166.青天井の部署
166話目です。
よろしくお願いします。
「詳しい理由を聞こう。と、その前に」
ヴェルナーはイレーヌに侍従や護衛が天幕から出ていくように伝えた。
「あたしもですか?」
「何を警戒しているか知らないが……」
イレーヌが確認するように尋ねると、ヴェルナーは頭を掻いた。
彼はコルドゥラが単に予算だけを見て戦争の停止を求めたとは考えていなかった。戦っている理由も、それを王であるヴェルナー自身が決断したこともわかったうえで言っているはずだ。
だが、あまり時期は良くなかった。
野営地にいる騎士も兵士も、長い遠征で落ち着かなくなっている。女性や子供を使った罠を仕掛けられたこともあり、気が立っているのもあった。
「だから、あまり大声で話すのはよろしくないな。俺としてはコルドゥラ嬢の意見を聞くのはやぶさかではない。だが同時に兵士達にいらぬ動揺を与えたくはない」
イレーヌのみは部屋にいて良いと許可をした上で、ヴェルナーはコルドゥラを座らせて言う。
「それは……失礼いたしました。戦場というものを存じ上げませんので、他にも失礼があればぜひご教授くださいませ。デュワー様も……」
「わかって貰えたなら良い」
ヴェルナーが納得した、という様子を見せると、イレーヌも王を差し置いて不満を述べるわけにもいかない。
「様付けは不要です」
やや不機嫌そうな声ではあるが、年齢が十程も違う相手から様付けで呼ばれて立てられたことで、イレーヌもそう悪くない気分のようだ。
「では、本題をお話します。まずは現状についてですが……」
コルドゥラは立場的には技術部門の会計役といった地位にある。どうしても予算を食う部門であるのだが、彼女は詳細な記録と資金の流れを整理することで実に二十パーセント以上の予算削減を果たした。
「ヘルマン・グリューニング子爵を始めとした開発陣の方々が何かを購入される際は、必ず申請をしていただき、支払いは全て私を通すことにさせていただきました」
それまではヘルマンらが自分たちで買い付けをおこなっており、あまり金額を気にすること無く必要と思われる資材を片っ端から購入していたらしい。
「あー……なるほどな……」
ヴェルナーとしてはある程度自由に予算を使わせていくことで開発の速度を上げる目的もあったのだが、今では逆効果になっているらしい。
「開発の計画を整理し、必要な資材や予想される使用時期などを勘案して倉庫として利用しているスペースも半分以下に削減する事が出来ました」
減らした分は外部で借りていた倉庫を解約することで利用できている、とコルドゥラは説明した。
「購入も時期やまとめ買いなどで節約できる分もあるのです。あるいは輸送を纏めることで輸送費も押さえられるのです」
ホーホ男爵領で覚えた節約術である、とコルドゥラは自慢げにかたり、ヴェルナーもイレーヌも感心して頷くしかなかった。
「で、それがなぜ戦闘の終了という話になる? コルドゥラ嬢を雇い入れた俺の狙いは想像以上の成果を出したようだが、予算が押さえられたなら結構なことじゃないか?」
「減らした分を『予算が余った』と言って使われてしまう状況では、あたくしの努力は無駄になります。それに戦時の予算編成が軍事関係に偏ることもあって、オットー・ホイヘンス様も開発部門にあまり強く言えない状況なのです」
それに、とコルドゥラは立ち上がり、天幕の入口の布を捲り上げた。
そして彼女が指差す先には大きな布で覆われた巨大な人型がある。
「あれの開発は完全にイレギュラーでしたわ。急ぎで資材をかき集めたので無理をさせた商人たちへの支払いも嵩みましたし」
「うっ……」
自らが指示したことでは無いとはいえ、妻が関わっていることもあって、またそれが戦闘で有用であったこもあり、ヴェルナーとしては反論がし辛い部分だ。
そしてオットーの名前が出ると、頭が上がらない。
「オットーは、何と?」
「陛下の肝入りで始まった開発部には自分も手が出せない、と。それに“お金についての最終的な決定権は陛下にあるので”ともおっしゃられておりました」
ヘルマンをトップに据えた開発部は今やヴェルナー体制のラングミュア王国では花形の部署になっているのだが、そのせいで予算管理部門の人間がほとんど口出し出来ない状況にあるらしい。
唯一、コルドゥラのみがヴェルナーに命じられて予算管理をしているためにここまでの削減はできたが、彼女は武器に付いての知識が致命的に少ない。ヘルマンらに「必要だ」と言われ、尚且つ王妃まで絡んでいるとあれば、手出しのしようが無い。
「予算の圧迫が他の部署にまで及び始め、オットー様も困っておられます」
「それは……済まなかった。俺が戦いに没頭するあまりにオットーやコルドゥラ嬢に苦労を掛けてしまったな」
素直に頭を下げたヴェルナーに、コルドゥラは困った顔を見せた。
「あたくしは、この程度のことを苦労などと思っておりませんから、どうか王としてそのようなお姿を見せるのはおやめください」
「ああ、ありがたくその言葉を信用させてもらう」
「ええ。国政に関わると決めた時点で、あたくしも覚悟はできておりますから」
話は一区切りついたが、だからといって問題が解決するわけではない。
「具体的に、オットーは何を求めているのだろう?」
「“陛下のお心のままに”とだけ伝言を仰せつかっておりますわ」
現状の説明はコルドゥラの方が適任であり、王妃二人が王都を離れた状況でオットーまでもが離脱するのは良くない、と彼女が派遣されたらしい。
「……良し、わかった。イレーヌ、地図と記録係をここへ」
指示を受けたイレーヌがすぐに天幕を出ると、ヴェルナーは大きなテーブルの上にあった書類やペンを片付けた。
「コルドゥラ嬢、貴女のその経済に関するセンスをお借りしたい」
「あたくしが、ですか?」
「早く終わらせるために、考えられる方法は全て検討したい。頼む」
コルドゥラは困り果ててしまった。
国王に頼まれて、断ることなどできるはずがないのだから。
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