17.それぞれへの命令
17話目です。
よろしくお願いします。
ヴェルナーは兵士……いわゆる軍人が消耗品扱いされる事に対して、歓迎はしないが理解はしている。
戦争で軍人は単なる数で数えられ、それぞれの意思や希望や人生などは一切考慮されない。作戦が失敗すれば何人か、あるいは何十人か何百人か。とにかく数字として大体の人数を計上してお終いだ。成功しても同じ。目的が達成できたか否か、損害は許容範囲内か否か。
元傭兵として、自分が赴く戦いに理由を求める事をしないヴェルナーではあるが、部下を行かせるならそれだけの責任を負って、勝てるだけの準備だけはしたいと思う。
では、スド砂漠国のミルカ王子はどうだろうか。
何の勝算も利益もなければ、わざわざ砂漠を越えてラングミュアへと攻め入る事はしないだろう。
「いや、勝算や利益などは、ミルカにとってどうでも良いことかも知れない。もっと酔狂で理解しがたい何かを求めている可能性もあるな」
それは何かと問われると、ヴェルナーも答えなど持ち合わせていないのだが。
「いずれにせよ、今回は俺の出番はないだろう」
他国からの侵攻であると最初から分かっているのだ。ラングミュアは王国軍と諸侯軍で迎え撃つだろう。
しかし、それでは先日ミルカが言っていたような“ヴェルナーの戦功”にはならない。
「何かが引っ掛かる……」
オットーからスド砂漠国による侵攻の報を受けてから、ヴェルナーはあれこれと考えを巡らせていたが、現状は父である王が動くのを見ているしかない。
「一先ず、俺は様子を見ているしかないな」
君子危うきに近寄らず、と静観を決め込むつもりだったヴェルナーだが、危機は何も待っているだけではなかった。
「ヴェルナー様」
考えを整理するつもりで腹筋をしていたヴェルナーに、オットーが話しかけた。
「今、陛下からの使いが訪ねてこられました」
「ああ。気づかなかったな。で、父上から何か連絡か?」
普段はいないもののようにヴェルナーを扱っている王なのに、珍しいと思いながら、腹筋をやめずに問う。
「すぐに謁見の間に来るように、との事でした。式典用の衣装にて、との事です。……ヴェルナー様?」
思わず脱力したヴェルナーが、音を立てて床に後頭部を打ちつけた。
「痛ってぇ……。式典用だと? 何か命令でもするつもりか」
「そこまでは、使いの騎士も知らぬようでした。さあ、すぐに汗を流してくださいませ。私は衣装と何か冷やすものを用意いたします」
「ああ、頼む」
●○●
「おや、お前まで呼ばれるとはな」
謁見の間に入ったヴェルナーを迎えたのは、真正面に玉座の王。両サイドにずらりと並ぶ文官と武官たち。そして兄マックスだった。
マックスの声を無視して、ヴェルナーは隣に並んで王に対し跪いた。
「生意気な……」
「静粛に!」
進行を行う近衛騎士の声がマックスの悔しそうな声をかき消した。
掛け声に合わせて王に向かって文官は一礼し、武官は敬礼をする。ヴェルナーとマックスは跪いたままだ。
「皆、聞いていると思うがスド砂漠国が我が国へと侵攻を開始した。……侵攻といっても、百に満たぬ兵数だがな」
王の言葉を受け、謁見の間は冷笑がさざめいた。
ヴェルナーがちらりと視線を上げると、隣のマックスも笑みを浮かべており、その向こうに姿が見えるマルコーニは、たっぷりと汗をかいている。
「だが、いかに少数とはいえ我が国を侵犯したこと許せるものではない」
然りという声が武官の列から上がり、王は手を上げて制した。
「マックスよ」
「はい。父上」
笑みを浮かべて顔を上げたマックスに、王は無表情のままに言葉を続けた。
「来年には、お前も十五歳……成人だな」
「はい」
「立太子の式典で発表するにはちょうど良い武勲となろう。スドの愚か者たちの死体を、お前が次期王として立つための礎とせよ」
「はっ! 必ずや、連中が二度と砂を踏めぬように対処いたします」
拍手と歓声が響く中で、マックスは王から直接命令書を受け取った。
ヴェルナーは、想像していた以上にあっさりとミルカの狙い通りに事が進んでいくのを感じながら、ここで自分も参加させろと言うべきではないかと考えていた。
尤も、戦いは物量が大きく物を言う。王が掴んでいる情報通り、スド砂漠国の兵力が百に満たぬ人数であれば、王国の兵力に潰されて終わりだろう。
ミルカは何を考えているのか。
ヴェルナーの思考が再びミルカ王子に向いたところで、王は一人の名を呼んだ。
「カール・ブシュケッター」
「はっ!」
呼びかけに応じ、武官の列から一人の偉丈夫が進み出た。
「お前にマックスの補佐を任せる。用兵の何たるかを息子に教えてやってくれ」
「はっ。マックス殿下の御為、ひいては王国のためにこの身を捧げます!」
良く通る声が響くと、王は頷き、再び拍手が巻き起こる。
カール・ブシュケッターは侯爵家の次男として生まれ、主に国内での反乱平定で活躍してブシュケッター家の分家として伯爵の地位を得た人物だ。
ラングミュアの民衆からの搾取は彼による民衆弾圧の苛烈さによって植えつけられた恐怖心が手伝って、大きな破綻をきたさずに済んでいるという見方もある。
