2.粘土を生む王子
1話目を同時公開しております。ご注意ください。
「今日だけはお前が主役だな」
「そうですね、兄上」
ヴェルナーが案内されたのはパーティー会場正面に設えられたステージに続く控室だった。
そこで腹違いの兄であるマックスと顔を合わせた。
ヴェルナーは多少眼つきが鋭すぎるところがあるが、銀髪に青い瞳で少年にしては可愛らしいというより整った面立ちをしている。スティレット格闘術と我流を混ぜたナイフ術の訓練を続けている事もあって、引き締まった身体つきだ。
対して、兄のマックスは肥満気味で、似ているのは髪の色くらいだ。
「いずれ俺に仕えて働くのだからな。失態などして俺に恥をかかせるなよ」
黙って聞いているヴェルナーに対して、マックスは鼻息を荒くしながら詰め寄った。
「貴様はいずれ王座に就く俺の予備に過ぎん。しっかり飼い殺しにしてやるからな。今の内に世の中を楽しんでおくと良い」
「そう思うなら、もう少し健康に留意するべきですよ。脂っこいものばかり食べているうえに、城内の移動すら億劫がっていては早死にするでしょう」
「貴様は、弟の分際で!」
襟首を掴んだマックスの手を上から重ねるように掴んだヴェルナーは、そのまま手首を捻り上げると同時に膝を蹴って跪かせた。
「ひぃっ!?」
瞬時に抜いたナイフが、マックスの目の前で光る。
「乱暴はいけませんよ、兄上。それとも……」
ナイフがひたひたとマックスの頬を叩いた。
「弟の手でぜい肉をそぎ落とされるのがご希望ですか?」
「い、嫌だ……」
半べそになって震えている兄を見て、ヴェルナーはため息交じりにナイフを下ろして腰のシースへと戻した。
びっしょりと汗をかいているマックスに向かってヴェルナーは冷たく囁く。
「たった二歳違い。なのにそれだけ偉そうにできるあたりは才能が有りますよ、兄上。でもね、あまり調子に乗るのは良くない」
では、と掴まれた襟を自分で正しながら、ヴェルナーはマックスが睨みつけてくる視線を感じながら会場へと踏み出した。
パーティーホールは明るい。特に檀上は目立つように豪奢なシャンデリアが下げられ、多くの火が灯されている。
「来たか、ヴェルナー」
「はい。父上」
王は座したままでヴェルナーを見た。
レオンハルト・ラングミュア王は三十七歳。若く精力的に政治を動かしていると言えば聞こえは良いが、その実平民に対する弾圧が激しい。
「実の父親ではあるが、アイツよりは俺の方がマシな王様をやれる」
とヴェルナーは思っていた。もちろん、まだそれを口に出した事は無い。
「挨拶をせよ」
レオンハルトはヴェルナーに手振り付きで命じた。立とうともしていないあたりが、彼に対する王の扱いの軽さを表していた。
壇上中央に立ち、集まっている貴族たちの中にもあからさまにヴェルナーを無視するような態度で談笑を続ける者がいる。
「みなさん。本日はお集まりいただきましてありがとうございます。このような場に顔を見せるのは初めてで……なんとも不慣れで申し訳ありません。まずはご挨拶を」
ヴェルナーは精一杯“余所行き”のスマイルを見せた。
幾人かの令嬢が反応を見せた事が、ヴェルナーには救いだった。顔で多少なり人気が取れるなら、それだけ野望の道が楽になる。
「私はラングミュア王家次男のヴェルナーです。長い話も退屈でしょう。……ホイヘンス侯爵やマルコーニ子爵などは既に私の話に飽きておいでの様ですからね」
ヴェルナーの言葉を受けて会場の視線が集まると、談笑していた二人の貴族は苦々しい顔をして睨みつけてきた。
こうもあからさまに敵対されると逆にやりやすくなると思いつつ、ヴェルナーはスマイルを維持したままで待機している従者たちに声をかけた。
