146.伏兵
146話目です。
よろしくお願いします。
巨人の登場で、国境を挟んで二つにわかれていた帝国軍は完全に分断された格好になった。
かぶせられていた土や草をボロボロとこぼしながら立ち上がった巨人騎士は威嚇するかのように両手を振り上げ、自らが閉じ込められていた穴から右足を踏み出した。
それはまるで、封印を解かれた巨大な悪魔のようだ。
「に、逃げろ!」
帝国の兵のうち、誰かが当然のことを叫ぶ。
帝国側に残っていた半数の兵士たちは総大将と分断されたこともあり、中級指揮官たちの判断は“撤退”へと傾いていく。
いや、指揮官たちの判断を待たず、部下たちは逃走を始めていた。
後方に分けられた部隊はある意味では幸運だった。
逃げ出す方向がそのまま故郷であり、騒動に乗じて自分の故郷へと帰ることができないこともない。
金は無いが武器はある。同郷で手を組んで野盗でもやりながら旅をすればどうにかなるだろう。
だが、前方の部隊はそうはいかない。
故郷への道が正体不明の巨人に閉ざされ、司令官は前進を命じる。
敵と対決するのは覚悟の上だが、化け物と戦うのは想定外だ。化け物から離れる命令はありがたいが、その結果故郷から離れるのは歯がゆい。
しかし、化け物に突撃しろと命じられるよりはずっと良い。
「正面へ進め! 王都を落とせばそれで終わりだ!」
中級の指揮官が、部下たちを鼓舞するために叫ぶ。
声に突き動かされるようにして兵士たちが駆けだした。巨大騎士から逃げ出したという方が正しいかも知れないが、結果は同じだった。
巨大騎士が攻撃を加える前に、帝国は一万から五千へと数を減らしたのだ。
「思ったより素直に動いてくれました」
巨大騎士の中、胸の部分に収まっているマーガレットがため息交じりに呟いた。
この巨大騎士はいわゆる“巨大な操り人形”で、鎧をかぶせたハリボテに等しい。多くの縄がマーガレットの周囲に集まっており、手足を使って操る形になっている。
マーガレットの魔法である“重量変化”によって操る。碌な軽量化機構も無いので、これが操れるのは彼女の他には身体強化が使えるアシュリンくらいしかいないだろう。
マーガレットが左のロープを引くと騎士の左腕が上がり、離すと同時に魔法の効果が切られ、鎧の腕部分が持つ重量と、その先に固定された盾の重量が相まって、大地を揺るがすほどの勢いで地面を殴りつけた。
「うう、結構しびれますね」
ロープを通したびりびりと響く振動にマーガレットは顔をしかめた。
「あとは任せましたよ。ミリカンさん」
そう言って、マーガレットは剣を持った鎧騎士の右腕を振り上げ、果敢に抵抗しようとする一部の勇気ある帝国兵の目の前に振りおろした。
●○●
「分断に成功しました!」
「良し! 我々はこのまま敵を引き付ける!」
ミリカンの叫びが終わると、直後に近くの騎士が報告の声を上げた。
「距離、間もなく射程内です!」
と、同時に矢がミリカンの後方に落ちてくる。
「距離を保て!」
馬に乗り、走っているミリカン達の後方から大軍が迫る。
矢は雨のように降り注ぎ、時折風に乗って彼らまで届いた。命中はしないまでも、彼らが背負う大荷物を叩く音は響く。
馬は怯えているが、それでも拍車をかけられて懸命に走っている。
狂騒と言って良いだろうレベルで大声を上げる帝国軍は、軍隊というより蛮族の様相を呈し、とにかく目の前に見えているミリカン達へ追いすがろうと必死だ。
しかし、ミリカン達に悲壮感はない。
これが予定通りの動きだからだ。
「そろそろ……」
ミリカンが作戦の進行具合を確認しようと後方を向いたところで、一本の矢が風に乗って彼の尻を貫いた。
「か、閣下!?」
「この程度で騒ぐな」
矢には返しがついている。無理に引き抜くと傷口を開いて余計に出血することを知っているミリカンは、矢の軸だけを指でへし折り、矢じりは刺さったままにしておいた。
「やれやれ、これを理由にしばらくは事務仕事をサボれる」
ニカッ、とミリカンが白い歯を見せて笑ったとき、帝国軍から悲鳴が上がり始めた。
「始まったようです」
「そうだな。では引き続き相手の隊列を引き延ばす!」
ラングミュア王国内に侵入し、速度の差もあって隊列が長く伸び始めた帝国軍を、伏せていた兵士たちが両サイドから矢で狙撃し始めたのだ。
そしてほどなく、騎馬隊が帝国軍を後方から追い立て始める予定だ。
「先は長い! 気を引き締めろ!」
「はっ!」
ミリカンは敵を引きつけながら、帝国の大将を探さねばならない。そうすれば、余計な犠牲が出ずに戦闘は終わるのだ。
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