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175.罠のはじまり

お待たせしました。

 ブルーノの部下たちよりも、斥候達の方が連絡をするのが早かった。

「敵本隊が動き出しました」

「方角は?」

「こちらに向かって街道沿いを進んできています」


「いよいよですな。如何なさいますか、陛下」

 ミリカンが声をかけると、ヴェルナーは斥候から具体的な位置などを聞いて地図に書き込むと、首を傾げた。

「まずはブルーノたちがどうしているかを確認したいが……」

「帝国兵に変装して潜入しているのですから、遠くから見たところで確認は難しいでしょうな」


 否定的なことをはっきり言ってくれるものだ、とヴェルナーはミリカンの性分に苦笑していた。一人の将として戦ってきた彼は、将が副官に求めるものを良く知っているのだろう。

「まとめて一網打尽に、といきたいところだったが、そうもいくまい」

「連中の自業自得ではありますが……」


「ミリカン」

 立ち上がったヴェルナーは、ミリカンの言葉を一部は認めつつ、採用できないことを伝える。

「王として立つ以上、犠牲の上にあることは承知している。俺自身、王になる為に大量の血を流してきたから、きれいごとを言うつもりも無い」


 無言で耳を傾けるミリカンは、否定でも肯定でも無く、ただ言葉が続くのを待っていた。

 対し、ヴェルナーはナイフや外套を自ら装備しながら、視線も向けずに話している。

「敵になるなら容赦はしないが、あくまで味方として行動する者を見捨てることはしない」

「素晴らしい正義感ですな」

「ちがうな」


 腰の後ろに固定したシースからナイフを抜き、刃こぼれやぐらつきが無いことを確認し、ヴェルナーは素早く納めなおした。

「それが民衆を味方に付ける方法だと俺は知っているからだ」

「ええ。ですが民衆は、部下たちは、それを陛下がお示しになられた正義と褒め称えますでしょう」


 その行動がどんな感情や計算から出たものであれ、結果として王が部下を救う判断をした。ミリカンはそれのみが重要であり、ヴェルナーもそれがわかっている。

「わしもしっかりと生き残って、陛下の“なさること”を伝えていかねばなりませんな」

「ああ、そうしてくれ」

 天幕を出たヴェルナーにミリカンが付き従い、外で待機していた騎士達も集まってくる。


 イレーヌやアシュリンは別での作戦行動から戻って来ていないが、半数はすでに監視活動を終えて戻って来ていた。

 とはいえ、数の上で不利であることは間違いない。

「真正面から迎え撃つ……なんて真似は、今回はできないな」

「はい。止めてくださいね、陛下」


 一人ごちたヴェルナーに釘を刺したのは、コルドゥラだった。

「死傷者が増えると財政を圧迫します。勝って、労働力を町へ戻せるようにしてください」

「……職業軍人ばかりなのだから、関連性はあまり無いんじゃないか?」

「大いにあります」

 一般の民衆を徴発するわけではないが、兵士達が若い男性であることには変わりがない。

 コルドゥラは彼らが生む子供たちの存在や、彼らの稼ぎで生活している家族、そして戦いの後は彼ら自身も警備などの労働に再度振り分ける必要があるのだ。


「傷病兵への手当金や遺族に対する年金などを考えれば、元気に働いてくれた方がずっと良いのです。たとえ一時的に戦勝祝いの宴会をやったりボーナスを出したりしたとしても……」

「おお、聞いたかお前たち! 勝てばコルドゥラ嬢が宴会とボーナスを許可してくれるらしいぞ!」


「ちょっ……!」

 困惑するコルドゥラの声をかき消すように、騎士達やその周囲で聞き耳を立てていた兵士達から歓迎の声が上がる。

「陛下……」

 困った顔で見上げてくるコルドゥラに、ヴェルナーは笑って見せた。


「締め付けばかりじゃあ兵士達も苦しいだろう。せめてそういう楽しみが待っていると知らせるくらい、許してくれ」

「許すも何も、陛下がそうおっしゃるなら」

「ありがとう」

 では、とヴェルナーは気を取り直して周囲の者たちに告げる。


「早々に撤退準備をする。他の連中を急いで呼び戻せ」


●○●


 ラングミュア軍の撤退は鮮やかだった。

 ヴェルナーの命令によって物資は一切残さず、多少なり村や町から物資を調達したとはいえ、帝国軍の大部分は餓えたままであることには変わりない。

 また、急いで進軍したことも兵たちの不満を溜める結果となった。

 当初の命令として数日は物資の補給のために留まり、半数は警戒任務こそあれど重い荷物を抱えて移動することも無いはずだったのだ。


 それが、周囲の村で兵たちが襲われたことでヴェットリヒは怒り狂い、また物資の状況からも急いで戦闘を終わらせて帝都へと引き返す必要ができてしまった。

 だらだらと重い足取りで行軍している帝国兵たちがヴェルナーらに追いつけるはずも無く、戦闘になるかも知れないという思いがさらに彼らの足かせとなっている。

 中でも唯一、わずかに安堵しているのはヴェットリヒの周囲を固める騎士達だ。


「ようやく、だな」

「ああ。現地についたら突撃の進言をする。あとは手配通りに。俺を巻き込むなよ?」

 小声で話し合っている騎士たちは、ヴェットリヒの様子をチラチラと見ながら馬車に詰め込んだ火薬によって上官ごとヴェルナーを爆殺することを相談している。

「だが、大丈夫か?」


 用意された導火線はあるが、それも途中で消えてしまう可能性があった。

 そうなれば火矢を撃ちこんで爆破することになるが、ヴェットリヒだけでなく戦闘部隊としての同僚たちもいるところへ攻撃せよと命じて、従う者がどれだけいるだろうか。

「心配は無い。少しばかり遠くを狙うように命じて、()()は俺たちで放てば良い。どうせ紛れてしまって、誰が撃ったものかまではわからん」


 そして行軍すること二日、彼らは野営地後をヴェットリヒの苛立ちの声と共に通り抜け、ようやくラングミュア軍が撤退しているところへ追いついた。

「ようやく捉えた! 時期は来た!」

 狂喜するヴェットリヒだったが、ヴェルナーの姿を探せと叫ぶ彼の声を聞いて騎士たちは馬上から冷静に目を凝らしていた。その顔には引きつるような笑みが浮かんでいた。


 いよいよ戦闘だと思いきや、ラングミュア王国軍は陣営を作るでも使者を出すでも無く、ただただ背を向けて逃亡していく。

「何を考えている……?」

「閣下。おそらく何か問題が起きたのでしょう」

「これは好機です。背後を襲い、敵の雑兵どもをかき分けて一気にラングミュア王を落としましょう!」


 警戒の色を見せるヴェットリヒだったが、副官たちが推す作戦行動の派手さに否応なく心が惹かれた。

 彼に必要なのは派手な戦果であり、それによって語り継がれる成果なのだ。

「……よし。全軍に突撃させろ!」

 ようやく策に嵌ってくれた、と副官たちが密かに笑みを浮かべる目の前で、ヴェットリヒは自分を殺すことに繋がる命令を下した。

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