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34.三国が動いて

34話目です。

よろしくお願いします。

 ヘルムホルツのわがまま皇女。

 ラングミュア王国へ出発するまでの、エリザベートに対する城内の者たちが抱いていた評価は一言で言えばこうだった。

 そして、婚約者を失って帰ってきたエリザベートに対し、再び接した者たちが受けた印象もまた同じ内容だった。


 だが、皇帝を始めとした一握りの身内だけは違う。

「ラングミュア王国の新たな王から、極秘の提案だと?」

「ええ、お父様。かのヴェルナー・ラングミュアはわたくしと同い年ではありますが、亡きマックス・ラングミュアや前の王とは比較にならない程聡明な人物ですわ」

 帰国してから半月ほど経った頃、相談と称して顔を見せたかと思えば、自信満々に言い放ったエリザベートに皇帝はどう反応するか迷った。


居合わせた妻たちも含めて、エリザベートがラングミュア王国内で何か吹き込まれたか、あるいは王国の居心地が良かったのか、いずれかであろうと考えた。

「何故、ラングミュアの王は直接親書を寄越さずにお前に伝えたのだ?」

「彼は我が帝国で一部の貴族が離反の動きを見せている事を知っておりますわ。グリマルディ王国の目がある事も考えて、大っぴらに親書を送れない事情もあるようですの」


 そう言ってエリザベートが取り出したのは、ヴェルナーが皇帝に当てて書いた親書だった。

 渡されたそれに目を通した皇帝は、唸る。

「ううむ……グリマルディ王国との間で揺れている連中まで知られているか」

 興味が出てきた、と皇帝は若い王の事をエリザベートにいくつか質問をして、ヴェルナーという男児の狙いを探る。


 若く権力を持った者が陥りがちな、さらなる権力への欲求が見え隠れする。だが、確かに能力はあるようだ。

 そう結論づけた皇帝は、熱っぽく語る娘を見る。

「惚れたな」

 声には出さなかったが、皇帝は娘の扱いについて考えた。


「エリザベート」

 親書と共に渡されていたヴェルナーからの提案書を握ったまま、皇帝は声をかける。

「余は、戻ったお前を国内の貴族へ嫁に出すつもりであったが……」

「嫌ですわ。わたくしはラングミュアでお友達もできましたし、ヴェルナー様にも親しくして頂いております。わたくしというつながりを作っておくことは、帝国に取って悪くない事ではありませんか?」


 皇帝はヴェルナーという男からエリザベートが妙な入れ知恵をされたらしい事に気付いたが、不快には思わなかった。

 簡単に目を通しただけだが、ヴェルナーからの提案書にはグリマルディ王国の動きの予測と彼が使った謀略について正直に書かれていた。信用に足るか否かは国同士の付き合いではいっそ無関係と思って良い。損得と将来の関係性を考えなければならない。


「……よかろう。では、この手紙にあるような状況になったとき、ラングミュア王国がどのように動くかを見て決めるとしよう」

「ということは、ヴェルナー様が言われていた通り、国の貴族に離反を考える者がいるのですか?」

「ああ。愚か者は確かにいる」


 そうして、それからひと月と経たぬうちにヘルムホルツ帝国対グリマルディ王国の戦いは現実味を帯びてきた。

 帝国内の戦力はグリマルディ王国側に集められ、その圧力から国境沿いで寝返りを画策していた貴族たちのうち一部は皇帝への恭順を申し出たが、残りの鞍替えを決意した貴族たちの領地には、すでにグリマルディの軍が入り込んでいる。


「さて、若い国王の言う策は、果たしてうまく行くかな?」

 尤も、ヴェルナーの提言は皇帝に対する宿題をも含んでいた。

 帝国にグリマルディ王国軍が入り込む場所も教えたのだから、見事撃退して見せなければならない。そうでなければ、国境ギリギリで待っているラングミュア王国軍が背後を取っている意味が無いのだ。


