167.留守番役の対応
167話目です。
よろしくお願いします。
「あの方は……」
前線からの報告書を見て、オットーは頭を抱えた。
コルドゥラ・ホーホを正式に前線の参謀に軍属として据えたことを知らせる報告書であり、同時に財政について全ての権限を一時オットーへ預けるとされている。
「頼られているのは嬉しいのですが」
オットーとしては 今に始まった事では無い実務の押し付けについてはどうとも思わないが、人材が減らされるのは困る。
唯でさえ代替わりから急激に財政が健全化した王都では、城の職員たちが毎日多くの申請や相談などを受けて走り回っている状況なのだ。
町の様そうも大分変って来ており、商店が増えて町の人口も伸びてきている。
「加えて、これですか……アーデルさんの活躍に期待したいところですが、まず陛下にお伝えすべきでしょう」
オットーはもう一つの報告書に目を向けた。
それはアーデル付きの兵士達からの報告だった。
“グリマルディは帝国の手先となった”と記され、それが船による背面攻撃。そしてそれが陽動であろうことも書かれている。
「どうやらアーデルさんは良くやっておられるようです」
推測がアーデルの観察と意見から出たものであるとも記されており、兵士たちがアーデルに対して悪くない評価をしていることも感じ取ることができる内容になっていた。
「では、私は留守役としてやるべきことをやっておきましょう」
王の執務室。ここに一人残って政務をこなしていたオットーは、マーガレットの父親であるフラウンホーファー侯爵などの手も借りつつヴェルナーの代わりを務めている。
「誰かいますか?」
「はい。お呼びでしょうか」
オットーが声をかけると、一人の騎士が扉を開いて入ってきた。護衛として扉の前に待機していた一人だ。
「おや? 貴方は、たしか……」
騎士の顔に見覚えがあり、オットーは首を傾げた。
年若い騎士は照れ笑いを浮かべ、一礼する。
「ルーデン子爵家次男、リーンハルト・ルーデンです」
「ああ、あの」
名を聞いて思い出した、とオットーは頬笑む。
リーンハルトはイレーヌやアシュリンと同期の騎士訓練生であった。訓練生時代にイレーヌを巡ってヴェルナーに戦いを挑んだ過去がある。
「その節は、大変ご迷惑をおかけいたしました」
「いえ。陛下もあれはあれで楽しまれていたようですし、その、私が言うのも何ですが、随分と立派になられましたね」
オットーが言った通り、若く暴走しがちだった雰囲気は納まり、すっかりと精悍な顔つきの青年へと顔付が変わっていた。この数ヶ月、随分と努力を重ねていたらしい。
「陛下のお蔭で、騎士になってからも良い先輩方に色々とご指導いただける場所でお仕事をさせていただいております」
訓練校をそこそこ優秀な成績で卒業した彼は、騎士団へ入団したあといくつかの部署を回って経験を積み、一旦は城内警備に落ち着いたという。
卒業直後からヴェルナー付きであったアシュリンやイレーヌは例外として、兄であるオスカーが海軍の長だということを考えても、早い段階から王都の城内警備を任ぜられるあたり、騎士たちを束ねるミリカンも彼を評価しているのだろう。
「……では、丁度良いかも知れませんね」
少し待っているように伝えたオットーは、羊皮紙にさらさらと何かを書きつけると、手早く丸めて紐で縛り、封蝋を落とした。
「貴方を私の連絡役に任命します。これを持って急ぎ港へ向かい、貴方の兄に渡してください。内容は極秘中の極秘です。数名の同僚を連れて、すぐに出発を」
内容が漏れれば国が危険に陥る、と恐ろしい脅し文句と共に書簡を差し出され、リーンハルトは震えながらオットーと書簡を交互に見た。
「わ、私で宜しいのですか? もっと適した人材が……」
「やめておきますか? 自信が無いというのであれば、別の者を任命しますが」
リーンハルトは、オットーの表情が先ほどまでの柔和な物では無く、真剣なまなざしに変わっていることに気付いた。
「……いえ、私にお任せを。命に代えても、兄に届けます」
「それではいけません」
ひょい、とオットーは書簡を上にあげ、受け取ろうとしたリーンハルトの手から遠ざける。
「えっ?」
「訓練校時代にも入団時にも聞いているのではありませんか? ヴェルナー・ラングミュア国王陛下は、命がけという言葉を好みません。生きて帰ることが大前提でなければならず、生きていることは私たち陛下の臣にとって義務なのです」
「し、失礼いたしました」
リーンハルトは姿勢を正し、再び一礼する。
「間違いなく兄オスカーへと書簡を届け、報告に戻って参ります」
「よろしい」
オットーからの書簡を恭しく受け取り、リーンハルトは顔を上げた。
「久しぶりに会うのでしょう? お兄さんの顔を見てくるとよいでしょう。それと、義理の姉の顔も」
「はい。ありがとうございます!」
兄弟そろって国のために駆け回っている二人のために、オットーは敢えて自分を使者に選んだのだと知り、リーンハルトは良く通る声で礼を述べた。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。