18.騒動の種が蒔かれて
18話目です。
よろしくお願いします。
すっかり気勢を殺がれたヴェルナーは、わずかに残った気力を振り絞って声を出した。
「お前がやった事か?」
「何をだ?」
「民衆による政治を目指す者たちがいる。そう聞いて俺は父上の命令でここへ来た」
「ああ。その考えならこいつだ。こいつが言いだしたらしい」
面白い奴はあちこちにいるものだ、とミルカは立っている一人の青年を指差した。
まだあどけなさが残る顔だちの、二十代前半くらいの年齢だ。
「あの、ミルカ王子。この子は?」
「なんだ。お前は王族と事を構えようというのに王子の顔も知らぬのか」
ミルカが言うと、周囲の者たちが改めて身構えた。
「では、彼がマックス王子……!」
「おい、ふざけるな。あんなのと一緒にするんじゃない。俺は第二王子ヴェルナーだ。ミルカの言う事を仮に信じるとするならば、お前が代表者だな」
信用が無いな、と笑うミルカは無視して、ヴェルナーが青年を睨みつけた。とはいえ、まだ十二歳のヴェルナーは見上げるような格好になるのだが。
「はい。僕はダーフィトと申します、殿下」
「そうか。他の者も含めて、全員を城まで連行する。後の処理がどうなるかは俺の知った事では無いが、大人しくしていれば俺は危害を加えない」
「殿下。どうか話をさせてください」
テーブルを挟んでいた距離を詰めようとするダーフィトに対し、ヴェルナーは手を伸ばして制した。
「近づくな。お前と話をするつもりは無い。今のラングミュアに民主政治は必要ない」
「民主政治? 民衆の意見によって政治を動かす事の名称があるのですか? もしかして、すでに実践している国があるとか?」
どうやら、ヴェルナーの言葉が呼び水になってしまったようだ。目をキラキラとさせて質問をしてきた。
近づこうとするダーフィトに対し、ファラデーが前に出てヴェルナーを護る。
「議論をするつもりは無い、と言った。さあ、大人しく捕まれ。お前たちは失敗した」
「さて、それはどうかな?」
そう言ったのはミルカだ。不敵な笑みを浮かべながら立ち上がり、ヴェルナーに指を向ける。
「余はこの者たちが言う“民衆による政治”そのものには大して興味は無い。民衆たちが自分で政治を動かす事などできようはずも無いからな。およそ連中が考える事など国の広さに広がるべくもないからな」
「そんな! 協力をして下さるのでは無かったのですか!?」
ダーフィトの悲痛な叫びを、ミルカは冷笑で受け止めた。
「協力はする。巨象に挑む蟻の挑戦を見たかった。だが、すぐに終わってはつまらぬから力と知恵を少しばかり貸しただけだ」
どうやらダーフィトはミルカが本気で民主政治立ち上げに理解したうえで協力してくれるものだと信じていたらしい。
「ヴェルナー殿は随分と優秀な手足と目があるらしい。ここが見つかるまで、一週間はかかると踏んでいたのだがな」
「待て。力というのは国軍を誘導する為に国境を越えさせた百人の兵士の事だろう。だが、知恵とはどういう事だ?」
この拠点の場所も情報の隠ぺいもお粗末と言って良いレベルでしかない。ヴェルナーはそこにミルカの口出しがあったようには思えなかった。
「ふむ……。答え合わせは余が教えてやるよりは、自分で探した方が楽しかろうよ」
ミルカは愛妾兼護衛である二人の美女の肩を引き寄せた。
「見事乗り越えて見せたら、この者たちどちらか一人をお前にやろう。見目も良いが護衛の腕も悪くないぞ」
「ふざけるな。これは遊びじゃないんだ」
「何を言っているのだ。このような下らぬ世界、遊ばずにどうする」
お前も精々楽しむと良い、と言い残してミルカは走り出し、護衛と共にひらひらとした衣装を揺らして兵士達の頭上を軽々と飛び越えた。
「待て! 話は終わっていない!」
ヴェルナーが咄嗟に引き抜いて投げたナイフは、護衛の一人が自らの腕を盾にして止めた。
追いかけたヴェルナー達が外に出た時、ミルカ達の姿はどこにも見えなかった。
「ヴェルナー様。我々で追いますか?」
「いや、良い。今は中の連中から話を聞いた方が早そうだ」
とっさにナイフを投げたが、小さなプラスティック爆薬でも投げた方が良かったか、とヴェルナーは歯噛みしていた。室内だからとナイフを選んだが、外に出たところで爆破すれば良かったのだ。
