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152.山の灯り

152話目です。

よろしくお願いします。

 静かな夜だ。

 月明かりはあるものの、薄曇りで星はあまり見えない。

 怪我をして泣いていた子供や女性は一通りの応急処置を受けて、疲れて眠ってしまっている。兵士の半数も同様だ。

 起きている残り半数の兵士たちも、息をひそめて周囲を警戒している。


 罠であることは伏せられていたが、兵士たちも馬鹿ではない。指揮官たちが緊張した面持ちで警戒態勢を取るように命じれば、何かがあるのではないかと考えるのは当然だった。

 そしてもう一つ、ヴェルナーの表情が物語っているものがある。

「……暗いな」

「灯りを用意しますか?」


 椅子に深く腰掛けていたヴェルナーの呟きに、傍らに立っていたイレーヌが応じる。

「いや、不要だ。余計な目印は無い方が良い」

 そうは言ったが、ヴェルナーは逆のことも考えていた。

 ヴェルナー自身が標的として目立つことで、敵の動きをコントロールできるのではないか、そして子供たちが逃げる時間を作れるのではないか、と。


 だが、結果としてヴェルナーが討たれればその時点でラングミュア王国は終わる。

 国としては残るかも知れないが、今の状況で統率を失ってしまえば、属国となったスドや聖国、森林国は見捨てる格好になるだろう。

 帝国は影響力を再び拡大し、ラングミュアへと迫る。

 ちらりとイレーヌを見た。


 ヴェルナーが死んでも、彼女たちは国を守るために懸命に戦うだろう。

 しかし、それで良いとはヴェルナーには思えなかった。

「俺が始めたことだ。俺が収めるのは当然だな」

「どうかされましたか?」

「何でもない」


 立ち上がり、イレーヌに安心するように伝えたヴェルナーは暗い周囲を見回す。

 山の稜線はわずかに判別できるが、すでに地平線は曖昧で、空と大地はどこからどこまでなのかわからない。

 近くに町や村は無く、人口の灯りは何も無い。

「暗視スコープが欲しいな」


 どういう原理で光を増幅しているんだろうか、と考えが逸れ始めたところで、ふと、鳥の羽音がかすかに聞こえた。

「鳥か……ん?」

 斥候の話では、地図で確認していたよりも山のすそ野は広く、森が野営地の割と近いあたりまであるらしい。


 日中の偵察では特に敵は見当たらなかったが、ヴェルナーは嫌な予感と違和感を覚えていた。

「鳥が夜に飛ぶ理由……」

 この世界でも、鳥たちは一般的に夜間、ねぐらで静かに眠っている。

 しかし、外敵がいれば話は別だ。


 そう考えた直後、一斉に山の斜面に灯りが灯った。

 その数は数百におよび、前面に見えていた山の斜面の半分を覆う程の灯りだ。灯りはどんどん増え、そして、こちらへ向かって移動を始めている。

「……て、敵襲!?」

 イレーヌが叫ぶと、周囲の騎士や兵士たちは飛び起き、部隊の編成を始めた。


 そんな中で、ヴェルナーだけはじっと灯りの動きを見ていた。敵の行動を把握してこそ、最善の動きができるからだ。

 しかし、集中して考えにふける状況でもない。

 子供たちが泣き出し、熟睡していた民間人がそうそう寝起きで素早く行動できるはずもない。苛立った兵士の怒号すら聞こえ始めた。


「陛下、どちらへ向かいましょう」

「待て。相手の動きがまだしっかりと把握できない」

 ブルーノの問いにヴェルナーはそう答えたが、同じく駆け付けたデニスは急いた様子で言葉を重ねた。

「陛下のお考えもわかりますが、民間人の移動には時間がかかります。彼らだけでもすぐに聖国王都方面か森林国領へと連れて行くべきでしょう」


 護衛はすぐに用意できます、とデニスが続ける。

 ヴェルナーは舌打ちしたいのをぐっとこらえた。迫ってくる灯りが一人一本松明を持っているとしても、最低で五百の敵がいる。護衛の分、人数が割かれれば不意を突かれたこちらの不利になりかねない。

「接敵までは三十分と言ったところか」


「はい。とても隊列を作る余裕はありません!」

 ブルーノが答えると、眠っていたアシュリンが装備を固めて駆け寄ってきた。

「陛下の魔法を使いましょう。自分が敵に向かって投げつけます!」

 少なくともそれで時間が稼げるはずだ、とアシュリンが主張すると、ヴェルナーは即座にプラスティック爆薬を作り、拳二つ分ほどをアシュリンへと渡す。


「イレーヌと二人で行け。起爆は任せる」

 兵士を百人ほど連れて盾を揃えさせるように命じ、子供たちを矢から守るように伝えると、ヴェルナーは再びデニスらに向き直った。

「森林国方面へと向かう。最優先で民間人を逃がせ。護衛は最小限で良い。ここで敵を食い止めることに人数を割り振る」


「はっ!」

 揃って敬礼をしたデニスとブルーノ。

 その直後、イレーヌの叫びが轟いた。

「敵が!?」

 敵がいるのはわかっているが、その声の様子に異常を感じた全員の視線が集まる。


「……やられた!」

 そこには、松明を持った軍勢とは別に、大軍が灯りも持たずに別方向から密かに近づいてきていたのだ。

 すでに矢は野営地に届き始めており、幾人かのラングミュア兵が貫かれて倒れている。

 そして、ほどなく混戦状態へと陥ってしまった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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