14.子爵領への誘い
14話目です。
よろしくお願いします。
ミソマ村の騒動を片付けてから三ヶ月程が経った。その間に二度ほど騎士訓練校を視察したのだが、アシュリンもイレーヌも以前より動きが良くなった、とミリカンが喜んで報告してきた。
その時にヴェルナーは聞いたのだが、視察も兼ねて、ミソマ村との往復を騎士団の遠征行軍訓練コースに設定したそうだ。王都の外へ出す事を危惧する意見もあったそうだが、概ね良い成果が出ているらしい。
城内ではマルコーニ子爵からの援助を打ち切られたマックスが怒り狂っているのを見かけた程度で、すぐに別の貴族が近づき、資金提供を始めた事で落ち着いたかに見えた。
「止める者がいない権力者と言うのは、ああも醜いものか」
と、ヴェルナーが嘆息する程マックスの行状は酷いものだった。
視察と称して貴族の援助を受けてはあちこちに出かけては贅沢な食事を楽しむ。それだけならまだ良かった。
「国王陛下の目が届かない王都外でのご乱行振りは、マルコーニ子爵以外でも幾人かの貴族が離れる程のようです」
オットーが収集した情報では、平民に対しての暴力や暴言は数知れず、護衛の騎士たちの中でも実家の爵位が低い者たちも古い木賃宿をあてがわれるなどいじめのような扱いを受けている。
「おまけに今度は女にも興味を示したか」
早くないかと思ったが、マックスは現在十四歳だ。ヴェルナーは無理も無いかと思い直した。自分が前世で中学二年生だった頃、どれだけ女の子に対する……いや、女性の身体に対して熱い興味を持っていたか。
「今のところは、所謂商売として春を鬻ぐ者たちを周囲の貴族たちから宛がわれておりますが、いつ無辜の市民に手を出すかわかりません」
オットーが危惧している内容に、ヴェルナーも理解を示した。
「尤も、そこまで行くと父上も黙っていないだろうからな。本人もある程度は分かっているだろうし、周囲の連中も必死で止めるだろう」
病気でも貰ってきたら困るからか、先日も王からそれとなく注意は受けているらしい。不機嫌になってブツブツと独り言を言っているマックスを見かけた者が少なくない。
「問題は……」
ヴェルナーが続きを言いかけたところで、激しいノックの音が響いた。
オットーが問うと、扉の向こうにいるのはマルコーニ子爵らしい。ヴェルナーが許可をすると、オットーが開いた扉からマルコーニの太った身体が転がるようにして入って来た。
「で、殿下! お助けください!」
とりあえず座らせて汗を拭うようにヴェルナーが言うと、オットーから受け取った布巾で滝のように流れる汗をぬぐいながら、マルコーニは荒い息を織り交ぜながら話し始めた。
「実は、先日のミソマ村の件でございまして……」
おどおどと話し始めたマルコーニの言葉に、ヴェルナーは頭を抱えた。
どうやら、ミソマ村にいたスド砂漠国兵士の中に、砂漠国の王家に近い貴族の血を引いた者が居たらしい。
恐らくはヴェルナーが自ら殺した指揮官の男だろう。恰好からしてそこまで高貴な人物には見えなかったが、マルコーニ曰く貴族の家に生まれたわけでは無く、私生児として育った者らしい。
「その人物の血縁を名乗る者が私の領地に来ておりまして……」
事件の当事者と話がしたいと言っている、と領地から連絡が入ったという。
「オットー、どう思う?」
「敵の詳細について確認しなかった事は、殿下の落ち度でありましょう」
ずばり言うオットーに苦笑しながら、ヴェルナーは仕方が無いと呟いた。
「それにしても、我が国の国境は穴だらけだな」
「スド砂漠国との国境は不毛地帯が広がっております。大軍の侵攻であれば兎も角、少人数の通過を発見するのは困難でしょう」
だからこそ、密輸なども横行している。もし見つかっても多少の賄賂を握らせれば見なかった事にする者もいるのだろう。
「ところで、マルコーニ子爵。スドへの支払いに関する揉め事は片付いているのだろうな?」
「そ、それは……」
ヴェルナーが睨みつけると、マルコーニは渋々「値切り倒した」事を白状した。
