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4.野望の狼煙(爆発付き)

4話目です。

よろしくお願いします。

 秘密の爆破実験から数日が過ぎた。

 オットーを使って密かにエリザベートの動きを確認していたが、特に情報を外へ洩らすような動きも無かった。

「護衛たちにすら内容を伝えていないようで」

「うーん……それは良いんだが……」


 オットーの報告を受けて、ヴェルナーは両手で顔を覆った。

「まさか、逆に俺に近づいてくるとは思わなかった。普通は怖がってなるべく近づかないようにするだろう。あいつどうかしてるぞ」

「それも防衛行動の一種でしょう。ヴェルナー様と敵対しない事を示すには、近くにいるのが一番手っ取り早いのですから」


 オットーの説明に一応は納得するが、ヴェルナーとしてはやや困った状況に置かれていた。

「兄貴が嫉妬しているみたいだな。婚約者を俺に取られるんじゃないかと気が気でないらしい。馬鹿馬鹿しい話だが、俺や彼女の一存でどうこうできる問題じゃない事も分からないか」


 さらには別の問題もある。

「俺とエリザベートの仲を勘ぐる噂が流れているみたいだな……」

「そのようで」

「おかげで婚約者のマーガレットが妙に不機嫌らしくて、彼女の親父さんから釘を刺されたよ」

 誤解を解く意味も込めて、今日はマーガレットを連れて町へ出る事になっていた。


「丁度良い機会かと。例の件について、いよいよ動くと言われていたではありませんか」

「そのつもりだ。ファラデーたちを護衛に連れて行くから、ついでにあいつらに仕掛けさせる」

 エリザベートと共に爆薬魔法を見たファラデーたち五人の兵士は、最早完全にヴェルナーの手勢となっていた。ヴェルナーの護衛専任として軍からの引き抜きも終えている。

 これが貴族階級である騎士なら難しかったかも知れないが、平民である兵士達の異動はすんなりとできた。


「それじゃ、そろそろ迎えに出ようか」

「お気をつけて、行ってらっしゃいませ」

 エリザベート監視の為にオットーを留守に残し、ヴェルナーは馬車に乗ってマーガレットが待つフラウンホーファー侯爵家の王都別邸へと向かった。

 やや曇っているが、雨は降りそうにない過ごしやすい日だった。


●○●


「ヴェルナー様!」

「マーガレット。待たせてしまったようだね」

 屋敷は王城からすぐの場所にあり、門に立っていた兵士が馬車を見るなりすぐに屋敷へと駆けて行った。

 そして、ほどなくマーガレットが金髪を揺らしながら小走りにやってくる。


「いいえ。丁度準備が終わったところですから」

「では、さっそく参りましょうか」

 侯爵も夫人も居ないらしく、挨拶も不要なようなのでヴェルナーはマーガレットの手を取り、馬車へと誘う。

「今日は町を回りましょう。新しい菓子店が出来たそうですよ」


「ヴェルナー様は、お城にお住まいなのに私よりも町の事に詳しいのですね」

「実はこっそり町に出て遊ぶ事も多いのですよ」

 内緒ですよ、とヴェルナーが笑うと、マーガレットも口元を押えて上品に微笑む。

「秘密の多い方ですね。それで……エリザベート様の事ですけれど」

 口元は笑っているように見せているが、目は真剣だ。


 ヴェルナーは単なる噂に過ぎない、と言いながら、ずっと迷っている事をまた考えていた。

 このままマーガレットと結婚する事を考えると、彼女には早いうちに自分の目的を伝えた方が良いのではないかと思っていたのだ。

 だが、彼女自身は信用できても、侯爵やその周辺まではどうだろうか。不安は数えきれない程ある。


 不安要素を片っ端から爆破していく事も出来なくはないが、その方法では最終的にヴェルナー自身、周りが全て敵になって安心して眠る事すらできなくなる。

「戦いは一人じゃできない」

「何かおっしゃいましたか?」

「いや、一人ごとさ。さあ、出発しようか」


 馬車の窓から隣に立っているファラデーに合図を送ると、馬車は再び進み始める。

 貴族の邸宅が集まるエリアを進みながら、窓の外の光景を見ているマーガレットの横顔を眺める。

「……マーガレット。デートが終わったら、一つ大事な話をしよう」

「大事な話、ですか?」


 十歳の子供相手にする話じゃないと思いつつも、ヴェルナーは真剣な目をして伝えた。致し方なくエリザベートが先に知る事になったが、本来で言えばマーガレットの方が先に知っておくべきなのだ。

