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15.砂の国から来た男

15話目です。

よろしくお願いします。

 この世界での主な移動手段は馬や馬車、あるいはそれ以外の家畜に荷車を牽かせるといった方法だ。

 一部の国では人力車のような物が存在するらしいが、ラングミュアでは見られない。

 馬に乗るのはヴェルナーも好きだったが、馬車は嫌いだった。板バネで多少のクッション性を持たせてはいるものの、街道ですらガタガタと揺れるのだ。


 というわけで、移動のほとんどを馬に乗って過ごしている。

「ヴェルナー殿下は快活であられますな」

 太りすぎて馬に乗れないらしいマルコーニ子爵が、自前の箱馬車から顔を覗かせた。

「馬の方が気楽だぞ。馬車の中に押し込められていると、自分が物資の一つなんじゃないかと思えてきて気が滅入る」


 旅はすでに四日目である。明日の夕刻には到着するかと思われるが、ここで先行していたマルコーニの兵が引き返してきた。

「賊です。数は正確にはわかりませんが、二十名はいるかと」

 街道沿いで盗賊の類に出くわす事は決して珍しくは無い。だが、二十名はかなり多い部類に入る。


「俺たちが行こう」

「えっ!?」

 ヴェルナーが言うとマルコーニは目を丸くして驚いた。

「いや、しかしですな……!」

 今回はマルコーニが王に伺いを立ててヴェルナーを視察に招いたと形になっている。領内はもちろん、途上でヴェルナーに何かあればマルコーニの責任になるのだ。


 結局は保身のための考えなので、ヴェルナーはマルコーニの意見を聞く気は無かった。マルコーニの兵は十名。勝てなくはないが犠牲が出る可能性もある。

「ファラデー。騎馬による少数対応の陣形だ」

「はっ!」

 ファラデーたちヴェルナー直属の護衛兵は五名で人数的にはマルコーニの部下の半分しかいないのだが、ヴェルナーと共に戦うならば彼ら以上の巧者はいない。


「行くぞ!」

 掛け声と共に馬を走らせるヴェルナーの手元には、すでにプラスティック爆薬が生み出されている。

 五分ほど進むと街道上で待ち構える者たちが見えてきた。

 ヴェルナーは素早く周囲を確認したが、隠れるような場所も無い。伏兵がいる可能性は低いと判断する。


 ふと、先日の失敗を思い出したヴェルナーは一度馬を止め、大声で問いかけた。

「貴様らはどこぞの手の者か? それとも単なる賊か路傍の石か」

「ちっ! 貴族と言ってもガキか。金目の物は持っているだろう。命が惜しければ置いて行け」

「賊か」

 であれば、遠慮はいらないとヴェルナーは笑った。

「置いていくのはお前たちの命だ」


 再び勢いをつけて馬で迫るヴェルナー達に対して、盗賊と思われる者たちは剣を抜いて待ち構えている。

 落ち着き払った様子にヴェルナーは違和感を感じたが、恰好は確かに盗賊のように見える。穴が開いているようなボロボロの服を着て、抜きはらった剣も手入れがされておらず錆だらけだ。


