
「それで、エリザベートと督戦官どのはどうしている?」
「エリザベート様とオトマイアー様はマーガレット様とご歓談中です」
アシュリンは一度、イレーヌと共に騎士訓練校へ戻っている。そこで今度の作戦に参加する兵士や騎士も訓練を行っており、彼女たちも参加していた。
「ヴェルナー様。例の御衣裳も準備が整っておりますので、よろしければ試着をしていただくようにお話をお願いいたします」
「……俺が?」
「ヴェルナー様がお決めになられた作戦ですから、直接のご説明も兼ねて、そうされるべきかと」
仕方ない、と立ち上がったヴェルナーに、オットーは二人分の衣装を手渡した。
「一着は陛下のためにご用意したものです」
受け取ったヴェルナーが広げると、平民が良く来ているような地味で特徴の無い麻の服だった。しかし、見た目とは裏腹に着心地が良いように内側には別に布が当てられ、ポケットも付いている。
「良いんじゃないか? 流石はオットーだ。俺の希望をしっかり把握している」
頷くヴェルナーに、オットーも満足げに一礼した。
●○●
アーデルトラウトは帝国からの督戦官としてグリマルディ王国に攻め入るヴェルナーに同行する。
他には騎士デニス、訓練生イレーヌとアシュリン、そしてヴェルナー直属兵であるファラデーなど兵士達や騎士が数名。道案内役としてボー・バンニンクが同行する。
これらに荷駄を運ぶ侍従などを加えて総勢四十名が越境する。
部隊は払暁から密かに出発し、まずは簡易港へと向かう。そこではグリマルディから来た造船技師タイバーの指示を受けながら船の修理が行われているはずだ。
だが、操船への習熟が間に合わないと見たヴェルナーは、今回の作戦行動に船は使わない事にしていた。うっかり外洋に流されでもしたら目も当てられない。
馬車や騎馬で進むヴェルナー一行は、あと二日で港へ到着するという所で野営を始めていた。
「陛下。少しお話があるのですが……」
と、ヴェルナーの天幕を訪ねてきたのはアーデルだった。
護衛として立っていたデニスを通じて許可を取ったアーデルは、他よりも一回り大きな天幕をヴェルナーの私物のためだと思っていたが、中に入って間違いだと気付いた。
ここは簡易の執務室になっているのだ。数名の文官に囲まれながら、王であるヴェルナーは決裁書類にサインを入れていた。
「あー、ちょっと待ってくれないか。そこにかけて。誰かお茶を出してくれ」
「畏まりました」
一人だけ室内に控えていた侍女が、一礼してお湯を取りにいくために出ていく。重要書類もあるのでこの天幕内は火気厳禁なのだ。
手早く用意されたお茶を受け取り、折り畳みの椅子に掛けて待ちながらアーデルはヴェルナーを観察する。
見た目はそれなりに整った容姿で、十三歳という若さというよりもまだ幼さが残る見た目ではあるが、雰囲気は子供のそれとは大きくかけ離れている。
書類に目を通す動きも、文官たちに指示を出す内容も大人顔負けのものだった。
「待たせて申し訳ない」
「いえ。私が急にお伺いしたので。その、ここまで来て書類処理をされているとは思いませんでしたもので……」
苦笑交じりの言葉を受けて、ヴェルナーは新しい紅茶を用意するように伝えながら笑っていた。
「まだまだ俺の下には人材が揃っていない。オットーやエックハルトだけでは処理できない事も多いからな。仕方ない」
用件を聞こう、とヴェルナーが促すと、アーデルは座りなおして背筋を伸ばした。
「此度のグリマルディへの侵攻についてですが、さすがに四十名では少なすぎるのではないかと思いまして……。今さらではありますが、港に駐留している者たちもお連れしてはいかがですか?」
本当に今更だな、とヴェルナーはおもったが、彼女が言いだせなかった理由も分かっていた。エリザベートが近くにいる時に他国人の彼女が意見具申をするのは良くないと思ったのだろう。
皇帝の娘であるエリザベートが「言わせた」と取られかねない。深読みすれば皇帝がヴェルナーに「そうしろ」と言っているように見える可能性もある。
恐らくは幾度か機会を探っていたのだろうが、エリザベートはほとんどの時間をアーデルと共に過ごし、ヴェルナーの方も作戦準備で忙しく王城を出入りしていた。
本来ならどっしりと構えて部下に用意をさせるべきなのだろうが、こればかりは元傭兵としてのヴェルナーの性質が強かった。
「まず一つ。詳しくはまだ説明していないが、別に侵攻と言っても敵と真正面からぶつかるつもりは無い」
今一つわからないという様子で目を細めるアーデルに、ヴェルナーは続けた。
「こっそりと潜入して、行商の集団に変装して王都近くまで進む。あとは夜中に入り込んで王城とその周辺の重要そうな施設を破壊する」
シンプルだろう、と言うヴェルナーに対し、アーデルは“破壊”という言葉を聞いて先日の国境戦で見た爆発を思い出した。
「ですが、それでは陛下の戦功として残らないのではありませんか?」
その場で名乗る事も無く、破壊工作だけで済ませれば当然ながらヴェルナーの名前は出てこない。それは王族や貴族にとって不名誉な事だった。
ただし、それはヴェルナーには当てはまらない。
「だから?」
あっさりと功名心を否定され、絶句しているアーデルは目を真ん丸に開いてヴェルナーを見ていた。
「戦争がやりたいわけじゃない。俺に敵対する事の愚かさを知らしめてやるだけで良いんだ」
その為に、ヴェルナーは破壊工作後に脅しの手紙を送る予定だ。無論、そこには誰がやった事かは記載しない。ヴェルナーの指示で行った事とだけ書く。
