26.それは戦闘ではなく
26話目です。
よろしくお願いします。
母であるユリアーネから王の死を知らされた時、兵を連れてとある町の中で宿営していたマックスは歓喜した。単純な話で、すぐにでも王に成れる道が出来たからだ。
死亡時にラングミュア王はまだ三十九歳。暗君でありマックスと同様血筋を最重要視する人物であったが、この世界における平均年齢を考慮してもまだ二十年以上は王に成る機会は回ってこない筈だった。
「逃げ回る砂漠の連中もどうやら逃げ帰ってしまったようだ。ここは一度王都へ戻らねばな」
「ですが殿下、まだ国境周辺ではスドの兵たちを確認できておりませんが……」
ラングミュア王国軍総大将であるカール・ブシュケッターは、兵に損害が出ている状態で撤退するのは失点であると考えたらしく、マックスを宥めて作戦継続を訴えた。
しかし、王の座を前にして落ち着かないマックスは、ブシュケッターの意見をあっさりと却下した。
「良い。このままでは削られていくだけだ。敵と言っても奇襲しかできぬ程度の少数。放っておいても大した害にはなるまい」
「ですが、領地はあらされますぞ?」
「くどい!」
マックスは食い下がるブシュケッターを睨みつけた。
「少数の兵でできることなどたかが知れている。王に成る者があちこちと駆けずり回ってやるような事でも無い!」
内心、良いように少数の敵に踊らされて損害を出していた事に焦りを感じていたが、都合よく上位者が居なくなった事でマックスはすっかり気持ちが晴れていた。
彼に取って、ヴェルナー同様父親は父親では無かった。
育てられた覚えは無く、ただ真似をしていればいずれその立場を譲られると考えていたし、母親からもそう言われていた。
ヴェルナーが多少の功績を上げたところで、父親の態度は変わらなかった。それが逆にマックスを増長させた。地位を追われる心配が無いとわかったのだ。
「すぐに王都へ戻る。兵たちに準備をさせろ」
「わかりました。ですが、索敵で兵も疲れております。明日の朝に出発する形にしませんと、速度がかなり落ちます」
ブシュケッターの進言にマックスは却下の言葉を言おうとしたが、そこは用兵の事と考え、許可を出した。
殊更に勿体ぶって明日の朝までは兵を休ませるように、とおうむ返しに命じたマックスに対し、ブシュケッターは内心の苛立ちを必死で押えながら一礼する。
マックスの部屋を出た時、ブシュケッターは王都へ戻ってからの事を考えていた。
「マックス様の治政が始まるか……」
口に出してから気付いたが、果たしてマックスに“治政”ができるのだろうか、とブシュケッターは笑いをかみ殺した。
「前の王と変わらぬだろうな。所詮は用意された座に座るだけの事よ」
民衆弾圧が主とはいえ、自らの武功によって地位を作り上げてきたブシュケッターは、貴族でありながら世襲に対しては懐疑的な部分があった。
偉人の子がまた偉人となれるとは限らない。ラングミュアという国を作り上げた初代の王は、なるほど傑物であったかも知れないが、その子孫はどうか。
ブシュケッターは詮無きことと知りつつもその考えを止める事は出来なかった。
部下を呼び、交代での休憩と明日の早朝からの帰国について指示を出すと、自室へ戻ってベッドへと腰を下ろす。
「おれの戦績に瑕がついたな。……まあいい。マックス様が王になれば、おれのような人間が活躍する機会はいくらでもあるだろう」
しかし、ブシュケッターの展望を邪魔する報告はその二日後、帰還のための行軍中に届いた。
「ヴェルナーあああああ!」
弟からの手紙を破り捨て、雄叫びを上げたマックスを見て、ブシュケッターは内戦が始まる事を知る。
さらに二日後、マックスを支持する貴族からの応援が集まり始めると、マックスはヴェルナーに対する殺意を全く隠す事が無くなった。
ブシュケッターはそのままマックス側の軍で実質的な大将を勤める事となり、編成も練度もまるでバラバラな軍を纏める事に忙殺される事となった。
行軍の最中で編成をおこなったブシュケッターは確かに用兵の才があるのであろう。だが、今回彼にとって不幸であったのは、彼の上にマックスという上位者が居た事だった。
