172.略奪と監視者
お待たせして申し訳ありません。
「どうなっている! ここは村があるはずだろう!」
「そ、そのはずですが……」
「貴様には、ここが村に見えるのか! 誰も人がいないではないか!」
怒鳴りつけるヴェットリヒが指差す先は、本来農村があったはずの場所だ。
近くに大きな川があり、豊かな水量に支えられた土壌は多くの実りをもたらす。
しかし今は、無人となっていた。
それだけでは無い。建物の中には家具だけが残され、衣類や食料は根こそぎ持ち出されている。
収穫時期だったのか畑はどこも綺麗に刈り取られており、他の村々と同様、備蓄を貯蔵する倉庫も空になっている。
副官が檄を飛ばす中で帝国兵たちは虱潰しに探して回ったが、結局は食料を見つけることができなかった。
唯一、井戸の水が使える程度だ。
「ちぃっ! 帝国臣民として、皇帝陛下の庇護を受けて生きて応える農民風情が、栄光ある帝国軍の進軍を阻むか……!」
噛みしめた口の端から血を流す程に怒り狂ったヴェットリヒだったが、このまま進軍しても無理が出ると分かる程度には冷静だった。
村人が居なくとも建物はある。
食糧は無いが水はある。
「……兵たちを休ませろ。交代で休息を取らせながら、いくつかの部隊を周辺に出して村人連中がどこに消えたのか探させるんだ」
「ですが、国境での作戦は……」
「その作戦に支障が出る可能性があるのがわからんのか!」
村がつい最近まで使われていたことは、炉などの状況を見れば明らかだった。ヴェットリヒはどうにかして村人を探しだし、見せしめに物資を奪って殺害すると宣言する。
副官はヴェットリヒの無茶苦茶な命令に従った。
そうでもしなければ食料は早晩底を突く。水があるだけマシではあるが、それでは兵士達が不満を溜めこみ、いざという時に役に立たないどころか、逃げてしまう可能性すらあった。
グリマルディからの陽動船団が来て攻撃を加えている間に、どうにかヴェットリヒを国境まで連れて行く必要がある。
兵士達は食糧が無いことに対しては不満たらたらであったが、狭い家での雑魚寝になるとはいえ、屋根のある場所で眠れるのは大歓迎だった。
天幕がある士官たちとは違い、雨ざらしで眠る兵士達は体力の限界だったのだ。
さらには村人の捜索や休息の為にまる二日は待機状態になると聞いて、久しぶりの休息に一同は水で祝杯を挙げる。
「暢気なものだな。一兵士には我々指揮官の苦労というのは理解できないか」
「そのようで」
ヴェットリヒの言葉に同意を示しながら、副官は兵士達の気持ちがわかっていない上官の方もどうか、と内心で舌を出している。
村長の家らしき一際大きな建物を占有したヴェットリヒは、休むとだけ言って副官に残りの命令を押し付けて寝てしまった。
「……あるいは、ここで殺しておいた方が良いかも知れないな」
あくまでヴェルナーと刺し違えてもらうための餌でしかないが、行軍一つまともにできないでは先が思いやられる、と副官は部隊長たちを集めて命令を下した。
「近隣にある村や町へ部隊を分ける。規模によって一部隊から三部隊に別れてもらう」
「また食糧調達ですか? 金もないのに」
「金は要らない」
拾った石出地面に街道地図を書き、そこに村や町の場所を書きながら、副官は集まっている部隊長たちに告げた。
「略奪しろ。根こそぎ集めて良い。抵抗する連中は全て殺せ」
苛烈な指示だった。
そこまですれば、彼らは帝国臣民の敵になるかも知れない。
だが、副官は心配無用だと続ける。
「全ての悪名はヴェットリヒ大将が負う」
●○●
「ひでぇことをしやがる」
いくつかの部隊に別れたヴェルナーの軍の中で、一際士気が高いブルーノの部隊は、荒野の起伏に上手く身を隠しながら帝国兵の動きを観察していた。
近くの場所から派遣されてきたらしい帝国の部隊は十数名だったが、百名程度しかいない小さな村を襲うには充分な人数だった。
最初は恫喝から入り、それでも差し出せる物が無いと分かるや否や、兵士達は襲撃者と化した。
剣や槍を突き付けられた村人たちは抵抗する手立ても無く、一か所に押し込められて監視をつけられ、残った兵士達が村の建物を一軒ずつ改めて行く。
