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30.騎士訓練生たち

30話目です。

よろしくお願いします。

「ヴェルナー様にお伝えしましょう」

「しかし、ご多忙の陛下にお手を煩わせる程の件では無いかと思うのだが」

 オットーの結論に対し、宰相として働き始めて初日のエックハルト・フラウンホーファー侯爵は保護者を呼びつけて叱責し、連れ帰らせるべきだと主張した。

「いえ。聞けば発端にはイレーヌ・デュワーという女性騎士訓練生が関わっているようです。彼女はヴェルナー様お気に入りの一人ですし、マーガレット様ともお知り合いです」


 イレーヌの名前に聞き覚えがある、とエックハルトは娘から聞いた話を思いだし、「そういう事であれば」とオットーへヴェルナーへの連絡を任せた。

 丁度、ミリカンがイレーヌを連れて城を訪ねてきたので、エックハルトはそちらの応対をする事にしたのだ。

 ミリカンには話しておかねばならない事もある。


「就任早々、忙しい事だな」

 同時刻に出仕した娘はどうしているだろうか、とふと思いついたエックハルトだったが、あまり過保護でも良くないだろうと昼にでも声をかけるだけにしようと決めた。

 兵士に連れられ、ミリカンとイレーヌが待つ応接室へと入ると、すっかり肩を落としたイレーヌが目に入った。


 彼女が、とエックハルトは失礼にならない程度にイレーヌを見る。娘であるマーガレットと同い年とは思えない程にしっかりと女らしい曲線を持ちつつある身体を黒いローブに包んだ美少女だ。

「フリード。お前も苦労しているな」

「エックハルト殿。お久しぶりですな」


 二人は久しぶりの再会に固い握手を交わし、その後ろでイレーヌはローブの裾を掴んで一礼していた。

「君がイレーヌ・デュワーだね。以前は娘を守ってくれてありがとう。多忙を理由にちゃんとした礼が出来ていなかったのは紳士として恥ずべき事だったね。申し訳ない」

「いえ。マーガレット様はご自身でも身を守れる実力をお持ちです。あたしは、特に何も……」


 良い子だ、とマーガレットの対人運の良さを悦び、エックハルトは座った。

「エックハルト殿。どうして城に?」

「陛下から新たな役職を任せていただくことになってな……今日からこの国の宰相を勤める事になった。よろしく頼む」

「それはおめでとうございます! 公明正大で知られるエックハルト殿ならば、ヴェルナー様も安心して任せられるでしょう」


 ありがとう、と答えながらエックハルトはイレーヌの事は脇に置いておく事にした。間もなくオットーか別の者がヴェルナーの意思を伝えに来るだろう。

「私の話よりも、君の事だ。フリードリヒ・ミリカン。陛下からの打診を断ったそうじゃないか」

 ミリカンは苦い顔をして、イレーヌは驚いたように隣のミリカンを見た。


「聞かれましたか。ですが、わしはとうに一線を退いた身。それにこういう問題児と向き合っているのが性に合っておりますのでね」

「しかし、後進に席を譲る必要もあるだろう。それに正直な話、今の王国は人手が足りない。ヴェルナー陛下の人となりを知っていて、かつ高級官僚を育ててまとめあげるだけの人材が足りないのだ」


 エックハルトの言葉は真実だ。何よりも今は優秀な人材を集めなければならない。まずはトップの人材からだ。

 ヴェルナーが作ろうとしている組織は基本的に単純なものだ。ヴェルナーによる親政制度を維持し、その直下に宰相としてエックハルト・フラウンホーファーがいる。オットーは組織図からは外れたヴェルナー個人の従者という立場だが、格としてはエックハルトと同等とされた。


 その下に『内務省』『外務省』『軍務省』の三省庁が作られ、それぞれ長官職がトップとなり徴税など国内の政治や各貴族領の調整、国外との折衝、騎士や国軍兵士などの管理を行う。

