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37.戦闘開始

37話目です。

よろしくお願いします。

「待ち伏せだと!?」

 早暁、国境を越えたグリマルディ王国軍の部隊長エトムント・アンデは、四時間程進んだ地点で立ち止まり、目の前に布陣している帝国軍の姿に思わず声を上げた。

 その数はざっと見ただけでも倍に近い兵数があり、横陣は待ち構えているかのようにエクムント達を向いており、偶然行き当たったとは思えない。

 斥候を先行させていたが、どうやら殺されてしまったらしい。


 斥候に見つかったかと考えたが、だとしても陣容が巨大に過ぎる。

「まるでおれたちが来ると分かっていたような……まさか!」

 ラングミュアに騙されたのでは、と思い至った時には、帝国軍は歩兵を前面に出してずらりと並べた槍を向けて前進を始めた。

 その圧力は尋常では無い。怯えの色を見せる部下たちを怒鳴りつけて、エトムントは兵たちに迂回して横から攻撃する事を宣言した。


「数が少ないこちらの方が、部隊としての動きは速いはずだ! 槍兵は左右への方向転換が遅い!」

「隊長! あれを!」

 エトムントが右へと向かうように剣で示しつつ持論をぶっているところに、副官が悲痛な叫びを上げた。


「……間に合わんか!」

 槍衾は左右が突出する陣形でエトムント達の部隊を包み込もうと動き始めており、その速度は予め予測されていたかのように速い。

 彼が言うように左右に回るのは時間がかかるが、正面に進むのは問題無い。

 さらには、左右から追い立てるように騎兵が姿を見せた。


「隊長……」

 指示を求める副官の声に、エトムントは迷いに迷った。

「こんなはずでは……敵は我が国の方を向いていて、側面からの強襲をするはずが……」

 現実を受け入れられずにいるあいだに、槍兵の頭を越えるようにして矢が降ってくる。

「隊長!」


 副官の叫びで我に返った時、部下たちは二十名ほどが矢を受けて倒れていた。

「撤退だ! ラングミュアに入れば連中も追ってこない!」

 エトムントの叫びを聞いた部下たちは「そうだ。帝国はラングミュアに入ってこない」と声を上げて互いに頷き、一目散に逃げ始めた。


 五百名弱の兵士たちは、最早軍隊としての体を成していなかった。バラバラに広がり、一部は矢を受けて倒れ、足が遅い者は槍に貫かれた。

 方向を見失って騎兵に殺される兵士も居た。

「おのれ、ここで終わる訳にはいかん!」

 周囲を副官を始めとした護衛の兵に囲まれながら、エトムントは走った。鎧がいつもより重く感じたが、矢が背中に当たって弾かれた衝撃を受けては、脱ぐ気にはならない。


「うぐっ!」

「がっ!?」

 周囲で矢を受けて倒れる部下たちの断末魔が聞こえる。

 帝国軍の前進は疲れからか次第に遅くなっているが、エトムント達も多少距離を離した所で速度は落ちている。


 ほぼ歩く様な速度になり、エトムントの兵たちは四百程度にまで減らされた状態でようやく国境までたどり着いた。

 国境が見える位置に来ると、その向こう側に帝国軍と同じように横並びに布陣する軍隊が見える。

「ラングミュアの兵だ!」


 誰かが叫んだ。

 その声は明るかったが、剣を抜いたラングミュア王国軍は彼らの前に立ちはだかった。

 中央には、馬に乗った少年がいる。

「そこからは我がラングミュア王国だ! 許可なく立ち入りすることは許さん!」

 声を待っていたかのように、弓兵が百名程並んで矢を引き絞る。


「そ、そんな馬鹿な……!」

「追われているんだ! 助けてくれ!」

 大多数はエトムントと共に立ち止まったが、数名は救いを求めて国境を越えた。

 その直後、多くの矢でハリネズミのようになった兵士たちが転がる。

 信じられない光景に、エトムントを始めとしたグリマルディ兵は呆然と立ち尽くした。


「ぐぐぐ……一体、一体何のつもりだ!」

 叫び声をあげるエトムントに、馬上の少年が答える。

「何のつもりかって? さっきも言っただろう。国境を守ってるだけだよ」


●○●


「全体を停止させて一定の距離を保て。隊列は当初の通り槍兵を先頭にした横陣形で良いわ。急ぎなさい。近付きすぎると危険……らしいわよ」

 真っ赤な軽鎧を着た二十代半ばの女性が指示を出すと、オープンタイプの馬車の隣に座るエリザベートへと目を向けた。

「これでよろしいかしら?」


 真っ赤なルージュをひいた唇で弧を描いて微笑むと、応えるようにエリザベートも微笑む。

「ええ。ありがとう。オトマイアー将軍」

「家名で呼ぶのはやめていただきたいわ、エリザベート様。変に勇ましくて好きじゃないの」

「あら。ではアーデルトラウト将軍、と」


「長すぎるから、アーデルで構わないわ」

 アーデルは再び正面を見る。遠くにはグリマルディの将兵四百弱。さらに向こうにはラングミュア国王ヴェルナーが自ら率いる軍勢約五百が国境を挟んでグリマルディ王国軍とにらみ合っている。

 正確には、威圧している。


「離れすぎじゃないかしら?」

「これくらい離れていないと、巻き込まれますわ」

 心なしか、何かにおびえたような顔をするエリザベートを不思議に思っていると、グリマルディの軍勢が動き始めた。

 部隊長の指示で国境の突破を図るつもりのようだ。


「帝国が誇る将軍の一角として、アーデルはどう思う?」

「愚策ね。この状況なら密集隊形になってグリマルディ方面へ逃げるべきよ。ラングミュアとの国境にそって西へ向かえばグリマルディ王国へ入れる。運が良ければ戦闘中の味方と合流できるわ」