今日明日食べる者だけでなく、備蓄や栽培用の種や実までも収奪していく様は、装備が整った野盗と変わる所が無い。
「どうします?」
「どうもこうも。今出ても負けるかも知れん。それに、作戦は正午からの予定だ」
ブルーノは手元に立てた木の枝を見て、影が完全に短くなるのを待っていた。
全ての部隊が同時に動き出すのが前提の作戦であり、それまでは村人がどうなろうと観察していなくてはならない。
隠れているだけなら良かった。
起伏や遮蔽物に隠れて息を顰める訓練は、ヴェルナーが実権を握った頃から取り入れられて、ブルーノ以下全員が嫌と言う程訓練してきている。
土にまみれて隠れているのは貴族のやることでは無い、と反発した者たちもいるが、ブルーノはすんなりと受け入れていた。
生き残る手段として、隠れるのは当たり前だと思っていたからで、しかもそのための有効な方法となれば、知っておくにこしたことはない。
しかし問題はあった。ブルーノの忍耐の限界だ。
「……ちっ!」
「監視を変わります」
「いや、俺が見ているから、休憩していろ」
村人の一人が酷く殴られたのを目の当たりにしたブルーノが舌打ちすると、部下の一人が気遣う。
悪辣な作戦だ、とヴェルナーは言っていた。
敵国の国民だからと言って、暴力を受けたり物を奪われたり、場合によっては殺害されたりする可能性もあるのに、見過ごさなくてはならない。
それでも、一部が襲われれば敵が戦力を一か所に集めてしまうかも知れない。それでは戦闘の規模が大きくなり、ラングミュア王国側も損害が大きくなる。
今回は分散した敵に対してこちらも分散し、少数の部隊で攪乱しながら敵の足止めをすることが目的だった。
その間に、宿営地に残っている敵本隊を数で勝るラングミュア兵が押し包んで殲滅する。タイミングが狂えば、宿営地を襲っている部隊が背後から襲われる格好になってしまうのだ。
「陛下のお考えはわかる。わかるが……」
一兵でも逃せば、ラングミュアの動きを知った敵本隊に戦闘準備を急がせてしまい、襲撃に対して反撃されやすくなる。敢えて敵部隊が分散する昼間を狙ったことが裏目に出ることも考えられるのだ。
それは、ブルーノも理解していた。
「いやあっ!」
「やめろ! やめてくれ!」
悲痛な叫びがブルーノの耳にも届いた。
村の若い娘が「何か食い物を隠し持っていないか」と帝国兵たちに押さえつけられ、服をはぎ取られているのだ。
もちろん、検査など建前で、兵たちが獣欲に突き動かされてのことだろう。
その様を見せつけられるようにして座らされている男性は、もしかすると女性の夫かも知れない。
首元に剣を突き付けられ、それでも必死で制止を希う。
「……これを見ても、我慢しろってのかよ」
「隊長……そういえば、陛下は“一兵でも逃がせば失敗する”と仰られていたそうですね」
突然の部下の確認に、ブルーノは目を丸くして、すぐに細めた。
「そうだが……まさか、お前ら」
「敵は少数です。我々が半数でも、帝国兵相手なら一兵たりとも逃がしませんよ」
「我々だって限界です。このままじゃ、あの男は殺されちまう」
助けましょう、と部下たちの言葉に心を揺さぶられながら、ブルーノは視線を村へと戻した。
女性が、とうとう兵士の一人に覆いかぶさられていた。
「……二人は向こう側へまわれ。二人は俺に付いて来い」
「応っ」
小さな応答が妙に腹へと響くのを感じながら、ブルーノは伏せていた場所から村へ向けてそっと移動を開始した。
お読みいただきましてありがとうございます。
活動報告でも書きましたが、長いおやすみの間に、公募用を二作ほど書いておりました。
『選ぶ未来が重すぎます! ~異世界で選択者に任命されました~』(とうみとお名義)
『封印されし邪神の彼女』(井戸正善名義)
の二作品です。
前者は完結済み、後者は集中して更新中です。
今後は後者を更新しつつ本作及び『よみがえる殺戮者』を更新していきますが、
更新日時は不定となります。
邪神彼女が一段落したところで、ローテーション組み込み予定です。
あと、『月刊・魔王』の新話を途中まで書いているので、書きあがり次第アップします。
今後ともよろしくお願い申し上げます。




