22.歓迎されぬ客たち
22話目です。
よろしくお願いします。
潰れた室内訓練場を呆然と見ていた二人の見張り役は、背後からアシュリンとイレーヌの急襲を受けて絶命した。
「馬鹿ね。こんなことに加担した所で、うまく行くはずないのに」
「同意だ。ヴェルナー様が動かれた。この件も、町での騒動もすぐに終わるだろう」
二人は倒れ伏した二人の騎士が完全に絶命した事を確認すると、ミリカンと話しているヴェルナーへと目を向けた。
「爆破の仕掛けを設置しながら、中で話している内容を聞いてみた。中の連中は一応は実働部隊だったが、本体は別だ」
「では、ヴェルナー様が見て来られた町への放火に向かったのですな? ……いや、城の方か!」
「恐らくはな。誰の手引きかは知らないが、もし城の中に入りこまれたら面倒だ。狙われるのは父が中心になるだろうが、他に気を付けておきたい人物はいる」
エリザベートはマックスの婚約者ではあるが、同時にヘルムホルツ帝国の王女でもある。余計な摩擦を考えれば狙われないに越した事は無いのだが、どうにも計画性に乏しい動きが多い相手の事を考えると、必ずしも安全とは考えられない。
連中は現王と高位貴族に対する正義を語っているが、実際は私怨の部分が大きいようにも見える。教員室での高位貴族に対する行為を聞いたヴェルナーは改めてそう思う。
「何やら、平民や下級貴族による合議制とやらを目指して、王族と高位貴族を打倒する事を狙っているらしいですな」
ミリカンが今一つ理解できない、という顔をしていた。当然だろう。この世界では政治は貴族など政治を行う家に生まれた者の義務であり、一部の階級が出来る事では無い。
「民衆の中にも、政治を本質で理解して立ち回れるような奴もいるだろうが、まあ無理な話だな」
ヴェルナーは稚拙な計画と甘い見通しによる政治願望は、本来であれば実行される事も無く計画倒れに終わるか、実行したとしてももっと小規模な物になっていたはずだと考えた。
「ミルカだ。スド砂漠国のあいつが、金を出した。おまけにダーフィトと一部貴族の橋渡しもしたのだろう」
見方によっては、ミルカはこの件でラングミュアに生まれかけていた民主主義の芽をつぶしてしまった事になる。
じっくりと何十年、何百年と民衆に自治の意識が育ち、権利意識が定着して初めて王政なり貴族政治なりを打倒できる力を蓄えられるはずだった、そのスタートをミルカによって無理やり早められた結果、今革命は早々に敗北しようとしている。
「意識してやっているのか?」
それとも単に愉快だと思ってやっているだけなのか、ヴェルナーには判断がつかなかった。
「ヴェルナー様」
考えているところに、アシュリンが近づいてきて目の前で跪いた。その手に握ったクシャクシャの便箋を差し出している。
「自分の父親から送られてきた物です」
受け取ったヴェルナーは、内容に目を通してアシュリンが不安そうな顔をしている理由を察した。
ウーレンベック子爵家当主である父親が反乱に加担した証拠になる手紙だ。この一通でウーレンベック子爵家は断絶が確定する。何とも分の悪い賭けに乗ったものだが、本人よりも巻き込まれる家族が不憫だ。
「良かったのか?」
「父のやり方は貴族として間違っている……自分はそう思いました。元より自分は父に反発していましたので。ただ、父が望んだ通り、これで自分は騎士になる夢を絶たれましたが」
握っている拳から、ガントレットが悲鳴を上げる程に軋む。
ウーレンベック子爵家が断絶となれば、アシュリンも貴族では無くなる。ラングミュア王国において騎士になる資格を失うのだ。
アシュリンにとってはそれも覚悟の上で戦ったのだろうが、悔しさは隠せない。
「この件が終わってから、どうするつもりだ?」
「わかりません。自分は戦う事しか知りませんが、もう訓練校にはいられませんので、国軍の兵として働く他無いかと」
文官になるための教育を受けていれば、貴族や裕福な商家の家庭教師や家宰になる道もあるのだろうが、アシュリンには難しい。
「そうか。……ところで、以前にミソマ村で話した件を覚えているか?」
「はい。お約束を果たせず、申し訳ありません……」
「という事は、訓練校卒業後は俺の力になってくれるつもりだったわけだ」
頷いたアシュリンは、それも叶わなくなった事に対してか、再び頭を垂れた。
「なら、お前の将来については、俺に任せてもらえるか? 別に誰かの嫁にやるとかじゃなくて、可能な限りのことはする」
勢いよく顔を上げたアシュリンは、涙をいっぱいに溜めた目でヴェルナーを見上げていた。
「あっ、あたしもヴェルナー様の所に行くから、よろしくお願いします!」
