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33.戦いの前のお説教

33話目です。

よろしくお願いします。

 外から見れば静かな日々であり、城内の者たちにとっては目が回るような忙しい日々が過ぎていく。

 グリマルディ王国との交渉から数か月が経ち、ヴェルナーも十三歳になったのだが、特に誕生を祝うような式典は行われなかった。

 商店が集まる繁華街などでは新たな王の誕生を祝う声が響き、多少なり経済に良い影響は与えたようだが、城内は静かなものだ。


「そんな暇がないだろう」

 と、他でもないヴェルナー本人が言うのだ。多くの貴族や出入りの商人などから贈り物は届いたが、それだけだ。

 城の者たちは大っぴらには言わないものの「助かった」と互いに安堵していた。とてもじゃないが、大きなイベントができる程に手の空いている者はいない。


「少し寂しい気もしますが、仕方がありませんな」

「なに、あと二年もすれば陛下も成人なさる。その時に盛大にやるとしよう」

 軍務省長ミリカンと宰相エックハルトは、互いにヴェルナーの祝いについて語りながら城内を歩いていた。

 通り過ぎる侍女や官僚たちが道を譲るのに声をかけながら向かう先は、ヴェルナーの執務室だ。


「例のヘルマン・グリューニング男爵の件は知っているかね?」

 エックハルトの問いに、ミリカンはヘルマンという男の存在は知っていると答えた。

「王都内に井戸の水汲みを楽にする装置を付けて回っていた人物ですな。あれは確かに便利です。わしの領地にも導入することにしました」

「その彼だが、陛下の命令で内務省に新しく作られる技術部門の責任者になることが決まった。合わせて、昇爵して子爵になる」


 戦功以外で昇爵は異例だ。それだけ、ヴェルナーが新しい技術の開発に力を入れているということだろう。

「他にも色々と、陛下のお考えを形にしているようですからな。随分と忙しいようですが、彼も喜ぶでしょう」

「だが、その技術部門にはこれから大仕事が待っている」


 エックハルトは少しいじわるな顔をしてにやりと笑った。

宰相に着任してしばらくはヴェルナーの決断の早さと次々に打ち出される行政改革案に目が回るような忙しさを味わっていたが、ようやく落ち着いてきた最近は娘のマーガレットと同様にヴェルナーという人物がやることを共に楽しめるようになっていた。

 宰相の地位もヴェルナーが成人するまでの仮のものと考えているが、隠居前にこれほど国が変化するのを間近で見られる機会はまたと無い。


「グリマルディ王国との取り決めで、十隻の兵員輸送船が来るのは聞いているだろう。その受け入れ担当がグリューニングになるのだ」

「それは、大変ですな……」

 ミリカンは禿げ頭に浮かぶ汗をぬぐう。

 ラングミュアは近海で漁をするための簡素な手こぎ船程度の造船技術しか持っていない。しかも、その技術は主に民間の船大工の物であり、軍用に利用できる状況ではない。


 ヘルマンにしても船を扱ったこともないだろう。技術者が一人来るとはいえ、ほとんど手探りでの作業になるはずだ。

「フリード。軍務省のお前も無関係の話ではないぞ」

 ヴェルナーが特にヘルマンを使った理由は単に船の仕組みを理解させるためでは無い。船に見合った港を作り、さらには船で戦えるような改造を施すためでもある。


「と、すると……」

「“軍港”と“海軍”という二つの言葉を陛下はお作りになられた意味はそれぞれ、兵士たちが船で出撃するための専門の港、そして船で戦うための軍という事だ」

 ぴしゃり、と自分の額を叩いたミリカンは唸り声をあげた。

「宰相殿。わしは泳げんのですよ」


「わっはっは!」

 思わず声を上げて笑ったエックハルトに、周りの視線が集まる。

「いや、申し訳ない。だが、そう心配することもあるまいよ。陛下が日ごろ言っておられるではないか。“できる奴にやらせろ”と。フリード自身が泳げなくとも、得意な者を探せばよい」


