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19.アシュリン・ウーレンベック

19話目です。

よろしくお願いします。

 ヴェルナーは王城へ戻ってまず、オットーへ使いを頼んだ。

騎士訓練校の偵察へ行き、まだ占拠の動きが無いのであれば校長であるミリカンに注意するためだ。

「既に訓練校への動きが始まっているのであれば、可能な限り敵の戦力を確認してくれ。……本来、お前に頼むような仕事ではないが」


「お任せください、ヴェルナー様。ですが、よろしいのですか?」

 オットーが気にしているのは、王城への侵入と攻撃に関してではなく、攻撃対象が王である可能性が高く、それをヴェルナーが阻止しようとしている事についてだ。

「王が刺客に倒されたならば、それはヴェルナー様にとって都合が良いのではありませんか?」


「はっきり言う奴だな。だが、それは少し違うぞ」

 ヴェルナーが順番として先に兄であるマックスの排除を狙うには理由があった。正式な王太子となってから、王を排除してスムースに王座に就くのが、最も社会的な混乱が少ないからだ。

「王が先に死ねば、一度はマックスが王座に就く。貴族たちの支持はまだあるからな。そうなると面倒なんだよ」


 マックスには王としての資質は無い。ヴェルナーはマックスが王位に就けば実力や適性などは無視した命令が出て、自分の動きがかなり制限される可能性があると予想していた。

「かと言って、マックスと王座争いをするとなるとまた面倒だ。国が荒れて立て直しに労力がかかる」

 だから今は王を守る、とヴェルナーは言う。


「差し出がましい事を申しました」

「いや、父上やマックスが国をこれ以上荒らすなら、それこそ手荒い方法で乗っ取るつもりだからな。オットーの意見も間違いだとは思ってないさ」

「ヴェルナー様は、その力と天運をお持ちだと、私は存じております」

 信じるでは無く知っている、とオットーは言う。彼の忠誠心の根源についてヴェルナーは一度だけ聞いた話を思い出した。


「オットー。お前の兄の件だが……」

「無能に付いて行くのも、また無能です。兄の事は気になさらず、ヴェルナー様はご自身が求められる覇道をお進みください」

「……わかった」

「腹違いで一緒に暮らした事も無いのです。私にとっては他人と変わりません。では、行ってまいります」

 オットーは命令を遂行するために、一礼してヴェルナーの部屋を出て行った。


 オットーの兄は、マックスに資金提供などを行っている貴族の中でも最高位であるホイヘンス侯爵だ。

 兄とオットーは歳が二十近く離れている。父親である前ホイヘンス家当主が老齢になってから妾に産ませた子だという。その後オットーは母親と共に侯爵から渡された金を使い町で生活していたのだが、ある時ヴェルナーの目に留まって雇う事になったのだ。


「昔話を思い出している場合じゃないな」

 忙しい事だ、と立ち上がった時、ヴェルナーはふとある事を思いついた。

「城内の警備と称して、あちこちに出入りする許可が取れるかもな」

 王子と言えども、父である王に許可されず入れない場所も多い。そして、そういう場所こそ重要なのだ。


 オットーがまだ部屋にいたら確実に注意していただろう表情を浮かべて、ヴェルナーはこの機会を最大限に利用してやろうと画策していた。


●○●


 結果として、オットーが騎士訓練校へ行くために城を出た時点で、すでに反乱の動きは始まっていた。

 訓練生は約百名。十二歳から成人する十五歳まで通い、成人と同時に王国軍の騎士になったり実家に戻って親や祖父が治める領地にて騎士として働く。

 三学年各ニクラス。教師たちは主に元騎士の貴族たちだが、中には兵士として戦争を生き抜いた猛者も存在する。


「それで、君たちは何をしようとしているのかね?」

「簡単な事ですよ、校長。いや、フリードリヒ・ミリカン伯爵。この国の支配体制が変わるのです」

 ミリカンの執務室に乗り込んできたのは、教師として働く元騎士と、見た事の無い平民が数人だった。全員が何かしらの武装をしている。対してミリカンは剣を離れた壁に掛けていた。


