21.燃える王都
21話目です。
よろしくお願いします。
「旦那!」
馬を駆って城を出たヴェルナーが貴族の屋敷が立ち並ぶ通りを進んでいると、建物の蔭から声をかけられた。
スラムのリーダーであるグンナーだ。
「グンナー。色々任せて悪いな。何かあったか?」
馬を下りたヴェルナーは、轡を取ってグンナーの側へ行く。グンナーとやりとする会話の内容は、基本的に知られたく無いものの事が多い。
「ちょっと王都は危ないかも知れないぜ」
「どういう事だ?」
「発火装置とやらを探している間に見たんだが、フラウンホーファー侯爵の手勢はともかく、国の兵士すら入れたがらない貴族屋敷が多い。多いと言うより、ほとんどだ」
ファラデーを通じて連絡を受けたグンナーは、手下を十人ほど王都内に放って調べさせたが、中々貴族屋敷の敷地内に入れず難儀していた。表からすぐ見えるところにいくつかは見つけたが建物の蔭に置かれただけでもわからなくなる。
同じように侯爵の兵や国軍兵が各貴族邸を訪ねているのだが、侯爵兵は追いかえされ、国軍兵は金を握らされて「異常なし」とされる事がほとんどらしい。
「何だってそんな事を……」
「見られたら困る事が多いって事だろうよ。俺たちのようなやくざ者を匿って手下に使ってるのもいるし、お上に知られたくない物を持ってたり、色々あるんだろうよ」
そういう事は、王都に住む平民たちにとっては割と常識的な事らしい。江戸期に藩邸で子飼いのごろつきが賭場を開くのを黙認していたようなものか、とヴェルナーは理解した。
そういう事であれば、そんな連中の屋敷をわざわざ守ってやる必要も無い。ヴェルナーは自分の将来の為に専制制度を維持したいとは考えているが、イコール貴族たちを守りたいわけでは無い。
むしろ、一強による専制制度を盤石のものにするためには、私兵を持った貴族が多いのはむしろはマイナス要因だ。
勝手に弱ってくれるなら問題無い。
すでに陽が暮れはじめており、周囲は薄暗い。
完全に陽が沈めば、街灯など存在しないこの町は闇に包まれる。そこで火がつけば、パニックになるだろう。
「多くの貴族邸には広い庭がある。燃えたとしても延焼はまずないだろう。ただ、調査を受け入れて発火装置を取り払った貴族屋敷の中には、直接馬鹿どもが放火に来る可能性もある。あるいは……」
火が点かなかった屋敷は、今回の謀反に対して協力をしている可能性もある。
ヴェルナーはそう考え、グンナーには今夜中は町の警戒をして、高級貴族の中で火が点かなかった家を把握しておいてほしいと依頼した。
「おいおい。貴族の家と一言でいっても随分数があるぞ!」
「高級貴族の家なんて五十も無い。エリアも限られてる」
そう話している間に、町の一角で火の手が上がった。
「……はじまったか」
燃え始めたのは数百メートル離れたどこかの貴族屋敷の様だ。叫び声と共に薄暮の空に赤い炎の明かりが灯る。
これが平民たちの家が密集する場所なら大問題だが、貴族の家には使用人も複数おり、貴重品はすぐに運び出されるだろう。
「犠牲がでるかも知れないぜ」
「火災をどうにかするのは王都の兵の仕事だ。俺は自衛もできない主人の下にいた事の不幸を残念に思うだけだな」
話している間に、さらに数箇所から火の手が上がる。
「だが、お城は別にして町の貴族屋敷にいる使用人たちは平民が多い……」
理屈ではヴェルナーの言葉に納得はしているのだろうが、グンナーとしては平民が貴族たちの無能に巻き込まれる事に疑問を感じているのだろう。
「なら、お前とお前の手下で助けて回れ」
「そしてスラムに入れろと? 貴族の屋敷で働いていた連中は嫌がるさ」
「助けるだけで放っておけば良い。俺は貴族とその家族が力を失えばそれで良い」
迷っているグンナーに、ヴェルナーはさらに言葉を続けた。
「俺は色々とお前を頼りにしているが、別に手下にしたつもりは無い。やりたいようにやれよ。スラムの住人らしくないぞ」
「……まさか、王子様にスラム住人の気持ちを言われるとは思わなかったぜ。じゃあ、行って来る。お前も気を付けろよ?」
走って行くグンナーを見送り、さらに火の手が上がり街中が混乱に陥る中、兵士達が右往左往している横をヴェルナーは通り過ぎて騎士訓練校へ向かった。
途中、焼け出されて呆然としている一組の貴族夫婦を見かけた。彼らにも使用人たちが居るようだが、焼け跡の前で夫婦に気遣う様子もなく、侍女たちは給金がちゃんと用意できるのか執事らしき服装の男に話しかけている。
色々と考えながら顔を見られないように気を付けつつ通り過ぎ、訓練校の近くに行くと、門の前にオットーがいた。
「ヴェルナー様。丁度良いところに」
彼の足元には、数人の騎士が倒れ伏している。誰もが出血はしていないが事切れているのが分かる。
「既に校内では戦闘が始まっております。私も加勢しようかと思いましたが、例の二人がミリカン様と共に奮闘しておいでですので、建物の外だけ掃除いたしました」
さらりと言ってみせたオットーは、わずかに歪んだタイを締め直した。
「ただ、気になる事があります。ここに振り分けられたのは大した腕の無い家格のみの騎士爵や平民がほとんどの様です。私も知っているような技量ある人物はほとんど含まれておりません」
そういう騎士が計画に加担しなかった可能性もあるが、オットーは王城潜入側に腕の立つ人物が集中している事も考えられる、と推論を提示した。
ヴェルナーは、それに同意する。