「中央突破する。包囲しろ!」

 ファラデーたちに命令を下すと、ヴェルナーは馬に拍車を当てて速度を上げると、サーベルを抜いて振るった。

 そのまま一人を斬り捨て、盗賊たちの間を裂くように中央を駆け抜ける。

 通常であれば部下たちがその後ろを追従して敵集団を左右に分けるのだろうが、その必要は無い。


 逆にファラデーたちは左右に分かれて盗賊を包囲する形になり、短弓を持って矢を射かけた。

 盗賊たちは存外に統率のとれた動きを見せ、ヴェルナーが通り抜けた空間をすぐに塞いで密集体形を取った。

 矢に対して木製の簡素な盾を構え、投石で対応している。


 だが、彼らが組織的に抵抗できたのはそこまでだった。

 突如、彼らの足元が爆発したのだ。

 四方に飛び散る盗賊たちは、誰もが五体満足ではいられなかった。即死した者も多いが、数人は手足を失った痛みに呻いていた。

「悪いが、城詰めの日々ってのはストレスが溜まるんだ。恨むなら俺と鉢合わせた不運を恨むんだな」


 馬を下り、まだ生きている男を見下ろすように立ったヴェルナーがそう言うと、盗賊は焦点が定まらない目をギョロギョロとさせながら呻いた。

「こんな……こんなはずじゃ……」

 ヴェルナーは盗賊の言葉に引っかかるものを感じたが、質問をする前に盗賊は死んだ。

「誰かが盗賊に俺たちが通る情報を渡していたのか?」


 ヴェルナーはマルコーニからの要請を受けて即日旅立った。そう考えると、マルコーニ子爵本人が一番怪しいのだが、彼がここでヴェルナーを襲う理由が無い。

 確かにヴェルナーの暗躍で死刑の危機に陥ったが、逆に言えばヴェルナーが居たからこそ死なずに済んだのだ。先ほど酷く動揺した様子を見せたように、今ヴェルナーに何かあればマルコーニは再び死罪への危機を迎える。


「そうすると……スド砂漠国の連中か?」

 いずれにせよ、盗賊が甘い考えで貴族を待ち伏せしただけの事だった可能性もある。考えても答えは出ないだろう。

「問題は相手と会ってからだな」

 今回の旅は単なるクレーム処理では終わらないだろう、と想像すると、ヴェルナーは気が重かった。


●○●


 マルコーニ子爵領は、典型的な農村地帯にある。

 豊かな水源と肥沃な土地に恵まれており、子爵位ではあるが金銭的には余裕がある領地だ。

 現在の領主であるマヌエル・マルコーニは城内でも文官の職位を有しているため、領地へ帰る事はほとんど無く、前当主時代から仕えている代官に運営の一切を任せている。


 スドからの使者について知らせてきたのもその代官だそうだ。

 スド砂漠国と国境が接している訳でもないのに密輸のルートが出来ているのは、マルコーニ子爵が仕事で彼の地を訪問した際に、声をかけられてからの事らしい。

 それを聞いたヴェルナーは大きなため息を吐いた。悪事の共犯となるのは取り込みや傀儡の為の常套手段だ。


 だが、マルコーニが支払いを渋るほど考えが浅く、また金に汚いとはスドの連中も思わなかったのだろう。

 挙句、おそらくはスドにとって想定外の形で密輸が露呈し、ヴェルナーに利用される事になってしまった。

「となると、今度は俺を取り込みたい……というあたりが狙いかな?」


 マルコーニ子爵領の中心地である町は、領主の家名そのままマルコーニという名前で、他はほとんど農村らしい。

 代官もこの町に住み、領内各地から税として集められた小麦などの作物はこの町に集められ、子爵の取り分を差し引かれて王家の御用商人に買い取られる。そうして現金化され、王家に納められる仕組みだ。


「こちらに、スド砂漠国からのお客様がおられます」

 予定通り陽が傾くころに町へ到着したヴェルナーは、マルコーニと共に彼の本宅にて代官に迎えられた。

 そのまま、夕食も兼ねた会談が始まった。

 忙しないことだとヴェルナーは思ったが、それだけマルコーニと代官が焦っているのだろう。


 広い食堂にはグラスが並べられており、ヴェルナーが入ると真正面にはスドから来たと思しき者たちが既に座っていた。

 中央に座っている青年はヴェルナーよりも年かさで十七歳くらいに見える。小麦色をした健康的な肌で、整った顔立ちに不敵な笑みを浮かべている。両脇には同じ肌の色をした美女をはべらせている。


