156.決着
156話目です。
よろしくお願いします。
「行くぞ!」
ヴェルナーは一度、攻勢に出たかのように見せた。
兵を連れて、矢を放ってくる帝国軍に対して近づく素振りを見せたのだ。
これに対し、帝国の軍勢はわずかに足が遅くなった。
「ふふん」
やはり、とヴェルナーはほくそ笑む。
帝国の軍勢は強力だが、それは数に頼るからに過ぎない。一兵士の力量で言えば、ラングミュア王国兵や森林国の戦士の方が強いのだ。
攻勢にあれば強いが、守勢に入ると弱い。
だが、このまま押し込めるとはヴェルナーも考えていない。
「敵が再び勢いを取り戻しました!」
近くにいた騎士が叫ぶ。
「俺にも見えている。……良し、退くぞ! 思い切り散り散りになりながら逃げろ!」
ヴェルナーは逃走を命じる。
予定通り、大楯を抱えた護衛の騎士たちだけがヴェルナーの近くに残り、残りは逃げ出していく。
それを見た帝国兵はどんどんと速度を上げてヴェルナーへ迫った。
「来るぞ」
一言だけヴェルナーは言い、自分の足元に爆薬をさりげなく落とした。
逃走と追撃の混乱の中でそれは帝国に見つかることなく、逃げたヴェルナーたちを追う帝国軍先頭が鋭く迫ったところで、起爆する。
「……良し! あとはイレーヌとアシュリンの仕事だ!」
かなり近い場所で起爆したため、ヴェルナーや周囲の護衛たちも爆風にあおられて転がっていたが、大きなダメージは受けていない。
対して、帝国側は矢の陣形と呼ばれる紡錘陣形の先端を爆破され、集中して一番槍を狙っていた騎士たちがまとめて吹き飛ばされた。
帝国兵の足が止まる。
全体の人数としては大した被害ではないはずだが、指揮官級の者たちがまとめて殺されたことと、前方での爆発もあって様子がわからない大部分の兵士たちは戸惑っていた。
そこに、イレーヌとアシュリンの部隊が突っ込む。
「あれを狙うんだ!」
無謀にも跳躍してみせたアシュリンが、一台の馬車を指差した。それと同時に、反対の手で爆薬を投擲する。
高速で投げ飛ばされたそれは、一直線に豪奢な馬車へと激突し、車軸のあたりにべったりと張り付いた。
そして、イレーヌがアシュリンの声に応える。
「わかった!」
彼女たち別動隊が側面から迫っていることに気づいた帝国兵たちから矢の雨が降り注ぐ。
それでも、イレーヌは別の兵士に肩を借りて高い位置に陣取り、雷撃を放った。
狙いは、馬車へと貼り付けられたプラスティック爆薬だ。
「ぅあっ!?」
アシュリンの悲鳴に似た声が近くから聞こえたが、イレーヌは歯を食いしばって自分の仕事へと集中する。
一筋の矢が太ももをかすめたが、痛みを感じるよりも苛立ちを覚えていた。
「ふざけんじゃないわよ! 戦いなら騎士と兵士でやれば良いじゃない! 子供を巻き込むなんて、最低!」
叫びと共に放たれた雷撃は、正確にプラスティック爆薬へと命中し、派手に爆発を起こした。
木片と化した馬車は四方へと飛び散り、イレーヌの周囲にもばらばらと広がる。
当然、馬車の近くにいた兵士たちや護衛の騎士たちも巻き込まれた。
爆風で即死した者たちは幸運だったかも知れない。鋭く砕かれた木片に貫かれ、即死できずに血を流してもがく者、爆風で喉や目を焼かれて真っ暗な中で呼吸ができずに暴れる者など、馬車の周囲は地獄と化した。
対して、イレーヌたちも無傷ではない。
応戦した帝国からの矢はラングミュアの軍勢に降り注ぎ、結果として多くの兵を殺した。
そして、アシュリンも矢を受けた一人だった。
「アシュリン!」
軽傷だったイレーヌが駆け寄り、アシュリンの肩に突き刺さった矢を引き抜いた。