「俺が……いや、余がヴェルナーに対して直々に罰を与えねばならん。開戦の前にあの愚か者に説教をする。陣容は左右に広く、且つ騎馬隊を前に出して威容を最大限に見せるようにせよ」
この時点で、ブシュケッターは本来ならば無理にでも止めなければならなかった。もし平時であれば彼はそうしていただろう。
しかし、マックスへ協力する諸侯軍の数が二千名に迫る人数となり、またそれらの貴族たちもマックスの意見に同調した。さらにはブシュケッターも戦いを前に疲労と興奮を抱えていたこともあって、その意見を容れた。
そうして、マックス率いる軍は王都を目前とした広い荒野で陣を構えた。先にヴェルナー達が陣を敷いていたので、そこから数百メートル離れた場所だ。
それぞれの将兵がずらりと並び、向かい合う。
時間は早朝であった。朝の光が荒野を照らし出すと、両軍の顔つきまで見える程に空気は冷たく澄んでいる。
「マックス。先に聞いておこう」
先に前に進み出て、口上を述べたのはヴェルナーの方だった。
●○●
「俺に降伏する気になったか? 余計な反抗をしなければ、生きるには困らぬ程度の環境は用意してやる。母親と共に王都から離れて長い余生を過ごすと良い」
ヴェルナーの言葉に、マックスは馬を進めて大声で罵り始めるのを遠くに見ながら、イレーヌはアシュリンに顔を寄せた。
「ヴェルナー様って割と嫌がらせがお好きよね」
「失礼だぞ、イレーヌ。第一、自分たちのような訓練生が実戦の場に王の護衛として立てる光栄をもっと考えるべきだ」
堅苦しいわね、とイレーヌが肩をすくめると、彼女の頭にミリカンの拳骨が落ちた。
「黙ってみておれ。言葉を使って相手を操り、意のままに動かす事ができるのは良将の証だ」
そういう意味では、敵方のブシュケッターなどは部隊を動かす事は優れていても人心に対しては鈍い所がある、とミリカンは評した。だからこそ民衆弾圧に際して冷静に処理できるという面もあるのだが。
「では、マックスよ。お前はお前の愚かさによって多くの仲間を道連れにしてここで果てよ」
ヴェルナーが下がる。
マックスは未だ吠えているが、ヴェルナーの指示で弓隊が出てくると、ブシュケッターの指示で兵が出て、マックスの馬を轡を引いて陣の中央まで下げていく。
「デニス」
「はっ」
「今から言う事は、他の者たちにも伝えてほしい」
そう前置きをして、馬を下りたヴェルナーは自らの近衛として選抜した騎士デニス・ジルヒャーに話しかけた。
「今から始まるのは戦いでは無く、一方的な虐殺となる。だが、今回は我慢して皆に付き合ってもらいたい。長く王国の国民を虐げてきた者たちをここでしっかりと根絶する事で、王国は生まれ変わる。その事を肝に銘じて、“残党狩り”に勤しむように」
ヴェルナーがこれから何を行うのか、デニスは知らされていなかった。だが、戦闘では無く敢えて“残党狩り”という言葉を使った理由は何かあるのだろう、と信じている。
デニスには訓示と合わせて命令も伝達させる。
「弓兵を下がらせ、盾を持つ歩兵を前にして防御態勢。……衝撃が来る。多少は破片も飛んでくるだろう。注意させよ」
「はっ!」
拳を胸に当てる敬礼を行うと、デニスはすぐに離れて行った。
数十秒で命令は伝わったようで、弓兵は下がり、大きな盾を持った兵士がずらりと並んだ。
全員が緊張の面持ちで盾を構えており、敵の矢を防ぐために歯を食いしばっている。
「アシュリン・ウーレンベック。そしてイレーヌ・デュワー」
ヴェルナーは振り返り、二人の訓練生に対して肩をすくめた。
「折角の見学だが、この戦いほどお前たちの勉強にならない物は無いだろうな」
「いえ。自分はこれほどの戦いに立ちあえただけでも充分です」
「そうか」
アシュリンが真面目な顔で言うと、ヴェルナーは右手を上げた。
「ならば、しっかり見ておいてくれ。俺の晴れ舞台だ」
ヴェルナーが指を弾くと、彼の旗下にあった全ての将兵、全ての貴族が呆然とする光景が広がった。