イレーヌが慌ててアシュリンにしがみ付いて、同じようにヴェルナーを見上げた。
「うっ……ちょっと待て」
そっと離れ、ミリカンに近づいたヴェルナーは小さな声で問うた。
「デュワーは、あの後どうなった?」
「変わっておりませんな……。ですが、いたずらに周囲を傷つける事もありませんので、敵対さえしなければ面倒見も良いので……」
ちらり、とヴェルナーがイレーヌを見ると、ニコニコと笑ってアシュリンの髪を撫でながらこちらを見ている。見た目だけなら年齢に似合わぬ大人びた美人と言って良い容姿だが、内面には“美しい殺人”を好む狂気が潜んでいる。
「……ぐぬぬ」
「ヴェルナー殿下。良ければウーレンベックと共に、彼女もお願いしたいのですが」
ミリカンとしては変に男所帯で固まっている騎士団に入って、血を見るような騒ぎを起こすよりは、彼女の事を知っているヴェルナーの旗下に入ってくれた方が良いと思っているようだ。
「はあ……わかった。イレーヌ・デュワー、お前も卒業したら俺の下で働いて欲しい」
「はい。あらゆる任務をこなして見せますわ」
自信たっぷりに言うイレーヌと跪いたままのアシュリンを見て、ヴェルナーは一つ伝えておくべきことがある、と言った。
「この際だ。ミリカンにも伝えておくとしよう」
アシュリンを立たせ、ミリカンも居住まいを正して聞き入る。
「俺はこの国の王に成るつもりだ。それも、なるべく早い段階でな」
「なんと……やはりそうでしたか」
ミリカンは予想が付いていたようで、然程驚いてはいない。
イレーヌは「楽しそう」と何故か喜んでおり、アシュリンもマックスが王座に就くよりはずっと良いと思う、と歓迎している。
「なんだ。もうちょっと驚くと思ったんだが……。まあ、話が早くて助かる。では、ミリカンは訓練校に残った生徒たちを頼む」
「承知しました」
今はまだ王都での騒動が発生したばかりだ。家に帰すよりは訓練校の寄宿舎で待機させた方が良いだろう。無論、交代で見張りを立てる必要はある。
「アシュリン・ウーレンベックとイレーヌ・デュワーには、また先日のように頼みたい事がある」
ヴェルナーは校門にいたオットーと合流し、アシュリン達二人を連れて城へと戻った。
●○●
「止まれ!」
城に入ろうとしたヴェルナーを止めた騎士は、自分が誰に声をかけたのか直後に気付いて慌てて頭を下げた。いくら不人気とはいえ、王子に対する態度では無かった。
「も、申し訳ありません!」
「いや、良い。それよりも随分と城内が慌ただしいようだが……」
ヴェルナーが言う通り、多くの騎士や貴族が慌ただしく城を出入りしており、門番役をやっていた騎士たちも入ってくる人員の確認に追われている。
「まさか、城内に侵入されたのか?」
「いえ。入ってくる方は王都内の屋敷から城勤めの貴族家当主へ報告に来ている方がほとんどです」
そして、報告を受けた貴族たちは、慌てて自宅へと向かって出て言っているのだ。
「待て。では城内の守りはどうなっている?」
ヴェルナーが問うと、騎士は苦い顔を見せた。
「国王陛下と王妃殿下、エミリオ殿下の護衛は近衛が当たっておりますので、問題ありません」
つまり、それ以外については無防備になっているというわけだ。
「貴族共の身勝手さがここまでとはな」
調査は拒否して、あげく自らの財産に火が点いたとなれば国の重要事など投げ出して自分の為にだけ動く。赤く燃えている王都の様子が城からも見える。そこに家がある者たちは気が気では無いというのも分からなくもないが、であれば尚の事調査を受け入れるか自衛をすべきだろう。
身勝手さを罵ったヴェルナーの言葉に、騎士も顔を伏せた。
「お前は行かなくて良いのか?」
「私の家は貧しい騎士爵家です。家と言っても貴族街の外ですから」
苦い顔をしている騎士にヴェルナーはさらに聞く。
「では、反乱の誘いを受けたのではないか?」
ヴェルナーの問いに、騎士は目を見開いて驚いた。
「別に責めている訳じゃない。むしろ、冷静に判断してくれた」
「そんな高尚な事じゃありません。王城の戦力に対応するなど無理な話だと思っただけです」
「その連中が城に侵入する可能性がある。妙な連れがいる者には気を付けてくれ」
「はっ。了解しました!」
どん、と鎧の胸に拳を当てる敬礼をした騎士に名前を聞いた。
「デニス・ジルヒャーです。殿下」
「憶えておく。尤も、第二王子ごときに憶えられたからといってどうと言う事もないが。……死ぬなよ」
ヴェルナーの言葉で状況の深刻さを感じ取ったデニスは、再び敬礼をしてヴェルナー達を見送った。