「始めよう。あまり時間をかける物でもないだろう」
呼びかけられた者たちは、重そうな台座を二人がかかりで抱え上げ、ヴェルナーの前に置いた。
台座の上には一抱えもある巨大な水晶玉が据え付けられている。
手順は予め聞いている。実に簡単な作業だ。
「水晶玉に両手を当て、目を閉じる……だったな」
触れるとわずかに温もりを感じる水晶は、手のひらにぴったりと張り付く様な感触がある。
目を閉じると、あっという間に意識が引き込まれる様な感覚に襲われ、膝が震えた。
「これは……」
不思議な現象だった。頭の中に、魔法の内容と使用法が流れ込んでくるのだ。少し怖さもあったが、それ以上に情報の内容に心を奪われた。
「マジかよ」
王子に似つかわしくない小さな呟きは、周囲の誰にも聞こえなかった。
時間の感覚を忘れてしまう程の衝撃的な体験であった。
目を開き、期待するような目で見ている人々の中に婚約者を見つけた。
「来ていたのか、マーガレット」
侯爵家の長女である彼女が不安そうに見ている事に気づき、ヴェルナーは再び笑みを浮かべる。
ヴェルナーは従者たちに水晶玉を片付けさせると、肩をすくめて右手を突き出した。
「……私の魔法は、どうやらこういう物を生み出す力のようです」
手のひらの上に薄いグレーの塊が出現すると、貴族たちは明らかに落胆した顔を見せた。どうやら、彼らには単に“粘土を生み出す魔法”に見えたらしい。
そしてそれは、ヴェルナーの父である王も同じだった。
「単なる粘土とは……使えん奴だ」
ヴェルナーの耳にハッキリと聞こえた王の言葉は、ため息交じりで落胆を露わにしていた。
だが、ヴェルナー自身は笑みを崩さない。手の上に生み出した物を消して見せると、口を開いた。
「さあ、メインの出し物は終わりです。皆様はゆっくりとご歓談ください」
料理や酒を味わう時間が再び始まる。
ヴェルナーが一瞥すると、王は彼を追い払うように手を振った。
「では……」
恭しく、かつわざとらしく王へ一礼し、ヴェルナーは壇上から下りて貴族たちの集団へと踏み込んだ。
こういった社交界は初めてだが、ヴェルナーとしては適当にあしらうつもりでいる。どうせ自分を重く見ている者などほとんどいないのだ。
それよりも、先ほどのパフォーマンスで誰もが同じような反応をしていた事にヴェルナーは内心でほくそ笑んでいた。
「やはり、この魔法は誰もが初めて見たようだ」
ヴェルナーが得た魔法は『プラスティック爆薬を操る力』だった。
先ほど壇上で見せたグレーの粘土は、紛うかたなきプラスティック爆弾。前世で使い慣れていたそれだ。しかも、無制限の量を作り出せる上に起爆もヴェルナーの意思で自由にできる。
「信管が不要とは。夢の爆薬だ」
威力については実験が必要だが、実際のプラスティック爆薬と同様の威力があれば充分過ぎる。
人を殺傷できる魔法が使えれば、まず間違いなく魔法使いとして軍で最初から高給取りに成れると言われる程希少なのだ。
だが、今は能力の詳細について誤解を広めておくことにする。脅威だと判断されてしまえば、下手をすると“処分”されてしまう可能性もあるからだ。
「ヴェルナー様!」
壇上からおりてきたヴェルナーに向かって小走りで近づいてきたのは、先ほど顔が見えた婚約者のマーガレットだった。
今までも何度か顔を合わせているが、今夜は夜会巻きにして白く艶やかに首筋を見せており、同い年には見えない程大人びたドレスを身にまとっている。
「こんばんは、マーガレット。今日も素敵だね」
歯の浮く様な台詞だが、オットーからしっかりと指導を受けて自然と言葉にできるようになっている。これも貴族の男子として基本的な礼儀らしい。
「ありがとうございます。それと、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう」