 全て独立しているが、ヴェルナーが最上位の命令権を握る。現在はエックハルトが全ての省庁に人材を配置し直しているところだが、まだ長官職は全て空席となっている。


「できるなら、フリードのような人物にまとめて貰いたい。私を助けると思って、引き受けてもらえるとありがたいのだが」

「……少し、考えさせていただけませんか。一先ずはリーンハルト・ルーデン訓練生の問題を片付けてからと言う事で」

 それがヴェルナーへと決闘を申し込んだ者の名前だった。ルーデン子爵家の次男であり、問題無く修了できれば、王国騎士団へ入る予定になっている。


「失礼します……っと、校長先生! ご無沙汰しております!」

 話の途中で現れたのは、騎士デニスだった。満面の笑みでミリカンに近づくと、握手を求めた。

 応えながら立ち上がったミリカンは、デニスの出世に祝辞を送る。

「それで、近衛騎士自らお越しとは、何かあったのですか?」


「止して下さい、校長。私はまだ地位に見合う程成長できているとは思えません……また校長の指導をお願いしたいくらいです」

 それは本心なのだろう、少しばかり疲れた顔をしているのは、彼にかかる負担の大きさを表している。

「あ……失礼しました。国王陛下がお呼びです。宰相閣下、校長とデュワー訓練生と共に城内の訓練室へお越しください」


「訓練室?」

「場所は御存じでしょうか。近衛騎士詰所の近くです」

 立ち上がったエックハルトは先導を依頼し、並び廊下を歩いていく。城の一階にあるというそれは、近衛騎士専門の訓練室だ。

「陛下はルーデン訓練生との立ち会いを了承されました。場所がそこになりまして。陛下もオットー様も、デュワー男爵夫妻もそこでお待ちです」


「……え?」

 親の名前が出た事で、イレーヌは頭が真っ白になった。

 そして、訳も分からないまま訓練室に入ると、イレーヌはそこに緊張した様子のルーデンと彼に鎧を着せているオットー、そして困った様子のヴェルナーに対し、平伏している両親の姿を見た。


●○●


「お、来たな」

 助かった、とでも言いたげなヴェルナーの安堵した表情に、デュワー男爵夫妻は飛び上がるように立ち上がったかと思うと、イレーヌの頭を押さえつけるようにして再び平伏した。

