29.めまぐるしい日々
29話目です。
よろしくお願いします。
突貫工事で整えられた謁見の間において、ヴェルナーの戴冠式は滞りなく行われた。
そして、その翌日には前王レオンハルトと王子マックスの葬儀も執り行われ、厳かながら心のこもらない空虚な儀式の時間は通り過ぎていく。
葬儀よりも戴冠式の方が質素に開催され、民衆に対しては立札での告知だけで終わった。
ヴェルナーは大仰な儀式に対して然程重要性を見いだせず、それよりも実務の方を進める事を優先した。
一通りの儀式が終了し、アシュリンを連れてヘルムホルツへ向かうエリザベートを見送ったヴェルナーは、城内の体制作りとして手始めにマーガレットの父であるエックハルト・フラウンホーファー侯爵を呼び出した。
「国王による親政体制はそのままにしますが、実務のトップとして侯爵に宰相の地位をお願いしたい……いや、正直に言えば押し付けさせていただきたい」
呼び出された理由をマーガレットとの結婚についてのことだと思っていたエックハルトは、そのつもりで同行させたマーガレットともに、目を見開いて固まっていた。
「残念ながら、俺はここ最近大暴れが過ぎたうえ、元々貴族からの人気は低い。認知度そのものが低いと言って良い状態だ」
ヴェルナーの実感は正確なものだった。城内勤務であれば別だが、地方の貴族の中にはヴェルナーの顔すら知らぬ者も多い。
「なるべく早い段階で国内をまとめてしまいたい。そのためには事務官をまとめる人材が必要なのですよ」
「しかし、私がその地位に就くのは反対も多いでしょう。王妃となるマーガレットの父親が縁故で地位を得たと言う者も出るでしょう」
エックハルトの心配も尤もだが、ヴェルナーはいっそそのような意見は無視する事にしていた。
「縁故で悪い理由はありません。信用できる相手であれば重用するのが自然な流れですし、俺には今、有能かつ信頼できる臣下が必要なのです」
「私に、そのような大役が務まるでしょうか?」
「王都の火災騒動の際、的確な兵の配置によって被害は抑えられました。炎上した貴族は自らが選んで被害を受けたようなものです」
ヴェルナーはさらに、王城襲撃直後の兵たちの動きについても言及した。
怪我人への対応をする際にも、身元の確認を行って襲撃側と防衛側を引き離したり、治療についても町から医者の応援を呼んで城内へ入れたのも侯爵の判断だった。こうした判断と行動によって命を救われたものは多く、二次的な騒動も発生せずに済んだ。
「それに、もう一つフラウンホーファー侯爵にお願いしたい理由があります」
「お聞かせください」
「しばらく……二か月ほど私は国内の事にかかりきりになる予定で、城を空けることも多くなるでしょう。その間、マーガレットには城内に残ってもらいたいと思っております。これはのちに王妃として過ごすための下準備だと思ってもらいたい」
そして、同じ城内に父親がいて権力を握っていることで、心理的にマーガレットを守る形を作りたい、とヴェルナーは言う。
「権力が分散するのは避けたいのですが、必要であれば厭わないつもりです。俺が王になることで、この国は武断的な性質を持ちます。それは下の者たちにとっても同じことです。力と、それに対する恐怖」
だが、ヴェルナーにとってはそれだけでは鬱屈が溜まるだけで、いずれ前王と同じように民衆が押さえつけられる気分を味わうだけだと判断した。
「侯爵とマーガレットには、城の者や他の貴族たちからの陳情を受ける役割をお願いしたいのです」
そうしてヴェルナーは厳しい面を受け持ち、マーガレットと侯爵が穏やかな面を担当する事でバランスを取りたい、とヴェルナーは考えた。あからさまな人気取り策ではあるが、マーガレットの名前で孤児院や求職施設の設立を行うことも考えている。
彼の考えを聞いた侯爵は、マーガレットに問う。
「聞けば聞くほどに難しい役割だ。十二歳のお前には荷が勝ちすぎる気もするが……マーガレット、お前の気持ちを聞かせておくれ」
