23.爆炎上がる城内
23話目です。
よろしくお願いします。
ホールに数人の騎士が到着したが、ずいぶんと人数が少ない。
「どうなっている!」
ヴェルナーが怒鳴りつけると駆けつけた騎士の一人が苛立った声を上げた。
「同僚の半数が敵になったんです! 城内は今、どこも戦闘中ですよ!」
近衛はほとんどが王の守りについているのだが、それ以外の王城内にいる騎士隊の三分の一が裏切ったらしい。
「最悪だな……」
想定外に悪い状況だと知らされたヴェルナーは、ここでもたもたしていたら華々しい未来がすべて水の泡になると考えた。
「仕方ないな。多少は強行策を使わざるを得まいよ」
ホールで戦っている者や巻き込まれている者たちを改めて見回すと、流石の多勢に無勢ぶりで、侍女の姿はもう見えなくなっていた。おそらくは倒れて踏まれてしまったか、斬られてしまったのだろう。
ぐるりと探したが、出入り口で言葉を交わした騎士デニスも見当たらない。ヴェルナーは舌打ちしながらプラスティック爆薬を一抱え取り出した。
「少し離れていろ。下に降りるなよ」
「そんな粘土で何をするつもりですか!」
遊んでいる場合ではない、と大喝する騎士を睨み付け、ヴェルナーはさらに大きな声を出した。
「すべての出入り口を塞いで連中をホールに閉じ込める。多少は対応しやすくなるだろう」
「そんなこと……」
できるわけがない、と言いかけた騎士は、城の出入り口や中央以外の階段が崩れてしまっている事に気づいた。
「少し離れてろ。巻き込まれるぞ」
ホールから出る出入り口は五か所。それぞれのドアに向かって複数の爆薬を千切っては投げ飛ばす。
黙ってみていた騎士の前で、ヴェルナーが指をはじくと、五か所が同時に爆発する。
「ひぃいい……」
あまりの衝撃と音に、騎士は頭を抱えて蹲る。
五か所の扉は吹き飛ばされ、周囲が崩れて完全にふさがれた。
同時に、十数人が爆殺された形になる。
「心配するな。城の構造からして柱が数本折れても全体が倒壊するようなことはないぞ」
それよりも、と蹲る騎士の肩を叩いた。
「ホールからの出入り口はこの中央階段だけになった。後は任せたぞ」
呆然としている騎士隊を置いて、ヴェルナーは王がいるはずの謁見の間に向かった。
規定通りであれば、王を守るために城の者たちはそこへ結集し、広い場所で敵を迎え撃つ動きをとっているはずだ。
「だが、今回は敵の方が数は多い」
そこに気づいているならば、逆に広い場所は放棄して執務室なり私室に逃げ込んでいるはずだ。そこにも抜け道はあるのだから。
「そこまで判断が遅いとは思えないが……」
悠々と敵に乗り込まれているあたりを考えて、ヴェルナーは嫌な予感がしていた。
●○●
「城内に侵入されたの?」
「どうやらそのようです。私どもは外で守りに出ますので、エリザベート様は室内にて待機をお願いいたします。ただ、いつでも出られるようにご用意をお願いします」
護衛騎士の言葉に、エリザベートは頷く。
本来であればこの事態にラングミュアの騎士も応援に来てしかるべきなのだが、城内はそれも不可能なほどの混乱に陥っているようだ。
護衛の騎士たちも想定外の状況に戸惑いを覚えつつも、自らに課された任務に忠実であろうとしている。
「それなら、あたしたちも戦わなくちゃね」
「当然だ。この城内でヘルムホルツの騎士だけが戦うのはおかしい」
イレーヌとアシュリンも、ヘルムホルツ騎士とともに部屋の外で待機することになった。マーガレットも戦うと言ったが、エリザベートの近くにいるようにと全員から頼まれたため、しぶしぶ室内に残っている。
「来たわね」
廊下での待機を開始して五分後、敵が見えた。
通路の向こうから迫ってくる一団は、どう見ても城内の者たちではない。すぐに戦闘態勢になったイレーヌは、遠慮なく廊下に飾られている壺へ向けて雷撃を落とした。
すると、壺は破片を飛ばしながら爆発し、真横を通り過ぎようとしている集団を巻き込んで廊下の一角を血に染める。
飛来する破片に対して仁王立ちしたイレーヌは、高笑いだ。
「あっはは! ほらアシュリン、あたしたちの実家でも買えないような高級品が一発で木端微塵! おまけに敵を巻き込んで! 爽快ね!」
「……イレーヌ。もしかして“あまり使うな”と言われていたのは……」