「マルコーニ子爵とは、お主か?」

 青年が口を開くと、マルコーニがヴェルナーの前に出た。

「私がここの領主であるマルコーニ子爵家のマヌエルでございます」

「なんだ、そうか」

 マルコーニの顔を見た青年はつまらなそうな声をあげると、再びヴェルナーの顔を見た。


「では、彼は何者だ? ……いや、まず余から名乗らねばな」

 青年は立ち上がった。

 精緻な刺繍が施された筒胴衣を着て、古代ローマのトガのように純白の一枚布を巻きつけている。

「余はスド砂漠国第一王子ミルカ。して、お前は?」


「ラングミュア王国第二王子ヴェルナー・ラングミュア。王子自ら、それも第一王子がお越しとは。スド砂漠国は今回の件、それほど重く見ておいでなので?」

「ふふ……まあ、その話は食事の後で良いではないか。十日以上待たされておったが、ここでとれる作物は美味い。我が国は土地が痩せていて作物が取れても味が今一つでな」

 マルコーニが急いで食事を用意するように指示すると、そのまま会食が始まった。


「実のところ、密輸の件に関して文句を言いに来たわけではないのだ」

 ミルカは酒が注がれたカップを揺らしながら語った。

「密輸について送った側であるこちらの商人と関与した貴族を処罰した。我が国の者が勝手をして申し訳ない。ついては、未払いであったらしい金についてももう良い」

 ミルカの言葉にマルコーニはホッとした表情をして見せたが、ヴェルナーは厳しい顔のままだった。


 要するにトカゲのしっぽ切りが終わったから、あとは知らぬ存ぜぬというわけだ。実に都合の良い話だが、それを伝えるためだけに来たのだろうか。

 真意はともかくとして、ヴェルナーはこの件については変に突っ込むより終わりにした方が良いだろうと判断した。

「それは手際の良いことで」


「我が王族の血を分けた者は確かにいた。一兵卒として参加していたのだ」

 王のご落胤と言えば聞こえは良いが、前王が商売女に産ませた者の子であり、認知もされていない非嫡出子だ。職に困ったのを王の口利きで軍に入れただけらしい。

「本来ならばそれで終わりなのだが、よくよく調べてみれば我が国の兵たちは、そこなマルコーニの兵と共に少数の兵力で簡単に討ち果たされたというではないか。……興味が湧いた」


 それだけの手腕を持つ人物と会いたい、と考えたミルカ王子は脅し文句を使ってマルコーニにヴェルナーを呼ばせたのだ。酔狂なことだ、とヴェルナーは内心で嘆息する。

「こういう話は蓋を開ければ単なる偶然という事も多いのだが……賊の退治、見事であった」

「……見ておられたのか?」


「ああ、偶然に余の手の者が見ておった」

 ミルカ王子の護衛だったそうだ。姿を隠しての偵察の巧緻な事を自慢げに話している彼に、ヴェルナーは顔をしかめた。

 賊が言った「こんなはずでは」という言葉で、ヴェルナーは賊を唆したのがミルカであると確信する。


「なんでも、ヴェルナー殿は見事な魔法を使って盗賊を一網打尽にしたそうだな。是非一度見てみたいものだが」

「そう使い勝手の良いものではないのでね。見せろと言われても難しい。うっかりすると見学者まで巻き込んで殺してしまいかねないのでね。ご遠慮願おう」

「ふ……ヴェルナー殿は慎重だな。だが、慎重が過ぎれば欲しいものは手に入らぬぞ?」


 嫌いだ、とヴェルナーは思った。

 これと思った人物に会うために国境を越える行動力は見事なものだが、いかんせんやり方が冷笑的で人を使い捨てにして平然としているところがある。

 支配者になるために必要な資質である事はヴェルナーも承知しているが、それをあからさまにしすぎる態度は危険ですらある。


 ヴェルナーの感想とは裏腹に、ミルカの方はヴェルナーを気に入ったらしい。

「ヴェルナー殿。こうして出会えたのも何かの縁だ余と友にならぬか?」

 酒を女に注がせ、ミルカは返答を待たずに続ける。

「我が国とラングミュアの友好のためにも……将来の国主が友人となるのは悪くない選択であろう」


 嘆息と共に首を振ったヴェルナーは、ミルカの言葉を否定する。

「自己紹介をしたはずだ。俺は第二王子に過ぎない。国を継ぐのは兄だよ」

「そうか? 第一王子マックスは放蕩が過ぎると聞いている。国を継ぐ器ではあるまい?」

 ミルカは酒杯を揺らした。

「まあよい。すべてはラングミュアの王が決めることであろうな。では、改めてこの出会いに乾杯しよう。そのくらいは受けてくれるだろう?」


 互いに酒杯を掲げる二人の表情は、対照的だった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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ライバルが出てきたぜ、、、
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