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31.通行の代わりに

31話目です。

よろしくお願いします。

 ヘルムホルツ帝国の北側にラングミュア王国。西側にグリマルディ王国がある。ラングミュア王国は第一王妃候補が嫁ぐ予定であったことからわかる様に、帝国との関係は良好と言ってよい。

 比較して、グリマルディ王国は帝国から独立してできた国家であるという事もあり、建国当初から帝国とは犬猿の仲である。定期的に領土の取り合いをしている状況だ。


 ラングミュア王国とグリマルディ王国は国の規模としては同じ程度で、帝国の半分程の領地と生産性を持っている。

 大きな帝国がグリマルディ王国との戦いで優勢を保てないのは、偏に立地の問題があった。突出した半島であるグリマルディ王国は帝国以外とは国境を接しておらず、対して帝国はラングミュアを含み五カ国と国境を接している事で、一国を相手に兵力を集中できないのだ。


「で、そのグリマルディ王国から使者が来た、というわけか」

「持っていた身分証明は正式な物だと思われます。偽物である可能性は薄いかと」

 簡単な地理を思いだしたヴェルナーは、オットーからの報告を受けて首を傾げた。

「敵対するヘルムホルツを通って来たのか?」

「海を使ったのでしょう。領土が接していないとはいえ、帝国に近い方で海路をとれば数日で渡れます。以前からもその方法で若干ではありますが人の行き来はあったようです」


 オットーによると、一時期ヘルムホルツとの対立が落ち着いていた頃のグリマルディ王国とはそれなりに交流があったらしい。

 この二十年程は帝国との国境で小競り合いが再びはじまり、帝国との関係を重視したラングミュア王国は国交を停止したという。

「そのグリマルディ王国が、今になって何の用だ?」


「表向きは、新王誕生の祝いとしての使者ですが、それ以上は……」

「会って確認するしかないか。今はどうしている?」

「控えの間を用意して待たせております」

 使者は男女一人ずつで来ており、護衛も数名連れているということだった。

「……マーガレットに同席して貰おう。単純な色仕掛けに引っかかると思われても癪だしな」


 マーガレットの部屋を訪ね、ある程度落ち着きを取り戻しつつある城内を歩く。

 補修作業はまだまだ続いていたが、ミリカンも出仕を始め、訓練校との往復で忙しそうにしているが、騎士達もかつての恩師が上司として城内を闊歩し始めたせいか、以前より引き締まった表情を見せている。

 他の省庁についても人材の整理が始まり、滞っていた内政も動き始めている。


「マーガレットは、仕事には慣れたかい?」

「ええ。父が色々と手伝ってくださいますし、寄宿舎学校を卒業したばかりの方を手伝いとして父が手配してくださるそうです」

「それは良かった」

 ヴェルナーは細かい人事や採用についてはフラウンホーファーに任せてしまっていた。一定以上の権限を持つ役職以外はヴェルナーの決裁すら必要ない程だ。


 給与などについては一定の予算が決まっているのだが、まだまだ余裕がある状態ではある。ヴェルナーは優秀な人材であれば多少高くとも雇う事にしていた。丸投げできる人材が多ければ多い程、自分が楽になるからだ。

「こちらです」

 護衛として念のため合流した騎士デニスが、護衛が立っている部屋にたどり着いた。


 廊下に立っている護衛は、ラングミュアの騎士が一人。グリマルディの騎士が一人だ。

「ラングミュア国王、ヴェルナー・ラングミュア様がお見えです」

「承知しました」

 グリマルディの騎士はノックをして室内に入ると、その場でヴェルナーの来訪を伝えた。

「お待たせいたしました」


 扉を開いたまま、その横でグリマルディの決まりと思しき両手を握りまっすぐ下げた姿勢でヴェルナーを迎え入れる。

「大仰な事だ」

 と、ヴェルナーは思いつつも国を代表する使者の護衛としては、何事も形式張ってやるものなのだろう。


「初めまして。グリマルディ王国より参りました、外交を担当させていただいておりますシュテファン・エトホーフトと申します」

 座っていた男女のうち、小太りの男性がうやうやしく一礼する。同時に女性も頭を下げたが、黙ったままだ。

「こちらは私の補佐を務めておりますボー・バンニンクです」


「ヴェルナー・ラングミュアだ。彼女は俺の婚約者マーガレット」

「初めまして」

 ヴェルナーの紹介に、マーガレットはドレスの裾をつまむ会釈をする。彼女には王妃としての振る舞いをするようにとヴェルナーは伝えていた。必要以上に頭を下げる事はしない。


 互いに着席すると、まずはシュテファンが王座を得た事にたいする祝いを述べた。

「既に城の方に祝いの品をお渡ししております。こちらが目録となります」

 シュテファンが差し出した目録は、デニスが受け取って中を検めた後、ヴェルナーへ手渡す。

「ありがたく受け取っておこう。それで、話は終わりかな?」


「いえ。実は陛下に我が国からお願いがございまして……」

 居住まいを正したシュテファンは、ニコニコとえびす顔で切り出した。

「我が国グリマルディ王国は、現在ヘルムホルツ帝国との戦いが本格化する可能性を危惧しております」

 実際にはグリマルディの方からヘルムホルツの取り崩しを進めているのだが、そこまでヴェルナーが把握しているとは思っていないのだろう。


「そこで、防衛のためには単に国境線を守っている訳にも行きません」

「帝国との戦いに協力しろ、と?」

「いえいえ、滅相も無い」

 シュテファンは両手を振って否定した。彼が希望するのは、単なる通行権であるという。

「国境での防衛線力を側面から援護するための戦力を送り込みたいのです。船を使って入国する兵士を、そのまま素通りさせていただけるだけで良いのです」


 なるほど、とヴェルナーは理解した。これは帝国に対する奇襲策であり、同時に離反工作でもある。

 いくら直接攻撃をしていないと言っても、敵国を利する動きをすれば敵対したと取られてもおかしくない。単純すぎる罠だが、帝国にも通行を認めるなどして第三国の立場を主張すれば、言い訳が出来なくもない。


