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150.人道

150話目です。

よろしくお願いします。

 逗留している帝国軍の百名に関しては、慎重に進めたとはいえ、想定外にあっけなく包囲が完了した。

「……どうなっている?」

 ヴェルナーは疑念を抱いたが、斥候などが持ってくる情報は『周囲に敵影なし』というものばかりであったので、敵が何かのトラブルで孤立しているのではないか、という結論となった。


「デニス。兵たちに命じて最初の突撃後は極力捕縛をするように。抵抗されればその限りではないが、できれば敵の指揮官は捕らえて尋問したい」

「かしこまりました」

 一礼したデニスが命令を伝達し終えると、ヴェルナーは遠くに見える敵へ向かって右手を突き出す。


「突撃!」

 同時に狼煙が上がり、四方からラングミュア兵や森林国の戦士、そして聖国からの義勇兵が吶喊していく。

 その光景は壮観だった。

 想像以上に連携が取れた包囲体制は突撃でも然程崩れることなく、敵を蹂躙していく。


 今回、ヴェルナーは戦闘には参加しておらず、後方で督戦しているのみだ。最初の号令だけは下したが、それもデニスが受けて命令を伝達しているので、あまり戦いの場にいるという実感は無い。

 これはブルーノの進言からのことで、ヴェルナーの活躍ではなく兵士たちが自分たちの力で勝利を得たという実感を与えたいという言葉に了承してのことだ。


 結果、兵士たちの士気は上がり、小一時間程度でこれと言った損害も無く制圧が完了した。

 負傷者が数名、思わぬ反撃を受けた者がいた程度で死者は出ていない。怪我人には味方の武器が当たったという者もいて、それについては指揮官同士で状況の見分をさせている。

 それについてはデニスが取りまとめて指導と注意を行うだろう。

 捕縛したのは三十名弱。指揮官と思しき装備が整った者を捕らえた、と報告に来たのは一部の部隊を指揮していたイレーヌだったが、微妙な表情である。


「どうした?」

「いえ、言葉で説明するよりは見ていただいた方が良いかと」

 イレーヌの合図で兵士たちに引き出されてきたのは、確かに他の帝国兵よりも装備が良い。騎士の鎧とまではいかないが、上級兵であろうことはわかる。

 三十がらみの男性で、がっしりした体躯だが抵抗する意思は少ないようだ。


 それでも、目の間に立ったヴェルナーへと向ける目は怯えの中に敵対心も見える。

「これをご覧ください」

「……ちっ」

 ヴェルナーは舌打ちした。

 イレーヌが男の頭を掴んで上を向けさせると、露わになった喉元に傷があるのがわかった。それが何を意味するのか、ヴェルナーにはすぐに分かった。


「喉を潰されたか」

「はい。まったく話すこともできないようです。それに、足の腱も切られているようです」

 剥き出しにされた裾には喉と同様にまだ癒えていない傷があり、彼は歩けないというのが一目でわかる。

「他の連中は?」


「同様に喉と足を切られている者もいます。無事な者の尋問を進めてはいますが、どうやらこの怪我人を押し付けられたうえでここでの待機を命じられたようです」

「罠、ということか?」

 しかし、罠であれば彼らを襲撃している間に敵の本隊が襲ってきているはずだ。

 怪我をした男が文字も書けないということを知り、ヴェルナーは情報を得るのは難しいか、と頭を抱えた。


 そして、アシュリンが一人の少年を背負ってヴェルナーの前へと出てくる。

「陛下。この子も……」

「なんだと?」

 アシュリンが背中から降ろした少年は、立つことができずに膝をついた。その様子を見て、ヴェルナーの表情は一気に不愉快を前面に表したものへと変わる。


「……喉と足をやられているようです」

 アシュリンは声を震わせ、イレーヌは口を押えて驚愕していた。

「外道め」

 兵士らしき男性の時とは違い、少年までもが使われていることに怒るヴェルナー。彼には目の前の少年に前世で人間爆弾として使われた少年の姿が重なって見えた。


「戦争は大人同士でやるもんだ。自分で陣営を選べないような子供を利用するものじゃない」

 吐き捨てるように言うと、ヴェルナーは怪我人を後送するように命じた。エリザベートの治癒魔法ならば、治してやることも可能かもしれないと考えたからだ。

 だが、移送中に傷がふさがってしまえば、それも難しい。


「誰が何を考えたか知らないが」

 ヴェルナーは兵士たちにその場で休息をとるように命じ、同時に各方向への斥候を増やすように命令した。

「王や国家なんざ無関係に、腹が立つ奴がいる」

 怒りに震えるヴェルナーは、この時集団からそっと抜け出した兵士がいることには気づかなかった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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