149.捕捉した敵は
149話目です。
よろしくお願いします。
ようやく足が止まった部下たちをヴェルナーは叱責する。
だが、行動したことについては言及せず、その行動の方法についてのみだ。
「組織行動ができない軍隊は単なる野党の群れと区別がつかない」
あえて強い言葉を使って兵士たち、とくに指揮官職に対しては厳しく注意する。しかし、罰を与えるようなことはしなかった。
「甘いと思うか?」
「いえ、陛下の御判断は正しい、と私も思います」
デニスの言葉に頷きながらも、ヴェルナーはオットーの存在を思い出していた。
デニスは悪い人物ではないが、城で最初に出会って以来ヴェルナーのやることを無条件で“良い”と考えるきらいがあった。
失敗をした今、オットーの遠慮ない苦言が欲しいと思う。
「一番偉いってのは、ある意味難儀だな」
だが、デニスのような者たちが王に対して無遠慮になるというのは難しいだろうし、幼少からの付き合いというのはそうそう簡単に再現できるものでも無い。
「国はどうなっているかな」
すでにラングミュアから出発して数か月が経とうとしている。
長い間留守にしているが、妻たちは元気でいるだろうか。
「……今は兵士たちに休息をとらせる。各自中級指揮官は自分の部隊の人数を確認して報告させろ」
「はっ」
ヴェルナーは天幕の用意を進言されたが、断った。
もう少し、兵士たちの様子をしっかりと見ておこうと思ったからだ。
「以前は、こういうことはなかったんだがな」
前世の時は、部下たちと寝食を共にしていた。何か変事があればすぐに対応していたのだが、いつの間にやら部下たちと切り離されて一人天幕で休むようになっていた。
「驕りというやつか」
ヤキがまわった、というべきだろうとヴェルナーは星空を見上げた。
「デニス。今後は俺もこうやって兵士たちと同じように露天で眠る。騎士連中が真似するかどうかは自由だが、強要は禁止しろ」
「ですが……」
王が天幕も無いまま休むなど、デニスの常識からすれば大問題だ。だが、ヴェルナーは譲らない。
「良いからそうしろ。……兵士たちが動揺するようなら、王の気まぐれとでも広めておけ」
侍従から敷物を受け取ったヴェルナーは、足元の小石を蹴り飛ばして地面を均し、ごろりと横になった。
陽は落ちたばかりだが、見上げるヴェルナーの眼前には満天の星空が広がっている。前世で見ていたくすんだ夜空とは違い、星の明かりがそれぞれに輝いて、どれ一つとして同じものは無いと主張しているようだ。
「こういうのも、悪くない」
兵士たちの喧騒も聞こえる。
ラングミュア王国兵だけでなく、森林国や聖国の兵士たちが酒の飲みながら語り合っている。喧嘩をしている連中もいるが、いきすぎなければ止める必要も無い。
護衛についているデニスはヴェルナーの近くでチラチラとこちらを気にしながら立っているが、ヴェルナーは放っておいた。
「これで良いんだ。……王様気分も悪くないが、現場なら現場のやり方がある」
そして、一夜を明かしたラングミュア王国軍に斥候からの報告が届いた。
帝国の部隊が国境を越えて聖国内で野営をしている場所を発見したというのだ。
●○●
「人数は百名ほどです。野営をしていた場所からはまだ移動をしていません」
「ずいぶんとのんびりしているな。待機命令でも出ているのか?」
「不明です。会話もほとんど無いようですが、何しろ隠れる場所の無いひらけた場所なので接近も難しく……」
申し訳なさそうに報告する斥候に対し、発見されるよりよほど良いから気にせず下がるように伝え、ヴェルナーは主だった騎士たちを集めた。
「陽動の可能性があります」
イレーヌが発言すると、ヴェルナーは頷く。
「確かにな。だが、目的が俺たちだとすると距離が離れすぎているのが気になる」
派遣していた斥候たちは、帝国方面の国境の動きを監視していた者たちだった。それが交代のために本隊への合流をしようと考えたところで偶然発見したらしい。
しかし、本当に偶然だろうかという考えがヴェルナーの中にあった。
これ見よがしに野営するにしては川が近いというわけでもない、不便な場所で長い時間留まっているというのは気になる。
「一度少数の部隊で当たってみましょう」
ブルーノの提案については、デニスが否定する。
「それはやめた方が良い。敵の目的が誘い出しであった場合、少数では犠牲になるだけだ」
「じゃあ、全軍で当たれと? 正体不明の相手に?」
「正体はわかっている。装備からして帝国の兵であることは間違いない。また、風体からも先日陛下の命を狙った者も含まれている可能性が高い」
「それなら!」
と、ブルーノとデニスが言い合いを始めたのを、ヴェルナーは笑みを浮かべて止める。デニスの慎重さもブルーノの熱さも嫌いではない。
「落ち着け。狙っていた敵だからと言って、猪突すれば敵の思うつぼだ」
部下たちの命を預かっている以上、迂闊なことはできないと考えていたヴェルナーだが、ふとアシュリンが放った言葉が彼の背中を押す。
「……ですが、陛下のお力があれば罠であろうと粉砕可能ではありませんか?」
「随分と高く評価してくれているな」
そうして、ヴェルナーの考えは攻撃的な方向へと切り替わる。彼自身、強力な力で敵を一気呵成に打ち破る方が味方の損害が少ないという考え方をするタイプだ。
「……良し。その場所までは全軍で移動してまる一日は必要になる。明日の夜までに近くまで移動し、敵の様子を確認して周囲に敵影がなければ襲撃する」
ヴェルナーが行動指針を決めると、騎士たちの動きは早い。
デニスは先行させる斥候を選出して命令を出し、ブルーノは兵士たちを移動させる準備を行う。
イレーヌとアシュリンはヴェルナーのための荷物を運ぶ荷駄役や侍従たちの移動を指示し、その護衛も編成する。
「さて、相手は何を考えているのか……」
ヴェルナーは相手の出方を考えながらも、新たな戦いにワクワクとした気持ちが湧き上がるのを感じていた。
それは危険でもあったが、彼が王である前に一人の戦士であるという証左でもあった。
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