「もう少し具体的な計画を聞かせて貰おう」

「我が国は、他国に比べて造船には多少自信があります。最近式の兵員輸送船であれば、一隻で五十名を運ぶ事が可能です」

 シュテファンが自慢げに語った内容によると、大人数でオールを漕いで動かす所謂“ガレー船”タイプであり、操船には五十名弱の人員が必要なようだ。


 だが、近海での戦闘と兵員輸送の点では非常に有用で、場合によっては陸路よりも早く兵員の疲労も抑えられる。

「それを使って数百名の兵員を我が国に上陸させるというわけか」

「はい。ですが規律ある我が国の兵士達は、決してラングミュアの民に迷惑をかけるような真似はいたしませぬ。万が一そのような事があれば、しっかりと補償をさせていただきます」


「陛下……」

 不安げな視線を向けてくるマーガレットの気持ちもわかる。彼女はヘルムホルツ帝国皇女エリザベートとはこの数ヶ月でかなり親しくなっていた。帝国と事を構えるのは避けたいだろう。


 ヴェルナーとしては、グリマルディ王国に協力する理由は無かったが、単に断るよりも良い方法があると考えた。

「それで、謝礼はどうするつもりだ?」

「我が王からは私に全権を任されております。なんなりとお言いつけください」

 シュテファンは笑顔のままで頷いた。その腹の中では、小僧っ子の王を上手く丸め込めたと考えているのかも知れない。


 全権大使とは助かるな、とヴェルナーは意地悪な笑みを浮かべた。

「では、それを十隻貰いたい。建造五年以内の物で、だ。あとは港湾工事の専門家も寄越して貰おう」

「う、そ、それは……」

「どうした? 全権大使であればこの場で頷いてしまえば良いではないか。別にお前の私財を出せといっているわけでもないのだ」


 それでも狼狽えた様子でいるシュテファンは、同様に目を見開いて驚いている隣のボー・バンニンクと顔を合わせた。

「それとも何か? 長く友好国であった帝国に対する攻撃を看過するという重大事を飲ませるのに、その程度も用意できないのか」

「わ、わかりました……ですが、準備に多少時間が必要です」


「準備ならできているだろう」

「は?」

「その兵員を運んできた船をそのまま置いて行けば良い。どうせ帝国に入るならそのまま陸路で帰国できるではないか」

 それからのシュテファンはしどろもどろで意味を成さぬ言葉を並べるばかりであった。


 ヴェルナーはマーガレットに頼んで筆記具を持ってこさせると、簡単な契約書をその場で作成した。

“ラングミュア王国は国王ヴェルナー・ラングミュアの名において上記契約が交わされた事を認める”

 領土内通行権の代わりに十隻の新造船及び港湾工事技師を都合する契約はここに認められた。抜かりなく、通行できる範囲は制限され、また破られた場合は実力をもって撃滅する事も明記された。


「良い取引であった」

「は、はあ……」

 すっかり萎縮してしまったシュテファンは、彼とヴェルナーのサインが入った二部の契約書のうち一部を受け取り、力なく返事を返した。

「陛下。もう一つよろしいでしょうか」


 口を開いたのは、先ほどまで無言であったボー・バンニンクだ。

「何か?」

「シュテファン・エトホーフトは陛下とのお約束を国に持ち帰りますが、今後の連絡のためにも、在外公館をこちらの王都に設置させていただきたいのです。ご許可頂ければ、わたしがその責任者としてこのまま在留させていただきます」


「ふむ……許可しよう。護衛も残るのだろう?」

「よろしければ、そうさせて頂きたいと思います」

 ヴェルナーはすんなりと許可を出した。公館もラングミュア側で用意する事として、準備ができるまでは王都の高級宿を彼女の為に手配することも約束する。

「そこまでしていただくわけには……」


「気にする事は無い。良い物を頂くのだから、そのくらいはさせてもらおう」

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 深々と一礼するバンニンクとシュテファンを残し、ヴェルナーはマーガレットを伴って席を立った。

 宿が用意できるまで、グリマルディ王国の二人はここで待機する事になる。


 部屋を後にして、二人はヴェルナーの執務室へと戻った。

「ヴェルナー様、ヘルムホルツ帝国と手を切るおつもりなのですか?」

 不安げなマーガレットの頭を撫でて、ヴェルナーは首を横に振った。

「大丈夫。今のところは帝国と戦うつもりは無いよ。まずそれだけの力が無い」

 ヴェルナーは、マーガレットを抱き寄せて、その小さな耳にそっと胸の内を囁いた。


「……少し、グリマルディ王国の方が可哀想に思えてきました」

「相手を格下に見るからだ。そこを俺が都合よく利用して逆手に取っただけだよ。気にする事は無い」

 それよりも、とヴェルナーは同じ室内で書類を整理していたオットーに声をかけた。

「軍用船が手に入るぞ。半分はミリカンに預けて、半分は研究用にしよう」

 船は役に立つぞ、とヴェルナーは嬉しそうに笑った。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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[気になる点] 最近式の兵員輸送船であれば、一隻で五十名を運ぶ事が可能です」 最近式?
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