164.侯爵との会話
164話目です。
よろしくお願いします。
「ずいぶんと慌ただしいご様子ですね?」
「なに、いつもこのような状況なのでな」
ようやく侯爵に目通りがかなったアーデルは、「アディール・トラン」と名乗り、トラン紹介の長女であると自己紹介を済ませた。
その後、侯爵の向かいに座ると同時にそう質問を投げた。
嘘だな、とアーデルは見抜いている。
使用人たちが交わしている会話の端々に「帝国」や「出兵」などの言葉が飛び交っており、アーデルの他に侯爵を訪ねてきている商人たちは多くが穀物を扱う者や武器を商うものだったからだ。
アーデルは護衛たちと手分けしてそういった商人たちをすでにピックアップしており、見事にそれらの面子が揃っていた。
「お忙しいときでは無かったのですね」
ご迷惑でないなら良かった、とホッとして見せたアーデルに、初老の侯爵はわずかに眉をあげた。
実際は多忙であり、帝国からの商人ということで無ければアッヘンバッハの紹介など後回しにしているところだ。
「アディールさんはご存じないかも知れないが、城で働く人間は多い。出入りする物資の量も相当なものなのだ。調整役であるわしの仕事もそれだけ多いということだ」
「なるほど! ひとつ賢くなりましたわ!」
両手を組み合わせてお礼を言うアーデルを見て、侯爵は彼女のことを素直な愚か者だと判断した。
実際のところ、城へ搬入される物資の内容がひっきりなしに変わるということなどほとんどない。城で消費する食料や消耗品などはおおむね内容と量が決まっており、時おり見直しされるに過ぎないからだ。
もし変更があるとすれば、パーティーなどの大規模な催しがある場合。あるいは戦争の準備など大量の物資を用意する必要がある場合だ。
そのどちらにも気づかず、感動しているアーデルを見て、「御しやすい」と侯爵が感じたのも当然かも知れない。
だが、アーデルはすでに感づいている。問題は、それを侯爵にさとられないようにすることだ。
「それで」
侯爵の方から話を続けた。
「アッヘンバッハから聞いたのだが、何やら貴重な物を商品として持ち込んできたとか?」
「ええ。これのことですね」
声は出さなかったものの、侯爵は取り出されたナイフを見て顔をしかめた。明らかに帝国皇帝家の紋章が刻まれたものだ。
侯爵はやや落胆した様子で首を横に振る。
「こういった物は幾度となく持ち込まれてきた。そして、全て偽物だった」
「そんな……。お父様が用意されたものですから、間違いなく本物のはずですわ」
「だが、それを証明する方法はないのだろう?」
以前にも由来記された証明書をつけて、帝国侯爵家からの物という紋章入りの物品を見たことがあった侯爵は、それも証明書からして偽物であったと語る。
「わたくしは帝国で長く続くトラン商会から来ているのですよ?」
「残念だが、それを鵜呑みにするようではこの仕事は勤まらんのだ。ああもちろん、君を疑う訳ではない。ただ確証を得るために必要なことをしなければならないと言っているだけだ」
侯爵はアーデルに落ち着くように言うと、使用人を呼んで暖か飲み物を用意するように命じた。
これで皇帝の紋章が本物であり、皇帝に繋がりがある商会から来ているというのが本当であれば、侯爵にとってはまたとない機会だ。今やグリマルディを実質的に支配していると言ってよい状況の帝国と個人的に伝を得ることが叶えば、グリマルディの王よりもある意味では優位に立てる。
「仮設ではあるが、城に紋章官がいる。彼女に見せれば紋章が本物であるかどうかが判明するはずだ。数日とは言わん。明日までそれを預かっておきたい」
「ですが、売り渡す時以外は、肌身離さず持っておくように、とお父様からきつく言われております」
侯爵の申し出に対し、アーデルは渋って見せた。
その動きは、侯爵に対して彼女が素直な愚か者であるという印象をより強めることになる。
「……では、共に城に来てもらおう。勘違いしてもらっては困るが、城にいくからと言って王へ謁見できるというわけではない」
へそを曲げて帝国へ帰り、あまつさえ帝国での自分の評価を落とされては困る、と侯爵は譲歩を申し出た。
それに対し、しばらく首を傾げていたアーデルは、大きくうなずいた。
「わかりました。それならばお父様の言いつけを破ったことにはならないと思います」
「なるほど。では話は早い方が良い。これからすぐにでも城へ向かうとしよう」
城詰めの紋章官は城の貴重品管理もかねており、基本的に城内から出られない。行けばそこにいる、と侯爵は話した。
「では、一度宿に戻ってからでよろしいでしょうか? お城に行くときに着ていくと決めている服があるのです」
「むう……。では、案内役を後程宿へ向かわせる。城で落ち合うとしよう」
貴族や豪商の令嬢たちが着飾ることを至上の趣味としており、なにかにつけて着替えや化粧直しをしたがるというのは侯爵も知っていた。不愉快だとは思いながらも、了承する。
「ありがとうございます。では、後程」
そう言って侯爵邸を辞したアーデルは、部屋に戻るなり護衛を呼ぶ。
「……思ったよりグリマルディの動きが早いわ。予定外に早いけれど、城で動こうと思うのだけれど」
護衛であるラングミュア兵は驚いた。
「城内で!? 危険ではありませんか?」
「せっかく城に乗り込めるのだもの。危地であると考えるより、敵の近くだと考えるべきよ」
「……わかりました。では、作戦を詰めましょう」
覚悟を決めたという顔をした兵に向かって、アーデルは微笑んだ。
「素敵な判断力ね。さすがは陛下の臣」
不意に誉められて、兵は赤面する。
帝国出身であり、まだ監視対象であるとはいえ、アーデルは目鼻立ちがはっきりした美女だ。兵士も悪い気はしないのだろう。
「さあ、ここからが本番ね」
相応しい衣装を着ておかなくては、とアーデルは荷物の中から彼女のための鎧を取り出した。
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