「それにしても、あれは余程ヴェルナーという男を気に入ったらしいな。護衛も腕が立つようだが、将来どのような王に成るつもりか」

 エリザベートは、ラングミュア王国領から来る敵を迎え撃つ部隊に同行する事を強く希望した。

 周囲は危険だと止めたが、結局は彼女の希望が通ったのだ。


すでに、ラングミュアから連れてきた護衛のアシュリンを含む騎士隊を引き連れ、戦地に向かっている。

「見せて貰おうか。新たな王の実力を」

 皇帝は玉座に座り、誰にも聞こえぬ大きさで呟いた。


●○●


「ははあ、これは確かに立派な船ですね。漁民の釣り船とは比較にならない」

 ヘルマン・グリューニング子爵は長いオールを連ねて海岸沿いを進んで来たグリマルディ王国軍の兵員輸送船を見て声を上げた。

 船は左右に向かってオールが並んでおり、近づいてくるとそれが上下二列ある事がが分かる。


 興味深げに舟の到着を見ているヘルマンに、同行していたグリマルディ王国からの駐在官ボー・バンニンクが同様に船を見ながら説明する。

 左右に二十名ずつ。合計四十名の漕ぎ手がおり、左右それぞれに指示を出す者と操舵手、そして船長や予備としてのマスト他を操作する人員が必要となる。

「乗っている者たちは皆軍人です。操船をしている者たちは皆、ここで下船してそのまま帝国へ向かう事になります」


 念押しのようにバンニンクが言う言葉に、ヘルマンは頷いた。

「私は技術専門の人間なので軍事には明るくないが、陛下からはそう窺っていますよ。というより、私はここに残って船の話を聞いて、調べて、知る事が仕事です」

 先祖代々戦は苦手な家なのですよ、とヘルマンはおどけて見せた。

「しかし、これほどの船を十隻も譲られるとは、貴国は随分太っ腹ですね」


「それだけ、今回の戦いに賭けているのでしょう。帝国に対する一定の勝利を収めれば、陸路の方が重要になり海路は今使っている商船があれば経済的な問題はありませんから」

 ラングミュア王国との友好を重要視していると思ってもらいたい、とバンニンクは言う。

「ふむふむ……。ちなみに海の上で戦闘になった場合はどうなるのです?」

「投石器が数台載っていますが、基本的には船首部分をぶつけてダメージを与え、かつそこから乗り込んで直接戦闘となります」


 さらに近づいて来た船を見ると、船首部分は巨大なナイフのような形状をしており、その上部は細い道のように平らになっている。木製だが、勢いがあれば同じ木造船が相手であればかなり強烈な衝撃を与えられるだろう。

「ですが、我が国の他にこのレベルの船を自在に扱える国は大陸の反対側にあるランジュバン聖国くらいでしょう。ですが、あそこは友好国ですので」


 実際に船同士の海上戦闘など滅多に無いらしい。稀に海賊行為を行う者などが出てくるが、ほとんどが短期間でグリマルディ王国軍によって撃滅される。

「勇ましい事ですな。しかし、立派な船に関われるというのは光栄ですな。ヴェルナー陛下の臣として妙な連中に付き合わなくて良かった」

「技術者も同乗しているでしょう。何なりと聞いてください」


 バンニンクは、大きな船を前にして少々興奮気味のヘルマンに言いながら、後ろをちらりと振り返った。

 そこには、交代で休憩を取りながら船がやって来るのを待っているラングミュア王国兵の一団がいる。ヘルマンたち技師団の護衛でありグリマルディ王国軍を出迎えるための人員であると説明されていたが、やや規模が大きすぎるようにバンニンクは感じていた。


 ラングミュアが他国の兵を国内に入れる事に対して充分すぎる対応をしていると言われればそれまでなのだが、グリマルディが完全には信頼されていない事実を如実に表すヴェルナーの差配に、彼女は若干だが嫌悪を覚えていた。