「俺は校内の掃除をしてからデュワーとウーレンベックを連れて城に戻る。何かあっても彼女たちを連れて行けばマーガレットとエリザベートは守れるだろう」
「では、私はここで待機しております。馬もお預かりしましょう」
「頼む」
ヴェルナーはオットーへ馬の轡を渡し、静かに校舎へと近付いた。
●○●
アシュリンとイレーヌは、ミリカンと共に二階、三階と教室が集まる学舎は全て制圧していった。
オットーが見抜いた通り、教員以外の騎士は少なく教室の見張りは多くが平民たちであった。武装をしているとはいえ、碌な訓練も受けていない平民では三人の相手にはならない。
三階にいた敵も、残りは五人だ。
「貴族だからって、簡単に殺しやがって!」
味方がアシュリンの槍で上下に切り裂かれたのを見て、一人の敵が声をあげた。
「何を馬鹿な事をいっているのかしら? 貴方達が殺されるのは貴方達が平民だからじゃないわよ。武器を持って訓練校を襲ったからよ。勘違いしないで」
イレーヌの雷撃が非難の声を上げた男を貫き、直後に踏み込んだアシュリンとミリカンが残った者たちに襲い掛かる。
ミリカンは大剣を廊下で振り回すのも難しいので、一人の頭が陥没する程に柄頭を叩きつけ、さらに剣を横にしてもう一人の首に当てて壁に押し付けた。
骨に当たるまで食い込んだ刃で、あっという間に絶命する。
対して、アシュリンは大槍を思うさま振り回す。
槍の穂先が壁や柱に当たるのだが、膂力で無理やり削り取って敵に当てているのだ。力任せだが、廊下を完全にふさぐ形で迫ってくる槍の連撃に、敵はなすすべなく剣ごと斬り裂かれていく。
「あまり学校を壊して欲しくないんだがなぁ……アシュリン・ウーレンベック、柱を折ってしまわないように気を付け給え」
「それより校長、これで教室棟は制圧したけど、敵が少ないわ」
「君は君で、殺したりないとでも言うのかね?」
「そういう意味じゃなくて。そっちもあるけど、敵に回った先生たちも、最初に教室を制圧して回った時に見かけた騎士も見えない。主力がいないのよ」
イレーヌの言葉に、ミリカンは確かに、と頷いた。
「だが、ここから見る限り訓練場にはいないようだ」
校舎の窓から見える敷地内には、誰もいない。
「とすると、室内訓練場かしらね」
「恐らくはそうだろう。……ここからは危険だ、君たちは」
「冗談言わないで、校長。ここでサヨナラは無いわ。女性として連中はしっかりと仕置きさせてもらわなくちゃ」
イレーヌが言うと、アシュリンも今さら仲間外れにはなりたくない、と言った。
「自分から見て、彼らは騎士の矜持も貴族の精神も持っていません。彼らがいる限り、貴族は平民に嫌悪される。ヴェルナー様にとっても邪魔になるだけでしょう」
「あら?」
アシュリンの言葉に、イレーヌがにんまりと笑う。
「結構ヴェルナー王子にご執心ね」
「うん。聞けばあの方は自分やイレーヌと同じ年齢だそうだ。戦いに対する姿勢も思考も冷静で、かつ兵士達の信頼も厚い。騎士として……いや、兵を率いて戦う者として尊敬できる方だと思う。個人的な戦闘力も高い」
色気の無い意見だ、とイレーヌはつまらなそうに肩をすくめた。
二人を先導するようにして、索敵しながら先を歩くミリカンは会話を聞きながら、王子という立場の相手にするにしては気軽過ぎはしないかと危惧していた。
ヴェルナー自身が、相手が平民でも貴族でも大して態度が変わらないので、ミリカンとしても注意するべきか否か迷う所ではあるが。
そうこうしているうちに、室内訓練場へとたどり着いた。
室内訓練場は、太い木製の骨組みで作られた大きな体育館のような建物で、地面は押し固められた土がむき出しになっている。
雨天時など戦闘訓練を行うための施設だ。
「見張り、か」
出入り口に二人の騎士が立っているのを見て、ミリカンは中に他の者たちがいる事を察した。
校舎から訓練場に繋がる通路があり、そこに身を隠して三人は様子を見ていた。
「校長、どうします?」
イレーヌの質問に、ミリカンは兜を脱いで禿げ頭を布で拭った。
「夕陽が反射して敵に気付かれますよ?」
アシュリンが真面目な顔で放った言葉に、ミリカンは何も言えず、イレーヌは肩を震わせる。
「と、とにかく門番は排除だな。できれば中の連中に気付かれたくは無いが……」
ミリカンが強硬策を選択しようとしたところで、背後から声をかけられた。
「おっと、こんなところにいたか」
探したぞ、と言ったのはヴェルナーだ。
「ヴェルナー様。どうしてここに」
驚くミリカンに、ヴェルナーは笑みを浮かべて答えた。
「騒動の計画者を捕縛したんでな。様子を見に来た。アシュリン・ウーレンベック。以前なら真っ先に突っ込んで行っていただろうに、冷静になったな」
「は。ありがとうございます」
「しかし、本当に突っ込んで行く前で良かったな。巻き込まれるところだったぞ。お前なら平気かも知れないが」
そう言ってヴェルナーが指を鳴らすと訓練場周りで連続して爆発音が響き、屋根がまっすぐ下に落下する形で建物があっという間に潰れた。
見張りをしていた二人の騎士は、背後にあったはずの大きな建物が、一瞬で単なる瓦礫の山に変わり果てたのを見て、呆然と立っている。
「ふむ。構造物の爆破解体は久しぶりにやったが、うまく行ったな」
満足げに頷くヴェルナーを見るミリカンたち三人もまた、絶句していた。
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