マックスたちが陣を敷いた地面にたっぷりと埋め込まれたヴェルナーのプラスティック爆薬が中央部分から土を持ち上げて爆発し、土や石ころと同様にマックスの兵たちを打ち上げていく。
連鎖して爆発は広がり、恐らくマックスがいるであろう場所も爆ぜ、騎兵は馬ごと弾かれる。
貴族も平民も無く、プラスティック爆薬はその破壊力を存分に、平等に味わわせていく。
「なんだ?! 何が起きて……」
大将たるブシュケッターも同じだ。突然背後で爆発音がした事に反応し、その直後には土くれと混ざり合う程、粉々に爆散する。
衝撃という意味では、ヴェルナーの旗下にいた将兵たちも同じだったかも知れない。
誰もが無言で、同じ国の兵士達がどんどんと打ち上げられ、砕かれていく様を呆然と見ている。
中には恐怖で泣き出す者もいた。
爆発の正体がわからず、ただひたすらに人知を超えた爆発という暴力が兵士たちを蹂躙していく光景に耐えられなかったのだろう。
爆発が収まると、残っていたのは爆薬埋設地から外れていて逃げのびる事が出来た両翼のわずかな戦力のみだった。
中央部分が特にひどかったが、掘り返された爆発跡は土と人馬の死体が入り混じり、そこに居た数百の兵士はすっかり姿を消していた。
わずかな生き残りも居たが、五体無事でいる者は皆無だ。
両翼の残存兵たちは、数十名の集団としては残っていたが、もはや戦う意思など持ち合わせていなかった。
全員が武器を捨て、恐怖に青褪めた顔で膝をついた。
爆音を聞いた後の耳鳴りだけが聞こえる戦場は、ヴェルナーの宣言通り一方的な虐殺であった。
死んだ者たちは、自分がどのように死んだか自覚をする暇も無かっただろう。
「これが、俺の力だ」
ヴェルナーが声を出すと、静かな戦場で誰もが耳を傾けた。
「この力を以て、俺はラングミュア王国国王となる。俺の力となる者にはこの力が守護となり、敵となる者には牙となろう」
唾を飲む音がどこからか聞こえてくる。誰もが、酷く喉が渇いた感覚を覚えていた。
もうもうと舞う土埃に隠れた光景は、やがてその凄惨な現場にうっすらと土化粧を施すであろうが、漂う血の臭いは隠せない。
「これは暴力だ。できれば、俺にこれを使う機会が少ない事を願う」
聞く者によっては傲慢にも聞こえたかも知れない。しかし、ヴェルナーの事を知る者たちは、それが部下たちに対する期待であると受け取った。
「投降した者を捕縛せよ! 痛みに呻く者には安楽を与えよ! ……前進!」
完全に思考が止まっている様子を見せていた将兵たちに対し、ミリカンの声が響いた。
最初に動き出したのは、騎士訓練校で彼の声を聴きなれていた若手の騎士達だ。自然と身体が動き始めた彼らについて、兵士達も進みだす。
「ミリカン。ありがとう」
「なんの。教え子たちが呆けているのも……助からぬ怪我で苦しみ続けるのも見ていたいとは思いませんので」
「そうか」
短く答えたヴェルナーは、くるりと首を巡らせた。
「ところで、アシュリンとイレーヌはどうした?」
「え? あっ!」
姿が見えない二人を探して視線を巡らせたミリカンは、戦意喪失した敵に向かって走る二人を見つけて、走り出した。
「待たんか! 馬鹿者!」
禿げ頭を真っ赤にして走って行くミリカンを見て、ヴェルナーは微笑む。
「やれやれ。これでようやく最初の一歩だな」
戦いが終わってから十日後、ヴェルナーは自らの指揮によって戴冠式を行い、正式にラングミュア王国国王となる。
王国史上最年少となる、十二歳の王が誕生したのだ。
スド砂漠国は歓迎の意と共に贈り物をしたが、国境を接するもう一つの国であり、エリザベートの生国であるヘルムホルツ帝国からの対応は違った。
祝いの使者と称してやってきた人物が、ラングミュアに来ているエリザベートを帰国させるように、とヴェルナーへ要請したのだ。
お読みいただきましてありがとうございます。
今回で第一章は終了となります。
次回から新しい展開へと入って参ります。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。