38.宣戦布告
38話目です。
よろしくお願いします。
ヴェルナーは四人の騎士を連れて、石を並べて埋めただけの簡素な国境線表示を馬で乗り越えると、すぐに馬を走らせ始めた。
周囲は開けた荒野になっていて、目標であるグリマルディ王国軍にはあっという間に追いつく。
「三人は右へ。一人は付いてこい」
ヴェルナーは大声で言いながらハンドサインを出して、集団で走っているグリマルディ王国の兵たちを左右から挟むように進む。
「ひぃいい……」
ヴェルナーの姿を見つけた兵士が、怯えた声を上げたかと思うと、足をもつれさせて倒れた。後続に踏みつけられているようで、恐らくは助かるまい。
それだけでは無く、ヴェルナーは取り出した銃に、爆薬を貼りつけた銃弾を滑り込ませては射撃していく。
数発の弾丸は、集団の中でも先頭に近い者を倒し、後続も巻き込まれて転んで行く。
倒れた者たちは、背後から迫ってくる帝国兵たちに殺されるか捕えられるだろう。
「見つけた!」
一人だけ、他と違う鎧を着た者がヴェルナーの視界に入った。
「あれがエトムントだな?」
案内役だった兵から聞いた特徴にも当てはまる。
「まず足を止めないと、な」
すぐに殺すつもりは無かった。捕えて情報を吐かせた方が、帝国に恩を売る事にもなる。エリザベートの手柄にもなるだろう。
ヴェルナーは一本の矢のような金属棒を取り出すと、小さなプラスティック爆薬を生成して取り付け、ライフルに差し込んだ。
飛び出した先端にも少し多めの爆薬を取りつけ、ぐにぐにと成形して矢じりのような形にする。
「よし」
馬を走らせたまま、グリマルディ王国軍が走って行く前方へ向けて構える。
距離は百メートル程。充分届くだろう。
「狙いは適当で良いな」
射出の為の爆薬が爆ぜると、少し不安定な回転をしながらも鉄の矢は飛んで行く。
そして、エトムント達の目の前で爆ぜた。
大地に落ちる直前で爆発した矢じりは、爆風で先頭集団を纏めて薙ぎ払い、数人はそれだけで死んだようだ。
だが、周りを護衛に守られていたエトムントは、転倒しただけで無傷なようだ。
爆発の影響で完全に足が止まったグリマルディ兵たちに向けて、真正面に回り込んだヴェルナーは声を上げた。
彼について来た騎士は、敵の前に身を晒す王の隣で気が気ではない様子だが、本人はまるで気にした風でもない。
「止まれ。逃げようとすれば足元の大地が吹き飛ぶぞ」
ハッタリだが、実際に味方が爆散させられた彼らは、判断が出来ない。立ち止まり、恐々と馬上の少年を見ている。
「き、貴様は……!」
兵たちと同じように、爆発を怖がっているのだろう。エトムントは震える声で問うてくる。
「ヴェルナー・ラングミュアだ。そういうお前がエトムントだな。船の輸送はご苦労だった。だが、俺の事を簡単に同盟国を裏切るような奴だと判断したのは甘かったな。船は迷惑料としていただいておく」
ヴェルナーが言うと、驚いた顔をしていたエトムントは肩を震わせ始めた。先ほどまでの恐怖に因るものでは無い。笑っているようだ。
「ふふ……うわはははは!」
「どうした? 狂ったか」
「船ならば、今頃全て沈んでおるわ!」
笑い声と共に、エトムントは工作員を潜ませて、彼らごと船が沈むように仕向けた事を自慢げに語った。
「それを俺に言ったら、意味が無いんじゃないか?」
「この人数差だ。爆発が一度や二度起きたところで、お前を殺すくらい訳も無い」
なるほど、とヴェルナーは素直に納得した。今までの爆発では一度に十数名が吹き飛ぶ程度であり、その間に吶喊させればヴェルナーと護衛の五人くらいは殺せるかも知れない。
だが、とヴェルナーはエトムント以外の兵たちの方を見た。
「お前は、その工作員と同様に、ここにいる兵たちも自分の栄達の為の犠牲にするつもりなのか?」
「我が国の為の致し方ない犠牲だ。戦とはそういうものだ」
そのやりとりに、エトムントの周囲にいた兵士たちはざわつき始めた。
「ふむ。どうやら脅しが不十分だったらしいな。ではひとつ。良い事を教えてやろう。ほれ、国境の方を見て見ろ」
ヴェルナーが指差した先で、国境の向こうに広がる平原が激しく盛りあがったかと思うと、くぐもった音が響いて来た。
それはちょっとした競技場程の広さを一時に掘り返す程の規模であり、巻き上げられた土がすぐ近くまで降り注ぐほどの爆発だった。
このように、とヴェルナーは肩をすくめて話を続ける。
「お前らを纏めて吹き飛ばすくらいわけないんだ。……さて、それを踏まえて話をしようか」
