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178.混乱と使者

遅くなりまして申し訳ありません。

 周囲が騒々しくなってきたのを感じて、いよいよか、とブルーノは野営のために携帯している火打ち箱を取り出し、緊張に息を飲んだ。

 ここで火をつけてしまえば、早々に木箱は炎上し、中にある火薬は激しい爆発を引き起こすだろう。馬車の中にいるブルーノはあっという間に爆死するだろう。

 念のために一部の木箱を開き、少量の火薬を露出させて木箱へと振り撒いている。万が一にも、不発にはなるまい。


「う……いや、やるんだ! ヴェルナー様が巻き込まれでもしたら」

 ブルーノはそう呟いて、火打ち箱を握りしめた。これはオーソングランデだけでなく帝国でも一般的に使用されているもので、中に有る火打石と金具を打ち合わせて火花を散らし、箱の上に置いた木屑などに着火するものだ。

 ごそごそとポケットを探り、中から埃を一つまみ火打ち箱に載せた。


 ガチ、と音を立てて押し込んだものの、火は点かない。

 焦りが幾度もブルーノの指を動かすが、ガシガシと打ち付けられる火打石からは、乾いた煙だけがわずかに立ち昇るのみだった。

「ちっ!」

 急がねば、と二度、三度と火種を作ろうとしている間に、馬車の外では喧騒が大きくなる。戦況はわからないが、ブルーノは良い方向へ向かっているとは思えなかった。


「嫌な予感がするぜ。何か、とんでもないことが起こりそうな……ああっ!?」

 突然の横転が馬車とその中にいたブルーノを襲い、木箱の一つが激しく彼の頭部を叩いた。馬車内を舞う黒色火薬が、汗で濡れた彼の全身に貼り付いた。

 ちかちかと明滅する視界を振り払うように首を振るが、余計に眩暈が激しくなる。吐き気をこらえながら立ち上がろうとする彼の耳に、聞き覚えのある声が響く。


「開けなさい! というかさっさと出てこい、コラァ!」

「ひえっ!?」

 思わず悲鳴を上げてしまったブルーノだったが、声の正体に思い至って、より慌てた上ずった声をあげた。

「イレーヌ!? 敵のど真ん中だぞ?」


 顔を出したブルーノの襟首を掴んだイレーヌは、腕だけではどうにもならず、馬車の下部を蹴り倒すようにして全身を使って相手の身体を引き摺り出した。

 その周囲では、馬車を守る様に展開している騎士達や兵士達がブルーノに背を向けたまま、帝国の兵たちを相手に踏ん張っている。

「ようやく出て来たか!」


 そう言って、壁の一部を作っていたデニスが撤退を命じようとするのを、ブルーノは声を上げて止めた。

「この馬車をこのままにしておくわけにはいかねぇ!」

「なら、破壊して……」

「やめろぉ!」


 馬車を破壊しようと雷撃を放とうとするイレーヌを必死に止め、ブルーノは早口で馬車内の状況を説明した。

「あら、そうだったわね」

「肝が冷えるぜ……」

 現状で雷撃が撃ちこまれでもすれば、ブルーノだけでなく周囲に集まっている兵士達が王国側も帝国側も一網打尽になってしまう。


 イレーヌは魔法が使えず、馬車を破壊する程の力はない。

「アシュリンの方が適任なのだけれど」

「言ってもしようがない! 俺が爆破するから、お前らは……」

 ブルーノの言葉が終わる前に、デニスが近づいて一撃を喰らわせた。馬車から転がり落ちたブルーノの首根っこを掴み、唸っている彼を引っ張っていく。


「とにかく優先すべきは脱出だ!」

「でも、馬車が……」

「心配する必要は無い、あれを見ろ!」

 デニスが指差した先。そこには空を切り裂くように飛来するいくつもの塊があった。

 帝国の兵たちはその正体がわからず、何かの土塊だとでもおもったのか、避けてしまうか盾を使って叩き落している。


 しかし、ラングミュア王国側の兵たちはそれどころではない。

 ボタボタと落ちてくるそれは明らかにヴェルナーが生み出したプラスティック爆薬であり、その数は彼らがこれまでに見たことが無いほどの量だったからだ。

「ひぃ!?」

 イレーヌは悲鳴を上げ、倒れているブルーノに蹴りを入れて早く立ち上がるように言うと、周囲の兵たちに大声で撤退を告げた。


 心底驚いたラングミュア兵たちは、イレーヌの声を聞く前に我先にと逃げ出し始めている。このままここにいたら、死体が残るどころか大地ごとえぐり取られかねないと思ったからだ。

「へ、陛下! お助け!」

「自分で火を点けようとしたくせに、情けないわね!」


 ブルーノの尻に続けて蹴りを入れながら、イレーヌは封印された雷撃を使えず、サーベルでその場をどうにか切り抜けることに専念する。

 敵の金属鎧にサーベルが奔って火花が散った瞬間に心臓が止まるかと思った彼女は、極力鎧部分を避けて、腕や足、そして顔など露出した部分へと切っ先を突っ込んで殺していった。


「うふ」

 赤い血が迸るのを見ると、イレーヌの顔は自然とほころんだ。

「おい、あの嬢ちゃんまたやばい感じになっているぞ」

「放っておけ。混戦状態なら彼女はああなっている方が強い」

 冷静過ぎる判断を下しながら、デニスは部隊を整列させてイレーヌが切り拓いた突破口をさらに広げて撤退を進める。


 帝国は突然の側面攻撃に混乱しており、指揮系統は回復できないままであった。

 馬車を動かしていた兵士達は早々にイレーヌたちから狙われて絶命しており、周囲にいた者たちも早々に殺されるか逃げるかしている。

 最高位の司令官であるヴェットリヒはイレーヌたちが突撃した場所のさらに後方にいたが、詳しい状況はまるで掴めておらず、ただただ前方の兵たちが「進まない」ことにいら立っていた。


