27.贈りもの
27話目です。
よろしくお願いします。
※投稿一時間後、「カミラ」を「レオナ」に名称変更しました。
「帰れ」
「そう邪険に扱うものではない、ヴェルナー殿。余はスド砂漠国から来た正式な祝いの使者であるぞ?」
マックスとの対決後、ようやく落ち着き始めたラングミュア王国の城に“使者”を名乗って現れたミルカは、突然の訪問に驚いた騎士たちによって応接の為のサロンへと案内された。
ミルカの顔を見て脱力感を感じたヴェルナーは、向かいのソファにどっかりと腰を下ろすと、すぐに動けるように足を組む事もせずに真正面から見据える。
「反乱の首謀者として捕まえる事も出来るんだぞ?」
「すぐに見抜かれるような嘘はいけないな。国内のとりまとめもできていない状況で、他国と事を構える気はないだろう」
「ちっ」
大げさに舌打ちしたヴェルナーが来訪の目的を問うと、ミルカはニヤリと笑う。
「約束を果たしに来た」
ソファに腰かけたミルカの後ろには、いつも付き添っている二人の愛妾兼護衛が立っており、一人が手を伸ばしてミルカのカップに酒を注いだ。その左腕には包帯が巻かれている。
その手を掴んだミルカは、ソファの前に出て来るように命じた。
「余の仕掛けを上手く利用した見事な戦いだった……と聞いた。残念ながら件の爆発魔法を直接見る機会は得られなかったが、それはまた次の楽しみとしておこう」
ミルカが指したのは、マックスを倒した件だけではなく民主主義を隠れ蓑にした一部民衆と下級貴族による暴走に対する対処についてだった。
「見事に王へと成り上がる事ができたな。余としては、自ら考える事をせぬ者や色狂いが王に成るよりははるかに良い結果に落ち着いた。そして新たな王は余の友人だ。これは祝いをせねばならぬだろう」
だからこうして急ぎ駆け付けたのだ、と言うミルカに、ヴェルナーは胡乱な目を向けた。
「どうせラングミュア国内にいたのだろうが」
ヴェルナーの言葉には答えず、ミルカは立たせていた女性を指した。
「顔は見た事があるだろう。ヴェルナー殿の投げたナイフから見事に余を守った女だ。実力もわかるだろう? 名前はレオナという」
顔を顰めたヴェルナーは、民主主義を目指すダーフィトたちの拠点から逃げるミルカに対して投擲したナイフを、自分の腕を使って庇った女が居た事を思い出した。
「あの時の、か。顔は忘れていたが、動きを褒めるかと言われれば不合格だ」
ヴェルナーの言葉に、無表情であったレオナと呼ばれた女性はわずかに不機嫌そうな顔を見せた。
意外と素直な性格だ、とヴェルナーは考えながら言葉を続ける。
「あれならわざわざ怪我を負う必要も無い。拳で叩き落とせば済む話だ。護衛の仕事は危険を防ぐ事であって代わりに怪我を負う事じゃない。怪我をして全体の足かせになるような奴は、率直に言って護衛には向いていない」
ヴェルナーの話を聞いてレオナはすっかり不機嫌になったようだが、ミルカの方は手を叩いて笑っていた。
「なるほど、なるほど。面白いな。確かに部隊の誰かが怪我をすれば、攻守ともに不利になるばかりか、行軍だけでも邪魔になる。道理だな」
「私は、足手まといになるくらいなら置いて行かれる事を選びます」
初めて口を開いたレオナは、ヴェルナーに向かって反論したが、すぐにヴェルナーは睨みつけて黙らせた。
自分よりも若い、少年と言って良い年齢のヴェルナーに睨まれたレオナは、不愉快ではあったがその圧力に口を噤まざるを得なかった。
「置いて行った結果、そいつの口から情報が漏れる事も考えられる」
「そのような心配は無用です。敵に捕まるくらいなら自ら死を選びます」
真面目な顔をして宣言するレオナに、ヴェルナーは右手で自分の目を覆って天井を仰いだ。
「馬鹿め。死のうと思って簡単に殺して貰えない状況もある。それに、そう簡単に死なれちゃ困る理由もあるんだよ。わからないか?」
ヴェルナーの問いに、レオナは分かりません、と答えた。
「金と時間だ」
「なるほど。確かにレオナのようなレベルでなくとも、まともに戦える兵を作るだけでも数年はかかるな。おまけに戦闘訓練というのは、金がかかるばかりで儲かる事は無い」
ミルカは納得した、と頷き、レオナは不機嫌そうな顔のままで立っていた。
「勉強になったな、レオナ。余もその辺りを良く考えねばならぬようだ。確かに盾になってくれるからと言って、使い捨てのようにするのは問題だ」
そこで本題だが、とミルカは続けた。