父親の言葉の中には気遣いと共にマーガレットを一人の人間として選択させようという意思が感じられた。
「お受けします。ヴェルナー様はこれから先もお忙しくなられるのですから、僅かでもお役にたてるのであれば、喜んで」
「ふむ……では、父として娘の負担を軽くするのは当然の務め。陛下、微力ながら私も陛下のお手伝いをさせていただきます。領地の方もそろそろ息子に経験を積ませる時期でしょうから、丁度良い機会です」
「そう言っていただけると助かります」
「では、宰相としてまず一つ、陛下にお願いがございます」
エックハルトの言葉に居住まいを正したヴェルナーは、黙って耳を傾けた。
「私の事は義父とは思わずに、臣下として接してください。陛下はこの国で不可侵の地位にあられるのです。臣下に対して敬語を使うようでは示しがつきません」
ヴェルナーは苦笑して頷く。
「わかった。では今後はそのようにしよう……マーガレット、君や侯爵と良い関係で出会えたことだけは、亡き父に感謝すべきだな」
ヴェルナーは数枚の書類をエックハルトに手渡した。
「早速だが、これに目を通しておいてもらいたい。俺の侍従であるオットーと協力して国家官僚の体制作りを最優先で進めて欲しい」
書類にはヴェルナーが作った文官と武官の組織図が描かれている。その一部には名前が記入済みであり、打診に了承を得られた分にはチェックが入っている。
「俺もあまり貴族社会には詳しくはない。空白部分には適任と思える者を入れてほしい。それと……彼の説得も頼む。それも、最優先で」
ヴェルナーが指差した場所は、武官のトップとして『軍務省長』の役職名が書かれており、候補者として現騎士訓練校校長フリードリヒ・ミリカンの氏名があった。
「一度打診をしたが、教育現場に拘っているようで、色良い返事はもらえなかった」
エックハルトがミリカンと親しいことを知って、ヴェルナーはどうしても彼を軍のトップに据えたいので、協力を仰ぐことにしたのだ。
「もちろん、できるだけの説得を試してみますが、なぜ彼を?」
ミリカン自身は人望もあり多くの経験がある人物ではあるが、一線を退いて長い。
「上層部経験の薄いものばかりでは、組織がうまく動かない。それに、急ぎ軍の態勢を整えたいという意味もある」
ヴェルナーは親指と人差し指、二本の指を立てた。
「数か月のうちに、ヘルムホルツと隣国グリマルディ王国の間で戦いが始まる可能性が高い」
それは、ミルカから渡された情報で分かった事だ。ヘルムホルツ帝国内で一部の貴族がグリマルディ王国からの支援を受けて所属する国を変える動きを見せている。
「戦いが始まったらすぐ、そこに介入したいのさ」
●○●
ラングミュア王国がバタバタとヴェルナー体制へと移行している間でも、民衆はそれぞれの生活を続けていた。
ヴェルナーは国内の情勢が一段落したあたりで民衆に対して税の減免措置を段階的に行うつもりでいたが、それはまだ先の話であり、一般の平民たちは単に王が代替わりしただけという印象でしかない。
一部の平民の中には、兵士として戦いに参加した家族が戻らなかったり、大口の顧客であった貴族が失脚して、店を畳まざるを得なくなった商人などもいた。
だが、彼らにしても雲の上の人物である王へ対する恨みよりも、直属の領主が味方に付く相手を間違えたことに対する恨みの方が強い。
そして、そういった者たちが住む町はほとんどが王の直轄地となり、以前よりも税負担が減る場合が多かった。
そんな中、騎士訓練校の生徒たちも一時的な革命騒ぎに巻き込まれた興奮はあったものの、その後の王座交代劇などとも無関係で単に仕えるべき君主の名前が変わっただけだった。
騒動で怪我を負って引退した騎士たちから教員が補充され、訓練生たちに犠牲が出なかったこともあって、比較的早々に通常の訓練に戻っていた。
一部の生徒は訓練校を辞めさせられて親元に戻されたが、実戦を目の当たりにして元々は渋々騎士課程をこなしていたのが、やおらやる気を出した生徒も多かった。