「戦いに必要なのは“誰がやったか”じゃなくて“何を成したか”だろう? 誰がやったかは政治に利用するのに必要な事だ。馬鹿正直に正面から当たるのはそうして見せる必要がある時だけで良い。余計な被害が出る」
「で、ですがそれでは苦労して陛下が行動されても、民衆には伝わらないのではありませんか?」
「伝わる必要は無い。特に今回の場合はな」
母国が戦争に関わっていると民衆に知られる事のマイナスをヴェルナーは考えていた。経済は停滞し、下手をすれば住民が逃散する。
「無駄に民衆を不安にする必要は無い。密かに、そして確実に敵を始末する。民衆は何も考えずに経済活動を行い、利益を上げて、税を納める。それが健全な国家の在り方だ」
ヴェルナーはそうやって民衆の心理と経済の結びつきを重要視している事を説明して、アーデルが持っている一般的な貴族が持つ戦争への価値観を完膚なきまでに否定した。
貴族は戦力を持ち、民衆を守っている、民衆の為に戦う姿を見せてこそ尊敬されるというのが多くの貴族の考え方だ。
ヘルマンのように発明などで民衆の生活を便利にして人望を得ている者はごく少数と言って良い。
「わかりにくかったか?」
「いえ……少なくとも、陛下が私などが遠く及ばぬ高みに在られる事は理解できました」
ほめ過ぎだ、とヴェルナーは苦笑する。実際に、これは彼が前世で戦う時に考えていただけのことで、場所や時代が違えば変わる事だろう。
ラングミュアの貴族出身の騎士達にも、派手な戦場以外の警備任務などを忌避する性質がある。民衆や他の貴族たちに能力や成果をアピールできない場ではやる気が出ないのだ。
貴族たちはそれを“美学”や“誇り”と呼び、ヴェルナーは“虚栄心”と見る。
ヴェルナー自身も理解している認識のずれだが、これに対しては適切な手が打てていない。虚栄心の為に兵士達を無駄死にさせるわけにはいかないのだ。
「別に理解してもらおうとは思わないから、そんなに考え込む必要は無い。だが、貴族たちのそんな活躍を、民衆は果たしてどれくらい見ているものなのか。そこについては知っておくべきだろうね」
自分より十歳も下の相手に言われる様な事では無い、とアーデルは内心不愉快な気持ちもあったが、反論はできなかった。
●○●
「おお、これがグリマルディ王国の兵員輸送船かあ」
簡易の桟橋から見上げながら、ヴェルナーは嬉しそうに声を上げた。船を見るのは久しぶりだが、ガレー船の実物は初めてだ。
簡易港に到着して早々、ヴェルナーは疲れた様子も見せずにヘルマンやタイバーを連れて船の視察を始めた。
一行が到着するのを見たオスカーはヴェルナーの顔を見るなり平伏したのだが、別に彼の失敗では無いということで早々に止めさせた。他の兵士達までもが跪くので、ヴェルナーとしては早く船を見たいのに邪魔になるだけだったのだ。
「そんな事よりも、お前が会いたがっている人物も連れてきた。色々と話もあるだろうから、さっさとそっちに行け」
「はっ! ……私が会いたい人物、ですか?」
行け、と言われて返事はしたものの、オスカーは心当たりが無いように首をかしげた。
「お前が熱心な筆圧で助命を嘆願したボー・バンニンクだよ」
「うっ、その……あの……」
真っ赤になって狼狽えるオスカーに、ヴェルナーは落ち着けと笑った。
「まったく、読んでるこっちまで恥ずかしくなるような内容を送りやがって。報告書を恋文にするとは、とんでもない奴だ」
「い、いえいえ、そんなつもりは決して! ただ、彼女は誤解をされる可能性がございましたので。怪我をも厭わず熱心に船の引き上げに協力し、尚且つその後も適切な指示をタイバー殿と共にしてもらいましたもので……」
彼の報告書を読んだマーガレットからの強い要望により、ヴェルナーも恋文を書かされたうえに直接手渡しをさせられた。そしてそれを知ったエリザベートからも同じ事を求められ、恥ずかしさに身もだえしながら二通の恋文を書いたのだ。
「言い訳は聞かん。罰としてここに滞在する三日の間、お前にボー・バンニンクの護衛及び世話役を命じる。侍従たちと同じ馬車に彼女も乗っているから、さっさと行け」
周りの部下たちに冷やかされながら、命令を受けたオスカーは小走りに馬車へと向かった。
そうしてようやくタイバーの挨拶を受け、ヴェルナーは船の視察に取りかかれた。
「典型的な二段タイプのガレー船か。一応は帆もあるのか。小回りも割とききそうだが、速度はどの程度かな」
「流石は陛下。どこかで勉強なされたのですな」
タイバーは自分の得意分野を説明できるのが嬉しいらしく、喜んでヴェルナーに説明し続けた。
すでに修理は完了しており、操船訓練についても概ね問題無いという。オスカー主導による訓練は過酷だったが、それだけ急速に船に慣れていったそうだ。
「今の彼らなら、ここからグリマルディの中で一番近い港まで五日というところですな」
「五日、か……。ちなみに、その港には海上にいる船を攻撃する設備はあるか?」
「投石器が五台ほどありますな。ですが、それを使うより先に船を出すでしょうな」
すらすらと答えるあたり、バンニンクから聞いたとおりタイバーも母国グリマルディに対してあまり良い感情は持っていないようだ。
「よし。そういう事ならば少し作戦を変更しよう。帰りは船で迎えに来てもらって楽をする」
ヴェルナーは決めた。ついでにグリマルディ王国の港もひとつ潰してしまおう、と。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。