「良いのよ。マーガレット様とエリザベート様をお守りするためでしょう? あら、生き残りがいるわね」
破壊された壁が煙となって舞う中から、それでも迫ってくる者たちを見つけたイレーヌは、さらに壺と絵画へと一発ずつ雷撃をお見舞いして爆発を起こした。
戸惑うヘルムホルツの騎士たちは、実はイレーヌこそラングミュアの敵ではないかと思いつつも、さらに迫ってくる敵に対して身構える。
「さあアシュリン。接近戦よ」
これ以上近くでは爆発に仲間も巻き込まれるので、イレーヌも雷撃を控えざるを得ない。
「良し。自分も役に立つところを見せよう」
前に出たアシュリンは、先頭で抜けてきた敵をガントレットで殴りつけ、壁にべったりと張り付くほどの勢いで弾き飛ばした。
続く敵にも拳を向けたが、丁寧に横から盾を当てられて逸らされたかと思うと、反撃の刺突が迫る。
「うっ!?」
小柄な身体をさらに小さくするように蹲ってどうにか避けたアシュリンは、兜を付けた頭部に蹴りを受けて転がった。
「ふむ……ずいぶん小さな騎士がいると思ったら、訓練生とは。ずいぶんとここは防御の手が薄いと見える」
先ほどまで先頭にいた平民たちとは違い、土埃の中から現れたのは鎧姿の騎士だった。それも、八人ほどが廊下を塞ぐようにして剣を握り立ちはだかっている。
「通してもらおう」
「あなたたちの目的は?」
イレーヌがアシュリンをかばうように立ちはだかり、誰何する。
「やれやれ、いつから城内は子供の遊び場になったのか」
「それはもちろん、マックスが生まれてからだろう」
「いや、現王が幼少のみぎりも、それは酷かったらしいぞ」
では城は最初から子供の遊び場なのか、と騎士たちは笑う。
「どけ。お前らには無関係だ」
「そうもいかないのよね。この先にいる方をお守りするのが、あたしたちの役目だもの」
「心配するな。エリザベート・ヘルムホルツは単に人質にするだけだ。マックスの動きを封じるためのな」
邪魔をすれば痛い目を見る、と構える騎士たちに、立ち上がったアシュリンとイレーヌも構えたが、人数差はいかんともしがたい。
「エリザベート様を狙うと言うなら、ここは我々の出番だ」
「その通り。我々の仕事を奪うのは遠慮してもらいたいな」
ヘルムホルツの騎士が四人、イレーヌたちの前に出た。彼らは一様に鈍色をした地味な鎧を着てはいるが、その体格はラングミュア騎士に比べても大きく、力強さを感じさせる。
「前は任せろ。できれば援護を頼むよ」
騎士だけならば八対四。
援護するのはヘルムホルツ側はイレーヌとアシュリンのみ。敵方は平民たちが背後から投石などをしようと構えている。混戦になれば飛び道具を当てるのは難しいだろうが、それでも邪魔になることには変わりない。
「帝国の騎士か。他国に小娘の護衛としてついて来た連中だ。お飾りだろうよ」
嘲笑うラングミュアの騎士たちに対し、ヘルムホルツの騎士は首を振ってため息をついた。
「主君に弓引く愚か者どもめ。彼我の実力差を知らず吠えるか」
「この人数差で強がりを言うものだ。帝国騎士は言い争いの訓練でもするのか?」
「いいや」
ヘルムホルツ騎士は剣を構えた。
「悪を討つための訓練をしてきた。こういう時のためにな」
こうして戦いは始まった。
人数差はあるものの、帝国騎士の実力はアシュリンやイレーヌも舌を巻くほどで、勝ってはいないが倍する数の相手をしっかりと押さえている。
廊下という狭い場所。大きな柱などを利用して一度に当たる相手を絞り、また互いに立ち位置を交代しながら相手をめまぐるしく翻弄する。
「待ちなさい、アシュリン」
その乱戦の中に突っ込もうとするアシュリンを、イレーヌは力いっぱい引っ張って止めた。
「あの中に突っ込んだところで、帝国騎士の邪魔になるだけよ」
「だが……」
悔しそうな顔をするアシュリンに、イレーヌは人差し指を立てた。
「廊下にある絵画の裏や壺の中に、ヴェルナー様が仕掛けた例の粘土があるわ。絵画はあたしが探すから、貴女は壺を割って中身を持ってきて頂戴」
壺を割るのは骨が折れるからアシュリンの力を借りたい、とイレーヌは言う。
「何をするつもりなのだ?」
訝しむアシュリンに、イレーヌはニンマリと笑った。
「どうせ加勢するなら、派手で効果的な方が良いでしょ?」
アシュリンは嫌な予感がしたが、イレーヌがそう言うなら、と従うことにした。
