20.やるべき事を
20話目です。
よろしくお願いします。
「よかろう。城の出入りは制限する。城内の調査も行おう。ただしお前の手ではなく、余の命令によって他の騎士たちを使う。お前は騎士訓練校へ向かえ。尤も、教師陣は王国騎士ばかりだ。未発に終わろう」
「……わかりました」
そう都合良くはいかないか、とヴェルナーは父である王から城内調査の許可が得られなかったことを残念とは思ったが、あっさりと考えを切り替えた。
「警備強化をするなら、それで良しとするか。いくらミルカが多少のお膳立てを手伝ったからといって、そう簡単に王を倒せるとも思えないしな」
流石に、場内を警備する騎士たちの大半が寝返るとも思えず、また簡単に突破されるほど無能でもあるまい。城勤めの騎士は高位貴族の子弟が多く、待遇も悪くない。
「先に、注意喚起しておくべき別のところに行かねば」
そう言いながら、ヴェルナーは念のため、とつぶやいて右手の中にひっそりとプラスティック爆薬を生み出しては、周りの人の目を盗んで廊下に並ぶ壺の中や絵画の裏に仕掛けていく。
「前世でガキの頃、爆竹仕掛けて遊んだのを思い出すな」
威力は爆竹の比ではないが。
「火薬を作っておかないとな。俺とイレーヌ以外が起爆できないってのは不便だ。肝心のイレーヌは……ミリカンの教育で多少は落ち着いていれば良いんだが」
期待だけしておこう。そう決めて追加のプラスティック爆薬を生み出しながら歩き続けたヴェルナーは、マックスの婚約者であるエリザベート・ヘルムホルツの部屋を訪ねた。
「ヴェルナーです。エリザベート様はおられますか?」
ヴェルナーが部屋の前で待機しているヘルムホルツ帝国騎士に尋ねると、騎士はにこやかに頷いた。
「ええ。少々お待ちください」
騎士はノックをしてヴェルナーの来訪を伝え、エリザベートから許可を得るとドアを開いてくれた。
「ありがとう」
礼を言って中に入ると、エリザベートの他にマーガレットの姿もあった。
鎧を着た完全武装で。
「あー……マーガレット。申し訳ないが、俺の理解を超えた光景が見える。説明をして欲しいのだけれど」
「ヴェルナー様がお父様にお話しされた内容を私も聞きました。それで私もお手伝いしたいと思いまして」
説明になっていない話をしながら、マーガレットは手にしていた紅茶のカップを優雅に置いて立ち上がった。
漆黒の鎧に身を包み、長いストレートの金髪を揺らすマーガレットは貴族令嬢というより姫騎士のような雰囲気だ。鎧はスリムな彼女によく似合うシャープなデザインだが、両肩からは凶悪な刃が複数伸びている。
さらにヴェルナーを困惑させたのは、彼女が純白のティーテーブルに立てかけている武器だ。
「モーニングスター?」
「流石はヴェルナー様。これをご存じだったのですね」
嬉しそうにマーガレットが掴んだのは、いわゆるメイスの一種で、先端に凶悪なシルエットのトゲ付鉄球がついた打撃武器だ。
「ヴェルナー様の目標を知りまして、私こっそり訓練していたんですよ。今では、このモーニングスターは私の大切な相棒です」
どうやら、十歳の頃から使い続けているらしい。
マーガレットは魔法の適性検査を行う儀式で、重量変化の魔法を得ていた。触れている物にしか効果は出ないので、使い勝手が限られる魔法だ。
その時はヴェルナーに「お部屋の模様替えが楽にできます」などと言っていたのだが、退役兵士の中でメイスやフレイルの使い手を探し、訓練を受けていたという。
「ラングミュアの貴族令嬢は、戦えるのが基本条件なのかしら」
「そういうわけではありませんがね……」
ヴェルナーはようやく落ち着いて、エリザベートの疑問を否定した。
護衛のヘルムホルツ帝国騎士にも同席を依頼し、現状を改めて説明することにする。今後の行動についても話しておかなければならない。
「城内警備は城の者たちが行いますから、ヘルムホルツ帝国の皆様にはマーガレット様のお部屋の警備だけ集中していただいて構いません」
「私もお手伝いいたします。万が一にもここへ不逞の輩が現れても、私が倒してみせます」
マーガレットの実力がわからないので、ヴェルナーとしては閉じ込められる形になるエリザベートの話し相手になってもらうつもりで了承した。もちろん、エリザベート本人の許可もあってのことだ。
「それで、ヴェルナーさんはどうされますの?」
エリザベートの疑問に、ヴェルナーは即答した。