「ダーフィトと言ったな。気が変わった。話をしよう」
拠点には裏口は用意していなかったようだ。急ぎ室内に戻ると、ダーフィト他数名の構成員たちは残っていた。このあたりも、自分たちが王族に敵対する立場だという自覚が足りない、とヴェルナーは思う。
「ただし、俺の質問にお前が答える。それだけだ」
「そうやって、貴族や王族が民衆に共生する形を変えたいのです。なぜ同じ人間なのに、こんなふうに命令されなければならないのですか!」
「簡単だ。人間は同じじゃ無いからだ。それで、ミルカが行っていた知恵とは何のことだ? それと、ここにいない連中はどこに行っている?」
沈黙。ダーフィトは強い視線でヴェルナーを捉え、剣を握った。
「た、戦います。権力の横暴に唯々諾々と民衆が従うなどと思わないでいただきたい!」
「そうか。平和的な解決を望まないなら、こちらにもやり方がある」
ヴェルナーの言葉を受けて、ファラデーは自分たちが矢面に立つのだろうと思って前に出ようとしたが、鎧の胸に手を当てられて止められた。
「逃げる物が居たら斬れ。他は手を出さなくて良い」
そして、ヴェルナーは一握りも無い程のプラスティック爆薬を放り投げ、ダーフィトでは無く別の男の足元に投げ捨て、すぐに指を弾き、起爆した。
「ああぅ……!」
片足を黒く焦がし、痛みにのたうちまわる男に周囲の仲間が駆け寄る。ダーフィトは青い顔をしていた。
「ま、魔法? なんてことを!」
「力づくでの解決を選んだのはお前だ。王族を打倒する? 政治を変える? できるならやれば良い。だが、その為に力が必要な事は知っておくべきだったな」
今度は抱える程の爆薬を生み出し、小さくちぎっては床にばらまいた。それぞれが誘爆しない程度には距離を空ける。
「ひぃいい……」
武器を持った構成員たちは、足元に散らばる粘土を見て、膝を震わせている。
「言え。言わないならお前の仲間が一人ずつ歩けなくなっていくぞ」
「貴方は、マックス王子とは犬猿の仲だと聞きました。彼の横暴は知っているでしょう! 最近は町の女性までもがあの男に……!」
どうやら、ヴェルナーが知る以上にマックスは悪行を重ねているらしい。ダーフィトは義憤もあってこの集まりを作ったのだろう。
だが、ヴェルナーは指を弾く動作を見せて一つの爆薬を起爆させ、また一人の足を吹き飛ばした。
「ぎゃあああ!」
悲鳴を上げて七転八倒する仲間を見るダーフィトは、絶望の表情を見せている。
「マックス個人の資質と社会制度は関係無い。俺は俺の為にこの専制制度を守るつもりだ。それが嫌なら実力でどうにかしろ」
悔しげに歯噛みするダーフィトが、しばらく待っても口を開かなかったので、ヴェルナーはこれ見よがしに右手を掲げて親指と中指を触れさせた。
「待て! 待ってくれ!」
音を上げたのはダーフィトでは無く構成員の一人だった。涙声で「全て話す」と懇願する中年の男に、他の者たちが非難の目を向けた。
「待ってください! ここで権力に屈したら」
「勘違いするな。この男が膝をついたのは権力じゃない。もっと純粋な力に対する恐怖だ……それで、お前たちは何をするつもりなんだ?」
周囲の構成員たちが「喋るんじゃない」と声を上げるのを、ヴェルナーは右手を上げるだけで制した。その指先が音を立てるだけで、誰かが傷つくのだ。
「な、七人ずつ三つに分かれて動いています」
恐怖に引きつりながら男が話した内容に、ヴェルナーだけでなくファラデーたちもうめき声を上げた。
一つの班は夜になったら高位貴族たちの屋敷に火を点けるため、ミルカが伝えたという時限発火装置を準備をしている。もう一つの班は決死隊として、とある貴族の手引きで城に潜入して王や中枢の貴族たちを討つ予定であるという。
そして、残り一つの班は、協力者であるミルカの兵や賛同する下級貴族たちと共に騎士訓練校を強襲し、そこにいる貴族たちの子弟を人質にするのが目的らしい。
「残っている私たちは、それぞれの班からの連絡を待って動く指示班であり予備人員です……」
話が終わったところで、ヴェルナーは男の顎を殴りつけて気絶させた。
「ヴェルナー様……!」
ファラデーの焦燥した声を背中に受けて、ヴェルナーは振り向き、口を開いた。
「この場にいる全員を拘束。殺さない程度に痛めつけて他の情報を吐かせろ。城では無くスラムへ運び込め」
