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154.釣って釣られて

154話目です。

よろしくお願いします。

「乗せられるなよ。あれに引っ張られたら罠を張っている場所に誘い込まれるぞ」

 ギースベルトはそう命じたが、部下たちの動きは鈍い。

 じわじわとヴェルナーに引き寄せられるように動き始めた前衛部隊の様子に、ギースベルトは舌打ちする。

「指揮官のバランスが悪すぎる。なぜあいつらは前に出ていない」


「前線は爆発に巻き込まれる可能性がありますので……」

「だからこそ、指揮系統はしっかりと構築しておけと言ったはずだが?」

 睨まれた副官はすくみあがってしまった。

 この世界、綱紀粛正が明文化された軍隊はラングミュア王国軍以外にない。全て現場指揮官の判断であり、生殺与奪の権限は全てこの場ではギースベルトが握っている。


「責任をとって、お前が前に行って連中を止めてこい。向かうべきは、こっちだ」

 馬車の上で自軍を後方から見ていたギースベルトは、地図上の一か所を指差した。

「足手まといを抱えた連中はこっちだ。あの王を追いかけるな。あの王に追いかけさせろ」

 怪我をした民間人を護衛しているラングミュアの部隊を、副官の一人を付けた前線部隊に追わせ、ギースベルトは自ら後方にいる半数を指揮すると伝え、部隊の切り離しを急がせた。


「奴は必ず足手まとい共の救出に向かう。自分の部下を見捨てることも無いようだからな。これから先は命令通りにしっかり動く必要がある。伝令は俺の周囲に集めておけ」

 馬車を飛び降りたギースベルトは馬へと乗り換え、武装はほとんどつけずに後方部隊を先導する。

 その目的地は、今の前線が良く見える程度に距離を取った位置だ。


「ここで待て。ただ、すぐに動けるようにしておけ」

 馬を止めたギースベルトは、やや離れた場所で動き始めた自軍を、そしてそれを追うように急いで方向を転換し始めた敵軍を見ていた。

 その動きはギースベルトの狙い通りだ。

 自軍の半数は動きの鈍い敵軍を追いかけ、矢を射かけ始めている。


 そして、それを追うラングミュア王国軍の本隊も矢を放ち始めているが、敵軍を挟んで味方がいるのを知っているらしく、山なりに矢の雨を降らすような真似をせず、直射で狙える範囲を撃っているに過ぎない。

 その程度であれば、帝国軍の足を止めるほどの被害は出ないだろう。

「……ちっ」


 ギースベルトは舌打ちした。

「何かありましたか? 今のところ、閣下の狙い通りではないかと……」

「馬鹿を言え。狙い通りならもっと遮二無二前衛部隊を追いかけまわしている敵本隊に並走して食い破る予定だったんだ。あれを見ろ」

 指さされた先へと副官が目を向けたが、何を指しているかはわからなかったようだ。


「わからないか? あの混戦状況で味方の位置をしっかりと把握しているから、追撃に遠慮が見えるんだろうが。それだけ状況把握と指揮系統が健全だというのがわかるだろう」

 ギースベルトの懸念はそこにあった。

 自軍は数の上で優勢で勢いもあり、士気も高い。しかし命令系統には混乱が生じており、有機的な動きができるとは思えなかった。


 対して、この混乱にありながらラングミュア軍は部隊を分けてもその動きは秩序が見える。ヴェルナーだけでなく、中級下級の指揮官がしっかりと統制を保っているのだろう。

「向こうは森林国の野蛮人どもも混じっているというのに……」

 これではどちらが文明人だかわからないな、と自虐を口にしながらもギースベルトは考えていた。


 結果、最終的には力で抑え込むことにする。

 追いかける帝国軍と同様、ラングミュアの本隊も隊列が伸びつつある。そこを側面から打ち込んで大将首をあげるのだ。

 位置取り敵にやや斜め後方から追いかける形になるが、間に合うだろう。

「矢の陣形を取れ。敵将であるラングミュア王国国王、ヴェルナー・ラングミュアを狙う!」


 ギースベルトの宣言に、周囲にいた騎士たちが手柄を求めて陣形の戦闘を名乗り出た。

 彼らに戦闘を任せ、陣形中央あたりに位置取りしたギースベルトは、馬車から自分のサーベルを持ってこさせて鞘から抜いた。

「行け! 狙うべきはあの集団の中にただ一人! 手柄を上げられるのは一人だけだ! 走れ!」


 ギースベルトのサーベルが降られると、帝国軍は地響きを上げて走り始めた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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