「このレオナをヴェルナー殿に譲る。それなりに腕は立つぞ」
ヴェルナーがレオナの顔を見ると、ミルカの言葉をうけて自信たっぷりに胸を張って頷いている。
ミルカと同じ褐色の肌に、ゆったりとしたウェーブがかかった長い銀髪を揺らしている。顔つきは確かに整っていた。
「いらん。お前の手下をホイホイ身内に引き込む危険性を考えないとでも思ったか。それに、女を物のようにやりとりする趣味は無い」
「そう疑わずとも良い。ヴェルナー殿の物となった以上は、レオナはお前の指示で自らを殺すし、余でも攻撃するだろう」
「悪趣味な事をする……目的はなんだ?」
いい加減素直になれ、とミルカは口を尖らせた。
「言ったではないか。これは友人であるヴェルナー殿が王に成った……戴冠式は未だだったな……王に成る事に対する祝いの品だ」
ミルカは彼女を自分の好きなように扱うと良い、と言いながらも、軽く頭を下げた。
「レオナは余の愛妾という事にしているが、実は余の父上の友人の娘なのだ……その友人は父上と余の政敵に殺された。それどころか、レオナ本人も狙われかねない状況にある」
突然何を言い出したのか、とヴェルナーは黙って聞いている。
「余は父上から“国内が落ち着くまでしばらく帰って来るな”と言われていてな。まだしばらくは帰れぬ。だがレオナを余のそばに置いておくと、余と共に狙われる可能性も捨てきれぬ」
そこで、どうせならヴェルナーの所に居た方がおちついて暮らせるのではないか、とミルカは考えたらしい。
「だが、お前の護衛ではあるのだろう? 実際に庇って怪我を負っている」
「恩人を守ろうとするのは、当然の事です」
ツンとした態度はそのままで、再びレオナは胸を張る。
「そう言うお前自身はどう考えているんだ?」
「ミルカ様が言われる通りにいたします。私は国王の命を受けた兵たちに助けられた時から、王とミルカ様のお言葉だけは信じると決めたのです」
しばらくヴェルナーはレオナを見つめていたが、最終的には「わかった」と告げた。
「ただ、しばらくは城内から出る事を許さん。城内でも行ける範囲は制限させてもらう……それと、ミルカ。これは厄介事を俺が預かる形になるぞ。とても祝いとは言えないと思うが?」
「あまり強欲に過ぎると身を滅ぼすぞ? 余はレオナには手を出しておらぬ。安心すると良い」
そういう心配をしているんじゃない、とヴェルナーは首を振った。
「第一、おまえはレオナを本当に守りたいと思っているのか? 俺が彼女に対して無体な真似をする可能性もあるだろう」
「その点は心配しておらぬ。ヴェルナー殿は敵に対して容赦はしないが、身内の、特に女性に対して地位と権力で迫るような真似はしないだろう。余はお前を信用している」
「はあ……そこまで言うなら預かろう。だが、一つこちらの条件も飲んでもらう」
「良かろう。ではレオナ、彼の下に行くが良い。これからはヴェルナーの部下として彼の役に立ってくれ。そして、元気でいてくれる事を願っている」
「ミルカ様……今まで、ありがとうございました」
背後に立とうとしたレオナを止めたヴェルナーは、少し離れた場所にある一人掛けのソファに座って待っているようにと指示した。
「そう心配せずとも、余が決めた相手を後ろから刺すような女ではないぞ?」
「お前の言葉を全て信用する気はない」
実際、ヴェルナーはまだレオナの正体がミルカの言った通りだとは信用していなかった。だが、それを調べるような諜報を行う手勢を持っていない事も事実だ。
王が秘密裏にそういう部隊を持っていたのではないかと調べたのだが、どうやら最初から存在していなかったらしい。
「それで、我が友人は余に何を望む?」
「情報が欲しい。お前の事だ、すでに動いているとは思うが……」
「ヘルムホルツ帝国か」
ミルカはにやりと笑った。
ヴェルナーは言い当てられた事には驚かなかった。ミルカならばヘルムホルツ帝国がエリザベートの帰国を求めている事くらいは知っていてもおかしくないと思っていたからだ。
ある意味で、ヴェルナーはミルカの能力や周囲にいる人材については評価して信用していると言っても良い。
友人どころか悪友とも呼びたくは無いが、あまり目を離すのも問題であり、国内が落ち着いていない今は敵に回すのは避けたかった。
マックスの母親であるユリアーネは少し離れた直轄地にて“静養”をしてもらう事になり、すでに送り出しているが、他の貴族たちの処分も進んでいない。
