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32.刑場の光景

32話目です。

よろしくお願いします。

 ヴェルナーとの直接対決にてマックスは死に、貴族も自らの兵を率いて参戦した者たちは全員が死亡した。

 だが、兵だけを出して自らは領地に戻ったり王都に残っていたりした事も有り、その悉くは家族ごと捕縛された。

 最終的に家族は王都へ近づく事を禁じられ、最低限の資産のみ残されて放逐。そしてマックスへ味方する事を決めた当主たちは死罪となった。


「これは見せしめだ」

 王城前の広場にずらりと並んだ絞首刑台を城の上から見ていたヴェルナーは呟いた。

「若いからと言って舐められないための処置として必要なことだが……君まで見ている必要は無いんだ、マーガレット」

 隣に立ち、ヴェルナーと同じようにバルコニー上から処刑の光景を見ているマーガレットは、青い顔をしていた。


「いえ、大丈夫です。ヴェルナー様が背負うものは、私も背負います」

「そうか……ありがとう」

 強く言って下がらせる事もできたが、それは彼女の決意を無にする事だと感じたヴェルナーは、そのまま共に見る事にした。もし倒れても、すぐに支えられるように身体が触れる程近くに引き寄せる。


「これより、大逆犯の処刑を行う!」

 高らかに声を上げたのは、前王時代から政治犯の管理を任されている特殊な貴族家の当主だった。三十を超えたあたりである当主本人は朗らかな性格だが、役職上どの貴族とも付き合いを控えており、政治からは一歩引いた立場を堅守している。

 城内看守長ライムント・バッハシュタインという男を、ヴェルナーは気に入ってそのままの地位を与えている。


 本日処刑されるのは二十名の貴族当主たちであり、その誰もが伯爵以上の爵位を持つ高級貴族だった。下級貴族は皆、兵と共に戦場へ出て死亡している。

 刑場の前で縄をうたれたまま、青い顔をしている者たちは、つまるところ部下を大量に戦場へ送りながら自分は安全な場所に隠れていた者たちということになる。

 良く通る声でライムントが朗々と罪状を含めてその事実を告げると、民衆からは反感の声が上がった。


「貴様! 私から金を受け取っておいてこのような真似をするのか!」

 並んでいた死刑囚たちの一人が、粛々と死刑執行の用意を進めるライムントへ向かって叫んだ。それはマックスの腰巾着の筆頭格だったホイヘンス侯爵だった。侯爵位が民衆の前で処刑されるなど前代未聞であり、ギリギリまで彼自身もそうはならぬと思っていた節がある。


「送られはしましたが、受け取ってはおりませんよ。使者は捕縛しました。金で貴方の罪が消えるわけがありません。……そして、貴方に伝えたい事があるという方が居られます」

「なに……?」

 このやりとりで、ホイヘンスが金を使って釈放を求めた事が発覚すると、民衆はさらに声を上げて非難を強めた。


 大声を上げる民衆に向かって「静かにせよ」とライムントが押えている所に、オットーが姿を見せた。

 彼は綺麗な姿勢のままで迷いなくホイヘンス侯爵の前に進み、その前に立ち止まった。

「オットーか……。お前の主人に話をしてくれ。歴史あるホイヘンス侯爵家の当主を平民どもの前で処刑するなど間違っている! お前は俺の弟ではないか!」


 ホイヘンスの言葉に、オットーは冷たい視線を向けたままだった。兵に指示してホイヘンスを跪かせると、右手に持っていた書類を読み上げる。

「アードリアン・ホイヘンス。処刑を前に陛下からの沙汰があったので、読み上げる」

 その言葉に、ホイヘンスは特赦の可能性を感じて顔を上げた。自由の身になれば、今自分を押さえつけている兵士をすぐに処断してやるつもりだった。


「ホイヘンス侯爵家は伯爵家と変更する」

 悔しそうな顔を浮かべたホイヘンスだったが、その程度のペナルティは致し方ないとも考えた。だが、彼は安堵できる立場では無かった。

「処刑となるアードリアンは貴族位を剥奪。平民として処刑されるものとする。新たな当主はオットーとし、旧ホイヘンス侯爵家の私財は全てオットーが相続するものとする」


 愕然とするホイヘンスに向かって、平民たちは快哉を叫んだ。

 強権による無茶苦茶な命令ではあったが、専制政治において王の命令は法律を超越する。正式な命令として発された以上、それは執行される。

「な、なぜ……」

「貴方の選択と、貴方の父親の所業がこの結果を生みました。陛下より、“あの世で父親に文句を言え”と伝言を預かっております」


 そして、とオットーは命令書を丸めて右手に握り、ホイヘンスを見下ろした。

「さようなら、兄上。貴方の私財は母への孝行にありがたく使わせていただきます。……父、と呼ぶのは抵抗がありますが、父上から母が受けた仕打ちを考えれば妥当な仕置きでしょう」