「守備はどうだった?」
「帝国は逃げ出していくわ。あたしたちの勝ちよ」
イレーヌはそう言いながらも、勝利とは言えないという思いも抱いていた。だが、アシュリンを安心させたい一心でそう伝える。
「良かった」
アシュリンは笑うと、ひょいと立ち上がって自分で服の裾を千切り、傷口をきつく縛った。
「……へっ?」
「イレーヌ。自分はこの程度の怪我でどうこうなるほどヤワじゃない。血も止まっているだろう?」
アシュリンは身体強化で筋肉を使って無理やり血管を締め上げて止血しているらしい。
「しばらく右手が使えなくなるのが難点だけれど……あびっ!?」
イレーヌの軽い電気ショックを受けて、アシュリンはぶるぶると痺れたままで座り込んだ。
「反省しなさい。あたしが心配した分」
多数の帝国兵たちが土煙を上げて逃げていくのを見送りながら、イレーヌは大きく息をついてアシュリンの隣に座り込んだ。
●○●
「惜しかったな」
ギースベルトはゆるゆると馬を進めながら呟いた。
彼はヴェルナーが部隊を分けた時点で何かの策があると断じて、走り始めた部隊だけを先行させて自分と部隊の半数は残しておいたのだ。
そして、案の定ヴェルナーの爆薬による足止めと側面攻撃を受け、自分がつい先ほどまで乗っていた馬車が爆破されたのを見届け、撤退を開始した。
ラングミュア王国側からは、戦闘に参加できなかった後方部隊が早々に逃げ出したように見えたが、実際はギースベルトが指揮をして整然と退いたのだ。
もちろん、爆発に巻き込まれた前衛部隊や、それを見た民間人追撃部隊などは本気で逃走をしているのだが、それが隠れ蓑になった。
「今回は、俺の負けだ」
「閣下。よろしいのでしょうか……」
馬を寄せた副官が恐る恐る聞く。
「多くの騎士を失い、部隊も二割ほどを失っております。これでは……」
「二割で済んだ、と考えろ。まともに当たっていたら半数どころか全滅していたかも知れない」
ギースベルトは飄々としていたが、副官たち側近の表情はすぐれない。言い訳はどうあれ、結果に対して皇帝がどう判断するかが不安だった。
もし皇帝が失態と捉えれば死刑も有り得る。
「おお、そうだ。国境を越える前にやっておくべきことがあるな……安心しろ。皇帝には大将が死んだと伝わればお前たちに責任が降りかかることは無いだろう」
そういう意味ではあの皇帝も甘い部分がある、とギースベルトは一人一人の副官の顔を見ていく。
「で、ですが……」
「大将の死体があれば良いんだろう?」
ギースベルトの言葉に、一人の副官が首を傾げた。ギースベルトは自害する気なのだろうか、と。
「お前が一番近いな」
「は、何がですか?」
「背格好だよ」
一人の副官に馬を寄せたギースベルトは、懐から取り出したナイフを副官の喉に突き通した。
驚く周囲に対して、ギースベルトは冷笑を浮かべて落馬しそうになった死体を抱えて自分の前へと横抱きにする。
「資料として少しだけ火薬があっただろう。あれで顔を焼いてわからないようにしておけ。俺の服を着せて、この馬に乗せて帝都へ帰れ。城の無能共にはどうせわからん」
狼狽する副官たちの前で、馬を止めて下りたギースベルトは殺害した副官の馬へと飛び乗った。
「俺はしばらく雲隠れする」
言い残して返事も聞かずに駆け出し、周囲で逃げ惑う兵士たちへとあっという間にまぎれてしまったギースベルトは、その後副官たちが探し回っても見つからなかった。
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