173.混じり物
173話目です。
よろしくお願いします。
ブルーノの特攻は、帝国軍の兵士たちを混乱させるには充分だった。
彼らが気付いた時には、帝国兵は三分の一を殺されていた。
「何事だ!」
帝国兵の誰かが叫んだが、襲っているブルーノたちは誰一人答えず、村人たちを逃がそうともせずにただひたすら帝国兵を攻撃している。
人数の差は二対一程度まで縮まっているが、それでも村人たちを庇いながら戦闘ができる数はいない。
あえて村人たちを守る仕草を見せず、帝国兵たちの視線を自分たちに釘付けにする方法をブルーノは選んだ。
「くそっ!」
サーベルで敵の一人を貫いたブルーノだったが、相手を蹴り飛ばしても抜けなくなってしまった。
舌打ち交じりに柄を放って剣を手放した彼に、帝国兵は殺到する。
「ふぅ、頼む」
「お任せを」
ブルーノがするすると後退すると、それに引き寄せられた帝国兵が彼に向けて一列に並ぶ。
そこを、横からブルーノの部下たちが襲った。
「簡単に釣られるとは!」
少数を襲っていたはずが、その少数に良いように斬り伏せられて悲鳴を上げる帝国軍を、ラングミュア兵たちは飽きれたという様子で戦っていた。
帝国軍には大勢で戦うための大まかな戦闘隊形はあっても、少人数で戦うための戦術は浸透していないようだった。
それもそのはずで、帝国は常に蹂躙する側であり、数に任せて押し込むのが基本であったからだ。
基本的に専業の兵士たちで構成されるラングミュア王国軍と違い、民衆を兵役につけることで数を補ってきた帝国軍は常に暴走や逃走の危険と隣り合わせだ。
ゆえに、少人数に分かれて行動すること自体が少ない。
少人数で大勢に囲まれれば降参するほかないが、同程度の人数と戦うとなると、判断に困るのだろう。
ラングミュアでは少人数単位の行動から教えている。これはヴェルナーの前世での経験からのことだが、この世界ではまだ浸透していない。
しかし、ブルーノたちが頭数で足りていないのはいかんともしがたい。
ブルーノたちは正体を隠すために顔を隠し、ラングミュア兵としての装備はほとんど身に着けていなかったために正体は不明なままだが、一方的に数を減らされた帝国側のうち、数人は背を向けて逃げ出した。
ここにいる者たちのリーダーは既に死んでおり、彼らを止める者もいなければ、守るべき物も無いのだ。
「まずい、追え!」
「ちぃっ!」
ブルーノたちは逃げた敵がそのままどこかへと逃げてしまうなら良いが、これが本隊へと連絡に向かっては不味い、と追いかける。
うち幾人かは背後から斬り伏せて止めることができたものの、二人程を逃がしてしまった。
「畜生! やらかした!」
村へ戻り、覆面さながらに顔を覆っていた布をはぎ取りながら地面を蹴りつけるブルーノを、村人たちは恐々と遠巻きに見つめている。
彼らはブルーノたちの正体が掴めずにいるのだ。帝国兵を蹴散らすあたり、盗賊の類かも知れない。
「隊長、どうします?」
「あー、どうするか。他の帝国兵連中はどうした?」
「死にましたよ」
ブルーノの前にいた部下は、帝国兵たちの死体を集めた場所を指差した。
全員が先ほどの戦闘で受けた傷が原因で死亡しており、話を聞き出すなどは不可能になった。
「あの……」
「うん? ああ、村の連中か。騒がせて済まない。俺たちは、ラン……」
「隊長!」
「そうだった、そうだった」
ラングミュアの国名を出すのはまずい、と部下にとめられ、ブルーノは頭を掻いた。
「ま、正義の味方だとでも思ってくれ。怪我人は?」
「数人が殴られましたが、大したことではありません」
まだブルーノたちに対して半信半疑といった様子を見せる村人に、ブルーノはそうだ、と思いついたことを口にする。
「こいつらの装備をはぎ取ってしまおう」
言うが早いか、ブルーノは背格好が近い一人の死体から手早く鎧を剥ぎ取って、手早く着込んでいく。