 先頭を進んでいたイレーヌがいよいよ混戦を抜けて帝国兵の集団をかいくぐったところで、ついに爆発が発生する。

「うひっ!?」

 始まった、と思ったイレーヌが振り向いたが、爆発が起きたのは馬車のところではない。もっと前方、帝国軍前衛の方だ。


「どうなってるの?」

 イレーヌの問いは爆発音にかき消され、相手の列を断ち割るように突撃したラングミュアの軍勢が通り抜けた時には、帝国前線は爆風で砕かれ、中段の部隊は蹴散らされ、後方では司令部がただただ呆然としている状況だった。


 この時点で、状況を正確に把握しているのはヴェルナーと周囲にいた護衛騎士たちだけだった。

 何しろ、状況を作り出している張本人がヴェルナーだったからだ。


●○●


「そろそろかな?」

 ヴェルナーが呟いた頃、上空から落ちてくる存在があった。

 それはまっすぐにヴェルナーの隣にいたアシュリンのところへと落下し、彼女のキャッチとともに「ぐえっ」と小さな悲鳴を上げる。

「どうだった?」


「ふぅ、ふぅ……デニスたちは無事に脱出を果たしたようです。ブルーノらしき姿も確認しました」

 息を切らせながら報告をしているのは、ヴェルナーの護衛についていた騎士の一人だ。彼は縦長に展開している帝国軍の状況を確認するため、アシュリンによって空中高く放り出されていたらしい。


 ちなみにこれが三回目であり、一回目は恐怖の為うまく目を開けられずに失敗。二回目はまだ帝国軍の中央あたりにイレーヌらが残っている状況だった。

 この方法はヴェルナーの思いつきをアシュリンが「できる」と断言したために実行されたもので、前世で行っていた無人機や衛星による上空からの戦況把握が如何に便利であったかを嘆く彼の為にと、騎士達が志願したものだ。


 実際に選ばれた騎士は、二度目の上空ですでに後悔していたが。

 兎にも角にも、三度目でようやくヴェルナーが待っていた報告が届き、彼はおもむろに立ち上がると、そのまま報告を終えた騎士へと近付き、その肩を叩いて労った。

「お前の報告のお蔭で、ようやく混乱が片付いたことがわかった。いい加減、この戦いを終わらせるぞ」


 ヴェルナーはアシュリンに依頼して敵前線を混乱させるために爆薬を投げ込ませていたのを中断させ、先に馬車周辺へと散りばめていた分を起爆した。

「おお……」

 騎士の誰かが、感嘆と畏怖を綯交ぜにしたようなため息を漏らした。

 爆風に叩かれ、四方へと飛んで行く人やモノ。無惨に引き裂かれた馬や、主が手放した武器なども混ざり、破壊力を示すものは過剰なほどだ。


「これで、ようやく終わるな」

呟いたヴェルナーへ届いた報告は、最早帝国軍は瓦解するばかりであると示していた。

 再び上空に放り投げられた騎士から、特にまとまった動きを取り戻す様子も見られず、このまま敵は逃げ散ってしまうだろうという内容を聞き、長い遠征も終わりが近いと感じられた。


 その時、一人の騎士が慌てた様子で駆け込んできた。

「陛下、陛下!」

「どうした? 何か問題が起きたか?」

 耳鳴りが爆発の余韻として残っている中、ヴェルナーとその周囲にいた騎士達に緊張が奔る。終わりが見え、気持ちが緩みかけたところだったせいか、騎士たちの反応は過敏だた。


「帝国から伝令が参りました!」

「帝国から? 敵軍が降伏を申し入れて来たのか?」

 言いながらも、ヴェルナーは首を傾げている。敵はまだ右往左往を繰り返すばかりでまとまりがなく、誰かが率いているという風にも見えない。

 伝令を出すような余裕はあるだろうか。


 考えているヴェルナーに、連絡に来た騎士が報告を続けた。

「それが……現在交戦中の軍とは無関係で、帝国皇帝からの書状を持って来た、と白旗を掲げてこちらへ来た者が言っておりまして……。皇帝から、勝っていても負けていてもヴェルナー陛下へお届けするように言われているようです。どうやら、講和に関してのようですが……」

「講和だと?」


 奇妙な話だった。

 帝国が勝っているならばその必要は無く、敗けているならば講和を申し入れるタイミングを計るものだろう。

 少なくとも、決着がついていない段階でそういった使者を出すことには疑問が残る。

「負けを予測して、被害が増える前に講和に持ち込んだ、か?」


 護衛の騎士たちには油断を誘う帝国の罠では無いかと訝しむ者も多く居たが、結局ヴェルナーは使者に会い、書簡を受け取ることにした。

 その間に帝国はほとんど逃げ去ってしまい、一部捕虜となった者たちだけが残され、ラングミュア王国軍の監視下に置かれる。

 こうして一旦はラングミュア王国対ヘルムホルツ帝国の戦闘は終結し、情勢としてはラングミュア有利となった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


活動報告にて拙作『呼び出された殺戮者』のコスプレをご紹介しております。

とても完成度の高いものですので、是非ご覧ください。

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