「はっ!」
この場にいた全員が、抵抗する事無くファラデーたちが用意した縄に繋がれた。
それを見ながら、ヴェルナーは考えていた。
「……ファラデー」
「はっ」
「俺はフラウンホーファー侯爵家に行って注意喚起を行う。それから城に行くつもりだ」
情報を手に入れたら、ダーフィトたちの身柄はスラムに預けて城へ来るように、とヴェルナーは命じた。
「そしてグンナーに依頼してスラムの者たちを使って王都中を捜索させろ。探すのは連中の仲間。それとそいつらが仕掛けた発火装置だ」
厳しい顔で命令を飛ばすヴェルナーを、両手を縄で縛られたダーフィトが見ていた。
「僕たちの仲間はやってくれます。これで民衆を抑圧する貴族は減り、僕たち民衆の力を知るでしょう。そうすれば……うっ!?」
ヴェルナーは思い切りダーフィトを殴りつけた。
縄でつながっている仲間を巻き込み、ダーフィトは倒れ込む。それでも彼の目はヴェルナーを睨みつけていた。
「ぼ、暴力と権力で僕たち民衆を押さえつけた報いを暴力によって貴族たちが受けるのです。僕がいなくなっても、仲間たちがきっと成し遂げてくれます!」
「残念だが、俺は暴力を使ってでも今の専制制度を守るつもりだ」
「権力にしがみ付く醜い王子め! 結局、貴方もマックス王子と同じじゃないか!」
「違うな。まるで違う」
ヴェルナーはため息を吐いた。
「俺が欲しいのは、今の王が持つ権力程度じゃない」
ダーフィトだけでなく、ファラデーたちも動きが止まっていた。
「ミルカの野郎はこの世界を壊したいようだが、俺は逆だ。この世界を成長させて強くして、その頂点に立つ。今ある権力など踏み台に過ぎん。俺は権力を得るんじゃない。作るんだ」
今の王程度の地位に拘るマックスごときと一緒にするな、とヴェルナーは吐き捨てた。
●○●
「ヴェルナー様が王命を受けた事は存じておりましたが、そのような大それたことを考えている者たちがいるとは……」
ヴェルナーの急な訪問にも関わらず、自宅に居たフラウンホーファー侯爵は快くサロンへと招き入れた。
そこで聞かされた放火計画に対して、驚愕している。
エックハルト・フラウンホーファーはラングミュア王国の中でも特に長い歴史を持つ侯爵家の当主であり、ヴェルナーの婚約者であるマーガレットの父親だ。
高位貴族の中では目立たない人物ではあるが、仕事ぶりは真面目で公明正大な人物として有名だった。若い頃は騎士としても活躍したと言われる。
「御忠告ありがとうございます。早速家の者たちに伝え、警戒をさせましょう。ヴェルナー様はどうされるのです?」
少し迷ったが、ヴェルナーはダーフィトたちの計画について話した。
「王城に手引きする者がいるのですか!」
「その上で、父上や他の貴族たちを襲うつもりの様です。私は阻止の為に今から城へと戻ります」
「では、私の兵をお貸ししましょう」
エックハルトの進言はありがたいが、とヴェルナーは断ってしまった。
「連中の手勢も数が知れておりますし、城内には騎士が幾人もおります。注意だけさせれば問題無く取り押さえられるかと。それよりも、侯爵にお願いしたい事が有ります」
ヴェルナーはスラムの者たちだけでは王都内の発火装置や設置者の捜索は難しいと考えていた。町に出られない事情がある者も多いだろう。
「そこで、王都内の捜索に侯爵の兵を使っていただき、他の貴族にも協力してもらえるように依頼をしていただきたいのです」
ヴェルナーは、自分では貴族たちが言う事を聞いてくれないでしょうから、と首を振った。
「お任せください。すぐにでも使いを出して、王都内を隅々まで捜索させましょう。それにしても、スラムの者たちを動かせるとは……ヴェルナー様は不思議な方ですな」
エックハルトの言葉に、ヴェルナーは苦笑いで答えた。
「やりたい事をやるには、私一人では手が届きませんから。仲間が必要なのです、色々と」
「なるほど。一件が落ち着いたら、是非またいらしてください。娘の事も有りますが、もっと貴方とゆっくり話をしたいですな」
「ええ。ぜひ」
固い握手を交わしてから、ヴェルナーは城へと向かう。
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