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176.遅れた情報

どうにも遅くて申し訳ありません。

「敵が速度を上げてきましたな」

「ようやく、か」

 随分と迷っていたようだ、とヴェルナーは報告を上げたミリカンへ向けてニヤリと笑う。

「“別働隊”はどうなっている?」

「予定通りに配置が完了しております」


 ミリカンの返答に頷き、ヴェルナーは全軍に急停止を命じる。

 報告から帝国の狙いはわかっていた以上、早々に乱戦に巻き込むことで敵の手を使えないようにするためだ。

 同時に、火薬を満載した馬車を残して敵が逃げないように、伏兵も用意している。

「停止し、即時転進! 突撃せよ!」


 ミリカンの怒鳴り声が響くと、同時に火薬を使った簡素な狼煙が上がる。

 それを目にした部隊長たちはそれぞれ予定していた行動に移った。

「反撃だ!」

「矢を……」

「駄目だ! 剣と槍以外は許可されていない!」


 あちこちで同様のやり取りが行われている。

 これは他でも無く帝国軍の中に潜入したままと思われるブルーノを守るための措置でもある。

 だが、彼一人の為に他の兵たちをただ危険に向かわせるわけにもいかないヴェルナーは、他の方法を用意していた。


 それは投げ矢だった。

 素手で投擲する投げ矢は、敵の最前列あたりまでしか届かないが、剣や槍に比べればかなり遠くから攻撃できる。

 ブルーノが潜伏しているとしてもまさか情報が得られにくい最前線にはいないだろう、と踏んだヴェルナーは、用意していた矢に重りを付けて投げやすいように準備させていた。


 対して、帝国軍は急に方向転換して迫ってきたラングミュア軍に対して、矢を射かける余裕も無いまま、一気に最前列に投げ矢を受け、隊列が崩れたところで一気に接近戦へと移っていった。

 投げ矢による攻撃が終わった後の、文字通りの一番槍はアシュリンだ。


「おおお!」

 雄叫びを上げて突入していく彼女は、自分の身長よりも長い大槍を振り回し、敵兵を文字通りなぎ倒しながら突き進む。

 それに引き摺られるように、馬上の騎士達が突撃を敢行し、さらに兵士達が続く。

「良し! いける!」


 これまで護衛として大人しく活動していた彼女だが、ヴェルナーも本人も気づかないうちに鬱憤が溜まっていたのだろうか。

 毒という卑劣な手にやられてしまった経験もあり、暴れたい衝動も残っていたようで、いつも以上に大槍を派手に振り回している。

 そして、彼女の相棒であるイレーヌは、別の場所にいた。


「そろそろですわね」

 浅いながらも塹壕を用意して身を隠していた“別働隊”の面々は、本隊の攻撃が始まったところで身を乗り出そうとした。

 イレーヌ達の役割は、背面からの突撃を行うことで敵の行動を制限し、同時にブルーノが逃げ出すための時間を作る。


 他にデニスが率いている森林国の者たちが側面からの攻撃で敵を完全に封じ込める手筈になっている。

 そうやって意図的に混戦状態を作り出し、前方にも後方にも側面にも味方部隊がいれば、ブルーノも保護しやすくなるだろう、とヴェルナーは考えていた。

 もし一定の時間攻撃を続けてもブルーノの姿が見えない場合は、アシュリンが敵中央にプラスティック爆薬を投げ入れて一網打尽にする予定だ。


 しかし、イレーヌの下に駆け込んできた数名の言葉によって、即座に作戦はとん挫することになる。

「火薬!? それに自爆攻撃って……」

「間違いありません。敵の大将はおだてられて突撃しているだけのはずで、もし陛下が敵中枢に近づけば……」


 もろとも爆破する予定のはずだ、と聞かされ、イレーヌは味方の騎士達に向けて即座に攻撃中止を伝え、兵士達に伝達するように命じた。

 同時に、伝令役の兵士が狼煙をあげる。トラブルが起きて作戦を停止する場合の合図だ。

 これを受けてデニスら側面攻撃部隊は攻撃作戦を中止するはずだが、問題は本隊だった。

 まだ行動を開始しておらず、隠れているデニスたちと違い、本隊はすでに交戦開始している。


「どうするのよ……」

 火薬があるとなると、イレーヌは得意の雷撃魔法も控えなければならない。うっかりどこかに着火してしまうと、他の火薬も誘爆してしまう恐れがある。

 ブルーノが見つかっていない状況では、早々できることでは無い。

「一度、本隊に合流して指示を乞うべきでは?」


 一人の騎士が言うと、イレーヌはほんの数秒だけ考え、同意した。

「……デニスさん達と合流しましょう。彼らの方が近いし、移動で姿を見せた時点で敵との戦闘になる可能性が高くなるから、早く戦力としてまとまった方が良いと思う」

 彼女の意見は他の騎士達にも受け入れられ、敵の注目を浴びていないうちに全速で敵の後背から側面へと移動をすることに決まった。


「陛下への連絡は、間に合うかしら」

 敵の狙いはヴェルナーただ一人。彼が突出して敵中央部隊との交戦にさえならなければ危険は少ないはずだ。

 祈るような思いで本隊がいるはずの方向へと視線を向けたイレーヌは、大きく息を吸って、塹壕から飛び出した。


「行くわよ!」

 敵の数人がイレーヌ達の動きに気付いたが、混乱しているようでまだ攻撃は来ない。

 今のうちに、と彼女は部下たちや同僚の騎士達が付いてくることを確認しながら、大きく迂回するようなルートを選んでデニスらの居場所を目指す。

 ブルーノの部下たちは疲労困憊の様子だったが、それでも彼女たちについていった。戦場で取り残されるわけにはいかない。


 そんな時、離れた場所から歓声のような声が聞こえた。

「なに……何がおきているの?」

「あれを!」

 騎士の一人が指差す方向は、敵の後方部隊の側面からわずかに開けた視界から見える味方の姿だった。


 その軍勢は、かなり近い。

「間に合わなかった……?」

 停止の合図が伝わらなかったのか、あるいは兵士たちが狂騒に巻き込まれて停止命令を聞かずに帝国兵へと突入したのか。

「陛下は!?」


「わからん! 御旗はここからじゃ確認できない!」

 もしヴェルナーが突入に参加していたら、それこそ敵の自爆攻撃に巻き込まれてしまうかも知れない。

「どうする、どうするのあたし……」

 イレーヌは、いっそのこと馬車を探して雷撃を打ち込み、味方兵士たちが影響を受ける距離に近づく前に、ブルーノごと馬車を爆破してしまうことも考えた。


 しかし、ヴェルナーの居場所が正確に把握できない今、迂闊に大きな被害が出る行為は避けるべきだ、と焦りで早鐘のようになっている胸を押さえ、イレーヌは大きく息を吐く。

「命令を受けないと……!」

 イレーヌは現状、自分たちだけではどうにもならない、と結局はデニスのところへと合流することを選んだ。


 戦況は、激しい衝突からラングミュア兵が圧倒的に押しているが、そこからまだ、大きくは動いていない。

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