「失礼だが、あとどれくらいで接舷されるのだろうか」

 バンニンクに近づいて一礼し、質問をしたのは警備部隊の隊長だという騎士だった。


「はい、そうですね……今から減速してここの桟橋につけるとなると、小一時間ほどはかかるかと思います」

「わかりました。ではしばらくしてから出迎えの用意をさせて頂きます。茶を用意させますので、どうぞかけてお待ちください」

 そうして騎士が示した先には、ティーテーブルにお茶請けと共にティーセットが置かれ、一人の侍女服を着た女性が待機していた。


「ありがとうございます」

「さあ、グリューニング子爵もどうぞ」

「これは申し訳ない」

 移動する二人を見届けた騎士の名は、オスカー・ルーデンという。

 ヴェルナーに決闘を挑んだリーンハルト・ルーデン訓練生の兄であり、子爵家を継ぐまでは王国の騎士として働けと父親に命じられている。


 生真面目な性格であり、リーンハルトの騒動の時は王都を離れて任務に就いていた為に、王都へと戻った際にヴェルナーを訪ねて深く謝罪した。

 その縁で彼を覚えていたヴェルナーは、オスカーを指名して今回の任務にあてたのだ。

「目立つ任務では無いが、しくじれば王国の貴重な技術者を失う重大な結果を生じる」

 とヴェルナーに念を押されたが、オスカーは喜んで任務に就いた。


 ゆっくりと船が近づき、次第に速度を落としながら簡素に過ぎると思われる様な桟橋に向かって近づいて来る。

 この場所は浅瀬が短く水深もあるために天然の港として使える状態にあった。陸地に小屋を作って寝泊まりし、船を調べる為にこの場所が選ばれたのだ。他の海岸では、浅瀬のせいで小舟を使って輸送船まで行かなければならなくなる。


「火を絶やすな。一隻で終わりでは無いぞ」

 誘導の為に狼煙を上げている兵たちに指示を出し、オスカーは腕組みをして船へと視線を戻した。

「海、か」

 今回の命令をヴェルナーから受けた時、同時にミリカンからも異動についての打診を受けた。


「妙なところで、役に立つ技能というのはあるものだな」

 オスカーはラングミュア王国では珍しく水泳ができた。もちろん、鎧を着て泳ぐ程の技能は無いが、それでも騎士の中で唯一と言っても良いかも知れない。

 それは彼がまだ小さい頃に領地にある流れの穏やかな川にて遊んでいた経験に因るものだが、その為に新たに創設される部隊の長に推された。


「親父もまだまだ元気だ。しばらくは騎士をやっていても良いだろう。王もまだお若い。この先時間がかかってもしっかりとお役目を果たしておけば、弟のリーンハルトも取り立てて貰えるかも知れない」

 オスカーは静かに燃えていた。

 ルーデン子爵家として王国の歴史に残る一大事業。そこに関わる者として無様な真似はできない。


 一隻目の船が、桟橋に近づいてくる。

 オスカーは一つの小さな天幕へ目を向けた。その中には慣れない行軍の疲れでダウンしたイレーヌが寝かされている。

「できれば、彼女に仕事をさせる状況にはしたくないな……」

決意を新たに振り向き、オスカーが兵士達に整列を命じる。

「さあ、ラングミュア王国の代表として恥ずかしくない姿を見せるのだ!」


●○●


 船が到着している頃、ヴェルナーは国境の予定地へ向かう行軍の途中だった。

 やや早めの行動だったが、できれば帝国側の状況を確認しておきたいという考えもある。

「エリザベートからの手紙では、皇帝の説得はうまく行ったようだが、現実はどうか」

 自ら馬を駆って隊列の中ほどにいるヴェルナーは、帝国の兵数とそれらを率いる隊長格の人物次第だと思った。


「まともな奴が来てくれたら御の字だけどな……おっ?」

「陛下。どうされましたか?」

 護衛のために並走していた騎士デニスが声をかけると、ヴェルナーは部隊の右側、遠くを指差した。

「あれは、猪だよな」


 デニスは手庇で確認して頷く。

「確かにそのようですが……」

「丁度良かった。晩飯にしよう」

 ヴェルナーは腰にぶら下げていた長い鉄の棒を構えた。

 それは簡素なデザインだが狙撃銃と言われれば納得できる見た目をしている。引き金は無く、銃身の他には木製のストックと単純なアイアンサイトがついているだけだ。


 ヴェルナーが弾丸と共に内部に仕込んだ爆薬を破裂させると、高速で飛んだ椎の身型の弾は狙い過たず猪に命中した。

 一撃で絶命させるにはいたらなかったが、倒れてもがいている。

「ふむ。悪くない」

 ヴェルナーは満足気に頷くと、デニスに止めと血抜きをして兵に振る舞うようにと命じた。


 この世界に、火薬より先に銃が登場した瞬間だった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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[良い点] 今気づいたけど、ヘルマン・ゲーリングかw
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