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141.野営地での出来事

141話目です。

よろしくお願いします。

 精々二千から三千の兵で運用されるこの世界において、一万の兵力は大軍と称して問題ないレベルだった。

 だが、それだけに指揮系統の意地は難しい。

 単なる行軍でもトラブルとは無縁ではない。兵士同士や部隊間での喧嘩もあれば、通過する町で町人たちとのいさかいもある。


 それらトラブルに対応し、全体の行動に反映させるため、上級指揮官から中級指揮官、そして小部隊の隊長まで、定期的に連絡を取らねばならないのだが。

「後方半数が遅れ始めています。如何いたしましょう?」

「……ちっ!」

 報告を受けたヴェットリヒは聞こえよがしに舌打ちをした。


「何のために部隊長がいるんだ! それぞれの部隊のことは連中にやらせろ!」

「ですが、全体の計画に遅れが……」

「目的地は決まっている! 国境の手前で終結すれば問題ない!」

 ヴェットリヒは行軍だけでも手間のかかる大軍に苛立ち、帝都を遠く離れたところまで来たことで、整然とした隊列を維持することを半ば放棄した。


 自分の周囲を固める護衛と二千の兵員だけは離れぬように隊列を整え、その他の者たちは各中級指揮官に任せることに決めた。

「本隊が先行して突入の準備をする。他の部隊に伝えろ、三日以上遅れたら処罰するとな」

 電子通信の方法も無い以上、伝令が走るか狼煙のような一方的手段で連絡する以外にない。大部隊となれば、その弊害が大きく出てくる。


 兵士たちの士気も低い。

 仇敵であるグリマルディ王国や聖国を相手に戦うというのであれば別だが、恐ろしいうわさが飛び交う王が収めるラングミュア王国を相手にするとなると話は別だ。

 特に、ヴェットリヒ直属の兵の中には、以前アーデルトラウト・オトマイアー旗下にいた者も多く、国境でヴェルナーの魔法を目の当たりにしている者もいる。


 元来は規律の整った軍隊である帝国軍だが、今回に限っては足取りが重く、また離脱者も多少出始めている。

 ヴェットリヒの下では統制が今一つであり、部隊内での情報錯綜もあってラングミュアに対する恐怖心や作戦の無謀さを指摘する話がじわじわと浸透していたのだ。

「閣下、情報の出どころを調査すべきでしょう」


 部下の一人が進言すると、ヴェットリヒは顔を歪めて苦い表情を見せた。

「だが……」

 ヴェットリヒはそういった内偵的なことはやりなれておらず、また自分の軍隊内を調査することは士気の面で良くない影響が出るのではないかという危惧もあった。

「このままでは単なる烏合の衆となり、いざという時に閣下の御為にまとまった動きをすることもかないません」


 副官の一人が熱心に進める。

 急ぎで編成された部隊ということもあり、行軍中でも細やかな調整をしなければ、全体どころか今本隊として進んでいる二千ですら瓦解しかねないのだ。

「……わかった。だが、極力表に出ないように。特に帝都に知られるようなことのないように進めろ」


 この時から、部隊は大きく二千ずつの五つに分かれて進むことになる。

 調査のための整理を始めたことで指揮系統の立て直しをやりながら、名もなき副官が尽力して調査を進めた結果でもある。

 しかし、噂の出どころはようとして知れなかった。

 正確には、アーデルの元部下たちからも若干の“事実”が流布されていたものの、作戦を揶揄するような話がどこからかはわからない。


 野営や砦での休息の際に度々調査が進められたが、結局は実態が掴めないままで、大部隊は国境へと進むこととなる。

 そんな中、ヴェットリヒ自身は頭を切り替えてしまっていた。

「作戦そのものは単純だ。多少の脱落者など最初から想定しておいて問題ないだろう。大軍で国境警備兵どもを叩き、一気呵成にラングミュア王都を攻め落とすだけなのだ」


 だが、そんな気楽な作戦は当初から頓挫することになる。

「敵兵が二千名だと?」

「はっ、斥候が確認したところ、国境の向こう側で布陣しているようです」

 こうして、一方的な蹂躙を夢見ていたヴェットリヒは全軍の終結を待って、本格的な戦闘の作戦を立てねばならなくなり、また国境近くではなく敵に動きを察知されにくい場所まで終結地を変更せざるを得なくなった。


●○●


 各地で動きが進む中、ヴェルナー・ラングミュアは聖国の軍政面での実権を握る部分では、予定をほぼ完了した。

 救国教の幹部連中を味方につけ、反対派の追い落としはすでに開始している。

 そこまでは王都へと入る前に完了し、王都内部に残っている政治的な中枢で実権を争っている者たちへと接触することなく達成できた。


 海側からデニスらが仲間を集めていくことで、反乱分子が地方にいればそれを迎え撃つ必要もあるが、今の時点でデニスから連絡は無い。

 ヴェルナーがやらねばならぬことは、聖国の王都を完全に征服してしまうことだ。

 現時点では、まずまずうまく行っていた。森林国の戦士たちもヴェルナーには素直に従い、他のラングミュア兵士たちとも打ち解け始めている。


「流石、陛下ですね」

 ヴェルナーの横で報告を聞いていたイレーヌが褒めると、ヴェルナーはニヤリと笑った。

「ありがとう。だが、問題は首都の中枢にいる連中だ。うっかり城を破壊してしまったからな。あちこちに分散していて主流派は教会側から押さえられても、他が本拠地探しからになる」