「町の状況を確認してから、騎士訓練校へ向かいます。子供たち……と言っても俺と同世代ですがね。彼らが危険にさらされる可能性もありますから」
「では、アシュリンさんやイレーヌさんも……」
不安げな顔をするマーガレットに、ヴェルナーは「大丈夫だ」と声をかけた。
「彼女たちは、場合によっては俺より強いよ」
だが、室内戦闘は不慣れだろう。近衛騎士であれば別だが、騎士の戦闘は戦場での華々しい指揮や正々堂々の一騎打ちが基本だ。建物内で隠れながら戦う近代戦のようなことは未経験のはずだ。
「ヴェルナー様……お気をつけて」
「ありがとう。君も無理をしないように」
ヴェルナーはヘルムホルツ帝国騎士にマーガレットの分まで護衛を頼むと、足早に城を後にした。
その時、城はまだ静かだった。
●○●
「ふん!」
女子としては男らしさに溢れすぎる掛け声とともにアシュリンの槍が振りぬかれ、一人の騎士が廊下の壁に叩きつけられた。
腰のあたりが半分以上裂けており、ほどなく死ぬだろう。
「む……」
槍先が柱に食い込んでおり、気合と共に引き抜いた。
「狭い」
小さくアシュリンが呟く。
身長よりも長い大槍を振って戦うスタイルのアシュリンは、校内という狭い場所での戦闘に苦戦していた。
怪我ひとつ負っていないのだが、アシュリン的に不満だったのだ。自分の不器用さに腹が立ってくる。
アシュリンとクラスメイトたちは一階の教室をすべて制圧した。ほとんどアシュリン一人が戦い、学友たちは教室内にいる仲間たちと合流しながら、全員で武装を整えて教室で待機する。
アシュリンはまず指導員の指示を求めて指導員室へと向かったが、そこで多くの指導員たちが殺されているのを目の当たりにする。
「うっ!」
何人もがその光景に口を押えて走り去った。イレーヌがミソマ村解放戦で似たような反応を見せたのと同じで、訓練生でまともに人間の死体を見た経験がある者は少ない。
まして、惨殺死体となればなおさらだった。
「こんな真似をして、正義を名乗れるのか?」
死体の中には、部位欠損が激しいものがいくつかあった。
それは指導員の中でも高位貴族出身の者たちだ。地位を鼻にかけた嫌な奴もいたが、気さくで指導熱心な先生もいる。
「ようするに、地位や肩書きだけで、こんな……」
苛立ちに、アシュリンは槍を机に叩きつけた。
「ウーレンベックさん……」
机を叩き割り、さらには床にまで深々と食い込んだ槍を恐ろしげに見ていた学友たちのうち、一人が恐る恐る話しかけた。
「ああ、すまない。少し腹が立って……」
謝罪しながら振り返ったアシュリンは、あることに気付いた。数名いるはずの若い女性の指導員や事務員が見当たらない。
再び険しい顔をして、廊下に飛び出したアシュリンは目の前に立っていた人物を押し退けようとして、その手が痺れるのを感じて目を白黒させて後ずさった。
「……イレーヌ?」
「落ち着きなさいな、アシュリン」
「急がないと……女性が見当たらない。早く探して助けなければ!」
「はあ……どこに連れて行かれたかわからないでしょう?」
「う……」
猪突もいい加減にしないとヴェルナー様に雇ってもらえなくなるわよ、とイレーヌに言われて、アシュリンは悔しそうに顔をゆがめた。自分が落ち着きのない性格であることも重々承知しているが、動かなければ気持ちが落ち着かないのだ。
「女性たちが……。急いだほうが間違いないのは確かだ」
イレーヌの後ろから、ミソマ村解放戦と同じ完全武装のミリカン校長が顔を見せた。
「校長先生!」
ようやくまともな目上の人物を見た喜びで、アシュリンと共に来ていた訓練生たちは歓喜の声を上げた。
「ふむ。皆無事で何よりだ。だが、まずは声を押えて静かにしてくれないか」
その言葉に全員が黙り込むと、ミリカンは膝をつき、廊下の床に耳をあてた。
「こ、校長?」
「スド砂漠国の兵たちがやっている索敵方法だ。大地は遠くからの馬の蹄の音も伝えてくれる……あっちか」
立ち上がったミリカンは、一階の奥にある用具室の方から騒がしい音がしているのを聞き取ったと説明した。説明を聞き、
「ですが、伯爵でもある校長が、そのような真似をされるのは……」
一人の訓練生の男子がそう進言すると、ミリカンは禿げ頭を撫でてつまらなそうに鼻を鳴らした。
「そうか。君は貴族の体裁に拘って、女性の危機を見過ごすのが正しいと感じるのかね。わしとは価値観が合わないな」