 なるほど、とエリザベートは頷いた。


「でも、あの隊長は敵しか見えていないようね。というより、ラングミュアに騙されたと知って、ラングミュアに対して一矢報いようとしているのかしら」

 それに、ラングミュア側の方が数は少ない。率いているのは少年だ。数も多く強固な槍衾を作り上げている帝国軍に比べれば、戦いやすい相手に見えただろう。

 エリザベートは頷いた。


「お父様の周りにいる連中のように、あの部隊長もヴェルナー様を甘く見ているというわけね」

 エリザベートは吐き捨てるように言った。

 帝国内ではヴェルナーに対する評価は未知数だが、その年齢から重要な人物とは思われていない状況だった。皇帝や一部の重臣のみがヴェルナーの用意した作戦を知っており、アーデルトラウトが率いる部隊も、グリマルディとの国境を警備するためとして編成された。


「甘いわ。とても」

 エリザベートは両手を叩いた。

「ばぁん。あっという間に彼らはヴェルナー様の怖さを知るわ。同時に、貴女も」

「……どういう意味?」

「見ていればわかるわ」


 エリザベートの言葉が終わると同時に、爆発音が響いた。

「ほらね」

 国境に踏み込んだグリマルディ王国兵たちは、足元から吹き上がった爆風によって高々と打ち上げられた。

 それでも密集して押し込んでくる兵たちには、次の爆発によって石や金属の破片が高速で降り注ぐ。


 いくつかの死体やその一部は、待機している帝国兵たちの目の前にも落ちてきた。

 構えていた長槍に生首が突き刺さった槍兵が悲鳴を上げる。

「なんなの……どんな魔法よ、あれ……」

 冷や汗を流しているアーデルに、エリザベートは同情の目を向けた。


●○●


 国境を越えた部下たちが次々と爆風に吹き飛ばされていくのを目の当たりにして、エトムントはようやく逃走について思い至った。

 というよりも、逃げたいという気持ちが思い出させたようなものだが。

 だが、事ここに至ってエトムントの思考はネガティブに過ぎる方向性を示す。

「西へ……うぐっ!?」


 母国への逃走を考えたところで破片の一撃を胸甲に受けた彼は、その思考も読まれているのではないかと考えた。

「ひ、東だ!」

 エトムントが指し示す方向に、兵たちは盲目的に走り始める。

 吹き飛ばされるよりも帝国に立ち向かうよりもずっと生き残る可能性が高い、とエトムントとともに部隊は方向転換をしてすぐに走り出す。


 これには、アーデルトラウトも驚いた。

「どうするつもりよ!」

 すぐに道をふさぐように命じるが、東側の方位は薄く、密集しているうえに死に物狂いのエトムントたちを止めることはできず、すぐに突破された。

「騎兵はすぐに追って! ……いえ、今のは取り消し」


 アーデルの部隊にいる騎兵は百に満たない。

 減らされたといってもまだ三百を超えるグリマルディの兵と当たれば、背後から襲ったとしても損害は大きくなる。

「帝国の代表! 聞こえるか!」

 多少隊列が崩れるとしても、全軍で追うべきかと考えていたアーデルの耳に声が届く。


 視線を向けると、国境線ギリギリで馬上から声を上げるラングミュアの少年王の姿があった。

「五人で良い! 入国の許可をくれ!」

 この緊急時に何を言うか、と馬車を進ませながら立ち上がったアーデルは声を張り上げた。


「ヘルムホルツの将、アーデルトラウト・オトマイアーよ! 我が国に入って何をするつもり? まさか挨拶を交わそうって言うんじゃないでしょうね?」

「それも良いが、後にしよう。連中を追いかけて足止めする。我が国を通してしまった不始末の侘びとしたい!」

 たった五人で何ができるというのか。

 アーデルはラングミュア王の狙いがわからずに返答を考えていると、隣にいたエリザベートが立ち上がった。


「ヴェルナー様!」

「エリザベート!? どうしてここに!」

「そんなことよりも、今は敵を止めるのを急がねばなりません!」

 敵兵が国内に深く入り込むことの危険をエリザベートも認識している。

 特に補給の見込みが無い敵は、町や村を襲って物資を手に入れようとするだろう。国内を回っている治安維持兵の規模では、とても三百名の敵を抑えることはできない。


「ヘルムホルツ帝国皇女として、このエリザベート・ヘルムホルツの名において正式に許可します! ヴェルナー様、敵の足止めを!」

「わかった! 助かる!」

 返事をしたヴェルナーは、自ら四名の騎士を率いて越境した。

「国王自ら? 無茶なことを!」


 慌てて護衛のための人員を用意しようとするアーデルを、エリザベートが止めた。

「必要ありません。それよりも、ヴェルナー様が止めた敵を背後から討つ準備を。早く」

「わ、わかりました」

 アーデルは槍兵に後方へ下がって長槍を分解するように命じ、騎兵を最前列にして敵を追うように命じた。


「さあ、行くぞ!」

「応!」

 ヴェルナーの掛け声が響き、彼が率いる騎士隊が帝国兵を置き去りにしてエトムントたちを追う。

 三百を追う五。

逃げ惑う三百は必死であり、追いかける五には狩りをする肉食獣の勢いがあった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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