マーガレット・フラウンホーファーは侯爵家の長女で、生まれた時からのヴェルナーの許嫁だった。
最初に婚約者がすでに決まっていると聞いた時は「どうか美人でありますように」と適当な神様に祈ったものだったが、三年前に初めて顔を合わせた時には自分の幸運を喜んだ。
ヴェルナーと同年齢でひと月ほど誕生日が遅いマーガレットは、豊かな金髪とヴェルナーよりも明るい青の瞳を持つ美少女だった。
そして、十歳を目前とした今は、顔つきも身体つきも少しだけ大人になりつつあった。
素直で明るい性格のマーガレットは、ヴェルナーが婚約者である事に少しも嫌な顔をせず、逆に「ヴェルナー様が相手で良かった」と顔を合わせる度に話している。
権力というものに無頓着らしいのは子供だからという部分もあるが、危ういと思いつつもそのままでいて欲しい、とヴェルナーは願っている。
どうせ他の貴族と話しても大した情報も無いだろう、とマーガレットとひと時の会話を楽しもうと思っていた矢先、一人の女の子が近づいて来た。
マーガレットが困った表情をした事に気づいて、ヴェルナーがその視線を辿る。
「エリザベート様。貴女もいらしていたのですか」
さっと営業用のスマイルを見せたヴェルナーを、エリザベートと呼ばれた少女は生来のやや釣り目気味の赤っぽい瞳で睨むような視線を送ってきた。
「お、お誕生日おめでとう、ヴェルナーさん。わたくしの義弟になる人ですから、ちゃんとお祝いもいたしますわ」
「ありがとうございます。兄は会場にいないようですが……」
「必要ありません。今日は貴方が主役ではありませんか」
どうにも高飛車な態度だが、エリザベートの年齢はヴェルナーと同じである。彼女は第一王子マックスの許嫁であり、隣国ヘルムホルツの第三王女でもある。
年齢に似合わずすでに女性としてのプロポーションが見え始めており、ウェーブのかかった蒼い髪がかかる胸元は、ビスチェに押し上げられてわずかに谷間すらできていた。
「痛っ!?」
「視線にお気を付けくださいませ、ヴェルナー様」
どうやらマーガレットにはヴェルナーの視線がバレバレだったようで、思い切り尻をつねられた。
「……夫婦仲がよろしいようで、何よりですわね」
「夫婦になるのはまだ先ですけどね」
どうやらマーガレットと違い、エリザベートはマックスとの結婚を良いものとは思っていないらしい。
横暴で気が短いマックスが相手ならさもありなん、とヴェルナーは思っているが、すでに王位簒奪を心に決めている以上、この婚約は反故になる可能性が高い。
二人の少女としばらく会話をした後、パーティーの閉会と共に別れたヴェルナーはオットーを伴って自室へと戻った。
「オットー。パーティーの前に言った言葉、憶えているか?」
「もちろんですとも」
オットーは復唱まではしなかった。あまり頻繁に声に出して、余人に聞かれるのも問題だと思ったのだろう。
ヴェルナーはニヤリと笑う。
その笑みは先ほどまで見せていたスマイルとは程遠い、野性的で野蛮な雰囲気を纏ったものだった。傭兵として人を殺して金を得ていた時の笑い方だ。
「俺はやるぞ。一人の少女を救って、ついでに民衆を親父の圧政から解放してやろうじゃないか」
右手に生み出したプラスティック爆薬を握りしめ、ヴェルナーは野望を語る。
「その代わり、俺は俺のやりたいようにやらせてもらうけどな」
彼は“英雄”になる事など興味が無かった。
ただただ自らの欲の為に、それを成し得る環境を整える事だけを目指す純粋な専制君主になりたいのだ。
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