それほどに敵と判断した相手には残虐性をむき出しにした方法を好んで使う人物だが、兵を指揮し戦果を上げる能力は大きい。
民衆の恨みを一身に背負っている人物である。ヴェルナーが王座に就いた時は真っ先に処分する予定の男だった。彼を始末するだけで、民衆の人気が得られるのだから。
「さて、ヴェルナーよ」
「はい」
王が声をかけると、一度盛り上がった謁見の間は静かになる。
「お前には別の任務を授ける」
ヴェルナーへの命令には、拍手も歓声も無い。
「王都内に不逞な輩がいるようだ。我々王族を廃し、大衆による国政を立ち上げようという愚かな者たちだ」
「なんという無礼な!」
「そのような無知蒙昧の輩がいるとは……」
王の言葉に、それぞれ怒りや嘆息が聞こえると、王はそれを制して言葉を続ける。
「ヴェルナー。お前にその愚かな連中を見つけ出し、始末することを命じる。王の座を狙う愚か者に死を以てわからせてやるがよい」
なるほど、とヴェルナーは王が態々自分を呼び出して、町の反乱勢力排除を命じた理由を理解した。
王はヴェルナーの能力と成果を見て、兄を排斥する考えがあると危惧しているのだろう。殊更王座を狙う者を悪しざまに言うのも、マックスや他の者たちがいる前で伝えたのも牽制のつもりであろう。
「わかりました。おまかせを」
「任せる。兵については好きにせよ」
自由に選んで連れて行けという意味ではない。自分で口説き落とせる範囲でやれと言っているのだ。
「かしこまりました。王による支配こそ最上であると、思い知らせてやりましょう」
それはヴェルナーの本心であった。だが、誰が王に相応しいかは明言しない。
王が退室すると、マックスは立ち上がりヴェルナーを見据えた。
「兵ですらない平民相手であれば、お前程度の能力でも問題無いだろう。せいぜい腕を磨き、将来の王である俺の役に立てるように努力することだな」
残っていた貴族たちが同調して嘲る声を聞きながら、ヴェルナーは無言で謁見の間を後にした。
●○●
「王政の撤廃ねえ……」
何百年か早い、と一人で廊下を進みながらヴェルナーは考えていた。
民主主義国家で育ち、その陣営で戦ってきたが必ずしもそれが最上であるとは思っていない。個人的に自分の良いように国を動かしたいという願望もそうだが、今のラングミュアで民主制度ができても、まともに政治家を選ぶ素地など誰も持ち合わせていない。
王ですら“王の座を狙う”と言ってしまうほど、民主制度の考えは全く一般的ではなかった。
それも当然の事で、民主主義を行う最低限度の教育がなされていないのだ。ラングミュアに生きる多くの民衆にとって政治は王や貴族が行うものであり、日々の暮らしに無関係な事だ。
「たとえ誰かが民衆の手に政治を、と求めたところで、それだけの余裕がある者がどれほどいるかな?」
声が上がっていることが事実だとしても、それは民衆弾圧の苛烈さに耐えきれなくなった一部の声に過ぎないだろう。だが、結実は難しい。世界はそれを受け入れる準備ができていないのだ。
「少なくとも、俺が王となってから在位している間は、そういう連中には大人しくしていてもらいたいものだ」
自室へ戻ったヴェルナーは、この機会を利用させてもらおうと考えていた。マックスは城を出て危機に晒される。ミルカの正確な狙いは不明だが、どうせなら自分に有利になるように使うべきだろう。
「おかえりなさいませ。陛下の御用はいかがでしたか?」
迎えたオットーに王からの命令書を渡す。
「民衆による政治……そのようなことが可能なのでしょうか?」
「可能だろう。実際に俺の前世ではそれが主流だった」
動きやすい服に着替え、ヴェルナーは帯剣して用意を整えた。
「だが、少しばかり早いな。この国が数百年経って、まだ残っていたなら王の下に議会ができ、いずれその議会が民衆の手による物になるかも知れないが」
あるいは、革命によって血が流れた結果として民主主義が生まれるかも知れない。
「だが、今考えるべきは、俺もお前もいないようなずっと未来の話じゃない。今から始まる戦いの事だ」
スラムのグンナーたちに依頼した標的の捜索は、わずか二日で完了した。
「あいつ、思った以上に優秀だな。字は汚いが」
「ヴェルナー様。文字が書けるだけ、優秀な人材かと」
「それもそうだな」
グンナーの報告によると、組織は小さなもので、人数は三十人に満たないようだ。民主主義というものを周囲に理解させるのは、やはり難しいらしい。
「では、さっそく向かうとしようか」
ヴェルナーは彼らの拠点を急襲し、抵抗するなら殲滅するつもりだ。
情報通りであれば、それは簡単な任務で終わるはずだった。組織の構成員は兵士の経験すらない平民たちばかりだからだ。
ファラデーたちを引き連れ、自ら情報にあった場所へと踏み込んだヴェルナーは、信じられないものを見た。
「……なぜお前がここにいる」
「久しいな、ヴェルナー殿」
まるで首魁が彼であるかのように、スド砂漠国第一王子ミルカが集団の中央に座り、見覚えのある美女を侍らせて微笑んでいた。
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