そう話している間にも、アシュリンは走りだし、彼女の鎧の肩を掴んだイレーヌをそのまま連れて行く。
スカートを翻しながら吹き流しのようになっているイレーヌは、アシュリンの追い詰められた表情を見て、眉を顰めた。
「ここか!」
用具室の前に近づくと、室内から女性の悲鳴や男の怒号に混じり、暴れるような音が聞こえてくる。
「アシュリン、まず中の様子を……」
と、アシュリンの肩を離したイレーヌが声をかけた時には、一度目の蹴りが金属製の扉に叩き込まれていた。
二度目の蹴りで扉は外れ、アシュリンは転がるようにして中へと飛び込んでいく。
「ちいっ!」
転がってくるアシュリンに向かって、中にいた一人の男が剣を振りおろそうとして、横からの雷撃に貫かれた。
「アシュリン! 奥へ!」
イレーヌの声に弾かれるように駆けるアシュリンは、鎧で一人の男を体当たりで吹き飛ばし、奥に固まっていた三人の女性を庇うように立ち上がった。
小柄な彼女だが、鎧を纏い、巨大な槍を立てた姿は凛々しい。
ポニーテールにした長いオレンジの髪を揺らして、槍を構えると、まだ立っている四人の男たちは思わず彼女に向かって構えた。男たちは騎士階級では無いようで、簡素な麻の服に粗末な片手剣だけを握っている。
内数人は、あわててズボンを引き上げていた。
「あら、あたしを無視するなんて失礼ね」
「うっ!?」
一人が背後からイレーヌのサーベルで心臓を一突きにされ、全員が動揺したところでアシュリンの槍が一振りで二人の首を飛ばした。
最後の一人は、イレーヌの雷撃で真っ黒に染まって倒れる。
「大丈夫で……」
と、振り向いたアシュリンは言葉が続かなかった。
女性たちは全裸であり、嫌な臭いが室内に漂っている。
「ありがとう。私たちは大丈夫だから」
一人が力なく微笑んだが、残り二人は涙に濡れて言葉も発せずに震えていた。
遅かった、と気付いたアシュリンは槍を落とし、膝を付いた。
「も、申し訳ない……自分があんな手紙で迷っていなければ……」
「手紙というのが何の事かわからないけれど」
イレーヌはアシュリンに近づき、肩に手を置いた。
「あたしも気持ちはわかるわ。ミソマ村の時には小さな子供みたいに迷って悩んで動けなくて、みんなに迷惑をかけたもの」
イレーヌは女性たちに視線を向けた。
「遅くなってごめんなさい」
「いいえ。助けてもらっただけでもありがたいわ……それより、彼女は大丈夫?」
担当ではないので、名前まではわからなかったらしいが、女性はアシュリンを心配そうに見ていた。
「大丈夫よ」
イレーヌはサーベルの柄でアシュリンの頭を思い切り叩いた。
「いたっ!?」
「しっかりしなさい。助けた人から逆に心配されてどうするのよ」
「だが、自分は……」
「まったく……思い込んだら一直線のくせに、変なところでウジウジするんだから。あたしたちは戦えるのよ。ほら、多少の敵なら簡単に蹴散らせるくらいに」
イレーヌは無理やりアシュリンの兜を引き寄せて周りの死体を指差した。
「なら、今やることはここで考え込む事じゃないでしょう? 他の訓練生も解放しなくちゃ、今度こそ本当に大切なものを逃すわよ」
膝立ちのまま呆然と見上げているアシュリンに、イレーヌは言葉を続ける。
「小難しく考えるなんてアシュリンには似合わないわよ。どうせ馬鹿なんだから。答え合わせなら終わってから校長なりヴェルナー様なりにやってもらえば良いじゃない」
「ヴェルナー様に?」
「伝えなくちゃいけないでしょ? こんな状況なんだから」
ヴェルナーなら訓練生の言葉も聞いてくれるだろうし、ミリカンとも面識がある。王族に伝えるのに一番近道だとイレーヌは言う。
「ついでに、部下の行動として正しかったか聞いてみたら良いじゃない」
「そうか……そうだな。……ていっ」
立ち上がったアシュリンは、手を伸ばしてイレーヌの頭にチョップをあてた。
身体強化をしていない一撃だが、鎧のガントレットが当たり、硬質な音が響いた。
「あいたっ!? 何するのよ!」
抗議するイレーヌに、アシュリンは笑みで返した。
「イレーヌだって殴る必要はなかった。それに、自分は馬鹿じゃない。ちゃんと勉強しているし、これでしっかりお役に立てる!」
拳を握って息巻くアシュリンに、イレーヌは涙目のまま笑った。
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