「では、一つずつ探すのですか?」


 すでに探し始めている、とヴェルナーは答えた。

 聖国に潜入済みの者たちからの情報もあり、ある程度候補地は絞られている。

「ボチボチ情報も整うところだ。それまでは、俺たちはここで待つだけさ」

 王族ながら野営を苦にしないヴェルナーは、部下たちと共に首都を睨む位置に布陣している。


 王都の中は未だに混乱の中にあるが、その分外敵に対する守りはおろそかになっている。帝国の侵入に対しては抵抗を続けているが、このままでは内部から崩壊して押し込まれていただろう。

「崩壊はさせる。だが、俺の手でやる」

 そして、帝国を押し返し、聖国を完全に掌握するのだ。


「では、情報が集まり次第、襲撃を行うのですね」

 意気込むアシュリンをヴェルナーは制した。

「いや、今回は戦いたがっている連中がいる。実力を見ておくためにも、彼らに任せるつもりだ」

 ヴェルナーはその夜、集まった情報をもとに三か所の敵本拠地を叩く計画を立てた。


 そして、その襲撃の主役は森林国からついてきた森の戦士たちだ。

「三つに部隊を分けて、夜闇にまぎれて襲撃し、敵を残らず殺せ。」

「わかった。任せてもらう」

「明日の夜でも構わないが……」

 というヴェルナーに森の戦士を代表する男はニヤリと笑った。


「冗談だろう。すぐに動くとも。行くぞ!」

 男が鋭い指示を出すと、待ちきれないという様子で森の男たちが音も無く野営地から出ていく。

 その後を、督戦のための騎士たちが慌てて追いかけた。

 騎士たちの中には、アシュリンもいる。


「あの子で大丈夫でしょうか?」

「彼女で良いんだ」

 イレーヌがこぼした不安を、ヴェルナーは否定した。

「もし森林国の連中が使えなくても、アシュリンなら自力で帰ってこられる実力があるからな。それに」


 ヴェルナーは嘆息しながら苦笑した。

「アシュリンは単純に“強い”だろう? 森林国の連中は、その強さに敬服している。指示をするにも彼女の言うことなら素直に聞くだろうさ」

 なるほど、と納得したイレーヌは、ヴェルナーから喉が渇いたと言われ、世話役の兵士を探したが見当たらない。


「では、あたしが淹れてきますね」

「悪いな」

「この程度は、淑女の嗜みですわ」

 くすりと笑い、常時湯を沸かしているはずの場所へと向かう。

 森林国の者たちが出払った野営地には、まだ数百のラングミュア兵がいるものの、どこか閑散とした雰囲気が漂う。


「夜も交代でお世話の人がいるはずなのに……」

 一時的な離席なら良いが、何かのローテーションミスであれば責任者を叱責しなければ、とイレーヌは考えていたが、それどころではなくなった。

 湯を用意している場所の見張りもおらず、代わりに見覚えのない男たちがいたからだ。

「誰!?」


「ちっ、見つかった!」

「離脱するぞ!」

 男たちは即座に背を向けて逃げ始めたが、相手が悪かった。

 イレーヌの雷撃が立て続けに走りしびれた男たちは顔から地面に倒れ込む。

「敵襲! すぐに周囲を調べて! 他の者は警戒を!」


 突然のことではあったが、訓練を積んだラングミュア兵の動きは早い。

 すぐに近くに伏せていた者たちも発見できたが、それは採り逃してしまった。

 そして、ほどなく世話役の兵士と、食料を見張っていた兵士たちのうち、水を担当していた者たちの死体が近くの茂みから見つかる。

「やれやれ。これは随分と手慣れた連中の仕業だな」


 声を出せないように喉を一突きして殺されている兵士たちは、剣を抜くことすらできずにこと切れていたようだ。

 そして、イレーヌが雷撃で気絶させた男たちも、意識を取り戻すと同時に、縛られたままで口内に隠し持っていた毒を飲んで自害した。

「どこの敵かわからないが……」


 開けた野営地とはいえ、敵の侵入を許したことでイレーヌも兵士たちもヴェルナーに向かって膝を突いて詫びた。

 それを聞きながら、ヴェルナーは王都方面を睨む。

「追跡は?」

「敵の足が速く、完全に見失いました。申し訳ありません……」


「そうか」

 ヴェルナーはイレーヌ以下、部下たちを叱責することは無かった。死んだ者たちの遺品を回収して丁寧に埋葬するように指示を出したのみだった。

 しかりつけるのは簡単だが、大問題が発生したからだ。

「……水を回収しなくては、な」


 敵はおそらく水に毒を仕込もうとしたのだろう、ということは想像できたが、未遂に終わったように見えて、他の分はすでに混入済みである可能性も否定できない。

 また、その毒性も不明なので、水を運ぶために使っていた革袋や水がめなども、もう使えない。

 水そのものは川にいけば汲めるのだが、それこそが敵の狙いではないだろうか、とヴェルナーは疑心暗鬼になっていた。


「……王都へ近づく。制圧した王都で水を補給する。すぐに準備を」

 森林国の戦士たちを信用することに決め、ヴェルナーは命令を下した。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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