 そして、酷かも知れないが、選んでもらう必要がある。

「将来に向けての大切な話だよ」


「はい。わかりました」

 マーガレットは質問を口にする事は無かった。

「ヴェルナー様がそう言われるなら、是非聞かせていただきます」

「決まりだね。それじゃ、一旦その事は忘れてしまおう」

 ヴェルナーはマーガレットに触れるくらい近くに座り直し、窓の外を指差した。


「ほら、貴族街を抜けてすぐの場所に洋菓子店があるんだよ」

「まあ。全然知りませんでした!」

 目を見開いて無邪気に驚いてくれるマーガレットが好ましい、とヴェルナーは感じた。

 だからこそ、なるべく隠し事は無しで行こう。そう決めた。

 何人かは、信頼できる仲間が居た方が良いとヴェルナーは信じている。前世で爆死した時の部下たちのような、信用できる味方が。


●○●


「楽しかったです、ヴェルナー様」

「それは良かった。じゃあ、夜に成ったらお城においで。夕食を一緒に。それから話をしよう」

 三時間ほどかけて町をぐるりと回るだけのデートだったが、高位貴族の令嬢としてあまり外出の機会が無いマーガレットには新鮮だったようで、とても喜んでいた。


 一度フラウンホーファー侯爵邸へと送り届け、着替えてくるマーガレットを城で待つ形になる。

 手を取って馬車から降りるのを手伝い、彼女が玄関まで戻ったのを確認してヴェルナーは馬車内へと戻った。

 そして、城へ向けて馬車は動き始める。


「設置は?」

「は。問題無く完了しております」

 窓を開けて、ゆるゆると走る馬車に徒歩で並走するファラデーに声をかけると、すぐに答えが返ってきた。

「今度は自分たちでしっかり手の確認をしてくれよ。豆粒程度でも手首から先が無くなるぞ」


 慌てて同僚たちと確認し合っている兵士たちを見て、新兵の頃の部下や自分を思い出してヴェルナーは笑った。

「さて……気が重い事だが、やらねばならない事だな」

 マーガレットは真面目で正義感の強い子だ。少なくともヴェルナーはそう感じている。

 もしヴェルナーが王位簒奪を企んでいる事を知ったら、どういう反応を示すだろうか。


「我ながら、身体の方に精神年齢が引っ張られている感はあるな」

 民間軍事会社(PMC)所属の傭兵時代なら、女性は恋愛対象というより金はかかるがステータスとして侍らせておく相手だった。労働の結果としての愉しみだったと言って良い。