「ヨルク・アーベライン。君の家は代々続く立派な騎士爵家だろう。君の父上も知っているが、素晴らしい騎士だった。そのような行為に加担して、恥ずかしいと思わないのか」

「父は確かにすばらしい騎士でしたよ。だから王国に、この国に使い潰された」

「どうやら誤解があるようだが……良かろう。君がそう思っているのなら、君が信じる正義を貫きなさい」


 ミリカンは椅子に座ったまま、闖入者たちを見据えた。

「だが、力を行使する以上は力による反撃がある事を常に憶えておくべきだ。君たちはそれを覚悟しているかね?」

「我々の計画は完璧だ」

 一人の平民と思しき男が前に出た。


「ここの訓練生は他の貴族たちに対する人質となる。すでに各教室へは戦力が配置されて押えている。多くの貴族への動きを押えた事で、王城は今日にも陥落するだろう」

 ミリカンを殺害し、王城にその事を伝えて貴族の動きを封じるつもりだと言う。

「騎士候補生とは言えまだ子供。ここに来るまでいくつかの教室を除いて来たが、大人しいものだった。所詮は実戦を知らぬガキだからな」


 自らの教え子でもある訓練生たちを悪しざまに言うアーベランにミリカンは嘆息した。

「お前は、父親程の騎士には結局なれなかったな……お前には、訓練生達一人一人の顔が見えておらぬのか」

 ミリカンの言葉が終わるや否や、遠くから騒動の声が聞こえてきた。

「何事だ!」


 ミリカンとアーベランを残して他の全員が校長室を出ていくと、轟音と共に悲鳴が響いた。

 そして、ほどなく一人の女訓練生が顔を見せる。

「あら、ミリカン校長は流石に無事なのね」

「イレーヌ・デュワーか。君も無事で何よりだ」


 右手に握ったサーベルを揺らしながら校長室へと踏み込んできたイレーヌは、校長の気遣いに礼を言いながらアーベランを見上げた。

「ろ、廊下に出た者たちは……」

「あたしの雷撃で、あっという間に黒焦げ。アーベラン先生。ほら、扉は開いたままです。ここからでも美しい黒が見えるでしょう?」


「き、貴様は……!」

「ぬるい殿方ばかり。狭い廊下で武器を握って、こちらにまっすぐ殺到して来るんだもの。丁度良くまとめて焼けたわ」

 アーベランは剣を抜いて、イレーヌへと向けた。

「大人しく人質になるなら、死なずに済んだものを!」


「アーベラン先生。良い事を教えてあげましょう」

「教える、だと?」

「実戦で敵から目を離すなんて論外よ」

 アーベランの腹から、分厚い大剣の切っ先が生えた。

「ぐっ……なんと……」


 アーベランの視線がイレーヌに集中している間に、ミリカンが壁の剣を掴んで背後に回ったのだ。

「敵は見えない時こそ動いているものよ。あたしは実際にこの目で見たもの」

「こ、のっ……!」

 嘲るイレーヌに対して一撃でも入れようと思ったのか、アーベランは右手の剣を振り下ろした。


 だが、イレーヌのサーベルの方が速い。

 腕と首を切り落とされ、脱力した身体が膝をついて大剣からずるりと離れ、倒れた。

「顔見知りを殺すのは……」

 呟いたイレーヌに、ミリカンは不安げな顔を向けた。

「他とはまた違った、ゾクゾクとした感触があるわね」


 ミリカンは剣を振るって血を落としながら、自分の教育に自信を無くしつつあった。

「それよりも、状況を教えてくれないか」

「あたしのクラスは解放されたけど、みんな怖がってるから教室に籠城させてるわ。教員室は血の海。三分の一くらいはいなかったから、アーベラン先生のお仲間になったんじゃないかしら?」