「ま、待ってくれ……慈悲を、ヴェルナー様にお慈悲を……」


「慈悲はかけられるべき者とそうでない者がいます」

 オットーは冷たく言い放つと、ライムントへ一礼して処刑場を後にした。

「待ってくれ! 頼む……!」

 悲痛な叫びが響く中、ライムントは兵士に指示を出した。

「壇上へ」


 この日から、ヴェルナーは平民からの人気と同時に貴族からの畏怖を高めることとなった。

 そして、国王の腹心としてのオットーも、表舞台に出てくる事になる。

 翌日、新王による新たな体制の発表に合わせて農商工全ての産業に関わる平民に対する減税も発表された。


 こうして、国王ヴェルナーは若いながらも急速に地盤を固める事に成功する。


●○●


 ようやくヘルムホルツ帝国の首都である通称“帝都”へ戻ってきたエリザベートは、長旅の疲れを見せつつも、久しぶりに見る故郷に笑顔を浮かべていた。

「帝都がとても懐かしく感じるわ。もう見る事は無いと思っていたのだけれど」

 エリザベートはわずかに涙を浮かべ、そっと指で払う。

「これが帝都ですか」


 馬車に同乗しているアシュリンも窓から見える景色を興味深く眺めていた。

 城以外は木造の建物が多いラングミュアの王都に比べると、石造りの建物が非常に多い。メインの通りが石畳で舗装されているのはラングミュア王都も同じだが、通りの広さは培近くあり、行き来する馬車の数も多い。

「帝都の人口はラングミュア王都の二倍を超えると思うわ。あまり出歩いた事は無いから、あくまで本を読んで教わった知識だけれど」


 説明をしてくれるエリザベートに礼を言い、アシュリンは背後の小窓から城が見える事に気付いた。

「大きいですね」

「そうね。でも大きいから良いというものでもないわ。変に歴史が長いせいで修復不可能なくらい溝が出来た派閥がいくつもあるし、誰も彼もが利権の取り合いで目を吊り上げて歩いてるんだもの」


 ラングミュアの王城の方が、幾分かのんびりした雰囲気があって過ごしやすい、とエリザベートは評した。

「でも、帝都が嫌いと言う訳じゃないのよ。わたくしが育った町だし、この国で懸命に働いている人たちがいるから、王や貴族が裕福に暮らしていけるんだもの」

 エリザベートがこういう考えに至ったのは、実はラングミュアへ来てからの事だった。


 マックスと距離を取るために、彼とは無関係な者たちとの交流を進めている間に平民たちの生活も知る事が出来たのだ。

 ヘルムホルツ帝国は以前のラングミュア王国ほど重税と言うわけではないが、それでも平民たちの暮らし向きは想像できる。

 そして、ヴェルナーのように貴族と平民という出自の違いを重要視しない人物を近くで見る事で、色々と考えも変化したらしい。


 もし帝国から来たばかりのエリザベートであれば、アシュリンの境遇に対して、思いを馳せるよりも先に貴族家を追い出された者として見ていたかも知れない。

 エリザベートは、自分が変わった事を良い事として受け止めていた。同様にヴェルナーに対する信頼が友人としての情を超えていく事を感じ取ってもいる。

 旅のあいだ、エリザベートの頭には父親とどのように話をするかという事がぐるぐる回っていたが、そのほかにマーガットとの友情を傷つける事無くヴェルナーに受け入れられる方法についても考えていた。


 そして、結論としてはシンプルなものだった。

「お父様にヴェルナーの良い所を認めて貰って、改めて婚約者としてラングミュアに戻ります。アシュリン、協力をお願いね」

「はい。わかりました」

 アシュリンは純粋に、彼女が信頼するヴェルナーとラングミュア王国を気に入って貰えたのだと感じている。


 馬車は大通りを進む。

 帝国の紋章を付けた箱馬車を邪魔する者など存在しない。次々と道を譲り、居合わせた騎士や兵士は敬礼をして見送っていた。

 そうして大きな門を通り城の敷地に入った箱馬車は、そのまま城の玄関前へと横づけされる。


「お帰りなさいませ。エリザベート様」

「ええ。ただ今戻りました」

 一人の老紳士が出迎え、流麗な仕草で一礼する。

「長旅でお疲れでしょう。お部屋の方はいつでも使えるようにしておりました。また、ウーレンベック様のお部屋もご用意しております」


 アシュリンがお礼を言おうとするのを止めて、エリザベートが言葉を紡ぐ。

「アシュリンのお部屋はどこ?」

「はい。貴賓客の為のお部屋をご用意しておりますが……」

「わたくしの私室の隣にして頂戴」

「ですが……」


 老紳士が渋るのも当然で、エリザベートの私室があるのは城の中でも限られた者だけが立ち入りを許された皇帝一家のプライベートエリアだ。王族以外でそこに私室を持っているのは、近衛から選抜された王族の専任護衛騎士だけである。

