162.帝国上層部の判断
162話目です。
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ヴェルナーが本国の国防部隊との合流を果たしていた頃、帝国の上層部は暗く思い雰囲気の中で合議を繰り広げていた。
各地から届く全ての報告が、帝国の敗北を示すものであり、その損害だけでも莫大な損失であるというのが誰の目にも明らかだった。
「ギースベルト大将が……!?」
特に大きな損失がギースベルト大将の戦死という結果だった。
彼の部下たちが運んできたギースベルトの死体は人物の判別が難しい程に損傷しており、持ち物が辛うじてギースベルトの身元を示していた。
副官の多くが健在であったために死体が敵の手に渡らず、高価な持ち物のほとんどを逸失することなく帰国できたことは幸運だったが。
「では、軍では一時的にヴェットリヒ大将が最高位となりますな」
「軍政は皇帝陛下が最上位だ。それは変わらぬ」
「何をわかりきったことを確認しているのか。問題は筆頭となる大将がヴェットリヒしかいないということだ」
会議は進まない。
政府高官たちは皇帝への報告を一時的に止めている。
万一にも皇帝がヴェットリヒが失敗したラングミュアへの逆侵攻を再度行うように指示を出せば、帝国は大きな負担を強いられることになるからだ。
「とにかく、中将位の者で生き残った連中を幾人か昇進させてやるべきだろう。ヴェットリヒには状況の報告をしてから責任を取らせる必要がある」
誰かがヴェットリヒを犠牲にする案を出すと、その場にいる全員が頷いた。
彼らが考えるべきは一人の命を救うことではなく、帝国の財政が破たんしないようにして先頭を治めることだ。
さらに言えば、皇帝が戦争をやめることを納得する理由を用意し、なおかつラングミュア王国の若き王を止める手立てを考えなければならない。
「軍組織は全体的に上位者を昇進させることで良いとして、皇帝陛下にご納得いただくためにも、一戦くらいは勝利の結果を献上しなければなるまい」
手をあげ、立ち上がって意見を言ったのは予算担当者だった。全員の視線を集めた彼は、髭を一度撫でてから続ける。
「ラングミュアに対しても、一度押し返さねばこのまま帝国本土まで削り取られかねん」
「よもやここまで帝国が押し込まれることになるとは……」
過去、帝国は拡張こそすれ縮小することはなかった。グリマルディやラングミュアのように帝国内部から独立した歴史を持つ国はあるが、外敵による削り取りは無かった。
間違いなく大陸最強であるという自負心はすでに帝国から消えており、いかに今の領土を守るかが重要事項となっていた。
「……ヴェットリヒは大将に据えたままにすべきではないか?」
一人がぽつりと口にした言葉に、全員が耳を傾けた。
言葉を発したのは退役軍人であり、軍政に関わることからは身を引いた人物だった。最終階級は中将であったが、聖国方面で幾度も敵を蹴散らした軍功を有した人物でもある。
老齢ではあるが、その眼光は鋭い。
「しかし、それでは信賞必罰の原則が……」
「ふふ、そんなもの、“上”がどう判断するかでくるりと変わるだろうに」
誰かが戸惑う声を上げると、老人は吐き捨てるように言って鼻で笑う。
「“侵攻に失敗した”ではなく“敵の侵攻を防いだ”とでも言って、筆頭大将にでもなんでもしてやれば良い。なんなら、そう言って皇帝陛下に報告すれば良い」
ざわめく議場に、老人は言葉を続けた。
「あれは調子に乗りやすい男のようだ」
老人の手元には、今回の国境での戦闘に関する資料が揃っていた。彼がいかに乗せられて罠に嵌ったかが、彼には手に取るようにわかる。
「ならば、乗せてやれば良い。皇帝陛下に勝利を献上するのに、強敵が相手ならばこちらも犠牲を想定しておくに越したことはあるまい?」
それで勝利をして生還するならば、改めて称賛してやれば良いし、死んだならば死人には言葉だけくれてやれば良い、と老人が語ると、議場は一時静まり返った。
この老人は、要するにヴェットリヒの死を前提とした戦闘を行い、ラングミュア王国軍に対して打撃を与えよと言っているのだ。
それが分かった議場の者たちは、互いに顔を見合わせた。
彼らの表情は非人道的な判断に対してではなく、そのことによる帝国の利益について思いを巡らせているそれだ。
「ぐ、具体的にはどのようにお考えで?」
「グリマルディ王国に手伝わせて、二正面作戦を強いる。敵は終結しつつあるようだから、一部を海側の防衛に向かわせて分断し、残った連中を接収した火薬で攻撃する」
老人は微笑む。
「なぁに。量が少なくとも、敵のただ中で点火すれば、敵の大きな被害を呼び込むには充分であろう?」
誰かが固唾を飲んだ。
ヴェットリヒに、敵中で火薬を起爆させようと言うのだ。
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