「お前たちもきれいなのを選んではぎ取れ」
「どうするんですか?」
「帝国兵本隊に潜入して、俺たちの情報が回る前に押さえるか、間に合わないなら敵の動きを掴んで、ヴェルナー陛下にお知らせする」
ヴェルナーの名前を出す前に、村人から離れてブルーノはそう宣言した。
それを聞いて、部下たちは顔を見合わせ、微妙な顔で問う。
「それって、一歩間違えば陛下が帝国軍を爆破するのに巻き込まれませんか?」
異口同音に部下が言うと、ブルーノはしばらく空を見上げて宣言する。
「一人連絡に送ろう。“味方がいるから、合図があるまで爆破はやめてくれ”ってな」
●○●
「何をやっているんだ、あいつは……」
ブルーノからの報告を受け取ったヴェルナーは、最前線として予備兵力を並べた場所で椅子に腰かけたまま目を覆った。
実際のところ、彼の下には敵本隊の動きは常に連絡が入っており、彼らが今は動いていないこともわかっているし、動き出せばすぐにわかる。
戦場の状況は刻一刻と変わる。
それを知っているヴェルナーが、敵の監視を怠ることは無いのだ。
「あの馬鹿者め。命令違反のうえに勝手な真似をしおって」
ヴェルナーの後ろに控えていたミリカンは、苦い顔をして報告に来た兵士を見下ろしていた。
「やっぱり怒られる」
と内心で思っていた兵士は、当初は危険な潜入任務から外れたことを幸運だと思っていたが、今では真逆の感想を抱いていた。
歴戦の騎士で多くの騎士を育てて来たフリードリヒ・ミリカンと全き実力によって王位を手にした最強の王ヴェルナー・ラングミュアの二人が、彼の報告に不機嫌な表情を見せているのだ。
二人を怒らせて無事に済むとは思えず、平伏したままで震えている兵士に、ミリカンは顔を上げるように言った。
「それで、連絡はどうする予定なんだ?」
「狼煙か、別の者が抜け出してここへ送る、と」
「無理だな」
ヴェルナーは断言した。
平民の兵士たちは訓練が浅い者が多い。厳しい監視がいなければ逃げ出す可能性も高い。兵士たちに対する監視の目は強く、ブルーノたちが当たったグループは実入りが少ない村だったために多少緩かったに過ぎない。
本隊であれば、それも重要な作戦を行うというのであれば、兵士が逃げないように騎士を配置するだろう。
「抜けだせるものか。ったく、敵の本隊にこっちの動きが知られた可能性があり、敵の中にこっちの味方が敵に変装して混ざっているとはな」
「状況が酷すぎて笑えるほどですな」
「ミリカンが言う通りだ。あっはっは……はぁ……」
引きつった笑いのあとで大きくため息を吐いて、ヴェルナーは背もたれに身体を預けた。
敵の中に少数の味方がいるとなると、真正面からぶつかって混戦になるのも不味い。こちら側はうっかり味方を攻撃してしまう可能性を考えるとろくに動けない。
「ミリカン」
「はっ」
「仕方が無い。作戦変更だ」
ヴェルナーはこのまま敵を消耗させてから消耗した敵に対して一気に攻撃を加えることを考えていたが、逆に待ち構えることにした。
「俺自身を囮にする。俺に向かって総攻撃してくるなら、その間にそっと抜け出す暇くらいは作れるだろうし、あいつらなら俺が爆薬を設置している場所がわかるだろう」
「致し方ありませんか……」
ミリカンは危険だと止めることも考えたが、ヴェルナーに対しては諫めるよりも見守ることが重要だと思っていた。
もっと言えば、余計な手出しをするよりもやりたいようにやっている彼を近くで見ている方が『楽しい』と気付いたのだ。
ヴェルナー・ラングミュアは危険の近くにあってこそ輝く王なのだ。
新たな作戦行動について部隊の整理を行いながら、ミリカンはブルーノが戻ったらどんなペナルティをくれてやろうか、と頭を悩ませていた。
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