 だが、今マーガレットに感じている気持ちはまるで違う。もっと純粋なもののようにすら感じる。


「十歳相手に恋愛もないけどな。数年後の成長を楽しみにしておくか」

 尤も、成長した時点でヴェルナーは彼女に嫌われているかも知れないが。

「世の中はどう転ぶかわからない。……特に人の運命なんて、爆発一発で変わってしまうものだからな」

 地雷にやられて足を失ったり、身体が動かなくなった者も多く見てきた。


 だからこそ、逆に爆発物が持つ影響の大きさに悪魔的な魅力を感じてしまっているのだ。

「生まれ変わっても、救い難い性質は変わっていないわけだ」

 城の前にぴたりと寄せられた馬車から降りる。迎えに出てきたのはオットーだけだ。

「とりあえず、今度はあんなヘマはしないようにしないとな」

 オットーに片手を上げながら馬車を降りたヴェルナーは、マーガレットを夕食に誘った事と、彼女にも秘密を教える事を伝えた。


●○●


 王城の居館と迎賓館、そして執務の為の本館を結ぶ廊下から、広いバルコニーに出られるようになっている。

 夕食を終え、陽が傾き始めたそこにいるのは、離れて見ている護衛の他は、ヴェルナーとマーガレットの二人だけだ。

「何度か見せたけれど、ここからは王都の町が一望できる……と言われている」


 含んだ物言いに、マーガレットは首を傾げた。

 さらりと繊細な髪が肩から落ち、揺れている。

「城の北側。城の影が落ちる方は見えない。そこには父の圧政で仕事を失ったり、過酷な夫役に駆り出された結果、畑仕事が出来ない程の怪我を負った者も集まるスラムがある」

 それは貴族令嬢であるマーガレットには無縁な事だった。そういう人々がいる事すら知らなかったのだろう。


「そんな人たちが……」

「王や貴族というのは、しっかりと将来を見据えて町を発展させる事が使命だ。少なくとも、家庭教師はそう教える。でも、実際はどうだろう。七公三民の重い租税は民衆を苦しめるばかりで、余力など碌に残っていない」

 昼間に立ち寄った菓子店も、客のほとんどが貴族なのだ。甘味を楽しむ余裕など、一般の市民には無い。


 突然、王国の裏側を知る事になり戸惑っているマーガレットの肩にそっと手を置き、ヴェルナーは目を見合わせた。

「良く聞いて……僕、いや俺は王の座を狙う」

 さらにびっくりしたようで、マーガレットは声も出せずにヴェルナーを見つめている。

「もちろん、必ずうまく行くとは限らないし、危険も当然ある。だから、君には選んで欲しい」


「選ぶ、とは?」

「俺についてきて王妃になるか。別の誰かを見つけて俺と離れるか」

 完全に兄や王と敵対した時、あるいはヴェルナーの狙いが彼らに知られた時、婚約者であるマーガレットが狙われない保証は無い。

 ヴェルナーは無言で答えを待っていたが、理性は後者を選んでくれと考え、感情は前者を選んで欲しいと願っていた。


「……ヴェルナー様は、王に成って何をなさるおつもりですか?」

「正直に言おう。俺が自由に生きるためだ。君も欲しいし権力も欲しい。領土を広げたり制度を変えてこの国を豊かにする事で、俺が使える力も増大させていく事を目指す」

 全ては自分の為だ、とヴェルナーは正直に話した。

「多くの血が流れるのでしょうね」


「ああ。俺自身も誰かを殺す事を厭わないし、殺される可能性もある」

「一つ、お願いがあります」

 言葉を出さず、ヴェルナーは頷きで応える。

「先ほど言われたスラムの方々も救われるような……せめて貴方の味方になる人々に対しては、良い王となってくださいますか?」


「もちろんだ」

 ヴェルナーは再び頷いて即答した。

「では、私も覚悟を決めます」

 マーガレットが微笑む。愛らしい幼さの残る顔立ちだが、そこにはしっかりと考えた末の意思があった。

「私を、貴方の妻にしてください。貴方の覇道を支える一人になりましょう」


 喜びを示すように固くマーガレットを抱きしめたヴェルナーは、そっとバルコニーから見える街並みを指した。

 そして、彼が隠していた魔法の力について説明した直後、町を指していた指を弾く。

 乾いた音が響いた直後、町の三か所で爆炎が上がり、赤い炎が踊り黒々とした煙が昇り始める。デート中にファラデーたちが密かに爆薬を仕掛けた場所だ。


「まずは兄であるマックスを倒す。その前に、あいつの後ろ盾になりそうな貴族の力を削ぐことに決めたんだ」

 爆発したのは、目を付けた貴族の財産が保管された倉庫だった。木造の倉庫は爆発で吹き飛び、残った物も焼けてしまうだろう。

「三年後だ。マックスが十五歳になって成人するまでには、あいつの周囲にいる力ある者が一人もいない状況を作る」


 そして選ばせるのだ。一人の男として。

 ヴェルナーと対立して戦うのか、それとも大人しく王太子の座を譲って城を去るか。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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