 事実、陛下自身もそうして仕事をあちこちに押し付けているではないか、とエックハルトは言う。

「海の上で戦える人物、ですか。難題ですなぁ……」

「なぁに。困ったら押し付けてきた本人に相談すれば良いではないか」

 言い出しっぺの国王ヴェルナーに聞けばよい。自分もそうしている、とエックハルトは言った。


「わからないなら聞く。陛下はそれで気分を害される方ではない。自分の発言が余人の届かぬ高みにある事をご存じなのだ」

「ははあ、なるほど」

 ミリカンは大きく頷いた。


●○●


 ヴェルナー自身が、自分が言っていることがちゃんと伝わるかどうかについて慎重であったのは事実だった。

 だが、それは彼が自分の発言を高度なものだと考えているのではなくて、他の世界からの知識であるため、どの程度の説明が必要なのか測りかねる場合が多かったためだ。

 そういう部分で、図面を見て理解してくれるヘルマンと、長く仕えていてヴェルナーをよく理解しているオットーの存在はありがたかった。


 エックハルトとヘルマンが執務室に来たとき、ヴェルナーの他にはオットーがいた。

「よく来てくれた。そろそろ準備を始めねばならない時が来たようだ」

 応接にて二人と向かい合うように座ったヴェルナーは、オットーに紅茶を頼んでからそう切り出した。

「準備ですか。わしが呼ばれたという事は、戦いになるのですな」


「その通りだ。いよいよヘルムホルツ帝国とグリマルディ王国が戦闘状態に入りつつある。そこに介入する」

 ヴェルナーの言葉に、エックハルトは首をかしげた。

「まだ戦闘は始まっていないのですね。何か予兆があるのですか?」

「帝国で兵の編成が始まり、戦闘糧食になる穀物の買い占めが始まって金額が上がっている」


 ヴェルナーはエリザベートからの手紙で軍の動きを知り、別に帝国へ潜り込ませた者から穀物価格の変動を知ったと言う。

「戦いは近い。いや、情報がここに届くまで十日はかかるからな。早ければ帝国の兵はグリマルディとの国境に向けて兵を進めるだろう」

 あるいは、先にグリマルディへと寝返ろうとしている貴族領地を包囲して改めて皇帝に対する態度を確認するかも知れない。


「いずれにせよ、軍事的な衝突は避けられない。動きが出ればグリマルディもすぐに船をこちらに寄越すだろうからな」

 ヴェルナーはミリカンに三つの部隊を用意するように伝えた。

「一つは、グリマルディから来る船を迎えるため、すでに用意している簡易港に向かうヘルマンたち技術者集団の護衛をする部隊だ」


 大した人数は必要ない、とヴェルナーは指示した。

「ただ、万一のために仕掛けはしておくようにヘルマンには指示をしている。申し訳無いがイレーヌ・デュワーを勉強名目で同行させてくれ」

 ヘルマンは一瞬だけ片眉を上げて反応したが、ヴェルナーの言う仕掛けが彼の魔法による爆薬である事に思い至り、頷いた。


「残り二つは、国内を移動するグリマルディ王国軍を監視する部隊だ。これは国境を出る直前でもう一つの部隊に合流する」

 そして、最後の一つはヴェルナー自身が率いる臨時の国境警備部隊となる。

「陛下御自ら出撃なさるのですか?」

「力量に自信があられるのは良くわかっているつもりではありますが……何をお考えか、わしらには教えていただけませんか」


「理由は二つある。一つは、状況次第で動きが変わる部隊だから直接指揮を執った方が動きが早く機を逃す可能性が減ることだ」

 もし、グリマルディ軍の動きがおかしい場合は、国内で押しとどめて交渉なり戦闘なりを行うことになる。

「では、もしグリマルディ軍が予定通り我が国を通過した場合は……」


「……帝国の領内に入ったグリマルディの軍は、そこで帝国の警備部隊と戦闘になる。エリザベートがうまくやれていれば、その警備部隊の規模は数倍に膨らんでいるだろうな」

「へ、陛下。それはグリマルディ王国との約束を反故にするという事ですか」

 あわてた様子のエックハルトに、ヴェルナーは苦笑しながら落ち着けと手を振った。


「約束したのは領内の通過だけだ。それに、裏切りなどと言われる筋合いは無い。最初に友好関係にある帝国に対する裏切りを持ちかけたのはあっちだ」