 情けない事だ、とミリカンは顔を伏せた。

「そういえば、アシュリン・ウーレンベックはどうした?」

 こういう時には真っ先に敵に向かって行きそうなものだが、とミリカンは首を傾げた。

 イレーヌは肩をすくめる。

「あたしもそう思ったから、彼女の教室は見ないで教員室とこっちを先に見に来たのだけれど……」

 二人は顔を見合わせ、とにかく下級生の教室から順に敵の排除に動くことにした。


●○●


 アシュリン・ウーレンベックは、怯えて教室に閉じ込められた他の訓練生達と同様に、机に座ってじっとしていた。

 だが、その顔は恐怖では無く困惑に歪んでいる。唯でさえ小柄な身体が、背を丸めているせいでさらに小さく見えた。

 そして、膝の上でしっかりと握られた手には、一通の手紙がグシャグシャになって握られている。


 一人の騎士が入ってきた。アシュリンも見覚えの無い人物なので、校外の人物だろう。

「ウーレンベック子爵家の令嬢は誰だ?」

 その人物が大声で問うと、自然と他の訓練生の視線がアシュリンに集まる。

「君か」

 アシュリンは立ち上がり、その人物を見上げた。身長は頭二つ分以上の差がある。


「自分がウーレンベック子爵家次女アシュリンです」

「ふむ……落ち着いているな。連絡がちゃんと行っているということだな」

 周囲の視線にさらされながら、アシュリンは手紙を握る手に力を入れた。

 手紙は子爵家当主である父親からのもので、訓練校で起きる動きに手を貸せという者だった。


「では、早速だが協力してもらう。君の実力は聞いているが、顔見知りを監視するのは気が引けるだろう。上級生のクラスに手伝いに行ってくれ」

 騎士が何か言っているが、アシュリンは聞いていなかった。

 彼女の父親は典型的なラングミュア貴族と言って良いタイプの人物で、貴族らしく血統による権力の継承を第一に考えている。


アシュリンも幼い頃から政略結婚の道具として育てられていたが、物心つく頃から反発し、都合よく身体強化の魔法を手に入れたので良い騎士になって独立しようとこの訓練校へ入ったのだ。

 アシュリンは父親との約束で、卒業時点で騎士団に入れなければ実家へ戻って、親が決めた相手の所へ嫁入りしなければならない。


「騎士殿。貴方は何を目的としてこの戦いに参加されているのですか?」

「手紙には書かれていなかったのか?」

「ありました。王族と上位貴族の横暴に対抗し、民衆と貴族が呼応して新しい国を作り上げる、と」

 それに理解が追いつきません、とアシュリンは言う。


「要するに、横暴な王族中心の政府から、民衆と彼らに理解ある貴族である我々が中心となるのだ。正義の行いを知らぬ王族を排する。その為の行いなのだよ」

「訓練生を人質にする、と手紙にはありましたが、これも正義の行いなのですか?」

 アシュリンの率直な質問に、騎士は眉を顰めた。

「一時的な物だ。この件が終われば皆無事に解放する」


 何か違う。それは騎士のやり方じゃないのではないか。

 アシュリンの中で彼女にとっての“騎士像”が汚されたような不快感が生まれた。だが、彼女はこういう時にどんな行動をとるべきかを知らない。父親も目の前の騎士も正義を語っているが、見回せば学友たちが怯えている。

 はて、正義とは何か。少なくとも、騎士の力は弱い者を守る為に振るわれる物だったはずだ。


 であれば、この状況で敵はどちらか。明白だろう。

「お断りします」

 そして、手紙に従うと言う事は父の道具になると言う事だと思った。それでは、騎士として独り立ちした事にはならない。

「君は、自分が何を言っているのか知っているのか? 御父上の手紙も読んだのだろう?」


「王族全てが悪い人ではありません。王様や他の人は知りませんが、少なくともヴェルナー様は違いました。自分の能力を知って、褒めてくださいました。いずれ部下にしてやるとも言ってくださいました」

 そして、ヴェルナーはその選択を彼女の意思に委ねた。強制はせず、道の一つとして示したのだ。


 そんなヴェルナーを、騎士は鼻で笑う。

「ヴェルナー? 王位も継がぬ第二王子ではないか。それよりも我々に協力した方が、ずっと良い地位を得られる。良い嫁ぎ先も用意しようではないか」

「申し訳ありませんが、誰かが選んだ相手の妻になる気はありません。そして、誰かを守る事を放棄するような騎士にはなりたくありません」


「大人しく聞いていれば生意気な……よろしい。少し痛い目に」

 言葉は途中で途切れた。

 剣に手をかけた騎士の腹部に、身体強化を使ったアシュリンの拳が叩きつけられたのだ。

 鎧は完全に凹み、壁に叩きつけられた騎士は口から血を流して気を失っていた。止めを刺そうとして、アシュリンはヴェルナーが兵士を捕縛して話を聞くべきだったと反省した件をマーガレットから聞いた事を思いだし、手頃な紐での拘束に切り替える。


「何事だ!」

 廊下で見張りをしていた者が教室へ飛び込んでくる。そしてすぐに異常に気づき、大声で助けを呼んだ。

 その間、アシュリンは驚いている生徒達の前で、教室の隅に置いていた鎧を身に着け、大槍を掴む。


「他の生徒を助けに行ってくる」

 宣言と同時に叫んでいた男を突き殺し、教室を出ていくアシュリン。

彼女を見て、半数以上の訓練生が慌てて自分の武装を身に着けて後を追った。

 この時点で、イレーヌはまだ校長室へは入っていない。人質だったはずの訓練生による本格的な反抗は、イレーヌでは無くアシュリンから始まったのだ。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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