「もう良いから、頭を上げてくれ。何度も言っているが、今回の件はイレーヌの言葉がどうこうというよりは、単に自信過剰な訓練生が暴走したに過ぎん」


 イレーヌはヴェルナーならそう言うだろうと理解しながら、元々気弱な部類の両親が、武力によって王座を得たヴェルナーに対して怯えきっている姿がどこかおかしかった。

「イレーヌ・デュワー。以後発言に気を付けるように。その辺りはミリカンから後でたっぷり説教でもされると良い。それより、お前の両親を落ち着かせてやれ」

「はい。申し訳ありませんでした」


「まあ、訓練生が元気なのは良い事だからな。俺の稽古相手になってもらうから、あまり気に病む事は無い」

 珍しく子供っぽい落胆ぶりを見せるイレーヌに、ヴェルナーは苦笑しつつ立ち上がった。

「準備はできたか?」

「はい。良いようです」

 ヴェルナーが訓練場の中央に進み出ると、木剣を握りしめたリーンハルト・ルーデン訓練生が睨みつけてきた。


「さて、始めるか」

 ヴェルナーは短いナイフ形の木剣を順手に持っている。

「鎧を着てください。陛下」

「不要だ」

 ナイフを握る手を前に出し、リーンハルトの進言を軽く断ったヴェルナーは身体を横に向けて半身の構えを取った。


「デニス。お前が立会人だ」

「畏まりました」

 他の者たちは訓練場の端に立ち、戦いの様子を不安そうに見ている。

 ただ、ミリカンとイレーヌだけは真剣な表情でヴェルナーの動きを見ていた。

「では……はじめ!」


 デニスの掛け声と共に、リーンハルトが声を上げて剣を振り回す。

 ヴェルナーは冷静にナイフを横から当てるようにして一合、二合と剣檄を逸らしていく。力任せでは無いのが、両手持ち大剣に対して片手で握ったナイフである事が証明する。

 相手がナイフという事で攻撃は自分に届かないと高を括ったのか、リーンハルトはさらに大振りの攻撃をしてくる。


 それがいけなかった。

 見え見えの打ち下ろしに対して、ヴェルナーはその脇に当たる程に接近して鎧の無い太もも部分にナイフを当てる。

「うぐぁっ!?」

 痛みに膝を突きながら振り下ろされた剣は空を切り、切っ先が地面を叩いた時にはヴェルナーの足が大剣を握るリーンハルトの左腕を跨ぐようにして押さえ、ナイフは喉元に当てられていた。


「……参りました」

 剣を落としたリーンハルトを見て、ゆっくりと油断なく距離を取るヴェルナーに対し、その場にいた者たちは拍手を送る。だが、ヴェルナーは警戒を解かない。

「デニス」

「え……あっ、えっと……それまで!」

 ヴェルナーに声をかけられて、ようやく我に返ったデニスによって終わりが告げられた。


ヴェルナーはナイフを下ろしてオットーへ渡し、くずおれたリーンハルトへと近付く。

「稽古に付き合ってもらって感謝する。大剣の扱いが得意なようだが、もっと力をつけて軽々と扱えるようになったら、また相手を頼む」

 はっとした表情で顔を上げたリーンハルトは、姿勢を改めて跪くと「ご指導ありがとうございました」と大声を上げた。


「陛下。一つお願いがございます」

「言ってみろ」

 リーンハルトが言うと、ミリカンやデニスは止めようとしたが、そのまえにヴェルナーが許可した。

「訓練校課程が修了いたしました際には、陛下に直接お仕えしたく存じます」


「そう思うならやる事は一つだ」

 ヴェルナーは見学者の一人であったイレーヌを指差した。

「実力で俺に認められるように腕を上げろ。イレーヌ・デュワーのようにな」

 目を見開いたリーンハルトは、ヴェルナーの許可を得て立ち上がり、イレーヌの前へ行って頭を下げた。


「色々と申し訳なかった。いつか、貴女と同じように陛下に認められる紳士になりたいと思う。上級生ではあるが、もしまた私が間違いを犯したその時は、遠慮なく叱ってもらいたい」

