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168.悪名を得ようとも

168話目です。

よろしくお願いします。

 ヴェルナーはいつでも兵士たちや騎士たちの顔を見ていたが、今回ほどやりづらそうな顔をしているのは見たことが無い。

 そして、彼も誰かから見たら同じような顔をしているのだろう。

「待って、その荷物の中身を見せて頂戴。……これはどこの部隊の分? 多すぎるわ。半分をこっちに積み上げて」


 コルドゥラの目の前には周辺の町や村から兵士たちが指示通り買い付けて来た物資が次々と運ばれてきている。

 彼女はそれらを一つ一つ確認しては、指示とのずれが無いかをチェックし、書類の記載が問題ないかも確認、必要な部隊へと配分していく。

 その動きは慣れたものだが、元々、運ばれてきた食べ物に飛びつくような形で分配をしてきた兵士たちにとっては「行儀が良すぎ」る光景だった。


 兵士たちは決まった量を分配されて、それを部隊ごとに集まって調理師、口にする。

 今までのようなにぎやかな雰囲気は幾分なりをひそめ、チラチラとコルドゥラへと視線を向けながら、隠れるように酒を飲んでいた。

「可哀想に……」

 その姿に、ヴェルナーは同情するが、イレーヌやアシュリンはコルドゥラに同調している。


「いつ敵襲があるかわからないのに、酔っぱらうなんて信じられません」

 と、特にアシュリンは任務中の飲酒について否定的だ。

 ヴェルナーなどは、前世で良く飲んでいた方だったので、彼女にどう言うべきか迷っていた。国王として兵士たちの規律を緩めるような話は迂闊にはできないが、あまり窮屈な思いをさせたくはない。


 かといって、ヴェルナーが自ら「許可する」と言ってしまうと、それはそれで部隊の崩壊につながりかねない。

「まあ、命がけで戦っているんだ。多少酔うくらいは、許してやってくれ」

「……わかりました」

 素直に従うアシュリンに悪いと思いつつ、その頭をなでる。


「陛下。よろしいですか?」

 その様子を訝し気に見ながら、いつの間にか近づいてきたコルドゥラが声をかける。

「なんだ?」

「物資の買い出し部隊が、敵の侵攻情報を掴みました。そろそろ資材も揃いますので、次の作戦に移りたいと思いますが……」

 コルドゥラが言う“作戦”は、ヴェルナーに作戦立案を求められた彼女が、一晩中頭を悩ませて決定したものだ。


「わかった。……もう一度聞くが、この件でコルドゥラ嬢の名前は……」

「はい。記録に残していただいて構いません。陛下の臣として、このコルドゥラ、逃げ隠れするつもりはございません」

 作戦の内容は、民間人を利用したものだった。

 作戦そのものは早い段階で思いついたコルドゥラだったが、この一点に思い悩んでいたのだ。


 ヴェルナーは自分の責任において発令することを了承したが、下手をすると悪名として残るこの作戦に関して、コルドゥラの関与を記録に残さないことを提案した。

 しかし、彼女は断った。

「……わかった。イレーヌ、アシュリン。二人ともコルドゥラ嬢の専任護衛として彼女を守ってくれ。これより、作戦を開始する」


●○●


「物資が無い、だと?」

「はい。どうも町や村の備蓄を高額で買い取っていった者たちがいるらしく、自分たちの生活物資以外は残っていない、と……」

 副官の連絡を受けて、ヴェットリヒは鼻を鳴らした。

「ならば連中の生活物資とやらを奪え。こっちは皇帝陛下の命令で動いているのだ」


「ですが、彼らも帝国の臣民です」

「臣民であれば、何故我々の進軍を邪魔するのだ」

 道理が通らぬ、とヴェットリヒは副官を睨みつけた。

「構わぬ。勝利すれば後で補償してやるとでも言っておけ。どうせラングミュア王国を陥落せしめたあとは、いくらでも物資が手に入る」


 副官は逡巡したが、他の武官たちとの話し合いの末、半ば略奪に近い形での物資調達を始めることになった。

 ラングミュア王国方面の村や町は反感を覚え不満を募らせていたが、自国の軍に対して面と向かって文句を言うこともできず、最小限の物資だけは隠し通し、どうにか飢えをしのげる程度のたくわえだけは残した。


 徴発を行う兵士達にしても、まだ食糧に余裕はあった。

「すまんが、上からの命令でな」

 そう言い訳をしながら物資を集めていく兵士達は、あまり民衆に対して厳しい捜索は行わず、場合によっては見つけた食糧も見逃してやる程度には余裕があった。

「ほんの一時的なことだろう」


 兵士達の認識はその程度の温いもので、急ごしらえの部隊編成で物資が多少足りていないくらいだろう、という話が広がっていた。

 しかし実際のところは、長く続く戦闘で苦しい台所事情の帝国が余裕ある物資編成など考えている筈もなく、ヴェットリヒは知らないままだが、使い捨ての人員も多い。元より帰ることすら計算に入っていない人数も多いのだ。


 ゆえに、物資はほどなく枯渇し始める。

 大勢の人数が毎日消費する食糧だけでもかなりの量に上る。他にも、毎日数名は隊長不良や怪我を負うこともあった。

 医薬品だけでも、馬車一つ分は必要になるのだ。

「閣下……」


 ヴェルナーがいる位置に近い辺りまで来たあたりで、副官はヴェットリヒに苦い顔で報告する。

 もちろん、彼らは前方あと一日の距離に敵がいるとは知らない。それどころでは無いと言った方が良い状況だ。

「食糧に余裕がありません。このままでは国境にたどり着いた時点で底を突きます」


 戦闘もままならない状況で撤退せねばならない、と副官は報告を上げた。

 彼にしてみれば、ヴェットリヒ一人を突撃させてしまえば仕事は終わりだが、どうにかしなければその作戦すら完遂できない。

 本来の予定では途上の町で充分な物資を補給できるはずだったが、どこも先に買占めが行われており、金は入ったが物は無いという状況だった。


「……国境に行けば、駐留の部隊があるだろう」

「国境の砦は、すでに放棄されております。一部の警戒部員は巡回しているでしょうが……」

 持っている物資などたかが知れている、と副官は説明した。

 奥歯を噛み折らんばかりに食いしばり、紅潮させた顔で副官に目を向けたヴェットリヒは、しばらく考えてから結論を出した。


「やむを得ん。部隊を分けて周辺の町や村から根こそぎ物資を調達する」


 その命令はすぐに実行に移され、ヴェルナーが放った斥候がすぐに発見した。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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