ヴェルナーはマルコーニの肥えた身体を部屋の外へと蹴り出した。
「父上に会って、俺がお前の領地に視察に行く旨了承を取って来い。それとあっちに払う金は満額用意しろよ」
「わ、わかりましたぁ!」
逃げるように廊下を走って行くマルコーニを苦々しい顔で見遣ったヴェルナーは、オットーに外出の準備を頼んだ。
「スドの者たちにお会いになられるのですか?」
「今回は俺の失敗でもある。それに、他国の王家と繋がりを作る機会かも知れないからな」
第二王子として対外的なパーティー等にほとんど顔を出す機会が無いヴェルナーにとっては、あまり国外の重要人物とコンタクトを取る方法が無い。
例外としてマックスの婚約者であるエリザベートとその護衛騎士程度だ。
「危険ではありませんか? 先方は敵意を持ってマルコーニ子爵の領地にいるのでしょう」
「さてね。もし敵意だけなら、さっさとマルコーニ子爵の館を襲って報復するんじゃないか? ついでに金を回収すれば良い」
それをせずに呼びつけたというところに、ヴェルナーは引っ掛かりを覚えた。
「ファラデーたちに連絡を。マルコーニの領地まではどれくらいかかるかな?」
「馬車を使って五日ほどかと。馬車も用意いたしますか?」
「そうだな。王家の馬車を使わせてもらおう。堂々と視察として行くとしようか。悪いが、また留守を頼む」
マックスは最近、特にヴェルナーに対する悪感情を公言してはばからなくなってきていた。その点について王も沈黙しており、いつヴェルナーに対して行動を起こすかわからない状況だ。
「畏まりました。安んじて、お任せ下さいませ。ヴェルナー様のお部屋には近づけません」
「それと、ミリカンに連絡してアシュリン・ウーレンベックとイレーヌ・デュワーを呼び寄せて貰いたい」
「遠征に同行させるのですか?」
「いや、城で少しばかり仕事をしてもらう。ちょっと気になる事があるからな」
オットーは侍女を呼んで馬車の手配をするように伝えると、ヴェルナーに微笑みかけた。
「ご出発の前に、フラウンホーファー侯爵邸にお寄りすべきでしょう。マーガレット様にご挨拶だけでもしておきませんと」
「流石に気が回るね。随分と女性に対する気遣いになれているじゃないか」
「ヴェルナー様ももう十二歳。そろそろレディーとの接し方も学んでしかるべきかと」
「帰ったら頼むよ」
「畏まりました」
●○●
ヴェルナーがマルコーニ子爵領へと視察へ出かけたという話を聞いて、マックスは不機嫌を露わに城の廊下を歩いていた。
その後ろを、幾人もの貴族たちが続く。
「マルコーニ子爵は、何故ヴェルナーの側に付いたのだ!」
がっしりとした体格に成長したマックスだったが、贅沢な生活はしっかりと若い身体にぜい肉としてしみついている。
息を荒げるマックスに付いていく貴族たちも理由を知らず、ただ単にマックス戴冠後の利権争いから一人脱落したくらいにしか考えていない。
「殿下も視察をなさっては如何でしょう? 我が領地であれば、色々と見どころもございますし……」
自領を勧める一人の貴族を睨みつけ、マックスは鼻を鳴らした。
「ふん、お前の領地は遠すぎる。旅の面倒を考えれば行くだけ無駄だ」
「そんな……」
「往復の間、王家の馬車にも劣らぬだけの豪奢な移動手段が用意できるなら良い。だが、お前程度の財布では無理だろう?」
馬鹿にした言い方に、拳を握る貴族にマックスはつまらない者を見るかのような目を向けた。
「王に成る者を歓待するにも、最低限必要な“格”というものがある事を知れ。あー……お前は何という名だったかな?」
知っているはずの事をわざとらしく聞くのは、彼がこの場にいる貴族たちの中で最も格下だからだ。それを自分の口で言わせたいのだろう。
「こ、コンラート・ケッシンガー準男爵でございます。殿下……」
「では改めて聞こうじゃないか」
マックスは振り向き、居合わせた貴族たちに向かって芝居がかった声を上げた。
「ケッシンガー準男爵家のコンラート君。君は俺をどのように遇するつもりだったのかね?」