「良かろう。では余のしたにある情報を、後程まとめてから渡すとしよう。大国の都合で折角できた友人の国が瓦解するのは見たくないからな」
「ああ、助かる。では、礼と言ってはなんだが夕食でも出そう」
「ふふ……嬉しいさそいだが、今日のところは遠慮しておこう」
ミルカは不敵に笑うと、ヴェルナーの誘いを断った。
「ヴェルナーに新しい愛人を紹介した男が一緒では、マーガレット・フラウンホーファー嬢も気分が良くないだろう」
「そういう気遣いはできるのか」
「余は女性には優しいのだよ」
マーガレットへの説明をどうするか考えているヴェルナーに、ミルカは片目を瞑って見せた。
「ヴェルナー殿と余は、そういう所が似ていると思っている」
●○●
ミルカが城を辞した後、ヴェルナーは近衛とした騎士デニス・ジルヒャーを呼んでレオナを彼に引き合わせた。
「ミルカ王子の置き土産だ。お前に任せるから、ラングミュア騎士の訓練を付けてやってくれ。部屋と制服も用意してやるように」
「はっ。では女性騎士を付けましょう」
デニスがそう進言した理由には、レオナが女性である事もあったが、同時にヴェルナーがレオナに対してどういう対応をするのかがはっきりするまでは、あまり男性を近づけない方が良いと判断したからだった。
それに気づいたヴェルナーは否定をしようかと考えたが、誤解であっても耳目が集まればレオナも余計な動きはできないだろうと判断して、そのままにしておいた。
「委細は任せる。ミルカ王子が言うにはそれなりに使える人物だそうだが、俺が見る限りはとてもじゃないが実戦レベルじゃない……ん? 女性の騎士なんていたか?」
「はい。三名と少数ではありますが居ります。以前は十名以上居ましたが……」
大半が王城内での戦闘が始まる前に実家へと逃げ帰ってしまい、一部はマックスの軍へと参加して死亡したという。
「良く残ってくれたものだな」
「そう言っていただけると、彼女たちも喜ぶでしょう」
「面倒事を押し付けるからな。いずれ声をかけるとしよう。だが、今はそんな時間が無い。そろそろ執務室へ戻らないとな。オットーが怖い」
笑いながらヴェルナーはレオナの事をデニスに任せると、サロンを出て執務室へと向かう。
近衛であるデニスも、ヴェルナーは城内では自由にさせていた。人手不足であることも理由だったが、城内くらいは一人で歩きたいと思っていた。
一人で城内を歩く間、ヴェルナーはこれからについて思いを馳せる。
国内の平定はまだ時間がかかる。各領地の貴族のうち、マックス側についた者たちの領地没収や当主の処刑などを行わねばならない。
逃げ回るであろう連中を捕まえるには、国土は広く、兵員にも限りがあった。
さらに没収をして終わりでは無い。飛び地となる直轄領が増える以上、そこへ派遣する代官も選定せねばならず、さらには各地に対して駐屯する兵も必要になる。
没収した領地からの収入や断絶する貴族家からの資金没収もあり、資金面の問題が少ないだけ、まだマシだと思うしかないだろう。
ヴェルナーはひとつひとつを片付けて行くしかないと考えながら、新たな火種が増えない事を願っていた。
祈るような気持ちで執務室の扉を開くと、机の上にどっさりと詰まれた書類が視界に飛び込んできた。
「お帰りなさいませ、ヴェルナー様」
恭しく一礼するオットーに、うんざりした顔でヴェルナーは頷いた。
「絶対王政はドラスティックな改革が出来る反面、何でもかんでも自分に集中するのがなぁ……」
早い段階で官僚体制でも作って行政処理能力を上げないと、いずれ過労死する。ヴェルナーはため息を吐いた。
「ヴェルナー様。ヘルムホルツ帝国からの使者の方が、再度お会いしたいとの申請がありました」
恐らくはエリザベートの帰国について、ヴェルナーの返答が欲しいのだろう。
「わかった。明日にでも会うから、予定を組んでくれ。……さっきもそうだったが、女性を物のように扱う奴は多いな」
うんざりだ、というヴェルナーに、オットーはミルクティーを用意しながら尋ねた。
「ですが、王女というお立場にある以上は、国の命令には逆らえませんでしょう」
「だろうな……。今日のうちにエリザベートに会っておこう」
友人としてせめて言い分は聞いておきたい、とヴェルナーはオットーに準備を指示すると、書類へと向かった。
お読みいただきましてありがとうございます。
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