169.始まっていた動き
169話目です。
よろしくお願いします。
現在のグリマルディ王都にて王城代わりに使われているのは、普段迎賓館として使われている建物らしい。
一時は別の場所を使っていたようだが、迎賓館の一部改装が完了し、本格的に王城再建までの数年間、ここを利用するということになっている。
案内の兵からその説明を聞いているアーデルは、城の再建よりももっと進めるべきことがあるだろう、と他人事ながら頭が痛くなってきた。
「権力者というものは、自分の周りに火が点かないと危機を知ることが無い、なんて聞いたことがあるけれど……」
火が点いて、自分たちの周りが焼けてもなお、この暢気さである。
ヴェルナーや帝国が一過性の災害か何かだとでも思っているのだろうか。常に注視しておかねば、今度は自分の身体に火が点くことになるだろうに。
「何か?」
「いえ、何でもありません」
「そうですか。では、こちらが控えの間です。こちらでお待ちの間、何かあれば、廊下にいる者にお知らせください」
「はい。ありがとうございます」
思わず小声ながら口に出てしまった言葉をごまかし、アーデルは案内された部屋へと入る。
「では、しばらくお待ちください」
兵士が立ち去ると、アーデルは閉ざされた扉にそっと近づき、廊下の様子を確認する。
護衛……というよりは監視として、二人の兵士が立っている。
そして、部屋の反対側へと向かって、今度は窓から外へと目を向ける。
元は客室であったのだろう。貴重なガラス戸がはめ込まれた二階の窓からは外で待機しているラングミュア兵が見える。
軽く手を振ると、顔を上げた兵士と視線が合う。
だが、すぐに兵士は目を逸らした。表にいるグリマルディ兵に気づかれぬようにするためで、アーデルの方を確認はしているはずだ。
それを信じて、アーデルは三本の指を立てて軽く揺らして見せる。
答えるようにラングミュア兵が小さく頷いたのを確認し、アーデルは部屋の中へと戻った。
口の中で三十秒、ラングミュア兵に指示した時間を示しながらだ。
カウントが終わらぬうちに該当を脱ぎ去り、隠し持っていた手甲を片腕だけに取りつけ、短い剣を腰に提げる。
申し訳程度の防御力しかないが、無いよりはましだと用意されていた鉢金を頭に取りつけ、アーデルの戦闘準備は整った。
「では、始めましょうか」
自分に言い聞かせるように呟き、ゆっくりと深呼吸を一つ。
その間に三十秒が立ち、そろそろ外のラングミュア兵も予定通りの動きを開始したはずだ。
「すみません。ちょっとよろしいですか?」
お嬢様然とした、作ったような声音で扉の外に問いかけながら、アーデルは素早く扉の脇に潜む。
「どうかしましたか? おや、どちらに……」
扉を開き、用件を聞きに来た兵士は、首に伸びたアーデルの手に反応するよりも早く、喉を焼き切られて死んだ。
周囲にタンパク質が焼ける臭いが漂い始めた瞬間、アーデルは「大変!」と声を上げ、異常を察したもう一人の兵士が駆け込んできた。
「どうした!? あっ……貴様!」
同僚と同じ運命を辿った兵士は、それが最期の言葉となった。
扉を閉め、冷静に二つの死体を物陰に隠したアーデルは自らの装備に異常が無いことを確認して、赤熱する腕を冷ます。このままではドアノブすら触れない。
「まずは最初の問題はクリア。次は……」
「む。護衛はどこへ行った?」
アーデルが扉の前に近づくと、廊下を歩いてくる足音が立ち止まり、兵士たちの姿を探しているらしい男性の声が聞こえる。
「まったく、城が無くなってから陛下の身辺を固める人材に精彩を欠くな」
ため息交じりに、男性がノックをする。
「はい。なんでしょう」
声音を調整しながらアーデルがノックに応えた。
「お連れの護衛の方がお呼びです」
「申し訳ありません。良く聞こえないので、中へどうぞ」
少し大きめの声でアーデルが答えると、「失礼」と一言断りながら男性が入って来た。
兵士というわけではなく、文官なのだろう。武装していない、痩せた人物だ。
「お連れの護衛の方が……」
言いかけたところで、アーデルに捕まった男性はすぐに口を塞がれた。
今度はアーデルの赤熱魔法は使われていないが、先ほど兵士たちを焼き尽くした余熱は充分に熱い。
涙を溜めた目で懸命に自分を拘束するアーデルへと目を向けようとするが、背後でがっちりと首と片腕を固定している彼女の姿は見えない。
「お行儀悪いけれど」
と、アーデルは扉を蹴って閉ざす。
「少しお話を伺いたいのだけれど、よろしいかしら?」
返答はイエス以外は許さない、とアーデルは吐息がかかりそうな距離で男の耳元に告げる。
男が震えながらどうにか首を縦に振り、アーデルはそっと手を緩めて口元だけを自由にする。
ひねり上げられた腕と首に回された腕はそのままだが。
「こ、これは……」
「貴方からの質問は聞かない。私の問いに貴方が答えることだけを許すわ」
「うぅ……」
沈黙は了承と見做し、アーデルは問う。
「グリマルディ王国が帝国に協力しているのは知っているわ。そして今、兵士を派遣する用意をしていることも。目的は何?」
それがラングミュアへ向かっていることまでは知っているが、嘘を吐かないかどうか、そして彼がどの程度の情報を持っているか確認するためにあえて聞く。
そして、答えは思ったよりも素直に得られた。
「て、帝国が何をするかはわかりませんが、ただ兵士たちはラングミュアへ向かって、示威行動を取るだけで良い、と」
「挑発するだけ? でも、反撃があれば戦闘になるでしょう?」
「その場合はすぐに逃げることになっています……お願いですから命だけは……」
「大の男が、情けない」
全身を振るわせて泣きじゃくる男を放り出し、アーデルはうつ伏せに倒れた相手の背中を踏みつけた。男が涙以外も流しているのに気づき、鎧に付くのを嫌ったのだ。
「ぐえっ」
「それだけで帝国に何の利益が?」
「そこまではわかりません。でも、今のグリマルディにそれ以上はできませんよ……」
本格的な戦線を維持するだけの金も物資も無い、と男は半ばやけになってグチを零した。
「あの……そろそろ……」
「もう一つ」
まだ質問が終わらないと知り、男は絶望的な表情で這いつくばる。
「計画はいつから?」
「もう始まっています……なんでも、帝国から急かされていて、武器を調達する部隊と先行部隊を分けたとかで、もう事務方も大混乱で……」
武器を買う余裕なんてほとんどないが、これも帝国に対するつなぎの一つであり、疎かにもできない、と文官が総動員で戦闘の準備や段取りに走り回っているらしい。
しかし、そんな愚痴をアーデルは聞いていない。
「もう、始まったですって?」
「はい。今朝方先行部隊は港を出発して……」
話を最後まで聞かず、アーデルは男を殴りつけて気絶させた。
「……苦労してここまで潜入したけれど、のんきにグリマルディ王の顔を見ている場合じゃなさそうね」
戦いが始まってしまえば、グリマルディ王を殺害したり脅迫したりしたところで、先行部隊を止める手立ては無い。
「なら、応援部隊を止める方を優先しましょう」
国内での騒乱があれば、兵力を裂かざるを得ない。今のラングミュア王国留守部隊だけでも、グリマルディの一部兵力程度なら問題なく撃退できるだろう。
そう決めたアーデルは、さっさとガラスを蹴破って男を近くの茂みに落とし、二階の部屋から飛び出した。
置き土産として、火のついた導火線とその先に繋がったプラスティック爆薬を設置して。
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