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3.実験と宣言

1話からこの3話までを一気に掲載しております。

ご注意ください。

 パーティーを終えて数日の間ヴェルナーは目立った動きをせず、オットーと共に城内から出る事は無かった。その間、勉学と合わせて長年続けているナイフの練習に明け暮れていた。

 ヴェルナーが得た“粘土を生む魔法”については、その間に城内だけでなく町の中でも噂になる程急速に広まっていったらしい。娯楽に乏しいこの世界では、圧政を敷く王族の悪口は、余計に速く伝わる。


 だが、王権簒奪を決意したヴェルナーは水面下にてすでに準備を始めていた。それには彼のお付きであるオットーの活躍も大きい。

「ある程度は自由だが、城にいると監視の目が周囲にあるのと変わらないな」

 今日は久しぶりに外出する為に、ヴェルナーは外に出るための服へと着替えていた。山の中に入る予定なので、乗馬服のようなぴったりとしたスラックスにブーツを履いている。

 乗馬技術は教養の一つとして訓練はしている。


「ヴェルナー殿下。護衛隊の準備は整いました」

 一人の兵士が扉の向こうから声をかけた。

「ファラデーか。わかった」

「では、お待ちしております」

 生真面目そうな男の声が聞こえ、ファラデーと呼ばれた男は早足で離れていく。彼を含めた五名の兵士達は、城の前で馬を用意して待つ手筈になっている。


「騎士でも無い平民出身の兵士が、連絡の為とはいえここまで入るのも手続きが面倒だっただろうに。誰かに伝言を頼むと不都合が出るとでも思ったか?」

「生真面目なのでしょう。それだけ信頼できる人物かと」

 ヴェルナーの苦笑交じりの言葉に答えたオットーも、今回は外での為の服装になっている。いつもの執事然とした黒のジャケットでは無く、地味な皮のジャケットだ。


「それじゃ、行こうか」

 廊下を歩き、王族の住まいである居館から巨大なバルコニーに面した廊下を通り、城の出入り口へと向かう。

 そのバルコニーに見覚えのある人物を見つけ、ヴェルナーは無視するか否かをしばらく迷った。結果として、向こうから発見されてしまったのだが。


「ヴェルナーさん。そんな格好でどうしたのかしら?」

「これはエリザベート様。バルコニーから町を見ていらしたので?」

 にこやかにあいさつをしながらも、ヴェルナーは内心で「まだ居たのか」と苦笑していた。

「ええ。わたくしの国とは家々の雰囲気が違いますもの。特に屋根が尖っている家が多くて面白いわ」


 エリザベートの父親が治めるヘルムホルツ帝国は、ここラングミュアの南側に位置する。気候は穏やかで石造りである事は同じだが、雪がほとんど降らない。

「我が国は大陸最北部。今はまだ暖かいですが、冬に成れば厳しい寒さと雪が町を覆います。平たい屋根では建物が崩れてしまうのですよ」

「そうなの。雪はそらからちらほらと降ってくるものだと聞いていたけれど、意外と重いものなのね」


 義理としての会話を済ませると、ヴェルナーは「兵士たちを待たせておりますので」と断りをいれて立ち去ろうとした。

 では、と一礼した直後に手をがっしりと掴まれて、思わずヴェルナーはのけぞる。

「どちらへ行かれるのかしら?」

「少し山に入って訓練などを行おうかと……」


 嘘では無い。内容と目的を言わないだけだ。

 だが、エリザベートはまだ手を離してくれない。

「わたくしも連れて行って頂戴。城にいるのもお買い物も一通り終わって暇なのよ」

 参った、とヴェルナーは弱ってしまった。これが単なる騎士や貴族たちが相手であればオットーに丸投げしてしまうのも手だが、相手は兄の婚約者であり他国の王女だ。オットーでは話しかける事すら難しい。


