148.ギースベルトの罠
148話目です。
よろしくお願いします。
大勝した国境での戦闘とは対照的に、ヴェルナー自らが率いる聖国側からの侵攻軍は混乱の最中にあった。
「こうも裏目に出るとなると、迂闊に兵を叱咤できないな」
苦虫をかみつぶしたような顔で言うヴェルナーに、デニスが否定の返答をする。
「陛下のお言葉が原因ではありません。全ては敵に釣られた兵士たちの問題です」
「その考えは危険だぞ」
ヴェルナーは首を横に振る。
「部下に原因を押し付ける上官に碌な奴はいない。部下の命を預かっている以上、全ての責任を指揮官が負うのは当然だ」
「しかし、それでは……」
デニスもそのことはわかっているはずだが、今回に限っては部下の責任にせねばならなかった。そうでなければ、責任がヴェルナーの肩にのしかかることになるからだ。
だが、ヴェルナーはそれを受け入れる。
「俺のせいだよ。ここに連れて来たのも、部下が今、暴走を始めているのも」
だからこそ、勝利の果実を多く得る権利がある、とヴェルナーは言う。
彼らは今、馬上で懸命に馬を走らせて味方集団の前へと出ようとしていた。
先ほどから三十分ほど全力で馬を進めているが、それでも狂奔する兵士たちを未だに止められていない。
始まりは、聖国王都の前で部隊の整理をしたのち、王都の目の前で一時休息をとったときに起きた。
「貴様! 何をしている!」
簡素な休息準備を行っているときに、物資の集積箇所になっている場所で騒動が起きた。
「帝国兵か!?」
今となっては誰がその疑惑を口にしたかはわからないが、ヴェルナーに対する毒殺未遂からの言葉もあって帝国兵に対する敵愾心が高まっていた兵士たちはすぐに動き出した。
そうして、集団は少数を負った。
怪しげな数人の男たちはすぐに馬に飛び乗って走り出し、兵士たちは多くが徒歩だ。集団が一気に狂騒に包まれたことで馬も落ち着かず、数名の騎士が騎馬で追ったものの追いついてはいないらしい。
「爆発を起こして注目を引いた方が早いか?」
「それは逆効果かもしれません」
列も何もなく、ひたすら走り続ける兵士たちに対して足止めの手段を考えあぐねたヴェルナーの提案を、デニスは止めた。
「我が国の兵士や森林国の戦士たちにとって、爆発は陛下の専売特許のようなものです。爆発が近くで発生した場合、静止よりも激励と取る者が多くなる可能性もあります」
熱狂した兵士たちを余計に盛り上げてしまうかもしれない、とデニスが続けると、ヴェルナーもそれを断念せざるを得ない。
「ここはこのまま敵を追わせましょう。うまく行けば相手の正体が掴めますし、もし不可能でもこの速度で走ればそうそう長い距離は進めません」
「わかった。そうしよう」
部隊ごとの指揮官にだけはしっかりと注意すべきだな、とヴェルナーは反省して、集団に巻き込まれないようにやや距離を取りながら、土煙を上げて疾走する兵士たちを追った。
●○●
全てはギースベルトが仕組んだことだった。
「状況は?」
「はっ。ラングミュア王国の兵と思しき集団は、こちらへ向かう途中で止まり、野営を始めたようです」
「疲れて動けなくなった、というところか」
報告を聞いたギースベルトが笑う。
「今が好機ではありませんか?」
「馬鹿なことを言うな」
戦況を聞いた副官が進言すると、ギースベルトはつまらないものを見るかのように視線を向けて吐き捨てた。
「雑兵どもが疲れていても、肝心のヴェルナー・ラングミュアが健在では意味が無い」
ギースベルトは地図上に印をつけた。ラングミュア兵が野営を始めたと報告があったあたりだ。
「疲れているところを狙うのは良い方法だが、それは尋常な相手の時だけだ。こいつらに俺たちが殺到したところを、まとめて爆破されでもしたら目も当てられないぞ」
もっと犠牲を減らすのであれば、逃げ帰る途中で追ってきた相手を爆破するという方法も取れるのではないか、とギースベルトは考えていた。
これまでの記録を確認していた彼は、ヴェルナーの魔法がその場で破壊するだけでなく、予め埋設することも可能だと知っている。
「随分と使い勝手の良い魔法だな。やれやれ、生まれ持っての才というのは羨ましいものだ」
「閣下、では……」
「敵の監視を続けさせろ。百名ほどの部隊を近くに待機させて発見させて、こちらへおびき寄せろ」
副官の言葉にギースベルトは次の方法を指示する。
「残りは休ませておけ。二、三日のうちに戦いが始まる」
ギースベルトは地図上にある一か所を見つめていた。
そこはラングミュア兵がいる場所から今ギースベルトがいる場所へと向かって進んだ場所にある平地だ。
周囲には広い大地が広がっていて視認しやすく、野営をしても敵襲があればすぐにわかる立地だ。川も近い。
「奇襲するのは良い。というより、真正面から戦う相手じゃない」
ギースベルトは口の中で呟く。
「問題はやり方だ」
このまま進めば、ギースベルトは大金星を挙げることができるだろう。そうすれば、彼の発言力は増し、帝国に逆らった聖国や森林国に対する懲罰的侵攻も彼の指揮によるものとなる。
「あの男さえ殺せば、あとは存分に敵を殺せる」
敵を一方的になぶることを楽しむサディスティックな感情がふつふつと湧き上がるのを、ギースベルトは喉の奥で静かに笑うことで押さえていた。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




