171.見捨てる覚悟
171話目です。
よろしくお願いします。
アーデルがグリマルディ王国内で後方攪乱作戦を実行に移し、オスカーが準備を済ませてラングミュア近海でグリマルディ王国の先発船団を待っていたころ、ヴェルナーが率いるラングミュア王国軍本隊も作戦の総仕上げを迎えつつあった。
「……疲れました……」
言葉の通り、すっかり疲弊している様子のコルドゥラ・ホーホに、イレーヌがそっと紅茶を差し出した。
礼を言って受け取ったコルドゥラは、紅茶が飲みやすい温度にまで冷ましてあることに気付いた。
「お気遣い、ありがとうございます」
「いえ。ここまで大変でしたから……」
イレーヌとて暇と言う訳では無かった。コルドゥラの指示に従って物資購入と斥候を行う部隊の一つを任され、昼夜問わず移動を続けていた。
ヴェルナーの護衛もアシュリンら騎士たちと交互に行っていたのだが、その時間が休息にも思える程には多忙な日々だった。
コルドゥラの発案は、一言で言えば焦土化作戦だ。
と言っても、自国の領地でもない場所で住民を逃がすわけにもいかず、襲撃するのも今後ラングミュア領として接収する可能性を考えると後々の問題になる可能性も高い。
ちびちびと紅茶を飲むコルドゥラを横目に、ヴェルナーはミリカンら主要な戦力を軍議に集め、作戦の最終説明を行う。
「そこで、コルドゥラ嬢は合法的に余剰物資を購入することにしたわけだ」
備蓄を蓄えておきたいという村もあったが、出入りしている商人を通して購入することで信用を得るのと、一つ条件を付けた。
「必要があれば、元の金額の三分の二で同量の食糧を売る、と」
「しかし、それではかなりの損害が出るのではありませんか?」
帝国の人々を安心させるためとはいえ、あまりに太っ腹にすぎないかとミリカンは不安を述べた。
だが、コルドゥラとしてはこれくらいの利益幅が無いと商人は動かない、と言い、ヴェルナーもそれを認めた。
「こちらの補給線はまだ健在だが、新鮮な食糧が手に入るのは大きい。それに、ある程度俺たちが情報を流したこともあって町や村には帝国の軍が道中でほとんど奪うような形で食糧を集めていることを知っている」
奪われるくらいならば現金に換えておいて、必要な時に購入した方が被害は少ない。もし約束を反故にされたとしても、金は残るのだ。
「そしてこれから、第二段階に入る」
ヴェルナーは周囲にいる者たちを見回してから、テーブルの上に簡素な地図を広げた。
これは斥候たちの情報をもとに、周囲の町や村の位置などを書き込んだものだ。
「すでに敵はかなり近くに来ている。だが、その速度は相当に遅い」
食糧の供給が追い付かなくなりつつあり、野営をしては周囲の村に兵士達を派遣してかき集めるということを繰り返しているせいだ。
「それも限界に来つつある。すでに武力を行使した連中も出始めたようだ。……そして、その情報は他の町や村へと伝達されている」
その伝達役は、ヴェルナーたちが仕事を任せた商人たちだ。
多少の金を握らせてはいるが、商人たちは自分たちがラングミュア王国と帝国民との間で利益を得られる機会だと知っているので、積極的に帝国兵の悪さは伝えていく。
そうなることを見越しての作戦であり、やろうと思えば村人たちを救うこともできるだろう。
だが、敢えてそのままにする。
その罪悪感をコルドゥラは自分一人で抱えようとしていたが、ヴェルナーはそれを止めた。これは彼の名前で発令される作戦なのだから。
コルドゥラ自身は記録に残すことを了承したが、ヴェルナーはその覚悟を認めるのみにして、密かにコルドゥラではなくヴェルナーの発案であると書き換えさせている。
「すでにいくつかの小さな村では可能な限りの物資を売却して村を放棄している。また、逃散も難しい町では門を閉ざして兵の訪問を断ることを考えているらしい」
「それでは、帝国兵からいらぬ疑惑を抱かれるのではありませんか?」
ミリカンの心配を、ヴェルナーは「もっと悪い状況になる」と断言した。
「餓えた兵士達が、食糧を出さないどころか門を閉ざした相手に何をするか……」
いよいよ略奪は本格化する、とヴェルナーは予測している。
「第二段階は、それら略奪者をしまつしていくことだ」
いくつかの町に印をつけたヴェルナーは、それぞれの町へ配置する人員を選別するようにミリカンに命じる。
「各個撃破を行い、敵の戦力を最大限まで削る。そして本隊が丸裸になったところで、一気にカタをつけるぞ」
その日の夜、ラングミュア兵たちはそれぞれの部隊長に従って、帝国内の町へと分散していった。
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