「……わ、我が領地には豊かな農地が有りますので、ぜひ殿下には新鮮な野菜を……」
ケッシンガーが話している途中で、マックスは大げさにかぶりを振った。
「あ~……悪いが野菜はあまり好きじゃないんだ。そんな事も知らずに俺を歓迎しようと言われてもね」
マックスの言葉に、他の貴族たちも笑みを浮かべてケッシンガーを見ている。
「もう少し、資金を集めて、俺の嗜好を理解してから声をかけてくれたまえ」
怒りに震えるケッシンガーを放って、マックスは廊下を進み、ある部屋の前で立ち止まった。
そこには二人の騎士が立っている。彼らはラングミュアの騎士では無い。エリザベートの護衛としてヘルムホルツ帝国から来ている、他国の者だ。
「お前らがいるということは、エリザベートもいるな。開けろ」
「は。エリザベート様にご連絡いたしますので、しばしお待ちを」
「なに? 俺に待て、と言うのか」
「失礼ながら、ここから先はエリザベート様のプライベートルームとなっております。ご理解くださいますよう、お願い申し上げます」
「ここは俺の王城だぞ?」
「で、殿下。ここは紳士として器量を見せるところでございます」
怒りに声を上げようとしたマックスを、貴族たちが慌てて宥めた。
その間に護衛騎士はノックをしてエリザベートにマックスの来室を告げたのだが、エリザベートの返事が聞こえる前にマックスがドアを押し開けた。
「エリザベート。お前は部下の教育を……なんだ、貴様らは?」
マックスが押し入った部屋は、ヴェルナーの部屋と同様に応接やちょっとしたキッチンがついた造りになっており、奥に別室として寝室や衣装室がある。
ドアに入ってすぐの応接では、エリザベートだけでなく、三人の少女が集まって語り合っていた。
「あら、マックス様」
入ってきたマックスの顔を見て、エリザベートはあからさまに嫌そうな顔を向けた。
「今は女同士で秘密のお話をしているのですわ。今日は控えていただけませんこと?」
「なんだと? 婚約者である俺を追い返すと言うのか、お前は!」
「レディーに向かって“お前”はありませんわ、マックス様。それに護衛をすり抜けてレディーの部屋に入るなんて」
非難の目を向けられて、マックスは怒りに顔を赤く染めていたが、部屋にいる少女たちの中に見覚えのある顔を見つけた。
「お前は、フラウンホーファー侯爵の……」
「ええ。ヴェルナー様の婚約者であるマーガレット様ですわ。マックス様もご存じでしょう?」
他の二人は、アシュリンとイレーヌだ。二人はドレスアップしてはいるが、それぞれの武器だけはしっかりと握っている。
マーガレットはスカートを摘み上げて優雅に一礼する。
「ヴェルナー様がお出かけの間寂しいだろうと、エリザベート様がお声かけしてくださいました。こちらは私の友人であるウーレンベック子爵家のアシュリンとデュワー男爵家のイレーヌ」
イレーヌは優雅に、アシュリンはたどたどしく一礼した。
実家の爵位はアシュリンの方が上なのだが、彼女はドレスにも女性同士の談話にも不慣れで、先ほどまで三人がかりで教養のレクチャーをしていたのだ。
「マックス様。そういう事ですので、しばらくはこのお部屋にご訪問なさるのはご遠慮くださいませ」
エリザベートの有無を言わさぬ言葉に、マックスは苛立ちながらも部屋を出て行った。
「ふぅ……」
疲れた様子で座り込むエリザベートの隣に座ったマーガレットは、そっと肩に手を置いた。
「大丈夫ですか、エリザベート様」
「ええ。ありがとう。もう大丈夫ですわ」
エリザベートが集めたというのはもちろん嘘で、アシュリンとイレーヌはヴェルナーが呼ぶように言い、彼の考えを聞いたマーガレットが「侯爵家の者がいれば少しは押えも効く」と言って参加したのだ。
「それじゃあ、お茶会の続きをいたしましょうか」
「わたくし、ヴェルナーさんが戦っている時のお話が聞きたいわ」
こうして四人の少女が集まる姦しい時間は、ヴェルナーが戻るまで続くのだった。
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