エリザベートの部屋に向かって歩く間、アシュリンとイレーヌにはマーガレットも合わせて以前のように護衛を頼みたい旨を説明する。
「ただ、今回の場合は本格的に城内で戦闘が始まる可能性が高い。基本的には城内にいる騎士たちがどうにかするだろうが、万一の場合は彼女たちを連れて城を抜けてくれ」
オットーもエリザベートの部屋に残り、逃げる場合は先導してスラムへと移動する事になる。
「ヴェルナー様はどうなさるの?」
「王を守りに行く。それ以前に、城内の状況を確認しておきたい」
父親の命令に背くことになるが、城内から多くの貴族が減ってしまっている時点で、ヴェルナーは嫌な状況になったと思った。
貴族の中には自分の護衛をつれていたり、自身が元騎士であったりと城内の防衛力の一部でもあるのだ。今、城は手薄と言っても良い状態にある。
「仕込みはしているが、できれば使いたくは……」
無い、と言おうとした直前、遠くから女性の悲鳴が聞こえた。
それは城の出入り口、先ほど通ったホールがある方向からだった。
「オットー、彼女たちと先に行ってくれ」
「畏まりました」
「ヴェルナー様。自分もお供します」
アシュリンの進言に、ヴェルナーは首を横に振った。
「いや、今回はマーガレットたちと一緒にいてくれ。俺の婚約者を守ってほしい」
「……わかりました。ご無事で」
「城を壊すなら、先に教えてくださいね。逃げなくちゃ」
そこまでするか、と言いかけてヴェルナーはある事を思い出した。
「イレーヌ。もし敵が来て逃げることになれば……」
耳打ちされたイレーヌは、にんまりと笑う。
「素敵な仕掛けだわ。さすがはヴェルナー様」
「あまり積極的に使うなよ?」
念のためイレーヌへ釘を差し、再び駆け戻ったヴェルナーはホールが戦場になっているのを目の当たりにした。
ホールへ降りる幅の広い階段の上に立ったヴェルナーは、真正面にある出入り口に複数の死体が倒れ、幾人もの騎士と平民が入り混じった集団が雪崩れ込んで来るのを確認した。
総勢百も居ないだろうか。だが、これほどの人数に対して扉は開放されたままで、ホールへの侵入はまるで押しとどめられていない。
「ちっ!」
どうやら、出入りが混雑している所に突入されたらしい。門もすんなり通れているらしいので、最初は誰かの手引きだったかも知れない。
ヴェルナーは今さら考えても仕方が無い、と思考を振り払って爆薬を生み出した。だが、眼下に見える集団にはおそらく反乱とは無関係と思われる侍女なども混ざっているのが見える。まとめて爆破はできない。
「おのれ!」
集団の先頭はすでに階段を上ってヴェルナーへと向かってきている。迷っている暇は無い。このまま彼らを通せばその幾人かはマーガレットたちがいる部屋まで到達する可能性がある。
「我が父親ながら、なんとも人望の無い事だな! これもその報いだと思ってもらおう!」
ヴェルナーは足元に一塊のプラスティック爆薬を落とし、階段を上へ向かって駆けのぼった。
巨大な柱の陰に隠れると同時に指を弾く。
爆発。
振動はヴェルナーのまだ子供である身体を揺らし、階段の手すりをズタズタに崩した。階段に踏み込んでいた者たちは爆散し、周囲に手や足が散らばって大きな悲鳴があちこちから聞こえる。
「うまく行ったか」
階段本体は、欠けてはいるが大きなダメージは無い。
爆発は主に上方に向かって威力が放射状に広がる。穴を掘るには向いていないのだ。階段を崩すのであれば、階段に穴を開けて埋め込むか、真下に仕掛けるしかない。
メインの階段から人々が離れていく隙に、ホールの左右にある階段の下へと爆薬を投げ入れ、破壊する。
「さて、ここからどうするか……」
ヴェルナーはメイン階段の最上段で仁王立ちして混乱の極みにあるホールを見下ろした。城内を防衛する騎士隊が到着するまで持ちこたえなければならない。
当然、ホール以外にも上へと上がる階段もある。そこを通ってエリザベートの部屋に向かう者がいる可能性もあった。
「頼んだぞ……!」
辣腕の騎士が五人以上向かえば、ヘルムホルツ帝国の護衛を合わせても厳しい戦いになるだろう。ホールを放棄して向かいたい気持ちを押えて、ヴェルナーは新たに爆薬を生み出し、階段の下方に向かって投げ落とした。
さらに一握りの大きさがある爆薬をいくつも生み出し、玄関の上部に張り付けて爆破。無理やり瓦礫で出入り口を塞いだ。
夜になったが、静寂は訪れない。
王都の貴族街はあちこちで火の手が上がり、城内では戦いの声が響く。
ラングミュア王都の騒動は、今からが本番だった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。