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153/178

153.危地にあって

153話目です。

よろしくお願いします。

「陛下! お退きください!」

 デニスの声が聞こえたが、ヴェルナーは動かない。

「陛下!」

 再度の呼びかけと共に、デニスの手がヴェルナーの腕を掴む。不敬だが、危急の際ということで仕方なくやったことだろう。


 そういう部分での思い切りの良さがあることを、ヴェルナーは評価していた。

 だが、今は不要だ。

「デニス、俺はここに残って陣頭指揮をする。矢は俺には当たらないから、心配するな」

 嘘だった。いくら爆発の魔法に恵まれたヴェルナーと言えど、不死身ではない。

「敵の規模はわかるか?」


「……不明です」

 ヴェルナーの頑なな態度に諦めたのか、デニスはヴェルナーを矢から守るように立ち位置を変えて答えた。

「恐らく一千名近いのではないかと考えられますが、暗闇で敵の陽動部隊が持っている灯りが逆に邪魔になって本隊が良く見えません!」


「わかった」

 最悪の状況であることは改めてわかった、とヴェルナーが言葉を放つと、デニスは笑った。

「あの時よりはマシです。城がどんどん破壊されて瓦礫に閉じ込められた時に比べれば、このくらい、どうということはありません!」

 それよりも指揮を、とデニスが求めた。


「良し!」

 ヴェルナーはもう一度周りを見た。

「半数は俺と共に敵を食い止める! 残りは民間人を護衛して先ほどの指示通りに撤退しろ!」

 ヴェルナー自身が危地に残るという宣言にデニスは反論しようとしたが、時間が許さなかった。


 すでに矢はヴェルナーの周囲にも届いている。

「うぐっ!」

 護衛の一人が矢に撃たれ、転倒する。

 近くの騎士が肩を貸してデニスと共に撤退組へと参加するのを見届けたヴェルナーは、アシュリンとイレーヌがまだ奮闘していることを確認して、ブルーノと共に前線へと進んだ。


「とんでもない王様だ!」

 ブルーノはなぜか楽しそうに声を上げた。

「その通りだ。王都に帰ったらそう宣伝してくれ」

「わかりました!」

 部下を率いたブルーノは、数人で盾を掲げたまま前へと進み、ヴェルナーが進軍する道を作った。


 その間に複数回の爆発が発生しているが、帝国軍の勢いは少しも衰えない。

「陛下! どうして……」

 ヴェルナーが前線へと出てきたことに気づいてイレーヌが絶句していた。早々に逃げたはずで、それを守るために踏ん張っていたのだから。

「悪いが、ここで退く気にはなれん」


 新たにプラスティック爆薬を作り出したヴェルナーは、同じく近くに来たアシュリンへと手渡す。

「策なんかない。とにかく力づくで押し返す。そういうのは得意だろう?」

「はっ! お任せください!」

 単純かつ明快な命令にアシュリンは力強くうなづくと、受け取った爆薬を敵の本隊へ向けて投げた。


 遠投ではない。まっすぐストレートの剛速球だ。

「うぎゃっ!?」

 それなりの重さがある塊は敵兵数名をなぎ倒し、敵の中心部分へと到達する。

 地面へと落ちる直前、ヴェルナーによる起爆で周囲にいた帝国兵たちは爆散した。

 仲間の血肉を浴びながらも、帝国兵はまだまだ押し寄せてくる。後ろから同僚たちの圧力を受けて、足を止めることもできないのだろう。


 ヴェルナーとは違い、敵の指揮官は後方で部下たちを威圧して無理やり前へ進めているのだろう。

「敵の指揮官は見えたか?」

「部隊長クラスは数人倒しましたが……」

 アシュリンの答えは歯切れが悪かった。やはり指揮官は前線にはいないようだ。


「ならば、まずやることは敵を倒して足止めすることだ」

 命令を受け、アシュリンは大槍を、イレーヌはサーベルを振るって兵士たちを連れて最前線へと戻る。

「おっと、おれ達も負けられねぇな!」

 ブルーノも剣を掴み、アシュリンたちを追った。


「迷っている暇はないな」

 彼我の戦力差は、実は大して大きくないことにヴェルナーは気付いていた。

 帝国側は人数こそ多いが多くが訓練も未熟な一般兵であり、どうやら命令系統もあまり整っていないらしい。これは指揮官が少ないのか後方に偏っているかが原因だろう。

 そして、個々の戦力としてアシュリンやイレーヌ、そしてヴェルナーと言った魔法能力持ちの人数が多いことも大きい。


 とはいえ、今この瞬間にも部下に犠牲が出ているのは間違いない。

 ある程度の人数を押しとどめることができていても、大勢が分散して民間人を追えば、また不利になる。

 そこで、まずヴェルナーは一部の護衛と共に前線からやや水平方向に動いてみた。

 すると、敵は彼を追うようにしてゆっくりと移動する。


「完全に俺狙いか」

 護衛に固められていることもあってヴェルナーは目立つ。

 どうやら敵兵士たちはこの護衛集団を目指して殺到しているらしい。

「で、あれば……」

 ヴェルナーは前線にいるアシュリンを一時的に呼び寄せ、命令を下した。


「敵の死体で壁を築き、敵を俺が向かう方向へと強制的に進ませてくれ」

「陛下が囮に……!?」

「これが確実な方法なんだ。安心しろ。俺はまだ死ぬつもりは無いよ」

 それでも逡巡するアシュリンの頭を、ヴェルナーはぽんぽんと軽く叩いた。

「頼むよ。お前が頼りだ。無事に戻れたら、お返しに何でも一つ頼みを聞いてやるから」


 アシュリンの小柄で童顔な容姿もあって、ヴェルナーは強制的に命令を下すという真似をしたいとは思わなかった。

 諭すように言うと、アシュリンは頷いた。

「かしこまりました。何でも、ですね?」

 早まったかな、とヴェルナーは思ったが、ここで撤回などできるはずもない。


「ああ、何でも、だ。但し一つだけだぞ?」

「はい、お願いします!」

 そう言うとアシュリンは背を向けて槍を振り上げながら前線へと駆け戻っていく。

 見送ったヴェルナーは周囲にいた兵士たちへと声を上げた。

「さあ、お前たちは俺と共についてこい! 大体百人くらいいるな? なら、十倍の敵を俺たちで食いつぶすぞ!」


 この状況にあって兵士たちの士気は衰えていない。

 ヴェルナーはそれが嬉しかった。彼を信じてくれているのだろう。

 ゆっくりと水平移動を再開し、敵を誘導するヴェルナーの本隊。そこから三分の一の兵員が先行して離れていく。

 それは、敵から見ればヴェルナーの下から兵士たちが逃げ出したように見えた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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