「しかし……」

「わたくしがそうするように言っているのです。それとも、わたくしが大切な友人から預かった人物を粗略に扱ったと言われても良いと言うのですか?」


 老紳士は仕方ないと引き下がった。

 特例でアシュリンをエリザベートの私的な護衛として扱う事でどうにか場所を確保する事になる。

「あまり無理なことはしない方が良いのでは?」

 と、アシュリンはその強引さを嗜めたが、エリザベートは気にしなくて良いと言う。


「あまり良い事では無いけれど、わたくしは小さい頃からそれはもう我が儘でしたわ。城の者は大体わかっています。それに、アシュリンはわたくしの側にいてこそ、任務が果たせるのでしょう?」

「なるほど、確かに。お気遣いありがとうございます」

 素直に認めて頭を下げたアシュリンを私室に招いたエリザベートは、共に湯浴みと着替えを済ませた。


「さあ、お父様に挨拶に行きましょう……アシュリン、そんなに緊張することはないわ」

 かわいそうなくらいに緊張で震えているアシュリンの前に立ち、エリザベートは彼女に着せたお下がりのドレスを整えた。

「お父様とお話するのはわたくし。貴女は大人しく私の後ろにいてくれたら良いのよ」

 そう、エリザベートは皇帝に“ラングミュアとの友好”を訴えねばならぬ使命があるのだ。


●○●


「ヘルマン・グリューニング男爵です。お呼びにより参上いたしました、陛下」

 一人の貴族がヴェルナーの執務室へ呼ばれ、やや緊張した面持ちで立っていた。

 彼はヴェルナーとは面識が無く、今回呼ばれた理由も分からなかった。王都から馬車で三日ほどの比較的近い場所で小さな領地を与えられており、然程目立たない貴族家当主の一人だ。


 三十まではいかない程の年齢で、細面の神経質そうな顔つきに口髭を生やしている。

「わざわざ呼びつけて済まない。そこにかけて楽にしてくれ」

 デスクの前に用意していた椅子を指したヴェルナーは、にっこりと笑った。

「先に聞いておきたい。先日の俺とマックスが対立した時、男爵はどちらにも味方しなかった。その理由を、だ」


 来たか、と思いつつヘルマンは椅子に座ったまま震える声で説明した。

「は、恥ずかしながら我が領には外に出せる程の兵は居りません。また通達を見ましても今一つ状況がわかりませんでしたので、取り急ぎ領地より王都までは出て参りましたが、その時すでに勝敗は決しておりました」

 そのまま王都に滞在していたヘルマンは、貴族たちの処刑も見ていたらしい。


 これといった功績を立てた事の無いヘルマンは、明日は我が身かと震えあがっていた所に王からの呼び出しを受けた。

「では聞こう。男爵は俺の臣として働くつもりはあるか?」

「働く……? は、ああ、いえ。もちろんです」

「わかった。その言葉を信用しよう」


 そう言うと、ヴェルナーはデスクに置いていた一枚の書類へ視線を落とした。

「聞くところによると、随分と手先が器用で従者たちと協力して新しいタイプの水車や井戸で水汲みを楽にする仕組みを開発したとか」

 良く知っている、とヘルマンは驚いたと同時に身構えた。民衆が楽になる為の技術であったそれは、前王の治政で一笑に付された事がある。


 この世界にまだ滑車付きの釣瓶は登場しておらず、通常はロープに付けた桶を放り込んで引き上げていた。水汲みが重労働である原因の一つであり、落下事故も頻繁に起こる。

 そこでヘルマンは趣味の工作も兼ねて新しい水汲みの為の仕組みを作った。三本の柱を組み合わせて三角錐状にし、頂点に良く滑る滑らかな木の皮を巻きつけてロープをかけた。

 原始的な釣瓶を作り上げたわけだ。


 それは画期的な発明であり、領民たちは大変喜んだ。それでヘルマンも王都で広めてはどうかと打診したのだが、当時の王政府は相手にしなかった。

 民衆が楽になる事業をわざわざ王や貴族がする必要は無い、と検討すらされず終わった。

「これを見てくれ」

 ヴェルナーから何かの図面を渡され、ヘルマンは恐る恐る受け取った。


「これは……。なるほど、回る輪を付ければ皮の消費も無くさらに楽に桶を引き上げる事が出来るという訳ですか!」

 ヴェルナーが渡したのは、木製でも充分に使える滑車を使った釣瓶の設計図だった。

「陛下がこれを考えられたのですか?」

 本当の事を言う訳にもいかず、ヴェルナーは答えずに肩をすくめた。


「で、随分と興味を持ってもらえたようだが……それを作成し試験を行い、王都中の井戸に設置するための指揮を任せたい」

 図面を握りしめ、しばらく呆然としていたヘルマンは、椅子から立ち上がって一礼した。

「非才の身ながら、全力を持ってあたりたく存じます」

「期待している」


 同様に、ヴェルナーは直接声をかけて国政に携わる人物を口説き落として行った。

 表向きには、ヴェルナーの人材採用は民衆にとってプラスに働く事業を牽引する人物が中心であったが、ヘルマン・グリューニングを始めとした技術官僚やフリードリヒ・ミリカンのような軍事関係の人材については、また別の目的もある。

 来たるべき対外戦争に備えての、軍備強化を目指していたのだ。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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