新たな王であるヴェルナーに対しても、同年代ながら王都および王城内での騒動を収束させた事に加え、マックスとの対決の内容が知られ、校内に潰れた室内訓練場という物証があるのも手伝って、その実力は口々に賞賛されている。
その影響を受けて、イレーヌはウンザリしていた。
「別にヴェルナー様と個人的な付き合いがあるわけじゃないのだけれど」
「それでも、二度も一緒に戦ったのだろう? どんな方なのか教えてくれないか」
「直接会いに行けばいいんじゃないの?」
「国王陛下に、そんな簡単に会えるはずないだろう。それに、君の眼を通した感想を聞いておきたいんだ」
アシュリンが“校外学習”という聞きなれない理由でエリザベートについてヘルムホルツ帝国へ行ってしまったため、ヴェルナーを知る数少ない人物として、イレーヌのもとへは話を聞きたいという生徒が入れ替わり立ち代わり訪れていた。
イレーヌとしてはアシュリンが学校を辞める必要がなくなったことは歓迎だったが、ヘルムホルツ行きに連れて行ってもらいたかった。
男子の訓練生は同年代で強力な魔法を使えるうえ、格闘もできるという噂の真実を聞きたくてやってくる。
女子の方はヴェルナーという異性に対する興味と、一部は彼から指名されて戦いに赴いたイレーヌやアシュリンとの関係を探りに来る場合が多い。中には、王の第二か第三王妃あたりを露骨に狙っている者もいる。
「イレーヌ。君を気に入っているという陛下の話だ。少しは教えてもらえないだろうか。僕も紳士になるべく、年下とはいえ君のような人に気に入られるような人物を参考にしておきたい」
若いながらも気取った言葉づかいをする生徒は、子爵家の次男で騎士を目指している上級生だった。
その言い草で、彼もイレーヌとヴェルナーの関係を勘ぐっていることを察したイレーヌは完全にへそを曲げた。
「下衆ね」
「なんだと?」
吐き捨てるようにイレーヌが言うと、男子生徒はすぐに怒りを顔に浮かべた。直情的すぎるところも、子供だとイレーヌは思う。
「下衆だと言ったのよ。そんなに気になるなら、直接会いに行きなさいと言っているじゃない。さっきから聞いていたけれど、貴方は噂を鵜呑みにして浮ついた話をするだけで、あたしが迷惑していることにもまるで気を遣わないじゃない。『紳士になろうとしている』が聞いてあきれるわ」
そのまま、イレーヌはヴェルナーがマーガレットをはじめとした女性たちへの接し方に気を遣っている事や、戦場であろうと冷静に振る舞う姿をしっかりと説明した。
「満足した? 貴方とヴェルナー様にはこれだけの差があるの。レディーをエスコートするに足る紳士になりたいと思うなら、まずは相手が何を考えているかを慮ることを覚えるべきね」
「う……」
すらすらと並べられた言葉に、男子生徒の顔が引きつる。
「まだ納得できないなら、ヴェルナー様のところに行って聞いてきなさいな。あの方は相手の身分は見ないから、素直に貴方を評価してくれるでしょうし、貴方が望めば決闘だって受けてくれるんじゃないかしら?」
決闘になったとして結果はわかりきっているけれど、とイレーヌは鼻で笑った。
「……ウーレンベックと並び、訓練校でも最強の一角と呼ばれる、君でも勝てないとでもいうのか……?」
「戦えと言われたら、すぐに走って逃げるわね。あたしだって命は惜しいもの」
男子生徒が肩を落として去っていくと、イレーヌは大きなため息をついた。
「やれやれ……」
イレーヌはヴェルナーを賞賛する言葉がすらすらと出てきた自分に苦笑しながらも、周りの反応を見てしばらくは静かに過ごせるだろう、と安堵していた。
しかし、翌日になって禿げ頭を真っ赤にしたミリカンがイレーヌを呼びに来ると、自分の失言に頭を抱えることになる。
イレーヌに触発された男子生徒が、王との決闘を求めて王城を訪ねたというのだ。
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