ヴェルナーはグリマルディの兵たちを見回してから、エトムントを指差した。
「お前たちの手で、そいつを取り押さえろ。そうすれば俺はお前たちを殺さない」
言葉が終わった直後、エトムントの周囲にいた兵たちの動きは素早かった。
「な、何をする! やめろ!」
エトムントは仲間たちによってうつぶせに押さえつけられると、両手を後ろに回されて押さえつけられた。
「おれを誰だと思っている!」
「……貴方が、我が国の兵を生かすための犠牲になる番だと言う事です」
「貴様!」
率先して兜を押さえつけた副官の言葉に、エトムントは激高しているようだが数人がかりで押えられては身動きが取れない。
そうしているうちに帝国の兵たちが追いつき、グリマルディ軍は完全に包囲された。
「さあ。武器を捨てて膝を突け。個人の武勇を誇りたければ好きにすれば良いが、その選択は周囲の仲間と共に文字通り砕け散ると知れ」
最早、ヴェルナーの指示に逆らう者など居なかった。グリマルディの兵士たちはすぐに剣や弓を放り捨て、両手を上げたまま膝をついた。
「……お見事です」
「どうも。美人に褒められると悪くない気分だ」
ヴェルナーの近くまで馬車が近づき、降りてきたアーデルは先ほどの大爆発に対する驚きで胸が弾むのを押えながら、短い称賛を紡いだ。
応えながら、ヴェルナーは馬に乗ったままでアーデルの敬礼を受ける。
「ヴェルナー様!」
アーデルに続いてエリザベートが馬車から飛び出すと、ヴェルナーは素早く馬から飛び降りて彼女を迎えた。
「越境の許可をありがとう。助かった」
「それはこちらのセリフですわ、ヴェルナー様から齎された情報で、こうしてグリマルディ王国の戦力を一つ抑える事ができたのですから」
それで、とヴェルナーはアーデルの紹介を求めた。
「彼女はヘルムホルツが誇る将軍の一人、アーデルトラウト・オトマイアーです。オトマイアー侯爵家の長女で、わたくしとは親戚になります」
幼いころから近しくしており、十歳年上のアーデルは姉のような人物らしい。
「はじめまして、ヴェルナー・ラングミュア陛下。陛下の事はエリザベート様から色々と窺っております」
真紅の鎧をガシャリと鳴らしながら敬礼したアーデルは、今後についての話をしたい、と切り出した。
「兵を休ませたく思いますし、敵将から聞き出したい事もあります」
「こちらもだ。できれば話を聞き出すのに立会をさせてもらいたい」
ヴェルナーの希望は快諾された。
●○●
国境を接する国が多い為に何かと対外戦闘の多い帝国にあって、オトマイアー侯爵家は文官を多く輩出しており、国内の経済的な安定に寄与してきた貴族家だった。
その歴史は古く、一千年を超えるとされるヘルムホルツ帝国が建国を宣言したときに皇帝を支えた忠臣から始まっている。
侯爵家成立以来穏やかな性格の人物ばかりであったオトマイアー侯爵家にあって、女だてらに騎士の道を目指したアーデルトラウトは異端児だった。
「小さい頃から格好良かったですわ。でも、わたくしがラングミュアに行っている間に、将軍にまでなっていたのにはびっくりさせられましたわ」
帝国の兵士達がグリマルディ兵を捕縛している間、ヴェルナーも一人を伝令に走らせて自分の手勢を休ませることにした。
そして、ヴェルナーはエリザベートやアーデルと共に穏やかな午後のティータイムを楽しむ。
「帝国では、女性が騎士になることは無かったのでは?」
「特例です。流石に侯爵家の力を使わないと不可能でした。ラングミュアへ行くエリザベート様の護衛も男性でしたが、今では女性の騎士も必要だという意見も増えております。尤も、実現するにはまだ時間はかかりそうですが」
どうやら、帝国では女性の活躍がじわじわと増えつつあるらしい。
「エリザベート様から伺いましたが、ラングミュア王国では女性の兵や騎士がいて、女性の貴人を護衛するのに活躍しているとか」
進んでいる、とアーデルは褒め称えたが、実際の所帝国には侍女に混じって身辺護衛を行う訓練を受けている者が居るので、あまり変わりは無いのだが。
「部隊を預かる身として、どうしてもエリザベート様の護衛として同行する許可が下りませんでしたが、危急の際には陛下が護衛を手配してくださったと聞いて安心いたしました。エリザベート様の友人としてお礼申し上げます」
「気にしなくて良い。俺にとってもエリザベートは大切な人物だから、当然の事だ」
