表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
174/178

174.入れ替わり

お待たせしております。

「まじかよ」

 帝国兵たちの野営地へと潜入を果たしたブルーノは、想像以上に帝国兵たちが消耗していたことにも驚いたが、それ以上に帝国が狙っていることにも驚愕していた。

 野営地の外れに打ち捨てられたかのように置かれた馬車。その存在は当初からブルーノも気にしてはいたのだが、その存在理由を知って、焦燥感にかられる。


「隊長、どうします?」

「火を放って台無しにしますか」

 部下たちの言葉にブルーノは「馬鹿を言うな」と小声で叱責する。

「中身が火薬だという話が本当なら、火を点けて最初に爆散するのは俺たちだぞ」

 自殺でもしたいのか、とブルーノはこのまま帝国兵に混じって行動し、夜になってから詳しい調査を行うことにした。


 夜になり、ブルーノは部下たちを連れてかなり大胆な行動に出る。

「交代だ」

「ああ。もうそんな時間か?」

「知るかよ。そう言われたんだ」

 ブルーノらが帝国兵の一人に声をかけ、馬車の周囲を恐々と警備しているグループとそっくり入れ替わった。


 周囲の町や村に散開していることもあって兵の数は少なく、残っている連中にはやる気も無い。

 理不尽で朝令暮改もいいところの指示を繰り返し受けていた兵士たちは、交代の連絡を喜び、疑うことなくその場を後にした。

 ヴェットリヒら高官たちは馬車に近づこうともせず、ただ「誰も近づけるな。そして中は見るな」とだけ指示されている。


「……臭うな」

 馬車に近づくと、ブルーノは顔を顰めた。

 異臭の正体について、彼は嫌な記憶がよみがえった。戦場で幾度か嗅いだことがある臭いだ。

「死体だな。それも人間の」


「わかるんですか?」

「わかる。動物が死んで腐ったときの臭いとは違うんだ。理由はわからんが……こればかりはどうにも慣れないな」

 吐き気がする悪臭はブルーノが嫌な記憶を思い出す引き金となる。

 彼はヴェルナーが国王となる以前から第一線で活躍していた騎士であり、戦場も知っていた。


 帝国との戦闘も幾度か経験している。

 酷い時には敵中で孤立して、仲間たちの死体に囲まれて状況が好転するのを待っていたこともある。

 戦場に死体はつきものであるとわかっているが、打ち捨てられた仲間たちが腐敗していくのをただ見ているしかない状況は、耐え難い苦痛を伴う。


「とにかく、中身を確認しておく。お前たちは見張りをやってくれ」

「どっちの意味です? 馬車を見張る振り? それとも帝国兵が近づかないように?」

「両方だよ」

 せめてもの防臭として布を顔に巻き付け、ブルーノは妙に狭苦しい馬車の中へそっと入り込んだ。


「……灯りが欲しいが……」

 火薬があると聞かされて松明を灯すような真似はできない。ブルーノは部下の一人に言って、月明かりを剣で反射させて馬車の中へ光を通すように伝えた。

「目立つ真似をさせないでくださいよ」

「良いから、二人組で武器の話をしているように装っていろ」

 ブルーノはチラチラと反射する光を頼りに、暗い馬車の中を見廻していく。


 わずかな光だが、夜目に慣れてくるとそれなりに見えてくるもので、狭苦しいのは木箱が大量に積まれているからだとわかった。

「これが全部火薬だとしたら……」

 ブルーノは息を飲んだ。

 うっかり火花でも起こせば周囲が焼け野原になりそうな量だ。ヴェルナーの爆薬に威力は劣るが、発火はずっと簡単なのだとブルーノも知っている。


 万が一にも金属で火花でも起こるとまずいのは帝国も承知しているようで、木箱には釘などは一切使われておらず、板を組み合わせて、要所を何かの接着剤で貼り合わせている。

 そして、木箱に囲まれるようにして一人の死体が横たわる。

 死後かなりの時間が経っているのだろうが、土にも触れておらず簡単な防腐処理だけがされていたのだろう。中途半端に内臓だけが腐っているようだ。


「ひでぇな……」

 木箱の一つにもたれかかるようにして座っている死体は、皮膚だけが妙につやつやとしているが、瞳は落ちてしまって、口の中からもぞもぞと虫が這いだしてきている。

 外からの反射光がちらりと顔にかかると、虫たちは光から逃れるように逃げていく。

「……ん?」


 固定されているわけでもない剣の反射光でしかない。ゆらゆらと揺れている光が通り過ぎた瞬間の出来事だったが、ブルーノには何かが引っかかった。

「悪い。剣が揺れないように固定してくれ。もう少し右に……」

 指示通りにゆっくりと向きを変えた月明かりが俯き加減の死体を照らし、その風貌を照らしだす。


「……畜生め」

 垢じみて辛うじて服の体を成しているだけの布には見覚えが無いが、痩せこけているものの、特徴ある顔付きは知っている男の顔だった。

 ブルーノたちと共に森林国で囚われ、行方不明となっていた男、ジーモン・ヨアヒムだ。

「こういう再会は歓迎できねぇな」


 どっかりと座りこんだブルーノは、臭いも気にせず顔を覆っていた布を取り払い、真正面からじっと同僚の顔や身体を見据えた。

 最後に見た時よりも相当に痩せており、拷問でも受けたのだろうか、指先は折られて爪も残っていない。

 顔の表情はもう崩れてしまっているが、死因はどうあれ安らかであったとはとても思えない様子だった。


「お前の死を伝えなければならない御方がいる」

 ブルーノが言うのはヴェルナーのことだ。

 ジーモンの死を報告し、同時に彼の復讐について進言せねばならない。そうしなければ、ブルーノは納得できない。

 しばらく考えて、間もなく夜明けになろうかという時間になったところで、ブルーノは部下を一人呼び寄せ、馬車の中に入る様に告げた。


「どうしました……うわっ」

「声を抑えろ。今から作戦を説明する」

 ブルーノが決めた内容は無茶も良いところの無謀なものだったが、部下の反対を押し切って決行された。


 そして朝になり、ブルーノだけを残して他の部下たちは帝国の野営地から密かに抜け出した。必要な情報は全て集めたと判断したブルーノが、ヴェルナーへの繋ぎをつけるために逃がしたのだ。

 明け方、歩哨たちが交代する混雑に紛れる形で帝国の野営地から抜け出たラングミュア兵たちは、大きな荷物を抱えていた。


 それはジーモン・ヨアヒムの遺体である。

 代わりに、馬車の中にはボロをまとったブルーノが座り込んでいた。

「……このまま上手くいくと思うなよ……」

 呟きは誰にも聞かれず、ラングミュアの行動を知ったらしい帝国の兵が大挙して行軍を再開する中で、ブルーノは人の目が無いことを確認しながら一つの木箱にそっと手をかけた。

どうにも多忙の為、しばらくこんな感じですが、お付き合いいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