「少々危険な事もあるのです。どうかご遠慮いただきたいのですが」

「危険? 第二王子とはいえ王族がそんな危険な訓練をするの?」

 あやしい、という目でじろじろと見られながら、ヴェルナーは頭を働かせた。これから行う訓練は、信頼できない人物に見られたくない。

その為に護衛の人選も念入りに行い、個人的に親交を深めるような事さえしてきたのだ。


 仕方ない、とヴェルナーは多少脅しておく事にした。

「はあ……。あまり大きな声では言えませんが」

 と、エリザベートの耳元へ口を寄せる。

「極秘裏に行いたい事なのです。知られただけならまだしも、貴女が本国に帰られて吹聴でもされたら……」


「ど、どうなるの……?」

 急にヴェルナーの声が真剣みを帯びたせいか、単に顔が近いせいで恥ずかしいのか、頬を赤らめたエリザベートは特徴的な赤みがかった目を揺らしてヴェルナーに問うた。

「貴女と、貴女から情報を知らされた者たちを始末せねばなりません。あまり危険に首を突っ込みますと、命を縮める結果になりますよ」


「そ……そんな重要な事、第二王子で、しかもまだ十歳になったばかりの貴方がやる事じゃないでしょう?」

「これでも王族の一員です。危険な事を秘密裏にやるなら血族が信用できるでしょう。それに、何かあれば予備であり年若い私ならば“処分”するのも容易い」

 当然口から出まかせだが、同じ年のエリザベートを怯えさせるには充分だったようだ。


「兄上とどこかにお出かけでもなさってはどうですか? この時期なら湖で舟遊びなども良いですよ」

「……嫌よ」

「はい?」

「いくら婚約者でも、あれほど醜悪な殿方は生理的に受け付けませんわ!」


 醜悪とは我が兄ながら随分な言われようだ、とヴェルナーは同意の気持ちも込めて苦笑と共に頷いた。

「でも、それをお父様にお伝えしたら貴方の誕生日を口実にここへ送られたのよ。“親しくなるまで帰るな”と言われましたわ!」

 最後には涙声になっているエリザベートの言葉に、ヴェルナーはそっとハンカチを差し出した。彼女は典型的な政略結婚の犠牲なのだ。


 エリザベートの生国であるヘルムホルツ帝国は、大陸で最も多くの国と国境を接する。それだけ外交のかじ取りが難しい。帝国皇帝としてはエリザベートの嫁入りでラングミュア王国との外交的な安定を図りたいのだろう。

「お父様は今回の婚約が上手くいかなければ、わたくしを別の王族に嫁がせると言ったわ。三十も年上の相手。しかも後妻によ」


 だから、とエリザベートは受け取ったハンカチで涙を押えながら言う。

「どうせわたくしはこの国から逃れられませんの。それなら、せめて貴方だけでもわたくしの我が儘を聞いて頂戴。大丈夫。どんな秘密だって守りますわ」

 ヴェルナーは迷っていた。帝国に漏れるのも不味いが、兄に話されるのも困る内容なのだ。

 他の言い訳を探す。


「ええと……エリザベート様の口が固い事はよく理解いたしました。ですが、お連れの護衛たちまではそうはいかないでしょう」

「あら。それは簡単よ」

 そう言うと、エリザベートは離れて見ていた護衛である騎士へ手招きした。

 キビキビとした動きでやってきた騎士は、ヴェルナーに一礼してからエリザベートへ向きなおる。


「今日はヴェルナーさんとお出かけします。護衛は王国がつけてくれるから、今日は休みになさい」

「ですが……」

「命令です」

 騎士はしばらく迷った後「わかりました」と渋々引き下がった。


 これで大丈夫、とばかりに胸を張るエリザベートに、ヴェルナーは眉を顰めた。

「後悔しても知りませんよ?」


●○●


「護衛の騎士たちはわたくしが自分で選びました。誰もがわたくしがもっと小さい頃から見知っている者たちばかりです」

 ヴェルナーの背に貼りつくようにして馬上にいるエリザベートは、山道を進む間に騎士が引き下がった理由を話した。

 どうやら、ラングミュア王国に入るまでの旅程で騎士たちに「ラングミュア王国内では極力自由にさせてくれ」と懇願して受け入れられたらしい。


 民衆への弾圧が厳しいとされてあまり評判が良いとは言えない王国の、これまた評判の良くない王子へと嫁ぐエリザベートを不憫に思っていたらしく、護衛の者たちは了承した。

 ひょっとすると、妹のように思っている者もいるのかも知れない。

「ここまでついて来られた以上は仕方ありませんが、必ず秘密は守っていただきますよ?」

「将来の王妃ですもの。当然ですわ」


 ぎゅっ、と力強くしがみつかれるとエリザベートの胸がしっかりと背中に当たるのだが、相手はまだ子供だ、とヴェルナーはなるべく婚約者であるマーガレットを思い出して、意識をしっかり保っていた。