ヴェルナーの言葉に照れているエリザベートを見て、アーデルはどう対応して良いものか迷ってしまった。
皇帝からはヴェルナーと会う機会が有れば、ありのままに見てくるようにと言われたが、今の時点でわかる情報は強力に過ぎる魔法と行動力を持ち、その行動力が女性に対しても発揮されているらしいという事だけだ。
ほどなくして、敵兵を全て捕縛し終え、護送の準備ができた事を兵が伝えに来た。
「これで、グリマルディ兵は何もできません。これから敵の隊長を尋問します」
そう言って案内されたのは、狭い天幕だった。
中は単純な作りで、中央にランプが吊るされているだけの薄暗い室内では、中央に装備をはぎ取られて上半身も裸になっているエトムントが手足を縛られて座らされている。
あまり見ていて楽しいものではない、とヴェルナーとアーデルに言われたエリザベートは、声も聞こえない距離まで離れている。
尋問と言っても、捕虜に関する協定や条約など存在しない世界だ。殺されるよりも耐え難い苦痛を与えられる可能性が高い。
それを、エリザベートも分かっていた。
「は、話す……話すから……」
エトムントも理解しているのだ。ヴェルナーとアーデルを見た彼の怯えようは、大の大人がぐずぐずと涙を溢し鼻を垂らした、見るに堪えないものだった。
アーデルはその様子を一瞥して見張りの兵士から短い棒を受け取ると、無言で三度、四度とエトムントの頬を打擲した。
「聞かれた事だけ答えなさい」
「わかった、わかったから、殴らないでくれ……ぶっ!?」
話している途中のエトムントは、再び殴られた。先ほどの倍の回数だ。
「聞こえなかった? 口を開くのは答える時だけよ」
押し殺した声に、エトムントはすくみ上って何度も頷いた。
「こえーな……」
先ほどまでの凛々しい女性騎士の雰囲気が豹変した事にヴェルナーが股のあたりがうすら寒くなるのを感じながら呟くと、隣にいた兵士が小さく頷いたのが見えた。
「ではまず、知る限りグリマルディ王国軍がどう動く予定なのか吐きなさい」
ポツポツとエトムントが話し始めた内容は、アーデルと共に立ち会った騎士が書きとめていく。
その中で、ラングミュアへ寄贈された船に対して彼が仕組んだ工作が改めて語られると、ヴェルナーは冷え切った頭でそれを飲みこむ事になった。
大型船に関する知識を持った者は、ラングミュアにはいない。恐らく船は沈み、下手をすれば調査をしていた者も巻き込まれて犠牲になっているかも知れない。泳げる者すら少ないのだ。
「その工作を指示したのは?」
ヴェルナーがぞっとする程冷たい言葉を発すると、アーデルは驚いて振り向き、エトムントも硬直した。
「吐け。王の指示か? それともお前の独断か?」
続くヴェルナーの言葉にも、歯をカチカチと鳴らして答えを言わないエトムントに、アーデルは我に返って二度ほど殴りつけた。
「質問に答えなさい」
口の中が切れたのだろう、ポタポタと血を流しながら、エトムントは目をギョロギョロと泳がせてから、言葉を発した。
「そうか。グリマルディの王が命じたか」
「いや、ち、ちが……」
答えを聞く前に結論を出したヴェルナーに、エトムントは驚いて否定した。
「お前は、独断で十隻もの船にそんな仕掛けが施せる程偉いのか? 死んでも良い兵を二十人も用意できる程の権限があるのか?」
造船にはこの世界でもかなり高度な技術を要する。大型の輸送船が作れる技術者であれば尚更だ。仕掛けを動かせば沈むということは、動かすまで沈まないように船の構造を知り尽くしている必要がある。
「王命でも無ければ、そんな大規模な仕掛けが出来るわけがないだろう」
ヴェルナーがそう結論づけると、エトムントはうなだれた。
「認めたな」
質問に、エトムントが小さく頷くのを確認したヴェルナーはアーデルへ向き直る。
「アーデルトラウト・オトマイアー将軍。ラングミュア国王としての俺の依頼を、皇帝にお伝え願いたい」
伺いましょう、と直立したアーデルは、魔法だけでなく性格にも表れたヴェルナーの苛烈さを知る。
「ラングミュア王国は正式にグリマルディ王国と事を構える。それについて互いの動きについて打ち合わせておきたいので、連絡を取りたい、と」
ヴェルナーは笑っていた。
「うっかり、帝国兵まで爆発に巻き込んでは申し訳ないからな」
お読みいただきましてありがとうございます。
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