帝国騎士は気づいていない。自分たちの後ろで、騎士訓練生たちがとんでもない作戦を準備していることを。
●○●
「なんでいるんだよ……」
玉座の間に入り、王の顔を見て絶句するヴェルナーに、近衛騎士たちが数名近づいてきた。
「ヴェルナー殿下? ここは厳戒態勢に入ります。危険ですからどこかへ行ってください」
酷い扱いだ、と思いながらヴェルナーは立ち上がった。
「父に用がある」
王もヴェルナーの顔を見てそれを許した。
王に近づいていくヴェルナーに対し、騎士たちは緊張した顔を見せる。反乱の首魁がヴェルナーである可能性を疑っているのだろう。それも仕方ない事か、とヴェルナーは内心で笑っていた。
「何用か」
「敵の数は多い。広いここでは人数において勝る敵を利することになります」
ヴェルナーの言葉を、王は黙って聞いていたが近衛騎士の一人が声を上げた。
「敵が多いから、我々が負けるとでもおっしゃるのですか!」
それに同調し、他の近衛騎士たちも次々とヴェルナーを非難し始めた。
「反乱に加担した者たちは多くが下級貴族出身の騎士ばかり。我々選ばれたエリートである近衛騎士隊に敵うはずもない」
「然様。所詮は平民どもと手を取って戦うような下賤の者たち。我ら貴族階級のような忠心も何も持たぬ者たちがいくら束になろうと、この部屋に踏み込んだ時が最後だ」
気勢をあげる近衛騎士たちに、ヴェルナーは心底呆れた。
血筋で実力が決まるなら苦労はしない。
前世で武器の性能と人数が戦いの結果を左右し、信念も血筋もミサイル一発で粉砕する世界で戦ってきたヴェルナーにとって、近衛騎士たちの言葉は理解できなかった。ただただ、戦いを甘く見る純粋培養の馬鹿どもにしか見えない。
振り返り、王の顔を見る。
まだ四十に満たない年齢の王は、無表情に悠然と座ったままだ。
「ヴェルナーよ。近衛の者たちがこう言っておるのだ。余は彼らを信じて任せる」
王の言葉に、近衛騎士たちは呼応するように声を上げた。
「まして、一国の王が民衆や下級貴族に対して逃げ惑うようでは示しがつかぬ。ヴェルナーよ。王の器というものを知るがよい」
では、その器を抱えて死ねばよい、とヴェルナーは内心で思ったが、ここで王が死ねば面倒になる。マックスが戦死でもしていればそれでも良かったが。
「……では、近衛騎士の活躍を私もここで見せていただきましょう」
「好きにせよ」
王の許しを得て、ヴェルナーは玉座の横に立った。
ほどなくして、敵が雪崩れこんでくる。
迎え討つ近衛騎士たちの気合は充分で、剣や、中には農具らしきものを手にした平民たちによる先頭集団は瞬く間に惨殺されていく。
三十名ほどだろうか。平民たちの死体が折り重なったころには近衛騎士も全員が肩で息をしている。
美麗な彫刻を施した剣にはねばねばとした血が絡み付き、純白の鎧も血で赤黒く染まってより重量を増している。
ヴェルナーは顔をしかめた。
敵の襲撃が、それも王がいる謁見の間への襲撃が平民たちだけのはずが無いのだ。
「近衛を疲れさせるために、平民たちを先発させたか……」
ヴェルナーのつぶやきに、王が何かを言おうとしたところで一気に敵方の騎士たちがなだれ込んできた。
「な……ぎゃあ!」
その速度に疲れた身体が対応できなかったのだろう。近衛騎士から最初の犠牲者が出た。
それを皮切りに、今度は近衛騎士側が一方的に押される状況が始まる。
「ヴェルナー、逃げよ」
余は残る、と言う王に、ヴェルナーは驚いてその顔を見た。
「余が判断を違えた結果だ。このまま近衛が敗れるなら、余の治世はここまでということだ。だが、子を巻き添えにしたとあっては、余の名誉は……」
「くだらねぇ」
「なんだと?」
頭を掻いて、ヴェルナーは指をはじいた。
直後、謁見の間の出入り口で爆炎が上がり、数名の敵騎士が平民たちの死体とともに焼かれて転がっている。
「判断ミスなら、あんたはもう何年も前にしている。死ぬなら反省の弁を述べて、なおかつしっかりと後始末をしてからにしてもらおうか」
そう言って王に背を向けたヴェルナーは、もう一度指を弾いた。
爆風が、敵味方関係なく騎士たちを巻き込んで謁見の間で荒れ狂った。
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