 下心に支配されていては、これからやる事に失敗しかねない。


「このあたりで宜しいかと」

 馬を止めたオットーが示した場所は、古い採石場跡だ。

 人気も無く木々もまばらで、ヴェルナーがやろうとしている“実験”には都合が良い。

「すぐに始めよう」

 あまり遅くなるのも問題だろうとヴェルナーは素早く馬を下り、エリザベートに手を貸して彼女も下ろした。馬は適当な木に繋いでおく。


 護衛としてついて来ていた他の兵士達やオットーも馬を繋ぎ、ヴェルナーの前に整列する。

「これから行う事は、秘密の実験だ。申し訳ないが、少しでも情報を洩らしたと思われた時は“処分”させてもらう」

 シースから素早く引き抜いたナイフを見せて、ヴェルナーは全員の顔を見回した。


 オットー以外は緊張した面持ちであったが、ある程度状況を聞かされていた兵士たちは揃って納得している。

 エリザベートは初めて見るヴェルナーの厳しい表情に息を飲んでいるようだが、移動中にくどい程言い聞かせていたので、納得はしているらしい。

 広い採石場に下りると、細かな砂利と半端に積み上げられた石材がゴロゴロとしているだけの寂しい風景が広がっている。


「特撮ヒーローが戦う場所そのままだな」

 と、彼にしかわからない事を呟きながら、再び並ばせた兵士達の前でヴェルナーは右手からプラスティック爆薬を生み出した。

「先日のパーティーで見せてくださった粘土を生み出す魔法ですわね」

 それをどうするのか、と首を傾げているエリザベートに、ヴェルナーは笑みを向けた。

「これは単なる粘土じゃないんだよ」


 五人の兵士達にこぶし大の粘土を渡し、充分に離れた場所にある石材や地面、むき出しの山肌などに置いてくるように指示を出す。

 兵士たちは疑問を持ちながらも素直にヴェルナーから爆薬をそうとは知らずに受け取り、すぐに駆け足で指定された場所へと設置していく。

 ものの一分足らずで作業は終わり、ヴェルナーは粘土が手元に残っていないかを念入りに確認してから、口を開いた。


「あー……それじゃあ、いよいよ秘密の大公開だ。腰を抜かすなよ?」

 こほん、とわざとらしい咳払いを挟む。

「俺の魔法は単なる粘土を生み出す力じゃない。爆発する粘土を生み出す魔法だよ」

 ヴェルナーが指差したのは地面に置かれた爆薬だ。

 彼が指を弾いた瞬間、瞬時に爆炎を上げて爆ぜた。


「きゃあっ!? なに、何が起きたの?」

「まだ続いていますよ、エリザベート様」

 さらに指を弾いて行くと、石材が砕け、岩肌に穴が開く。

 ほんの一握りの粘土が岩を砕く様を見せつけられた兵士たちは、自分たちが運んでいた粘土の正体を知って青褪めていた。


「……これが、俺の秘密だ」

 兵士達を見据えて、ヴェルナーは自慢げに笑みを浮かべた。想定していたよりも威力が高く、安定性も悪くない。起爆もイメージするだけの楽なもので、指を弾いて見せたのは単なる演出でしかない。

「もう一つ、特別にここで重大発表をしよう」


 オットーを除いて、まだ呆然としている兵士達とエリザベートに向かって、ヴェルナーはさらに視線でプレッシャーをかけた。

「俺はこの国の王に成る。……意味は分かるな?」

 全員が息を飲んだ。

「そ、それは、つまり……」


 婚約者である兄マックスを排除するという宣言に他ならない。気付いたエリザベートはすっかり血の気を失って、可愛そうなくらいに膝を震わせている。

「だから言ったでしょう」

 ヴェルナーは肩をすくめた。忠告はしたのだ。

「後悔しても知りませんよ、と」

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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