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160.存在意義

160話目です。

よろしくお願いします。

 城への納入管理役を担う侯爵には、三日後に会うことになった。

 アーデルはそのままアッヘンバッハの勧める宿へと入り、予定の日まで町の様子を見ながら過ごすことになる。

「とはいえ、観光するには少しばかり荒れておりますが」

 そうアッヘンバッハが言う通り、城とその周囲は建物が壊れたままだった。町中には多くの帝国兵が歩いており、グリマルディの住人たちは小さくなって過ごしている。


「思ったよりも、帝国の影響は大きいようね」

 報告書を書き、護衛に扮したラングミュア兵士に手渡したアーデルはそう呟いた。

「はい。王都での武装解除命令でもでているのか、町中にグリマルディの兵は数えるほどしかおりません」

 報告書を受け取った兵士は、アーデルに答えながら報告書に目を通す。


 通常であれば上官が記した文書を部下が読むなどありえないのだが、兵士の立ち位置は今回の場合アーデルの部下ではなく、護衛であると同時に監視でもある。

 待遇上、王妃付きの騎士であるアーデルに対して敬語で接してはいるが、アーデルが何か怪しい動きをすれば逐一本国へ報告するだろうし、もし敵対的な動きを見せれば殺害に動くだろう。


 実力的には不可能かも知れないが、それをやったところでアーデルは帝国に帰れるでもなく、エリザベートを裏切った者としてヴェルナーに追われることになる。

「割に合わない」

 と、アーデルは冷静に考えていたが、言ったところで信用が得られるわけでも無い。

 とにかく今回の任務を問題なく完了させることが、ラングミュア王国の一員となった証明になるのだろう。


「書いてある通り、私が見る限りグリマルディは完全に帝国の手中にあるように見えるわ」

 兵士が頷くのを確認して、アーデルは続ける。

「このまま帝国とラングミュア王国の戦闘が続くのであれば、グリマルディは帝国側に協力する形で兵力を供出させられるのは間違いないでしょう。その場合、帝国の領土を通すのではなく、無理をさせてでも船を使っての奇襲をやらせるのではないかしら」


「しかし、港に関してはすでに無力化しているのではありませんか?」

「船は港がなければ出航できないというわけではないのでしょう?」

 小舟を使って兵員をピストン輸送することもできるし、あるいは海上に桟橋として小舟を並べて浮かべるだけでも良い、とアーデルは説明する。

「船そのものを作る能力がまだグリマルディにはあるのだから、無理は話ではないわ」


 だから、報告書の最後にアーデルはとある提案を記している。

「グリマルディへの侵攻……?」

「恭順を迫り、断られたのだから、ラングミュアとしては敵対勢力と見做しても問題はないわ。必要があれば私が正体を晒して宣戦布告をしても良いわけだし」

「そんな真似は……!」


「勝手にやるとは言っていないわ。落ち着いて」

 慌てる兵士を宥め、アーデルはあくまでこれは提案であり、決定権はヴェルナーにあると語った。

「疑問に思っていたのよ」

 紅茶を一口飲んで、アーデルは呟く。


「ヴェルナー・ラングミュア陛下が、なぜ私をラングミュアに残さずここに置いたのか」

 転向者であるアーデルは、真っ当に考えればスパイの可能性も拭えない。重要な情報を握ったまま帝国へ逃げ帰る可能性だってある。

 充分な手土産があれば、皇帝も迎え入れる可能性があるかも知れない。

 しかし、ヴェルナーはそれでもアーデルを最前線の一つに送り、重要な偵察任務を任せた。


「もちろん、一つには私が自分の身を守れるだけの充分な能力を有しているからだというのはわかるわ。これは自慢ではなく事実として」

 アーデルの魔法は真正面から戦えばほとんどの魔法に対して優位に立てる。アシュリンのような身体強化やマーガレットのような重量操作では敵にならないだろう。

 もちろん、遠隔から攻撃できるイレーヌやヴェルナーは相性が悪いのだが。


「もう一つは、私が軍を率いた経験がある貴族だから、という点でしょうね」

 軍政を知っている彼女であれば、軍が編成される前の動きを知ることができるし、貴族の動きもそれなりに理解できる。

「“元”貴族ね」

 言い直したアーデルに、兵士は反応しなかった。


「それは充分な理由になるのでは?」

「私程度の捜査能力を持つ人間なら、ラングミュアにも他に沢山いるでしょう?」

 だから、大きな理由としては弱い。

「この力を」

 アーデルは右手を突き出して赤熱させた。部屋の温度が急激に上がり、兵士の額に汗が浮かぶ。


「どこかで活かす。そのために陛下は私をここに置いているはずよ。だから、お願いしたいの。本国とは可能な限り密に連絡を取って。その時が来たら、すぐに動けるように」

 腕の熱を止め、アーデルは微笑む。

「貴方たちは答えなかったけれど、監視の指示はオットーさんあたりが出しているのでしょう? あるいはミリカン総司令かしら?」


「それは……」

「私は、彼らに劣らない程度にはラングミュアのために働くつもりでいるわ。それを証明する機会が欲しいのよ」

 わかるでしょう、とアーデルは笑った。


 三日後、アーデルは再び令嬢らしいドレスに着替え、侯爵邸へと向かって馬車の中にいた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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