「そういう気持ちを忘れない限りは、もう同じ事は起きないでしょう。許します」

 再び頭を下げて、リーンハルトはデニスに先導されて訓練室を後にした。


 ヴェルナーも「折角だから」とイレーヌやその両親との懇談を行う事にして、汗を洗い流す間、オットーにサロンへと案内をするように指示して訓練室を出ていく。

 オットーたちも出ていくと、残るはミリカンとエックハルトだ。

「いや、驚いた。陛下は魔法だけでなく近接戦闘もあれほどお得意とは」


 鎧が要らぬと言われた時は肝が冷えた、とエックハルトはハンカチで汗を拭う。

「しかしながら、これで訓練校における陛下の人気も上がる。フリード、学校はまた騒がしくなるかもな」

「ええ。それ以上に気になるのはデニス・ジルヒャーですな。訓練校時代から少しボンヤリした所がある男だったが、まだ抜けておらぬようで……」


 腕を組み、しばらく考えていたミリカンは禿げ頭をぴしゃりと叩いた。

「兼任……という事でいかがでしょうか。訓練校にも、新設される軍務省にもわしの知り合いで優秀なのを副官として引っ張って来るので、迷惑はかけません」

 意外そうな顔をするエックハルトに、ミリカンは口を大きく開けて笑う。

「なに、城内に一人二人、騎士に睨みを利かせる強面は必要でしょう」


●○●


「……ちゃんとわかっていて?」

「何をですか?」

 ラングミュアの領域を出て、ヘルムホルツ国内を帝都へ向かって走る箱馬車の中で、エリザベートは向かいに座っているアシュリンに声をかけた。

「貴方がわたくしに同行する理由ですわ」


 エリザベートはヴェルナーからヘルムホルツの内情を「正確かどうかの確認はしていないが」と前置きされたうえで聞かされている。

 ヘルムホルツ帝国は、西側に隣接するグリマルディ王国とは長い間睨み合いが続いており、戦争とは言えない程度の小競り合いを数か月ごとに起こしている状態だ。

 そんな中で、皇帝自身では無く貴族界での意見がばらけているのは事実だろう。


 エリザベートは仲の良い貴族令嬢たちからの手紙で不穏な空気が流れている事を知ってはいたが、具体的に何かまでは分からなかった。

 そこでヴェルナーを通して貴族の一部に造反の恐れがあり、グリマルディ王国との本格的な開戦となる可能性が高まっているという情報を知らされたので、状況を彼女なりに把握したのだ。


「自分はとにかくエリザベート様をお守りするようにとヴェルナー陛下から命じられております」

 きっぱりと言い切ったアシュリンは、それ以上何も言わなかった。

「……他には?」

「訓練校課程をこなした事にするから、しっかり務めを果たすようにと言われました。終わったら自分も騎士に一歩近づきます」


 ふん、と鼻息荒く胸を張るアシュリンに、エリザベートは頭痛を感じた。

 ヴェルナーがアシュリンを選んだ理由は聞かされている。子爵家当主である彼女の父は反乱側に組したこともあり、残党が残っていれば彼女は裏切り者として狙われる可能性がある。

それに、能力的な理由もある。アシュリンであれば素手でも常人以上に戦えるし、同じ女性なのでエリザベートの近くに居ても違和感が無い。


「ありがたい話だし、ヴェルナー様には感謝しているけれど……」

 エリザベートは、数回の交流とこの数日の旅の中でアシュリンが真っ直ぐな性格である事は知っていたが、想像以上に性格が合わなかった。

 何かと言えば身体を鍛える事に余念がないアシュリンは、政治的な話になるとまるでついて来ることができなかったのだ。


 内心、イレーヌの方が多少性格的には怖いところがあっても話が合ったような気がする。

「それでは、任務を終えてラングミュアに戻ったら訓練校に戻るのね?」

「多分そうなるかと思います……あっ」

 何かを思い出したらしく、アシュリンは声を上げた。そして、じっとエリザベートを見つめる。


「……どうかしたの?」

「ヴェルナー様からの命令がもう一つありました」

 首を傾げるエリザベートに、アシュリンは淡々と伝えた。

「一段落したら、エリザベート様と共にラングミュア王城へ戻る様にとの事です。エリザベート様がヴェルナー様と自由にお会いできる環境ができてこそ、作戦は終了であると」


「そう……」

 作戦というのは、出国前に聞かされた帝国内での行動についての事だろうとエリザベートは想像できた。

 それは作戦と言うより、ヘルムホルツ帝国内がヴェルナーの予想通りで会った場合の行動指針のようなものだったが、それは最終的にエリザベートにラングミュアへ戻ってほしいというメッセージでもあった。


「じゃあ、お願いしますわね。わたくしと貴女、二人でヴェルナー様にまたお会いしなくては」

「はい。よろしくお願いします!」

 エリザベートは、国内に戻れば自分の未来を決めるための政争に身を投じる事になる。しかし、それこそがヴェルナーの隣に立つための試練であると自分に言い聞かせた。


「そう考えれば、アシュリンは頼もしい協力者よね」

 自分より幼く見えるが、人並み外れた怪力を操る少女に微笑みかけ、エリザベートはまだ長い旅程をアシュリンと親交を深める時間にしようと決めた。

「アシュリン。あなたはどうして騎士になろうと思ったの?」


 馬車は、女二人の楽しげな声を乗せて進んでいく。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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