「確かにそうですが……」

「簡単に力関係を天秤にかけただけだぞ。今帝国とことを構えるより、協力してグリマルディ王国にあたる方が俺たちにとっても帝国にとっても都合が良い」


 ヴェルナーは、ついでに皇帝に対して自分の実力を見せる機会を作ると語る。

「俺はエリザベートと約束をした。皇帝に俺の力と存在を認めさせて、エリザベートが再びラングミュア王国に嫁ぐだけの理由を作る、と。これが直接指揮を選んだ二つ目の理由だよ」

 そのために、ヴェルナーはグリマルディ王国を相手に帝国と協力して挟撃体勢を作る。その戦いでヴェルナーの能力を存分に発揮してグリマルディの軍を撃破するつもりなのだ。


 エックハルトたちからいくつかの質問がなされ、ヴェルナーの指示通りに準備が開始されることとなった。宰相としてエックハルトはミリカンが編成する部隊へ帯同させる荷運びの人員と食料を準備する。

「ところで、陛下。これは宰相としてではなく陛下の婚約者であるマーガレットの父親としての質問なのですが」


 エックハルトの言葉に、ヴェルナーは珍しく緊張した顔をして息をのんだ。

「……なんだ?」

「ヘルムホルツ帝国のエリザベート様を王妃として迎らえる事は、国益として良いことかと思いますが……マーガレットのことは、どうお考えですかな?」

 ヴェルナーは視線をそらしながらも「もちろん第一王妃として迎える」と断言した。


「なるほど。それはありがたいことです。では、結婚前から別の女性とそのようなお約束をされた事について、娘の心のケアもお願いいたします」

 いつにない圧力を受けて、ヴェルナーは汗をかきながら頷いた。

 その後ろで、オットーは肩を竦めて首を振った。


●○●


「エリザベート様との件は、もう知っています」

 エックハルトから釘を刺されたヴェルナーがすぐに城内にあるマーガレットのための部屋を訪ねると、彼女は笑顔で出迎えた。

「もちろん、私がヴェルナー様を一番愛していることは自信がありますし、最初に妻として迎えていただきたい気持ちもあります。ですが、王として立たれたヴェルナー様に多くの女性が近づいてくるのは理解できますし、妻を一人だけにする危険もわかります」


 多くの貴族同様、あるいはそれ以上に、王族としての血統を残すためにヴェルナーは子を成さなくてはならない。それも男子を求められる。

 弟のエミリオもいるが、彼や彼の子孫では貴族たちがついてこない可能性もある。

 ヴェルナーの手によって生まれ変わっているラングミュア王国の貴族も国民も、ヴェルナーの子であってこそ納得する。


「ただ、コソコソとお話を進められていたのは、少し、思うところがあります」

「うっ……」

 マーガレットは笑顔を崩さなかったが、紡がれる言葉には明確な圧力がある。父親と同様のプレッシャーを感じ、ヴェルナーは声を漏らした。

「今後は、まず私にお話しください。私はもちろんですが、エリザベート様だって自分の夫に近づく女性を見極める権利はいただきたいと思っているはずです」


 それはヴェルナーの女性関係を完全に握られる約束であったが、彼は頷くしかなかった。

「わかったよ、マーガレット。他国とのやり取りでまた似たようなことがあるかも知れない。その時は、まず君に話をしよう」

「ありがとうございます。無理を言って申し訳ありませんが、どうか王として女性関係で隙を見せる事の無いよう、ご注意ください」


 嫌われずに済んだらしい、と安堵したヴェルナーだったが、マーガレットの話は終わっていなかった。

「それで、エリザベート様とは、どこまで……?」

 しばらく抵抗したヴェルナーだったが、最終的に口づけを交わした事を白状させられ、その日は夜までマーガレットと二人で過ごすことになった。


 城の者たちが仲睦まじい王と恋人を微笑ましく見守っている城内で、ヴェルナー本人は二度とマーガレットに女性関係の隠し事はすまい、と反省してその日はマーガレットに精一杯尽くしたという。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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